2014-04-12

私が魔女だった件

 今日これから書くことは、まとめていつか書きたいと思っていたことだ。中々そのきっかけがなく、自分でも恐ろしくて置いてきたテーマかもしれない。絞って書こうとすると文章構成を先に考えてしまい、書きにくくなることでもあったんだろうか。「魔女」と、私自身をそう呼ぶ理由が既に懺悔(ざんげ)のような、夫に申し訳ない気持ちも少しあるからだろうか。よくわからない。自分を悪者のようにしないと書けないからかもしれない。ただ妙に、「魔女」という自分に自信がある。以下、読まれる方が私を欺瞞に満ちた女だと判断されてもいい。私がどう批判的な目で見られようと、これまで送ってきた生涯は、今、または今後夫との離婚を一考するときに誰かの役に立つかもしれない。また、現時点で離婚を考えている人にとっては腹をくくる良いテーマとなるかもしれない。まとめずに、考えながら書くことにした。
 さて、私の人生はすでに下り坂に差し掛かっている。半分はとうに折り返した。子育てもそれなりに終わり、三人の子どもたちは自分の道を歩み始めている。子育てが終わったお母さんとしての役割がもう終わったのだと言い換えてもいいだろう。すると残る私は何者だろうか。「女」、「老女」、「人」と言えるかな。
 「女」としての私には離婚して一人か、または、再婚して二人で生きることも可能性としてある。また、「老女」だったら、孫の子守りをしながらお祖母ちゃんとしての生きる道。「人」としてなら、これまでの蓄積から何かできることを見つけて社会に参加する道などが挙がる。
 「女」として人生をやり直そうという時、今の夫に満足できず、離婚すればまた道が開け、人との出会いの中で再婚もあり得るという可能性の余白を少し置けることでもあるかもしれない。この離婚の場合、夫に問題があるというよりも、自分に受容できる器がないということだ。相手が悪いから私が不幸だ、という考えは大間違いだ。ここをよく履き違えてしまうと思う。だから何度も離婚を繰り返すのではないだろうか。どんな相手なら寄り添えるのか自問自答を繰り返しても、好き嫌いの判定は、その都度変わるものだ。思いというのはものすごく気まぐれで、大好きという感情は、大嫌いと反転する同じ要素を持っているからだ。「恋」というものがいつかは終わるのがその悲しさでもある。「女」として生きるのがいかに難しいか、どう考えても私には忍耐が足りないという結論に至ってしまう。だから、事あるごとに相手を許せる自分かどうか、究極はそこに向き合って自分を許すしか道がない。また、その相手も一定ではなく、人の価値観は変わるもので、いろいろな角度から見てみると、憎いと思ったその人物の真意を知りたくなったりもする。するとそこに対話が生まれる。話し合いたくもないと思った相手との対話のチャンスが巡ってくると、解決への道がそこに開けるものでもある。「急(せ)いては事を仕損じる」というのは格言でもあるかもしれない。結論が出せない時は少し置いてみるのも離婚防止になる。
 結婚してから「ああ、この人と結婚して失敗した」と思った時点で離婚できない理由はまだある。例えば、「一生添い遂げるのが結婚だ」という古いが、離婚の可能性に余地を与えない考えを持っていると離婚は間違った事、自分は過ちを犯しているのではないかという自責の念が働く。これは今の若い人には通じないことかもしれない。「結婚は墓場」といわれるが、離婚できないという考えが背景にありそう。
 また、子どもがいれば離婚は一番手強い。この子からお父さんを奪うことになるのではないかという罪の意識が自分を毎日責め立てる。が、これはちょっと違う。両親が一緒に住めなくなっても子どもの生みの親としては不変だ。離婚して運よく再婚できれば、子どもにはなんと伝えたらいいだろうか?果たして子どもは新しいお父さんを受け入れてくれるだろうか?そんな不安を持つくらいなら離婚しない方がマシだと、そういう打算も頭の中で働く。答えは簡単。新しいお父さんができて、あなたには二人もお父さんがいるんだよと、これだけじゃないかな。
 問題は、一人でとりあえず育てるという時、お父さんがいないとなれば自分がその役割をするしかない。働きながら時間を駆使して買い物をし、食事を作り、子どもを寝かせて洗濯をし、高校生ならお弁当も用意しなくてはならない。それをしながら子どもには難しい問題も出てくる。いじめや不登校、交友関係、スマホをいつ与えるか、ゲームはやらせるのかなど数えきれない問題と向き合って必要があれば子どもの話を聴いてやる時間も必要になる。色々なケースで父親なら何と言うだろうか?と、自分なら強く言わないことでも強く叱る必要に迫られることもある。また、それを後で宥めて元気づける役割も必要になる。全く忙しいことこの上ない。
 他に考えられるのは、経済的に自立できるか自身がないことが離婚を踏みとどませる。これはよくあると思う。ましてや子どもを連れて離婚するとなると安倍さんが今取り組んでいるらしいが、女性の社会進出の環境作りが全く進んでいない日本では、シングルマザーが働ける会社は少ない。幼い子供を預ける先も、その費用も女性一人の働きでは難しいなあ。と。
 以上が離婚したくてもできない理由(の一部)として考えた。さて、本題の魔女化だ。先に挙げたもろもろの理由から離婚を踏みとどまったとする。いや、私は踏みとどまった。でも、相手を気に入らないということを誤魔化すとまでは言わずとも、仕舞って置く必要はある。それでも何かあると時々出てくるが、子どもの前ではそれは良くない。その理由は、幼い子供の感情までは計り知れないが、親が大声で罵り合って喧嘩する姿は子どもにどう映るかだ。
 一言で言うと、子どもの、自分の居場所を失くすことになる。子どもは本来は親のことが好きなのだが、その親が喧嘩するとどっちにも付けなくなる。どちらかにつくと、それは、もう片方を失うことになるからだ。そんな選択は子どもにはできないのが普通だ。では仮に子どもが母親についたとする。それは母親が夫よりも自分が正しいとして子どもを味方につけている姿かもしれない。妻の夫への嫌悪や憎しみというフィルターを通して子どもにも父親を見せてしまうことになる。それは、男性に対するそういう価値観を持たせてしまうことになる。母親の怨念のようなものを子ども時代に背負わせてしまうのだ。話が飛躍するが、裁判で死刑判決が出た木嶋早苗の男への冷淡さは、私の直感から親子関係だろうと思うし、作家の林真理子の男性と張り合うような貪欲さは、彼女の母親の夫への怨念が乗り移っているとも思う。いや、もっと身近にもこんな人生を背負った女性はいると思うが、子育てでで後悔しても取り戻せないことだ。配慮しなければとんでもない苦しみを子どもに背負わせてしまうことになる。だが、配慮したからといって完璧にはできない。よく失敗もするが、そこで自分自身の夫への感情がどろどろになるか、さらっとその場で流せるかは大きな分かれ道だと思う。同時にそれは自我との苦しみとなるが、「母親」という事実を受け入れるしかない。逃げられないのだ。特に良い人を装う必要はないが、夫とうまくいかない理由がいろいろあり、価値観の乖離を埋める方法などむしろないと諦めたし、かといって逃げることもできず、自暴自棄になることだってあった。そこで私はどうしたか。
 だから私は魔女になる決心をした。とは言え、それは、母親という役者に徹する決心だった。今思えばこれは母親の自覚をもつという、多分、アタリマエのことだったに違いない。誤解があってはならないが、これは、自分をねじ曲げたりすることではなく、乖離した部分をしまい込み、表に出さないというだけのことだ。そして、夫に父親役を望まないこと。この課題は自分にある。夫を「父親」として子どもに入れるのは母親の役割だからだ。これとは別に、夫が「父親」として存在し、子どもと関わりを持っている時点で既に父親という「事実」として子どもにインプットされていることでもある。
 魔女化するのは、最低、争いは起きないし、子どもたちも自らの感性に従って母や父を感じ、大いに批判したり大好きになったり、反発したり。またそれができることが子どもの成長過程とも言える。親らしさと言えるかどうかは別にして、このような自由を与えることが一つにはあると思う。
 魔女化した私のエピソードをここでもっと語るべきかもしれないが、ふと書きながら、それは母親としての自覚から湧いてくる、個性とでも言うか、そういうテーマだと思うので書き控えようと思う。
 どんな魔女になりすまそうと、子どもは親を見ぬくもので、愛があり得ないと疑うこともない。それは、私が認めようと認めまいと、父親からも受け取っていると言える。

cover
「考える生き方」
by finalvent

 最後に、長くなったが、やっと書いた。と言ってもまだ書き足りないし、ものすごくすっ飛ばした感が残っている。離婚理由は沢山挙がっても離婚しない理由はなかなか書きづらいものでもあった。だが、「考える生き方」(参照)の読後、母親として生きた私の半生は、正に考える生き方だったとも言えるし、何か奮い立たされて書かずにいられなかった。発売されてから一年が過ぎてしまったが、書きたい気持ちが離れなかった。

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コメント

離婚しない余裕は、旦那が可哀想だから。愛が哀に変わるのは子育てが終わってからなんだなと。
私は自立してるしATMとしての旦那は必要ない。
むしろまとわりついてくる存在としての旦那は私の自由を奪ってると思うの。
私は私の権利としての自由を行使し、それを旦那が不服に思った時が別れどきなんだろうな。でもかわいそうで出来ないやw

自分らしく生きて行くことが出来るかどうかの人間関係が夫婦って大事なんだろうなあ。。

投稿: くりくりさん | 2014-04-23 00:31

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