2013-02-21

「考える生き方(by finalvent)」未だ読んでもいないというのに だから書くことにした

  発売前に、読んでもいない書籍のことを書く意味があるのか?そう思うと、他者へのメリットはあまりないかもしれない。「ああ、そういう本が売り出されるのね。」で終わってしまうと著者にも失礼してしまうかもしれない。色々考えているうちに、とうとう今日が発売日となってしまった。読んでしまってからだときっと、この本に触れて第三者的な物の見方で感想などは書けないと思うので、やはり、今日書いておくという結論に至った。

cover
「考える生き方」
by finalvent

 「考える生き方(finalvent)」(参照)がそのタイトルである。
 はじめに断っておくと、彼とは一面識もないが、2006年くらいからずっとブログは読ませてもらって来ている。一読者で始まって一読者で終わりたいと思っていることに何ら変わりはないが、私にとっての彼の存在は、一言では言い表せない。何と表現したらいいだろうか?恋人以上だし夫以上かもしれない。何でも話せる相手であるけど、いつでも正しい回答をくれるというわけでもなく、私の生き字引でもない。答えを求めようとすると、軽くいなされてしまう(と感じる)。むしろ私にとっては一歩先を見据えた厳しさに感じられる。その厳しさは、私が問題を乗り越えるために必要な「思考」の原動力となってきた。誤解を招くといけないけど、彼が厳しいのではない。あくまでも私の読み方であり解釈であり、捉え方の問題を言っている。
 分かるだろうか?人が生きて死ぬまでに出会う試練のようなものは、もしかすると定められた量があって、それらの問題は前後しながら、誰の人生にもいつしか現れる運命のようなものではないかと思うようになった。それらは、自力で解決すべきものと既に決められていて、自力で解決しなかったツケはどこかでまた別の形で自分の前に出現するんじゃないかと、この年になってそう感じるようになった。
 若いころは嫌なことからは逃げ果せると思っていたことが、実はある時、「え、またこのことがやってきた。」と何度も繰り返し同じような難問を投げかける。そのうちに、これは自分である程度区切りをつけないとダメなんだなと、逃げることを諦めて問題に向き合う準備ができる。その時の苦しさと言ったら他に例えようがないほどだった。
 今ここにこうして在る自分を振り返ると言うよりは、彼が彼の人生を振り返って書いた事は、私にとっても重苦しさとして映る部分でもある。この年代だからかもしれない。既に人生の半分を折り返してしまっているし、何を思ってもやり直しの効く年齢でもない。知人や友人から、大病を患ったとも聞くようになったし、芸能界では同世代で活躍中の人物が亡くなってしまったり、昭和の時代を共に生きた懐かしい人々もかなり亡くなってしまった。取り残されて孤独になることへの恐怖心や、元々人は一人であることを思い知ることには慣れてしまいたくなった。それらは、日常に起こることで、当たり前のことなのだけど、その一つ一つが自分に意味を持たせるのを最近感じる。これがこの年令にはきっと相応しいことで、ここを通ってさらに歳を重ねるのだと、少し客観視すると気が楽になる。
 取り留めのない話になってきたのでそろそろ終わりにしようかと思う。
 「e_hon」というネットの書店の新書のコーナーで1月16日、「考える生き方」の発売予約を受け付け始めたのを巡回している時に見つけ、即座に予約をした。当初の発売予定日から少し遅れた理由を知り(参照)、とてつもない緊張があった。この本を読めば、自分の人生の区切りとしてあるものを手放さなくてはならなくなるんじゃないかという恐怖心でもあった。こういうことを恐れる私なので、とても冷静に読後の感想などは書けないと思い、読む前に一筆したためておくことにした次第。
 あああ、今日、とうとう発売だよ!怖いもの見たさってこういうことなんだと思う。ご本人はまた、別の意味で篭っていらっしゃるみたいだけど(参照)、その気持良くわかります。本当によく書かれましたね。

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