2013-01-26

NATO軍によるカダフィ殺害と駐リビア大使館員殺害からアルジェリアの惨劇について雑感

 帝国主義が横行した19世紀、アジアやアラブ諸国に対して権力行使による従属化、当時を言い当てる言葉としては「奴隷化」できると今でもそれが言えるのかもしれないと危惧を抱いたのは、米英仏政府が支持している中東での民主化の動きであった。
 2010年から2011年にかけてチェ二ジアから始まった生活苦の市民の不満の爆発は、エジプトやイエメンにも影響し、親米保守政権が崩壊の道を辿った。また、保守的なバーレーンなど湾岸諸国にも飛び火し、市民が民主化を求めるるデモを繰り広げたが、サウジアラビア軍の導入によって鎮圧された。ざっと見渡すと、中東に残ったのは、親欧米(親イスラエル)路線の政権が後退したことによる色々な変化だ。
 この動きは、反欧米反イスラエル色が濃かったリビアのカダフィ政権にとっては追い風となった。親米のエジプトのムバラク元大統領が追放され、カダフィにとってのそれまでの重石が外れたため、世界に口出しする可能性が高くなったのは確かだった。という点から連想されるのは、欧米諸国がカダフィが邪魔だった理由だ。彼が「アラブの春」を主導すれば中東世界は左派に傾き、反米反イスラエルに傾倒する。この動きに敏感に反応したフランス、サルコジ元大統領であった。彼は、NATOの空爆だけでは屈服しないカダフィを、アルカイダ系のイスラム過激派武装勢力(テロリスト)の協力で倒すことが出来た。国際社会で報じられたカダフィ殺害経緯はテロリストによるもので捏造ではなかったが、自分の手を汚さなかったというだけだった。サルコジは、NATO軍や王政の湾岸諸国を上手に使い、また、リビア東部ベンガジの反政府暴動を口実にカダフィを卑怯なやり口で殺害してしまった。カダフィ氏の殺害は、国際社会自体が無法そのものであることを物語った(参照)。こうして地獄の扉は開けられた。

 2011年10月20日のカダフィ殺害
 2012年 9月11日のリビア東部のベンガジでのアメリカ大使らアメリカ人4人殺害
 2013年 1月11日マリ北部のアルカイダ系武装勢力の制圧のためフランス軍介入
 2013年 1月15日アルジェリアのガス田プラントで人質事件発覚

 改めて、国際社会が言う「民主化」とは何なのか?美しく平和なイメージとは違った世界が中東に見えるのは、これは社会が改革するための歴史の一部と言えるだろうか?帝国主義の日本がアメリカの民主化を受けれてここまでの日本になったのと同じように、なぜ、アラブ諸国はそうならないのか?フセイン崩壊後のイラクのように、民主化を受け入れられる器が違えばとんでもない大混乱を巻き起こすというあの大きな勘違いを再び犯したのではないだろうか。
 民主的な国家から見れば非民主的な国家は独裁政権であるが、その重石によっておおよそ解決不能な民族や宗教対立を上手く防いできたのではないだろうか。
 リビアについて言えば、国内に潜むイスラム原理主義勢力をカダフィの世俗主義による独裁で抑圧することで、欧米社会は安全を保証されていたようなものではなかったのか?にも関わらず、都合が悪くなると独裁は悪だというキレイ事を吹き込み、邪魔なカダフィを殺害する路線を敷いたのだと思う。
 1990年代の犠牲者150万人とも言われるイスラムテロが多発した際、日本人被害者は出ていない。ましてや、イスラムと欧米キリスト教との争いというならば、日本は部外者である。ところが、今回のアルジェリアガスプラントの人質事件では、日本人は例外扱いされなかった。欧米諸国と比べても、死亡総数では最多であった。私は、これが腑に落ちていない。一部の報道によると、日本人がまっさきにテロリストの標的にされた可能性すらあったというのだ。
 これは小泉純政権時のイラク戦争への事実上の参戦が理由だろうか?間接的には、湾岸戦争への冥加金や自衛隊の給油活動を通して、米国への追随外交はあった。
 これからという時に、フランスとアメリカの雲行きがおかしくなってきているのを昨日知った。WSJが伝えている(参照)。

 世界の大国は数カ月もの間、アフリカからもたらされるテロの脅威に対抗する手段を苦心して考え出してきた。この脅威に対する懸念はアルジェリアで最近、37人の外国人人質が犠牲になった事件でさらに強まった。しかし、西側諸国の安全保障を担う組織には緊張が生まれている。戦争疲れを起こしている米国は介入に二の足を踏んでいるほか、その他の国、とりわけ重い債務に苦しむ欧州各国はそうすることができない。

 米国とフランスの間の緊張は、大西洋をはさんだ両サイドのつながりがますます失われていく劇的な一例だ。かたや米国は、欧州同盟国が防衛費の負担を望まない姿勢に不満を感じており、弾薬の補給や無人偵察機、給油機の手当てが適切でなかったため、欧州により支援を求められた2011年のリビアを例に挙げた。かたや欧州の同盟国の一部は、アフガニスタンやパキスタンなどでの米国の政策は、自国の利益と優先事項が幅を利かせていると不満を表している。

 かつての戦友は、利害が一致しなくなったのか、醜い仲違いを始めている。
私は色々な点で失望してしまった。この年になって欧米諸国のやり方が透けて見えてきても力及ばずである。

追記:アメリカの関わりについて
 

Photo

 昨日ピックアップしたHuffingtonpostのニュースメールの記事はどうやら、アメリカについても書くようにという啓示であったのか、オバマ大統領の額に大きなハエがたかっている画像がそれだ。何やら香りを放っているからだろうか?
 今回のアルジェリア襲撃事件の背景の一つである、在リビア・ベンガジ米領事館襲撃は、イスラムの怒りがアメリカに対して顕著であったことを物語っている。オバマ氏の額のハエは、その使者かもしれない。
 この事件は、正にオバマ氏の失政によるものだった。だが、当初は、イスラム教の預言者ムハンマドを冒とくしたとされる映画がインターネットに配信されたことがきっかけで、各地で抗議行動が起こった。この流れであると当初は報じられていたが、二転三転するうちに、この事件は「テロ」だったと断定された(参照)。

 オバマ政権は当初、事件をイスラム教を侮辱したビデオに対する抗議デモの延長線上にあったと説明し、攻撃をテロ組織アルカイダと関連がある「テロ」と断定したのは、発生から2週間以上が過ぎてからだった。公館前のデモがなかったことも最近判明した。

 だったら最初から真実を言っていればよかった。何故ごまかすような言動に至ったか?他所で真相を知った時は驚いた(参照)。

 2009年にオバマが第一期の大統領となったとき、ブッシュ前大統領による国外テロリスト収容所をさんざん批判し、CIAが国外でテロリストを拘束しないよう署名をしていた。つまり、本来ならオバマ政権下で、CIAの下にテロリスト収容所はないはずである。でも、ベンガジ米国領事館襲撃には、あった。

 つまり、テロリスト達は、この領事館に収容されている仲間を助け出すために襲撃したと推測できる。そして、カダフィ亡き後、リビア情勢がさらに不安定になることは目に見えていた。カダフィが隠し持っていた武器はイスラム過激派の手に渡り、彼らの移動先であるマリ北部では既にマリ政府との衝突が始まっていた。ここでいち早くフランスが名乗りを上げて軍事介入が始まった。これがアルジェリアガスプラント襲撃事件へとつながった(参照)。
 オバマ氏は、過激派メンバーをリビアに収容し、この警備体制が甘かったため狙い撃ちにあった領事館員4名の命を救えず、その失態を隠そうとした。それが、アメリカ合衆国の大統領の顔である。

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