2012-07-04

中小企業が生き抜く道-その2

とんだ政府が運営する日本社会に嫌気が差してきたわけじゃなかった。よく考えたら、こんな政府は真っ平御免だと思っている私の心から早く逃げたいと、そう思いながらも毎日我慢しているが、じっとしてもいられず、ネット上で書いてらっしゃる諸先生方の見識など、興味深く読ませてもらっている。ついさっきもDIAMOND ONLINEの「日銀当座預金は過去最高でもマネーが市中に流れないワケ」というタイトルをつけた東短リサーチ取締役 加藤 出氏のコラムに目が止まった(参照)。加藤氏のことはほとんど私は知らないので、ちょっと調べてみた所、経済評論家として現役で活躍されているようだ(参照)。この記事からきっかけを得たというのもあって、考えていることをまとめておきたいと思った。

まず、初っ端から先のコラムを腐すようになってしまうが、実は、コラムのタイトルと内容がイマイチピンと来ない。タイトルに引かれたのは、言うまでもない、日銀にお金が溜まっていては市中銀行に出回るわけもなく、当然、市民の借入窓口である銀行業務も停滞しているということだ。市民にお金を借りる理由がなければ消費も停滞してしまい、つまり今のデフレからいつまでも抜け出せない状態が続くということを意味するわけだ。この打開策として、先日ここで書いた「「社会保障と税の一体改革」で中小企業が生き抜く道」(参照)でも筋立てしたように、政治にお金が回る政策を託す問題でもあった。コラムに期待したのは、日銀からお金が出ない理由から、市民の私にこのデフレ不況を乗り切るために何が出来るか、それを考える道筋だった。あえてここから私の知りたい部分を抜き出すとすれば、この部分だろうか。

現代の銀行はさまざまなリスク管理の規制に縛られている。中央銀行に預けている準備預金が増大しても、銀行が企業や個人への貸し出しを増やせるわけではない。

本文は、なぜこのようなことが起こるのかという説明が続いている。うーむ。失礼のないよう何度も読んだが、タイトルにある私の知りたい「マネーが市中に流れないワケ」の見解は読み取れなかった。人の考えをあてにした私が馬鹿だった。反省。

そして今朝、Twitterで拾った「【片岡剛士氏インタビュー】円高・デフレは自然現象ではない! 無謬性の罠にはまらないための経済知識 『円のゆくえを問いなおす』著者 片岡剛士氏インタビュー:ソフトバンク ビジネス+IT 」(参照)にバッチリ書いてある。人の考えをあてにしてはならぬと言いながら片岡氏の指摘には同感で、これまでのもやっとした日銀像がはっきりしたというだけではある。

──デフレを脱却するために、金融緩和を実行して、通貨の流通量を増やす。いわゆる「リフレ政策」と言われるものですが、日本銀行はなぜリフレに舵を切らないのでしょうか?

片岡氏■大きく分けて、二つの理由があると考えています。一つ目は日本銀行が「自分たちの実行する金融政策では、物価をコントロールできないのだ」ということを固く信じ込んでいることが考えられます。

先進国のなかで「インフレとかデフレというのは、中央銀行が発行している通貨の問題、つまり貨幣的現象ではないのだ」ということを明言している通貨当局のトップは、私の知る限り白川総裁だけです。

二つ目の理由には日銀の組織的な問題が考えられます。彼らは超エリート集団ですから、もちろん優秀な人も多いのですが、そういった方に共通している性質は、間違いを認めたがらないということです。ましては、総裁の立場にもなると、失敗が怖くなるわけです。自分の在任中に政策転換して大失敗するよりも、前例を踏襲した方が、リスクが少なくて済みます。

実を言うと私は、白川総裁は間違ったことを信じているとは思っていません。事実、為替レートは、貨幣的な問題で動いていることを海外で学んで日本に伝えたのは、ほかならぬ白川総裁ご自身です。彼はマネタリーアプローチに基づく為替レートの実証分析についての論文を、留学して戻ってきた1970年代に発表しています。失敗を恐れるあまり、かつての自分の主張の正しさをブロックしてしまっているのではないでしょうか。

そして、先日のエントリーで経済の活性化という点で、中小企業のやりどころも理解できた。が、お金を借りる動機がなければやはり銀行へは足が遠のいてしまうことになる。政治家や日銀のやりどころは見えてきたが、国民には今、本当にお金を借りる動機はないのだろうか?

先日、2chネタでこんなのがあった。「若者の”マイホーム離れ”が深刻・・・ 業界悲鳴 「買い時なのに何故買わない」 なんか憑かれた速報」(参照) 。タイトルの通りでなんだか泣けてきそう。バブル期に家を新築した私などは、今必要なくても買っておこうかと衝動買いしたくなるような低価格で驚く。このコーナーに続いて、なぜ買わないのかというコメントがズラッと続いている。そこで気になるのは、ある程度お金はあって仕事もしているのにローンを組みたがっていない点だ。将来不安が拭えないうちは借金などできないということだろう。これは、バブル期の繁盛を夢見て設備投資した中小企業の事業が数ヶ月後、借金苦で倒産した1990年から2010年の頃の話とダブルのがなんとも。

もう一つ、知人の話を別の角度で書いておこうと思う。

30代半ばの夫婦で子どもはまだいない。ご主人は、フレンチとイタリアンのシェフで、幾つかのレストランや宿泊施設の厨房を任された経験がある。そろそろ自分のレストランをオープンさせようと、東京生まれの東京育ちでありながら信州の片田舎が好きで、出来れば古民家を安く借りるか買うかと物件を探していた。が、元手がない。今なら銀行も貸すだろうと踏んでいたのか、なんとかなるさと軽く思っていたのかそれはよく分からない。ある日、物件を探しているということを知って、信頼出来る私の古い友人で、不動産を扱う人物をこの二人に紹介した所、すごく気に入った土地が見つかった。今なら土地も安く、なんとか入手しようということになり、二人の両親に相談して借入の保証人になってくれるという所まで話をこぎつけた。それまで沈んで見えた二人の顔は満面の笑みに変わり、夢あふれる希望に満ちていた。ところが数日後、購入できそうもないのでこの話はひとまずお預けにするという連絡をもらった。詳しく聞くと、理由は、両親共に反対に転じ、深く考えると、自分には借りるだけの信用がないという結論に至ったと言うのである。それは百も承知で保証人になってくれるというのが当初の話と理解していた私は、彼の話が理解できなかった。

これがこの話の主な流れだが、彼は親に何故「保証人になるよ。」と言わせることができなかったか?別の言い方をすると、親が保証人になると言ってくれるまで頼み込めなかった彼の理由は何か、ということだ。この答えは人それぞれかもしれないが、人に物を頼む時は特にこの問題が大きいし、重要である。日本社会で何かをしようとする時、人との信用が大きな課題になる。未知の開拓には失敗もつきものだが、どこかで思い切らないとスタートが切れないで終わることも多い。後から後悔しても過ぎた年月は返ってこないのである。

さて、彼が親に対して信用がないと自分で反省した部分についてだが、この言葉は彼の性格上、自分自身の欠点のように取り込んでしまうところがあるからか、このような言い方になってしまうのだと私は理解した。意味は、返済できるかどうかの自信がないということに近いと思った。だが、彼のキャリアはお店のオーナーとして十分なものだし、勉強熱心で、常に料理を考え楽しんでさえいる人物だ。世の中にもそういう人が多いのではないだろうか。傍から見ているとものすごい腕前の職人さんや個人的なスキルを持ち合わせた人でも、ご本人は全く自信がないと言う、そういう人のことだ。で、彼の場合はどういう意味だろうか?と考えた。

彼に成りきって考えてみたら簡単に答えが出た。それは、店をオープンさせるために借金するまではいいとして、さて、オープンの日にはお祝いの花束が届いたり、これからお世話になるお客様を招待してお披露目のパーティーを催すとしたら、はたして呼べる人がいるだろうか。また、招待するような顧客はいるだろうか。こういう顧客に可愛がられながら繁盛するのが商売で、それがなかったら田舎でオーブンしてもお茶っぴきの毎日が訪れて仕込みは無駄になり、開店休業ということだってありうるんじゃないか?都会じゃやるまいし、一見客でペイできるような商売は田舎では難しい。そうか、不動産を紹介するより前に、なぜこのことに気づかなかったのか、私としたことが。そして、彼に確認したところ、図星だった。

話が長くなったが結論的に言えるのは、日銀に溜まっているお金がどんどん市中に出て経済が回りだすために日銀のやることはあるとしても、田舎の若者が借り渋っている理由は、一言で言えば商売に対する不安だと思う。その不安は、販促につながるような人間関係がネックになっているようである。昔のように、作れば売れるという時代ではなくなったのは製造業だけではなく、飲食業界にも言えそうだ。

30代半ばの若者達が起業をする背景に、やはり人間関係を考慮に入れないでは進まないと思った。

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