2012-05-10

マートンの「予言の自己実現」が、読売記事「就活失敗し自殺する若者急増…4年で2・5倍に」に当てはまるロジック

昨日、表記の記事について興味深い考察があった(参照)が、段階的に理解できない部分があり、書きながらじっくり紐解くことにした。

問題の読売記事だが、最初、この記事を目にした時すぐに目に入ったのがグラフだった(参照)。

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タイトルのインパクトとグラフの示す数字から何を連想するにしても人それぞれであると思う。

私の場合は、死亡者が急増した年と政治との関係でその数字を最初は追った。そして、「現政権になってから、急増している。」と思った次に、就職率を示す折れ線グラフが極端に落ち込み、それに反比例するかのように「学生」と「10代20代」の自殺者の数を示す棒グラフの数字が、右肩上がりに推移している。これは視覚からそういう印象を受けたのだったが、就職率を示す折れ線グラフの推移を数字で読むと、最高が97%で最低が91%という、わずか6%の推移を極端な下降で示している事に気づいた。この時点で感じた率直な印象は、この記事は捏造か、誇大な表現方法を使って意図的に書き上げたのではないかと思った。いわゆる「ツリ」。ネタにしているだけのくだらない記事ではないかと思ったためすっかり関心がなくなり、内容の信憑性を真面目に考えるのも馬鹿馬鹿しくなった。が、どうだろう。この記事から驚くような考察が展開されている。というか、私にとっては新鮮で、勉強になった。

「警察庁は、06年の自殺対策基本法施行を受け、翌07年から自殺者の原因を遺書や生前のメモなどから詳しく分析」したところ、「就活の悩みで自殺」が増加したというのは、間違いないとしてよいのだが、全体の変化がないということは、他の理由付けによる自殺が「就活の悩みで自殺」に移行したと理解してよいのではないか。

別の言い方をすると、「就活の悩み」という自殺の自己了解が増えたということで、社会学的にいわれる予言の自己実現の類ではないかと思う。

全体像を見るかぎり、就職できないために若者が自殺したというより、自殺の理由として「就職できないこと」として自己了解する時代になった、ということではないか。

まず、この「予言の自己現実」とは何?そこからピンと来なかった。ぐぐっとWeb検索して掘り出した文献は、大阪大学の社会学の講義資料のようだ。いくつか実例もあったので読み進めてみたら、世間一般でよくある話ばかりで、マートンという人物の定義だったと知った(参照)。

<「予言の自己実現」の定義>
マートンは「予言の自己実現」(あるいは「予言の自己成就」)を次のように定義している。
「自己成就的予言(self-fulfiling prophecy)とは、最初の誤った状況の規定が新しい行動を呼び起こし、その行動が当初の誤った考えを真実なものとすることである。」

この定義が上の引用のどこにかかるかというと「就職できないために若者が自殺したというより、自殺の理由として「就職できないこと」として自己了解する」の部分が、定義の前半の「最初の誤った状況の規定」に該当するのではないかな。

マートンの定義をちょっと分解して当てはめて見ると、「最初の誤った規定」に当たるのは「自殺の理由は就職できないこと」になる。そのようにストレートに最初から言われれば、そんなことはないよ自殺理由は他にもあるさ、と、私などは思う。でも、若者の自殺理由は「「就職できないこと」として自己了解をする時代になったということではないか」の、「時代」ってのが何を受けてどこにつながるのかよく理解できない。私の読解力の問題かもしれない。

次。

この記事を書いた人物の解釈が「自殺理由は就職できないこと」であるために、該当の読売記事が、読み手に誤解を与えやすい記事になったのではないだろうか。

ここで初めて、この記事に対する読者の反響を読んでみた(参照)。

ざっとだが、就活の悲惨さやこの社会を作った世代への恨み辛み、同情的な意見等様々な声を集めているが、殆どの人が「自殺理由は就職できないこと」と受け止めたからだと思う。これがマートンの定義の後半部分である「その行動が当初の誤った考えを真実なものとすることである。」に当てはまる部分だ。

この考察をされた先のブログでは、10代20代の全体の自殺者数だけ取り出して独自の折れ線グラフにし、矛盾点を示している。最初、この矛盾点の指摘さえもなかなか気づけずに苦労したが、読売記事には、「自殺者が増えている」と書いているにもかかわらず、内閣府の自殺統計から割り出した数字による折れ線グラフでは殆ど推移していない。読売のグラフに示されているような「増加」の根拠が不明なため、ここが捏造されているのではないかと疑念を持った部分でもある。そうかどうかも依然わからないままだが、はてなブックマークの反響からはっきり言えることは、マートンが定義している「予言の自己実現」が、現実にここで起きているということだと思う。先程疑問に思った「時代になった」という推察部分ではないかな。書きながら、やっとここにたどり着いた。

自殺の理由は就職できないこと」という誤った状況の規定が誤った記事表現となり、同情や社会批判などを多く呼び込んだ結果、「自殺の理由は就職できないこと」という誤った最初の考えをまるで真実のようにしてまったのではないか、という結論に至った。

紐解いてみると簡単なロジックでもあるが、解読にはとても時間がかかった。また、これを一つの例に取ると、今まで、様々な被害にもあったものだといろいろ思い出した。ネット上の事なので原因は同じようなことだが、文章の書き方という点で自分の反省材料にはなった。また、今回の読売記事のように、事実かどうかそこも確認できないような曖昧な内容を整然と配信されていることもままある(参照)ようだが、その記事に群がるコメントを読むと、こういう時代になったものかという悲観的な気持ちにもなった。こういう言い方は、老いの始まりとも言うが。

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コメント

「予言の自己実現」というと難しいですが、自殺の理由としての就職の不調というのは以前からあったはずで、現状を考えれば、記者にとっては取り上げ易いタイミングだったとも思います。就職の不調は、社会への適応困難や経済的貧しさにも結びつきますし、結構頻度の高いの自殺理由のような気がします。ただ、就職の不調で自殺を考えるような人は、次なる試練、職場いじめではさらに苦しむかも。なんか論点を外しているようですが、お許しを。

投稿: tekukami | 2012-05-10 06:51

tekukamさん、この件は、読売記事で扱っているデータが間違っているにも関わらず、その事実を確かめることもなくそのまま信じ、(たまたま)世間の人の関心事である自殺と就職難がリンクしたために起きた風評や社会現象に視点があったのだと思います。そして、あちらの日記では記事叩きは避けて、論点をボヤけさせないように配慮したのでしょう。それなのに、私こそ初めは外してしまいました。

投稿: godmother | 2012-05-10 09:54

初めまして。
心理学をかじったものですが、それにしても、マートンの理論は興味深いですね。
たった、数%しか就職率が下がっていないのに、自殺は2,5倍になっている。つまり、世間が生み出した「就職できないから自殺する」と言う勝手な予言に、若者が同調してしまったようです。
メディアにある方々は、この予言の自己実現をよく理解して記事を書いてほしいものです。書いたことが本当になってしまうので。

投稿: 通りすがりさん | 2013-04-12 11:36

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