2011-12-27

おぉ、日経が米外交政策批判をしている

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この国は俺が守る―田中角栄アメリカに屈せず
仲 俊二郎

 民主党政権があまりにも酷く、最近は言葉もない。あらためて何かを言おうというものでもないが、この様な日本になってみて、一体どこで何が狂ってしまったのかと、少し歴史をさかのぼって調べてみたくなっている。単純に自分の興味の範囲なので、読む本も特定しているわけでもないが、「この国は俺が守る 田中角栄アメリカに屈せず」(仲俊二郎)は、最近読んだ中で面白かった。
 ロッキード事件が持ち上がった頃、角栄さんは毎日テレビのニュースを賑わしていた。国会での答弁で「記憶にございません」を連発して黙秘したため、当時の小学生でもこのフレーズを使って遊んだほどだった。そして、この本を読んだ後だっただけに、昨日の日経記事「混迷8年超、イラク戦争集結「新世界秩序」妄信の果 米ブッシュ政権、野心と功名争い」(参照)につながり、歴史の重みをずっしりと感じた。また、これらの事件や戦争が起こる傍らで私は生きてきたんだという、個人的には生き証人になってしまった自分だという感慨もある。そういうわけで今日は、この日経記事を全文ここに記録として残しておきたい衝動に駆られ、会員限定記事であるにもかかわらずコピペしておこうと思った。まず、個人的な感想を少し書いておこうと思う。
 日本の有力紙としての日経が、かなり先鋭的にアメリカの外交政策を批判している記事だということが内心嬉しくもあった。今まで日経は市場原理主義を賛美してきたと感じていたからか、そのギャップが自分にあるのもそうだが、この記事は明らかに今までの日経とは違う。ちょっと、記念すべきと思った。どこでそう思ったかというと、冒頭の「新世界秩序」という言葉を使っている部分だ。

どこで針路を誤ったのか。最大の要因は「新世界秩序」構築という当時のブッシュ大統領が描いた大きすぎた夢にある。功名を争う側近たちがバスに乗り遅れまいと熟慮なき決断を後押しした。

 「新世界秩序」という言葉は、陰謀論を意識した言葉だと思うが、実在の米元大統領の政策を表現する言葉としてはかなり強い批判を意識していると思う。読めば分かることだが、イラク戦争の失敗を親子でやらかした上、ここでオバマの指揮下で撤退したことに疑問も投げかけてる。そりゃそうだと私も言いたい。
 撤退後、イラクの至る所で爆弾テロが起きて市民が大勢死んでいる。宗教闘争が激しい中、ここで撤退したことは何の解決にもなっていない。それどころか、今までアメリカ軍の存在で抑圧されていたイスラム過激派のエネルギーが吹き出したという勢いだ。オバマ氏が来年の大統領選挙で再選されることになれば、彼はこの責任をどう取るのだろうか。頭の痛い問題を抱えてしまった。因みに、オバマ氏が撤退を決めたあたりの背景については、極東ブログ「オバマ米大統領によるイラク戦争終結宣言の背景」(参照)で詳しく考察されている。再選の暁にはきっと読み返したくなるのではないかと思い、リンクを貼らせてもらった。
 以下がその記事である。

混迷8年超、イラク戦争終結
「新世界秩序」妄信の果て 米ブッシュ政権、野心と功名争い
2011/12/26付
日本経済新聞 朝刊

 9年近くに及ぶイラク戦争は米軍の最後の部隊が23日に米本土に帰還し、完全終結した。フセイン独裁体制は打破したものの中東情勢は混沌としたままで、米国民に戦勝気分はない。どこで針路を誤ったのか。最大の要因は「新世界秩序」構築という当時のブッシュ大統領が描いた大きすぎた夢にある。功名を争う側近たちがバスに乗り遅れまいと熟慮なき決断を後押しした。

 反戦団体の集会に必ず登場する「戦犯ブッシュ」人形(米ワシントン)
イラクの石油利権を狙う産軍複合体の代弁者であるチェイニー副大統領らネオコン(新保守主義)勢力が、ありもしない大量破壊兵器を口実に強引に攻め込んだ。反戦団体はイラク戦争をこう指弾する。
 戦争に実利はつきもの。チェイニー氏が副大統領就任の直前まで最高経営責任者(CEO)を務めた石油企業ハリバートンが復興事業を担ったのは事実だ。
ただ、ブッシュ氏本人の動機が石油利権にあったという証拠はない。むしろ読み取れるのは歴史に残る大統領になりたいという素朴な野心だ。
米国主導で民主主義と市場経済による世界の一体化を進める。ブッシュ・ドクトリンに盛られたこの考え方の根源は1970年代初めにさかのぼる。ニクソン政権のキッシンジャー国務長官は中ソの仲たがいにつけ込み、中国との接近に成功。提唱した「新世界秩序」は共和党外交のキーワードになった。
 「制圧は容易」
 90年の湾岸危機の際、父ブッシュ大統領はイラクへの反攻の大義名分として「新世界秩序」を持ち出した。冷戦勝利の高揚感も相まって、唯一の超大国として世界安定の責任を負うという壮大な絵図に米国民は酔った。
 長男であるブッシュ氏はそれを実現させて父を超えようとした。同時テロ後のアフガニスタン進攻で主要都市を簡単に占領したことでシリアやイランを含めた中東制圧は容易と誤解。「私の業績を決めるのはテロ戦争だ。イラクはその一部にすぎない」。マクレラン副報道官は開戦前にブッシュ氏がこう豪語するのを聞いた。
 ネオコン勢力が誤解させた面はある。開戦前、ホワイトハウスのリンゼイ経済顧問は戦費の見込みを「1000億ドルないし2000億ドル」と発言。アフガン戦争を含めた戦費が1兆ドルを超えたことを考えると、いかに手軽な戦争と見ていたかがうかがえる。
 戦費をかけまいとウルフォウィッツ国防副長官は少数兵力による電撃攻撃を立案。大規模派兵による万全の備えを訴えたシンセキ陸軍参謀総長は退役に追い込まれた。手を携えて開戦へと突き進んだネオコンと軍は皮肉にも戦争を始めたことで離反した。
 ブッシュ政権の政策決定は直線的だった。チェイニー氏やラムズフェルド国防長官らネオコン勢力は必ずしも一枚岩ではなかったが、それが相互抑制に働くのではなく、大統領の機嫌取り競争に転化した。
 ハース国務省政策企画局長はライス大統領補佐官(国家安全保障担当)に開戦を止めるよう進言したが、返ってきた言葉は「言わないで。大統領はその気なの」。最側近のライス氏も耳障りな情報は上げなかった。
 評価は後世に
 「間もなく歴史の一部になる」。戦争を引き継いだオバマ大統領は14日の戦争終結宣言の際、こう付言した。開戦に反対した経緯を考えれば「祝勝」はあり得ないが、「敗退」とおとしめる必要もない。評価は後世に委ねるしかなかった。
開戦時の政権担当者の多くが回顧録を出版したが、「イラクで戦ったことで米本土へのテロを抑止した」と胸をはるチェイニー氏以外はイラク戦争の是非には言葉少なだ。ブッシュ氏は大量破壊兵器に関して上がってきた情報が間違っていたのだから自身の判断ミスではないとの言い分だ。もっとも2003年にこんなことも言っていた。
「歴史なんか知りたくもない。我々がしたことが歴史になる頃にはもう生きていない」
=肩書は当時
(ワシントン支局長 大石格)

<MEMO>ブッシュ・ドクトリン
米ブッシュ政権が2001年9月の同時テロを受けて定めた国防戦略。冷戦期に有効だった核武装の優位による戦争抑止力が損なわれたと判断。テロ支援国への先制攻撃を辞さず、との方針を明確にしたのが特徴だ。
民主主義と市場経済に基づく「新世界秩序」構築も打ち出し、独裁国家への軍事介入を正当化した。02年1月の一般教書演説に盛り込み、8月の国防報告で体系化した。

 1991年の湾岸戦争勃発→2001年の9.11同時多発テロ→2003年のイラク戦争。そして、2008年のリーマンショックで流れが変わった。つまり、ブッシュ親子二代にわたって「新世界秩序」構想が破綻したのだということ。

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