2011-08-17

結婚に左右されない生き方についてそろそろ考える時期

 萬田久子(54)という女優の内縁の夫である佐々木力(60)という実業家が9日亡くなった。萬田は私と年も近くデビューの頃から知っているが、結婚しているものとばかり思っていた。久しぶりにその姿をみて、なんだかやつれていた。芸能界のことに疎いせいか、私生活に至るまではよく知らないことが多い。ここ数日、テレビで何度か萬田のインタビューを聞く機会があり、改めて彼女の生き様に魅せられた。美しい日々が流れるような人生だったとは言いがたいと思うが、男と婚姻関係そのものの生活を未婚という形で築きながら、片方では、母として子どもを育て上げたという生活を想像すると、社会的には多くの苦労があったのではないかと想像していた。
 いわゆる未婚の母だったわけだが、萬田の世代が、社会的には認められ始めた走りの世代といってもよいだろうと思う。昭和30年代では、女性が独り立ちできる時代とは言いがたく、社会的に男性と平等ではなかった。そういう時代で女性として生活力を持つことは、手に職をつけたり専門的な仕事や、芸能界入りするなどの何か特殊な括りの人でなければできなかったと思う。
 そういう意味で名前が挙がるのは、エッセイストの桐島洋子だろうか(参照)。1937年生れで、父親は、三菱財閥の重役であった。つまり、よいところの娘でお嬢様育ちであった。それを言うならジョン・レノンの妻であった小野洋子も桐島洋子と同世代で、よいところのお嬢様育ちと世間では言われる部類の人達だ。が、家柄をむしろ嫌い、個性を主張するような生き方を求めた気がする。そして、男尊女卑の時代で職業人としての行き方を模索し続けた結果だったのかもしれない。次の世代としての萬田は、桐島や小野の生き方を見ていたというのもあると思う。
 昔の話になるが、桐島洋子が未婚の母であったことは当時としてはセンセーショナルな出来事だった。物書きであったこともあり、普通の週刊誌はもとより、文藝春秋も取り上げていた。中で、対話のようなものを読んだこともある。未婚の母として大成した桐島にそのテーマでインタビューしたものだった。特に美人でもなく、下膨れのふくよかな面立ちであった。その対談で初めて桐島が、壮絶ともいえる生き方をあえて選んだことを知った。ただ、萬田との違いは、子どもを三人もうけた内縁関係のアメリカ人の男性とは別れ、別の恋人を作ったことだった。現代ではそのようなことをとやかく言う時代ではないが、昭和の日本では噂の種になり、メディアから叩かれたのだろう。桐島はアメリカ生活を選んだようだ。ふしだらな女として見るような部分と、カッコイイ生き方とみるような世代の評価が混在する世の中であった。
 萬田が何故アメリカへわざわざ行って出産したかは知らないが、当時、有名人が未婚の母になる登竜門のようだった。日本ではマスコミがうるさかったというのもあるかもしれない。こんなことどうでもいいような話だが、その時代を生きた私にとっては大きな変化であった。
 未婚の母が日本で生きるための地位の確立というか、認める社会が確立するまで、ざっと50年くらいかかっている。丁度、今年は戦後66年になる。振り返ってみると、敗戦によってこのような日本社会になったのはたまたまそうなっただけだ。これが戦争に勝っていたらと考えると、今の中国と似ている国になったかもしれない。天皇と極右政治に反発し、皇居前でデモでもやっていたかもしれない。靖国神社では戦死者の慰霊祭が盛大に行なわれていたかもしれない。戦争に負けたから中国や朝鮮との仲がギクシャクしているといえばそうだろうと思うし、勝っていたら未婚の母が子どもを育てるのは容易ではなかったと思う。
 さて、ここでさらに思うのは、法律的に婚姻によって守られる権利は勿論大きいが、精神的には既婚も未婚も何ら変わることはないと言えるかもしれない。萬田の生きてきた姿を見ると、自分が添い遂げたい男と生計をともにしながら子どもを育てる生活、という事実は既婚も同じである。むしろ、法律的には既婚であって、精神的に離婚状態の婚姻関係もおかしなものかもしれない。未婚の母を持つ子どもは、戸籍上、父の記載はない。これがあるかないかの違いはあるが、離婚した子どもの事を思えば同じである。ましてや、今は自分の戸籍を切り離して持つこともできる時代だ。このように考えると、何に拘って婚姻という形を選ぶのか、その辺がやっと浮き彫りになってきた。
 古い時代の考え方ではあるかもしれないが、私などは、子どもを育てながら会社員として勤める自信がなかったこともあるが、一つにはその環境がなかったこともある。そして、仕事を選んだがため、田舎の環境ではその仕事ができなかったというのもある。天秤にかけて専業主婦となったわけだが、社会人としての人格を社会に求めると、ジレンマに陥る。だからその思いはもみ消すといった中で生きていた。が、環境さえあれば、未婚の母も離婚者も既婚者も、結局、生きる姿は同じではないかと思うようになった。誰にとっても生きやすい社会環境が日本にはあるとは思えない。偏見など、まだまだ厳しいものがあるとは思う。
 最後に、離婚や未婚で子どもを持つ母のための社会的な理解は徐々によくなってきている反面、男性が子どもを引き取って育てることはどうだろう。昔、男尊女卑の色あいが濃かった日本では、離婚して男性が子どもを引き取る条件に、留守中の世話をする人の存在として親世代があった。桐島のように知り合いの未亡人に預けるわけには行かない。
 しかし、最近は、その親と同居しない夫婦が増えている。核家族化も、逆風には弱い面がでてくる。男親が、働きながら子ども養うことは前提にないのが日本社会でもあるが、これも今後の課題になるのではないかと思う。先日もNHKで、男性の育休問題を取り上げていた。子どもは母親が育てるのが一番いい、などと大きな顔ができなくなったというものある。まだまだ私の中には偏見もあるが、人の価値観が多様化してきて、それを受け入れる社会の器も、どれ程のも物を用意すべきかとは思う。昭和の頃の精神構造や、婚姻のあり方も悪くもなかったが、そんな精神性を云々する問題では、最早なさそうではある。

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