2011-08-27

「決断できない日本(ケビン・メア)」の指摘について雑感

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決断できない日本
ケビン・メア

 ケビン・メア氏の著書「決断できない日本」がやっと届いた。著者は、本書の帯にも書いてあるとおり、「沖縄はゆすりの名人」という発言をしたという共同通信社の報道が元で米国務省から更迭され、4月に退職した人物である。日本では大きく報道されたこともあり、この本は、かなり注目を浴びているそうだ。
 メア氏の問題で私はここで、三本のエントリーを書いている(参照参照参照)退職後の報道を聞くことはあまりなかったが、311の東日本大震災の「ともだち作戦」のために米国務省の調整官の指名を受け、退職の決意後約1ヶ月間、その任務を遂行して退職されたと知った。メア氏は、この環境の変化を、「私はまるで猛スピードで急降下しては再び上昇していくジェットコースターに乗っているかのような、目まぐるしく、奇妙な感覚を味わっていました。」と表現されている。氏の名前も日本ではかなり知れ渡っていると思うし、Amazonのランキングでは上位の方らしく、多くの人に読まれていることだと思う。
 先の発言や、他にもいくつか事実とは違う報道をされたことを心外だとし、これらを釈明するために退職の道を選び、今は自由に発言されている。これが、本書を書かれた理由でもある。私の関心も正にその部分であったし、いかに反論されるのかに注目したが、退職後、早速にウォール・ストリート・ジャーナル(日本)のインタビューに答えるビデオの内容と概ね同じであった(参照)。本書でもほぼ同じような展開で話は進められているが、釈明だけの内容ではなく、その残念な自身の体験から、日本の政府や当事者を厳しく批判しながら様々な指摘があり、それらは日本を応援するエールとして強いメッセージだと感じた。親日家のほどが窺われ、これが、私のメア氏に対する好感度をぐっと上げた。そういったメア氏の投げ掛けに反応したい気持ちがこみ上げ、少し触れておきたいと思う。
 そのものズバリだが、本書のタイトルである「決断できない日本人」についてを幾つかの場面で説明されている。この本の主要部分と言ってもよいかと思う。この点に的を絞って考えてみたいと思った理由に、ちょうど2020年までの「中国の軍事・安全保障に関する年次報告書」が公表されたばかりで(読売)、日本はますます防衛問題に真剣に取り組む必要性が出てきたことを感じた。ついては、アメリカとの同盟を今以上に堅く結ばなくてはならない。日本に対してアメリカは、短命首相が続く日本の政権とスムーズに同盟問題を進められないというジレンマを感じたが、様々な懸念や疑問視がアメリカ側にあるようだ(産経)。そして、本書との関係で言えば、メア氏の指摘する「決断できない日本」のままでは、国民の安全の確保はどうなるのか気になった。
 例に挙げると、PACミサイルの搬入の際、これに反対するデモ隊がミサイルの輸送ルートを塞いだ時、地元警察は動かなかったというエピソードで、メア氏が直接警察に要請する羽目になったのは、明らかにおかしな話だったと指摘している。理由は、地位協定というアメリカと日本の間で交わされている協定に抵触しない範囲で米軍の権利を守るもので、ミサイルの搬入は合法であるにもかかわらず、沖縄防衛局はメア氏の要請に応えず、直接警察に要請を依頼するように言われたというのである。メア氏はこれにかなり呆れたと憤慨しており、私も当初、日本が決断できない国の象徴的な事件だと解した。が、後で考えが少し変わった。メア氏の状況説明にはこうある。

日米地位協定は、港湾施設・空港などの出入り口の権利を保障していて、その権利行使が妨害されている場合、法執行当局は妨害要因を排除する義務があります。ところが、沖縄防衛局は、デモ隊を排除するためには総領事が直接、警察に要請したほうがいいと言ってきた。そうしないと警察は動けないという。これを聞いて私はあきれてしまいました。
もう占領時代は終わっているというのに、日本の警察は米国の総領事の指示で動くというのだろうかーー。

私は防衛局(防衛省の出先機関、かつての那覇防衛施設局)の担当者に「この問題は日本の政府の責任ですから、防衛局が警察と調整できませんか。私が直接、警察に要請するのは筋違いではありませんか」と言ったのですが、相手は、「それは分かるが、総領事が責任を取ってほしい」というのです。

この話は、後になって知った外務省がかんかんに怒ったと聞いています。基地の外で起きた日米地位協定に関わる話なのですから、当然の怒りだったでしょう。これは、国家の主権に関わる問題だからです。

 ここで決断ができない理由が二点あると思った。
 まず、警察と防衛局(防衛省)と、後で怒ったという外務省と防衛省のそれぞれの管轄の違いで、命令系統が違うことに原因があるのではないだろうか。例えば、些細な話だが、家庭内で起きた暴力問題は民事だとして警察は関わらない。電話で通報しても、すぐに飛んでは来ないことがある。また、ストーカーなども昔は、警察は相手にしてくれなかった。日本の法制度にもかなり問題があると思う。国民の不満もあるくらいのことなので、メア氏が呆れるのも理解できる。
 もう一点は、責任を取りたくない体質による弊害があるとしたら、こういった法制度や関係省庁の組織構成に問題があり、そのため枠内の職員間に、我が家に問題を起こしたくないという体質が出来上がった結果ではないだろうか。この辺のところは、専門家の意見を聞いてみたいと私も思っていた部分だけに関心もある。
 メア氏の指摘は、このような問題は、「日米安保体制の危うさを象徴している一件」だと紹介している。ここが肝で、どこを改善したらその危うさを回避できるのか、せっかくの指摘に反応するための政治は政治家に任せている市民の問題へと降りてくることになる。
 話は飛ぶが、菅首相は昨日辞任を表明した。次の首相選びは国民は不参加となるが、国民が選んだ議員から選出される。いろいろ批判的なことを思ってしまう私だが、自分たちの選んだ議員から誰が首相になろうと、応援してゆくしかないという言い聞かせも、この政権が続く限りだと思う。懲り懲りするのは時期尚早だと、自己反省の念を記しておかないとバツが悪くなった。
 メア氏の話から首相選挙の話に落ち着いてしまったが、メア氏は最後に次のように私たちに温かい言葉をかけてくれている。

問題は、政治のレベルの低さなのです。責任を取らず、自己保身を図ることが目的化してしまっている今の政治から、一刻も早く脱却しなければなりません。
The Japanese people deserve better politics.

日本人は今の政治のあり方に甘んじてはいけないと思います。日本の国民はもっと良い指導力、良い政治に恵まれるべきです。

 最後になったが、メア氏が日本とアメリカの友好関係や同盟問題に対して尽力されたことを感じ取り、胸が熱くなる描写も多々あった。この様なアメリカの外交官に恵まれたことにとても感謝している。ありがとう。

 私とは全く違う視点で極東ブロブでも書評を書かれている(参照)。「沖縄はゆすりの名人」と「怠惰でゴーヤーも栽培できない」、という発言をしたと報じた共同通信社の記事について詳しく考察されている。多くの人の関心事であったと思うし、真相を確認する意味でも参照されると良いと思う。

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