2011-08-20

トルコの悩ましい問題について雑感

 8月18日、トルコ政府軍は、トルコから独立を目指しているクルド人労働者党(PKK)に対してジェット機や迫撃砲による激しい報復攻撃を行ったことを報じていた(参照)。今月に入ってからPKKのトルコへのテロ活動が目立つようになってきたこともあり、状況は日増しに深刻化しているようだ。昨日、ニュースを読んでいてこの理由がわかった。8月30日は、トルコの戦勝記念日で、この日を祝う式典などを邪魔立てするというのがPKKの攻撃の狙いなのだとすると、テロ活動もこの日だけに限らず、トルコ政府や要人、各施設などが標的になるではないかと思った。記事によると、トルコ軍の報復の規模がかなり大きいと報じている点もあり、これが悪化して戦争勃発となるかどうかが気になったが、PKKのテロの目的などを思うと、今がそのチャンスなのかどうか気になった。背景を少し考えてみた。
 PKKを組織するクルド人のトルコへの不満は何か、と考える前に、トルコがなぜPKKの侵略を嫌うかをたどる方が歴史が見えやすいと思った。この問題は、簡単ではない。一番大きな理由に、クルド人は、自分たちの国を持っていない。イラク、トルコ、イラン、シリアという中東の4カ国に分散して住み(地図上の黄色部分)、クルド人としての国家を持たない民族である。微妙な位置関係がわかるように地図画像を参照してみた。

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 そして、2003年のアメリカのイラク攻撃を手伝うことになったのは、クルド人の建国のまたとないチャンスだったからだと思う。イラクを制覇して、イラク北部の油田をもとに国家を作る計画があった。これが計画倒れとなった原因は、1970年代のオイルショックで、クルド人がイラクのキルクーク油田財源に計画していた独立国家の構想が、イラクによって阻止されたことにある。イラクは、クルド人を山岳地帯に強制移住させ、アラブシーア派の移住を奨励してアラブ化した。ところが、フセイン政権が転覆したため、アラブ化されたこの土地をもとに戻そうと、クルド人は逆に非アラブ化を試みている。
 クルド人のこの計画は、アメリカが撤退するまでが勝負といったタイミングでもあると思う。また、アメリカの同盟国であるイスラエルは、クルド人のこの計画を支援する側にいる。イスラエルは、シリアやイランなどの敵国の弱体化を望み、自国を守るという点がクルド人と利害が一致する点である。
 クルド人が、イラクのキルクークをクルド化しようと強硬な態度に出れば、国境に近いトルコがイラクに侵攻してくることになる。これが、冒頭のロイター記事にある通り、トルコの首相が強硬姿勢を表明した背景だと思う。
 状況は、次のように報じられた。

[イスタンブール 18日 ロイター] トルコ軍は18日、イラク北部に拠点を置くクルド系武装勢力に対し航空機や迫撃砲などによる激しい攻撃を行った。トルコからの独立を目指すクルド人労働者党(PKK)による襲撃への対抗措置とみられる。
同日夜、トルコ南東部の空軍基地から少なくとも軍用機12機が出撃。軍は詳しい攻撃目標について明かしていないが、参謀本部によると、迫撃砲による攻撃は168カ所に上り、さらに軍用機による爆撃も計60カ所で行ったと明かした。治安筋によると、標的の中にはPKK司令官の居住施設も含まれていたという。
PKKは17日、南東部ハッカリ県でトルコ軍の車列を襲撃。兵士8人と民兵1人が死亡し、15人が負傷した。
この事件を受けて、トルコのエルドアン首相は「われわれの忍耐はついに尽きた。テロと距離を置かない者たちはその代償を支払うことになる」と、PKKへの報復を行うと表明していた。

 また、トルコがクルド人の建国を受け入れたくない理由が他にもある。
 第一次世界大戦に遡るが、今のトルコ共和国は、オスマン・トルコ帝国としてイギリス中心の連合軍との戦いに敗れ、オスマン帝国の跡地が分割されてできた国である。今よりももっと小さい国であった。が、ケマル・アタチュルクというトルコの青年将校が現れ、隣国のギリシャとの戦いで領土を勝ち取った。その姿にイギリスが感心し、トルコと共に西欧を支配することを画策した。ところで、この後、日本は明治維新となる。イギリスは、日本の明治維新に深く関与したとされている富国強兵のための技術支援などをしたが、その姿は、トルコのギリシャ侵攻の姿でもあった。
 トルコに話を戻すと、仮にも北イラクにクルド国家が創設され、クルドの独立がトルコ領土にも波及するとしたら、アタチュルク出現以前のオスマン帝国滅亡後の状態に戻ってしまうという危機感につながる。アタチュルクは、トルコ人の英雄であり、クルド人の侵攻を許すことは、アタチュルクの偉業を無にすることになる。クルド人が国家を創設することなどは不可能だとしたいのがトルコである。エルドアン首相が、そう思っているかどうかはわからないが、国民感情は概ねそうだと思う。エルドアン首相の勇ましい声明は、これらの背景を受けてではないだろうか。
 ここでちょっと話が進むが、トルコがこの選択をしたことはどういう状況を周囲に作ることになるか考えてみた。クルド人の侵攻が強まり、これを封じるためにトルコが北イラクに更に報復攻撃を加えてイラクに侵攻すれば、それをきっかけにアメリカとイランが開戦するなどということは起きないだろうか。そうにでもなれば、それは、トルコにとって西欧の一員になるための80年間の夢が壊れることになる。つまり、中東イスラム世界の一員に戻るということを意味するのではないだろうか。
 また、トルコがクルドの独立を邪魔しないとしたら、いずれクルドは独立し、トルコの在クルド人の独立運動が広がるのではないだろうか。それが、今起こっている現実でもある。そして、トルコが北イラク侵攻を止めたとしても、EU加盟への希望が開けるということはない。トルコにとって、何を取るにしても損な状況だと思う。
 選択肢をどうするかよりも、トルコにとってはもともと絶望的な行き詰まりがはっきりしていたように思う。

追記: 嗚呼、軽くショックを受けている。このエントリーを書いた後に、極東ブログの「トルコが脱世俗国家へと変貌しつつあるようだ」(参照)を見つけてしまった。
 トルコの今のこの現状を2010年3月のエントリーで予言されていたのだった。これにショックを覚えたのは、今日のエントリーを書くに至るまでに、歴史の本やニュース記事など、結構な量の資料を読んでこぎつけた結果だったからだ。歴史の勉強を怠ってきたツケだと思う。それにしても、考察の深さに感心した。エントリーが、2003年のトルコのクーデターから引きずった事件が切り口のため、トルコの歴史的背景にはさほど触れらていないが、「難しいい問題に影を落としている」とある通り、背景を細かく書くとしたら本が一冊書けるくらいの量になるかもしれない問題だと思った。
 兎にも角にも、内容を参照されたい。

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