2011-07-04

レバノン 2005年ハリリ元首相暗殺事件のその後について(続)-容疑者確定後のレバノンについて雑感

 国連の特別法廷(オランダ・ハーグ)は6月30日、2005年にラフィーク・ハリリ元首相の暗殺(爆殺)に関わったとするイスラム教シーア派組織ヒズボラの関係者4人に起訴状を出した。容疑は、ハリリ氏の暗殺を計画・実行した罪で、ヒズボラの軍事作戦担当幹部とされるムスタファ・バドレディン容疑者らを起訴したことが先日報じられた。30日という限定的な期間でレバノン当局が起訴状を執行し、4被告の身柄を拘束しなければ、特別法廷が起訴内容を公表する選択肢もあると報じられている。レバノンでこれからの30日間、いろいろな駆け引きが繰り広げられるのではないかと思うと、かなり不安定な状態になるのではないかと思い、記事を拾ってみた。
 レバノン政府がヒズボラであっても公式には協力せざるを得ないとは思うが、現実にはどの程度協力するかだと思う。そう言っている間に、これに対してヒズボラのナスララ党首は2日、テレビ演説で容疑者の引渡しを拒否したことがわかった(朝日)。

 国連主導のレバノン特別法廷(オランダ・ハーグ)が、レバノンの与党でもあるイスラム教シーア派組織ヒズボラの幹部らの逮捕状を出したことについて、ヒズボラのナスララ党首は2日、テレビ演説し、容疑者の引き渡しを拒否した。

 特別法廷は、2005年に起きたハリリ元首相暗殺事件を裁くために設けられた。ナスララ師は、法廷を「レバノンを不安定化させるためのイスラエルと米国の陰謀」「判決はもう決まっているのだろう。欠席裁判をやればよい」などと批判した。

 特別法廷は逮捕状の内容を公開していないが、レバノンでの報道では、ヒズボラの幹部ら党員4人が容疑者として挙がっているという。4人はヒズボラがかくまっているとみられている。(カイロ=貫洞欣寛)

 国際的に起訴されている容疑者を政府が引渡しに協力するとしても、宗教的な対立関係で容疑者を庇い立てするのが公然と行われる辺りの国情が掴みにくい。レバノン政府の構成が宗教的な派閥から成り立っていることは「2005年ハリリ元首相暗殺事件を背景に不安定なレバノンの状況」(参照)でも触れたことだが、かなり複雑な事情が重なっていて見えにくい。
 シリア軍撤退問題で、スンニ派であるハリリ元首相は、シリア軍の撤退を勧告する国連決議の実現に関わって親シリア派と対立していたとされ、暗殺にはシリアが関与したのではないかとの見方もある。この事件で、レバノンの強権的な支配政権に対する国民の反発や不満を一気に爆発させ、反シリアに政権が移った。引渡しを拒否したことで浮き上がるのはこういった背景で、今後、親シリア派と反シリアの衝突や、シリアの関わり方が気になる。
 先日、この起訴状が出された時点でふと思い出したのが、リビアが関わったロッカビー事件(パンアメリカン航空103便爆破事件1988・12・21)だった。ヒースロー空港を経由してニューヨークへ向かう途中、スコットランドのロッカビー上空で機内の荷物に仕込まれた爆弾によって空中爆発を起こした。機体の一部が飛散し、住民11名、死亡した乗客は243名という大事故となった。Wikipediaにも詳しく状況が書かれている(参照)。
 その後の調査でリビアの関与が確定して起訴状が出されたが、カッダフィー大佐は当初、引渡しに応じなかった。最終的には、度重なる制裁に屈する形で引き渡しに応じた。
 シリアもリビアと同様に、国際社会の介入が難しい国であることから、ハリリ元首相暗殺にどこまで関わったかなどの詳しい情報は聞かないが、何らかの関与はあると思う。となるともっと話は複雑化し、この件が長引けば、シリアの関与が露骨になるのではないかと思っている。
 余談だが、ロッカビー事件後、爆弾が仕掛けられた荷物の持ち主がいないことが発覚し、旅客と荷物の一致の原則に反した就業を行ったとして裁判で有罪判決が下った。このことが原因で三年後の1991年、パンナムエアーは経営破たんとなった。それまで、大相撲の千秋楽では、パンナム社長のから優勝トロフィーが渡されていたが、突然廃業したため、あのたどたどしい日本語の「ヒョウーショウージョー」が聞けなくなったのは残念だった記憶がある。

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