2011-06-28

クリニクラウン塚原茂幸、丸窓電車からのスタート-「PACKMANと笑っていこう」

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東北震災後、テレビのニュースや新聞で、なんとなくパックマンこと塚原茂幸さんの活動の知らせを探している自分に気づく。おかしいな、ちっとも彼のことを報じない。もしかしたら彼はもう活動をやめたのかしら、などと消息を気にしていた矢先、先日、「クリニクラウン(cliniclown)」という臨床道化師の姿でテレビで紹介されていた。ああ、彼は本気で正業として活動しているんだ、と、ほっとしている自分がいた。と同時に、もっと彼が若い頃に語ってくれたあの時の彼の印象がそのまま蘇ってきた。思えば十年以上前、ある機関紙に紹介記事を書くための取材で彼と食事をしたのが最後だった。
 彼との出会いは、私の子ども三人の真ん中の長男が保育園の頃だった。当時の彼は、長野福祉大学を卒業後、アメリカのクラウン養成所を卒業したばかりの道化師の修行中だった。団員は一人だが劇団名は「ストリートシアター道芸」。パックマンが愛称ではあるが肩書きは「山の道化師」。四輪駆動の大きな車に小道具から大道具の一切合財を積み込んでどこへでも参上する。生れは渋谷。兄弟に兄を持ち、普通の会社員の家庭の育ちである。彼が何故、道化師の道へ進んだのか?彼の話を聞いていると人生の素晴らしさや生きるとはどういうことだろうかと、いろいろ考えさせられた。

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 当時、日本には彼を含めて二人しか道化師はいなかった。その彼は、長野県にお世話になったからと、県内各地の保育園でお呼びがあれば参上し、子ども達に大道芸の醍醐味を披露しながら笑いの一時を一緒に過ごしてくれていた。私は、そんな活動を新聞で知り、思い切って当時彼をサポートしていた上田市の「丸窓電車」という喫茶店に電話し、彼と初めて話しをした。これは、今から約20年前の話だ。彼のお父さんのような存在で、稼げなかった塚原氏がお世話になったと話す喫茶店の店主だ。この電車は上田市の名物で丸い窓があり、店の直ぐ前に展示されている。写真のように、店から見える。残念なことに、この喫茶店は昨年5月に閉店している。

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PACKMANと笑っていこう
つかはらしげゆき×パックマン
山の道化師

 彼との最初の出会いから約8年後、再開する機会があった。当時、私の子ども達はヤマギシズム学園で寄宿生活をしながら、息子は三重県阿山町(現在の伊賀市)の小学校で、娘は豊里の中学に通っていたため、皆離れ離れだった。娘や息子達がそれぞれの友達と一緒にパックマンとの笑いの一時を過ごせたらどんなにいいだろうかと思い立ち、友人の堀さんと、共同企画としてステージを立ち上げた。その時の観客は体育館の床に座り込むようにしてぎゅうぎゅうに詰め込んで3000人ほどだった。きっと子どもたちの記憶にもあるはずだ。この公演に間に合うように印刷を急がしたと言っていた彼の最初の本「PACKMANと笑っていこう」(参照)は、子ども達がお小遣いをはたいて買ってくれた本だ。この本の前書きにこうある。

 「何かをするにはあまりに短く、何もしないにはあまりに長い人生」そんな一生を一生懸命に全うしたい・・・そんな願いが私を道化師の世界に導いてくれたのです。大げさかもしれませんが、笑いこそが人間の希望であり夢なんだと信じています。いつも笑顔の傍らに身を置きながら、そんな思いを人に伝えていけるような道化師としてのお節介を、これからも続けていこうと決めています。

 大学時代に車で自損事故を催し、身動きの取れない生活が長く続いた結果、「自分は、生きたくて生きている」という当たり前のことに気づかされ、これがきっかけで道化師の道に進んだそうだ。
 その後、神戸の震災にボランティアで復興作業に参加していた彼が道化師だとは誰も知らず、また、彼も語らず、復興後皆が笑ってすごしたいと思えるようになる時までと、ずっと内緒で活動していたそうだ。その時の話も含めて、彼がどんな経緯で道化師を始めたか、また、どのような活動をしてきたかなど彼の生涯についてがこの本で窺える。
 冒頭の「クリニクラウン」とはどういった活動か、私も番組で初めて知った。医療道化師という言葉らしい。英語で病院を意味するclinicと道化師clownが一緒になってClinicrownという造語になったそうだ。外に出られない病気療養中の子ども達の病室に突然現れ、一緒に遊ぶだけなのだそうだが、いわばステージは子ども達の病室。そして、ギャラが出るでもない。彼は昔からそういう人だった。どうやって生計を立てているか知らないが、定期的に収入があるわけではないため、結婚も僕はしないと思うし、その必要を感じないと話していた。HPがきっとあるはずだと探してみると、あった(参照)。地味な活動だが、テレビで紹介していた病室の子ども達の笑いを思い浮かべると、これほど大きなプレゼントは他にあるだろうかと思った。

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