2011-06-23

「La mort du jeune Barra」-finalventという案内人による絵画鑑賞

cover
ジャック・ルイ・ダヴィッド『自画像』、1794年。ルーヴル美術館蔵

 自然科学の歴史上では例えば、今から約130年前に亡くなったダーウィンがいた。彼の説いた生物の進化に大きく関係した自然選択の理論を証明するための「移行化石」が当時発見されていたら、何かが大きく変わったかもしれない。が、ダーウインの進化論は、現代生物学の基盤として生き続けている。決して、歴史上の過去の人ではない。ダーウインの進化論が「移行化石の発見」(参照)によって現代、証明されるのと同じくらい私にとって驚きだったのは、「La mort du jeune Barra」という作品に作者が何を描出したかったかという謎解きだった。
 実は、どんな順番でどう切り出して書いたらよいのか戸惑っていて、もしかすると散漫な内容になるかもしれない。とにかく一昨日、震えが来るような感動に出会いたいとぼやいたとおりになった。この感動的な出会いは、極東ブログのエントリー、「La mort du jeune Barra」にあった(参照)。
 ここを読んでくれている方なら、昨日の私のエントリー「「絶頂美術館」-西岡文彦という案内人による絵画鑑賞」(参照)に何か関連した話だとピンと来ていると思う。そう、この西岡氏の著書「絶頂美術館」を注文し、この本で、西岡氏が案内してくれる絵画に出会うのを楽しみにしていたところだ。ところが、finalvent氏ときたら、西岡氏の「La mort du jeune Barra」という絵画の読みをすっかり上書きしてしまった。この事実に震えが来て三度もエントリーを読み返してしまった(三度目は途中で寝こけてしまったが)。つまり、この絵の作者であるジャック=ルイ・ダヴィッドのよき理解者が260年ぶりに現れたということだ。「良かったね、ダヴィッド!」と、感動して涙が溢れた。

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 内容は、リンク先のエントリーを読まれればわかることだが、上の絵二点は、ジャック=ルイ・ダヴィッド(Jacques-Louis David, 1748年8月30日 - 1825年12月29日)(参照)という、新古典主義の画家によって1794年に書かれた、Barraという14歳の少年鼓手の死体を描いた作品だ。そして、彼が殺害されるに至った経緯を知れば、彼が英雄的存在としてどれほどフランス国民から賞賛されてきたかが窺える。比喩にもあるが、靖国神社に葬られ、国民から手を合わせられるような存在だと言えば話しが早いかな。この少年の死後、翌年に描かれたこの作品がおそらく最初に表現されたものだと思われる。そして、最も史実に近い絵だとしたら、その「史」とは?この絵に描出された「史」の謎を解く鍵は?少年が裸で表現されていることから解き明かして行く二人の案内人西岡文彦氏とfinalvent氏の話の展開が、とても興味深い。ここだけ抜き出してしまってよいものかどうか、とても迷っている。ここは忍びない気持ちで一杯だが、究極の部分だけ引用させてもらい、私の驚きと感動部分として書いておくことにしようと思う。以下は、finalventさんの解釈だ。

 歴史的に見れば、ダヴィッドが同時代なので、冒頭の絵のほうが史実に近い作品ということになりかねないが、ここが歴史の妙味ともいうべきところで、映像ドキュメントの時代に生きる私たち現代人は史実をタイムマシンのカメラで見ることができるような錯覚を持つが、史実とはそれが語られた様式でもある。つまりバラの死とは、ダヴィッドが描くような幻想として始まったとしてよいという点で、これがオリジナルの幻想なのである。
 しかし、バラの死がダヴィッドが描く光景であったはずではないとするなら、この絵の、オリジナルの幻想は何を意味しているのだろうか。
 これを解くヒントが、高校生の歴史教科書などにも掲載されることが多い「球戯場の誓い」である。フランス革命直前、第三身分がヴェルサイユ宮殿の球戯場に集まり、憲法制定まで解散しないことを誓い合ったとされる事件であるが、ダヴィッドはこう描いている。

 二枚の絵は見た目、全く違うが、ダヴィットの描いたBarraの絵との比較に出て来るとは思わなかった。しかも、高校時代の歴史・・・。嗚呼、最悪だったことを思い出した。殆ど暗記でラインをキープしていた私にとっては、世界史も日本史も崩壊的。だが、救いもある。この歳になって極東ブログの歴史もので初めて歴史の醍醐味を知り、今では面白くて仕方がない。そのレベルの私なので、こういった対比も凄いことだと思ってしまう。
 さて、話しはここからだ。ここまではfinalventさんも西岡氏の「絶頂美術館」で解説されているのと同じ読みらしい。本が届いていないので未読だが、ここからが年の功の勝ちーって展開になる。
 一昨日の極東ブログの西岡氏の「絶頂美術館」の書評でfinalventさんは、次のように述べている。

下品な話で申し訳ないが著者より5歳も年下の私も現在すでに50代半ばに向かいつつあり、西欧風のヌードといったものにはある遠い視界になりつつある。逆にだからこそ、この書籍に描かれる作家たちの「老い」の感性も読み取れつつあり、理解が深まる面と同時に、やはり内面の寂とした感じがないでもない。

 この引用部分は、夏目漱石の「明暗」まで持ち出して説得的に書いた私だが、つまり、西岡氏が「La mort du jeune Barra」を評した時は精力満々で・・とは書いていないが、中世の西洋画に描かれている裸の男性を見れば、それをどういう解釈に結びつけるかという点で、評者の歳が関係していると思われる部分だ。その部分を引用されているので大変わかりやすい。でも何故か、ホモセクシャルという表現ではないなあ。私などは、この部分からして分からなかった。威張っても仕様がないとことだが、次の部分でもピンと来なかった。

 ところで冒頭述べたように、この絵について知識のない人がこの絵を最初に見たとき、受けるおそらく圧倒的な美の感覚の後に生じるであろう一番大きな印象は、多少禁忌の感覚を伴うある不可解な状況への困惑であろう。
 あるいは逆に、バラがそうであった「少年鼓手」という制度を知るとその疑念はいっそう強くなるかもしれない。

 「多少禁忌の感覚を伴うある不可解な状況への困惑」ここね、困惑しなかった。何も疑わなかった。何のことかさっぱり分からずだった。絵についても知識はない。禁忌の感覚もなかった。そういう私なのだ。エロスとかよく分かっていないようだ。このことがはっきりしただけでもかなりの収穫と言える。ここからしばらく読み進めると西岡氏の語りの引用があるが、西岡氏の修辞は美し過ぎと思ったが、ここが大きな別れ目となる。finalventさんは、西岡氏の解釈を次のように取り上げている。

 そこまで言っていいものだろうかと長く迷っていたが、「[書評]絶頂美術館(西岡文彦): 極東ブログ」(参照)の同書にも同じ理路で解説されていて、我が意を得たりというところだった。が、詰めの解釈は異なる。西岡氏はこう言う。

 人としてもっとも大きな幸福のひとつである「性」の歓びを享受することなく、若くして革命に殉じたバラへの、これ以上に悲痛な哀悼の意の表明はないかもしれない。

 「絶たれた生」への抗議として描かれたはずのこの作品が、強烈な同性愛的な官能性をただよわせ、むしろ見る者の「いまだ絶たざる性」を物語ってしまうのは、そのためであるのかも知れない。

 「もっとも大きな幸福のひとつ」という最上級の表現に続けてふたつはないでしょう、と突っ込みたくなるのだが、西岡氏は、裸のBarra少年を描いたダヴィッドに同性愛を見ている。それが、最上級の幸福として「性」の歓びだと言及している。このような解釈の由来は、西岡氏の若さなのかもしれない。もっと言うなら、男性特有の志向ではないかと女の側の私は思ったが、これも、私がその辺の感性に乏しいせいかもしれない。さらに言うと、もしかすると、西岡氏はバイセクシャルかもしれない。
 一方、finalvent氏の解釈は全く違う。

 逆であろう。
 ダヴィッドの描出こそが共和制への愛を貫徹した至福の姿なのである。
 鳩山由紀夫元首相が語る友愛(参照)、すなわちフラタニティ(fraternity)というものの、「強烈な同性愛的な官能性」とは、このような形象を有するものであり、むしろ武士道の至高に近い。
 三島由紀夫ならそんなことは自明なことであったに違いないが、奇妙なのは彼にとっては、本来は共和制のエスなるものが戦後日本の文脈では王制のエロスに偽装されていたことだ。
 むしろ共和国・共和制と限らず国家への愛を誘う政治的イデオロギーには、その表層の差違や論争的な対立の背後に、すべてこの情念の起源を隠し持っているのではないだろうか。

 「強烈な同性愛的な官能性」と言われているそのものが私には理解できないし、女にも同性愛者はいるが、それも理解できない。なんとなく分かるのは「友愛」だろうか。男女の隔たりを越えて存在するとすれば、それが国家を愛することともつながる。ここの解釈は、本当に難しい。「武士道の至高に近い」として、三島由紀夫の話で多少救われた。
 Barraの絵に描出されているのは、ダヴィッドの愛国心であり、その深さだったと私もそう思う。そして、あの絵から、それを解き明かす長い道のりを諦めずに案内してくれたお二人に拍手を贈りたい。

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