オサマ・ビン・ラディン死亡後のパキスタンとその関係国について雑感
ウサマ・ビン・ラディン容疑者が殺害されて二週間が過ぎようとしている。速いものだ。若い頃は気が遠くなるほど時の経つのが遅く、早く大人になりたいと思ったものだが、歳をとると、このまま時間が止まればいいのにとうんざりする。ビンラディンが殺害された隠れ家からは大量の資料が押収されたと知ったが、その資料を手にした捜査官は、テロ対策にとっては有用な内容だと話しているそうだ。その膨大な資料が物語るのは、彼の描くイスラム社会の姿であり、それは見果てぬ夢となってしまった。彼のしたことを擁護するわけではないが、彼の成し遂げようとしていたものはイスラムの生きる道を切り開くことであったと思うと、感慨深い。
また、あの殺害は暗殺だと思った時点で合法であるとはとても思えなかった。国際社会が認めた暗殺のどこに合法性があるのかと悩んだ事は、殺害後ここでも書いた(参照)。ビンラディンが殺害されてもイスラムの怒りが収まったわけでもなく、代わる誰かがいつか現れ、同じ事を繰り返すだけかとも思っている。今日は、彼が潜伏していたパキスタンを取り巻く情勢のその後について少し触れておくとにした。
これまでも時々、折りに触れて書いたきたが、パキスタンという国は見通しが悪い。その理由はいろいろある。アメリカとの関わりにおいては、その要請に応じてイスラム過激派の掃討作戦に加担しながらも、軍部とイスラム過激派との繋がりが存在していることは間違いないと見てよい。また、反米世論に配慮しながも、支援国としてのアメリカとの関係を絶つことは出来ないでいる。
政治的に安定しているか、といえばそうとは言えない。軍の実権がザルダリ大統領よりも優勢であり、大統領の政治基盤は脆弱だと言える。さらに、状況を不透明にする要素として、影響力の強いパキスタン軍情報機関(ISI)がイスラム過激派とどこかでつながっていることだと思う。
ビンラディン容疑者に関してパキスタンの関与が否定できない理由に、首都近郊の軍事都市に住んでいた。画像を見て呆れたが、派手に有刺鉄線を張り巡らした塀と、隠れ家にしてはなにげに大きな邸宅であったことだ。あの家を知らなかったとしたらパキスタン政府は無能に等しい。また、知っていたとしたら、どのレベルがそれを知っていたかが気になる。軍か、それとも政府か、その一部なのか。誰かがかくまっていたとなると、アメリカに対する立派な裏切り行為である。また、アメリカの襲撃を知らなかったとしたら、パキスタンにとっては、アメリカの領域主権侵害である。が、これを主張すると、アメリカの忍び足を嗅ぎ分けられない無能な国だと世界に宣伝することにもなる上、国民から対米従属体質を吊るし上げられる事にもなる。真相は分からないままだが、こんな時、Wikileaksから情報の暴露はないのだろうかとふと思った。
国際的な悪影響を懸念してしまうのがパキスタンであることは言うまでもなく、アメリカが推進する対テロ戦略の要でもあり、核保有国でもある。しかも、お隣が歴史的対立関係のある核保有国のインドで、これまでも軍事衝突を繰り返してきている。ビンラディン殺害の背景ですら見えない難しさがある中、このままでは済まされない問題ではないかと改めて思った。
日本のメディアはどのように報じているか、備忘としてクリップすることにした。
国軍の面子が丸つぶれとした上で、対米関係が「きしんでいる」と報じている毎日(参照)。
軍トップのキヤニ陸軍参謀長は5日、軍幹部会議で「主権侵害だ。同様の事件が再発したら対米協力関係を見直す」と警告した。ギラニ首相も9日の議会演説で「主権侵害」に言及し、軍の反米的な姿勢を踏襲した。
インドのシンクタンク「防衛研究分析研究所」(IDSA)のスムルティ・パタナイク上席研究員は「潜伏はパキスタン軍トップの了解なしにはあり得ない。オバマ米大統領はそんな相手国(パキスタン)を信用しておらず、事前通告なしに作戦実施に踏み切ったのだ」と分析する。
米国との確執が尾を引く中、ギラニ首相は来週、中国を訪問し、関係強化を呼びかける予定だ。パキスタンは米国が約束した75億ドルの経済支援が計画通りに拠出されていないことにいらだちを強めており、中国からの支援に期待している。中国が表明した原発開発協力を確実に実施するよう働きかける見通しだ。(毎日新聞 2011年5月13日 東京朝刊)
パキスタンに限らずだが、アメリカとの関係がきしむと言うよりも、経済支援されあれば何にでも応じると言うだけで、パキスタンがアメリカとイスラムに対してダブスタ的な態度をとるのは、アメリカが手を引いた時の危機感もあると思う。中国に関係強化を申し出ているのも、敵対関係であるインドが中国の関係国であるかどうかなどお構いなしというかで、アメリカとイスラムとも似たような構図が中国を挟んで同じようにインドとパキスタンとも似ている関係だ。
米国内にはパキスタン軍情報機関(ISI)などが同容疑者の潜伏を支援・黙認していたとの見方があり、議会には対パキスタン援助を見直すべきだとの意見もある。だが、カーニー大統領報道官は9日の記者会見で、米・パキスタン関係を「複雑な関係」と認めながらも、「協力関係の維持が非常に重要だ。我々の国家安全保障上の利益だからだ」と述べ、関係見直しを求める主張を一蹴した。
米国がパキスタンとの同盟を重視する一つの理由は同国の核兵器開発だ。米政府高官は「(ビンラディン容疑者の潜伏先からの)押収物に大量破壊兵器に関するものがないか調べることは、最優先事項の一つだ」と述べ、同容疑者が核物質や核兵器関連情報を入手した形跡の有無を調査する考えを明らかにした。
アメリカがパキスタン支援をする理由は、核保有国であるというのが一番大きな理由であり、それが国家安全保障上の利益ではあると思うが、不透明であるだけに関係の見直しは出来ないとなると、7月のアメリカの撤退が気になる。ビンラディン殺害も、イスラム過激派の弱体化が狙いであったとは思う。が、その狙い通りに事が運ぶかが問題だ。
この状況下で中国がパキスタンに接近していることを産経が報じている(参照)。
「米国とパキスタンが不和の中、存在を見いだす中国」。インドでは、今週に入ってから、ビンラーディン容疑者殺害をめぐる中国のパキスタン支持を注視する報道が相次いでいる。
きっかけは、中国のトーンの変化にある。中国外務省報道官は2日の会見で、容疑者の殺害を「国際的なテロとの戦いにおいて重要で前向きな展開だ」として米政府に理解を示した。しかし、「パキスタンの立場を理解し支持する」(3日)、「主権と領土は尊重されるべきだ」(5日)と、徐々にパキスタンの主張に歩調をあわせていった。
これに応えたパキスタン大統領はその喜びの声明をだし、中国を相当に持ち上げたようだ。
これを中国に詳しい関係筋は次のように見ている。
インドが警戒する背景のひとつとして、同国北部カシミール地方のパキスタン管理地域における最近の中国の開発加速をあげる。中国の投資は2000年代後半に飛躍的に増加したという。「将来的に中国が同地域統治を視野にいれた動き」ともいわれ、今回の支持も、パキスタン内の親中ムード醸成の一環ではないかとの見方も出ている。
世界中から稼ぎ出し、そのカネでどこへでも染み入っていくアメーバーのようだが、これが中国。
ここでインドはこれをどう見ているかが気になるが、勿論良いわけはない。このような中国とパキスタンの急接近をけん制するためか、インドのシン首相は、アフガニスタンと関係を強化するため訪問しているようだ(参照)。
カルザイ政権は元々、パキスタンに警戒感を抱いてきた。しかし、反政府武装勢力タリバーンとの和解を目指す中で、タリバーンに影響力があるとされるパキスタンと和解に関する協議機関設置で合意するなど連携強化にかじを切っていた。
ビンラディン容疑者殺害で、米軍のアフガン撤退へ弾みがつく。インドとしては、撤退後の「力の空白」を突いてパキスタンが影響力を拡大するのを阻止したい考えだ。【5月12日 朝日】
また、少し物騒な情報でウィキーリークスが明らかにした米外交公電によると、インドで爆弾テロなどを実行するためパキスタンで訓練されたテロリストのインドへの越境を、パキスタンの情報機関、3軍統合情報部(ISI)が手助けしていることをが分かったとする共同の記事を毎日が引いている(参照)。
公電は、キューバ・グアンタナモ米海軍基地にある施設の収容者の証言を基に作成。インドとパキスタンが領有権を主張し、テロなどが頻発しているインド北部ジャム・カシミール州でのテロ実行に関し、パキスタン軍の元少佐が自宅から指揮を執っていたことも分かった。
ある収容者は、国際テロ組織アルカイダがインド機の爆破を計画していたと証言。さらに、米国や英国などではインド人への監視が緩いため、インド国籍のイスラム教徒をテロリストとして米英などに送り込むことを検討していたとも述べた。(共同)
例えばの話し、アメリカがビンラディンを殺害したように、インドがパキスタンに潜伏するテロリストを闇討ちしに行くとは考えにくいが、無きにしも非ずである。ただ、そこまでヒートアップしてないないことを望むしかないが、このままパキスタンの中国外交が進めば、インドは何らかのけん制をするようになるとも思う。ビンラディンの死で、アメリカがアフガニスタンから撤退しやすくなったかに思われたし、オバマ氏の究極の作戦だったに違いないが、情勢が良くなっているとは言いがたい。
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