2011-05-03

大前研一氏の「日本復興計画」、読んでみようと思う

 昨日、岐阜の友人が突然遊びにやってきた。誘われるままに県内観光まがいのドライブに付き合ったが、外は黄砂で霞んだ一日であった。中国から黄色い砂が飛んできて日本中を覆いかぶしてしまうのかと思うと嫌な感じがしたが、逆に、福島原発辺りの空気も日本列島側にではなく海の方へ運ぶのだなとぼんやり思っていた。日差しはないのにぽかぽか陽気で、霞の向こうには太陽があるのだと肌で感じながら、久しぶりの外出らしい外出だったと振り返った。
 地震は長野県でも震度6強を記録し、その後、原発事故と余震の恐怖が長く続いたため、連休でどこかへ行くような気分すらなかった。原発の恐怖と書いて、これは、無知からくる恐怖だなと思ったが、いつまでもそんなことは言ってはいられない。立っている地面がぐらぐらしている間その恐怖と向き合い、人間の力ではどうにも止めようのない揺れの怖さはもう沢山だと天災の怖さは十分味わったが、人の力で何とかできるものだという思い込みのようなものが原発にはあった。が、原発の一番の恐ろしさは、人はあまりのも原発に無知で、なにが起こるか的確に予測できない事と、人が近づけなくなるということだった。手の施しようもない状態とはこのことで、何と恐ろしいことかと思った。これまでもいろいろ書いてきたからこそ言えるのだが、ニュースの情報だけでは理解できないことが多くあったと思うし、むしろ混乱状態に陥っていたのではないかと思った。そこを補ってくれたのは、Twitterやブログでの情報、また、多方面の識者の見解を知ることが出来るYoutubeなどの映像は、問題を多角的に見つめる手段となった。この時代でよかったと思った事もあった。

cover
日本復興計画
大前研一

 極東ブログで紹介の「日本復興計画」(参照)の著者である大前研一氏が、原発がどういうものであるかを具体的に率直に説明する学者として代表的な人物だと思ったのは、原発事故後の割りと早い時期だった。ここでは3月17日の「大前研一氏曰く「電気の節約」」(参照)で紹介したが、その前からTwitterを通して氏の意見に触れられるサイトの情報なども入手できたため、私の中ではポピュラーだった。どの記事だったか記憶はないが、大前氏の寄稿の文末で「日本復興計画」の発売予定が記されていた。この時点で、私の記憶ではAmazonに予約したつもりだったが、未だに届いていない。そのことを思い出させてくれたのも昨日のエントリーだった。また、この本が未配であることを思い出しても、さして残念でもなかった。それは、大前氏の話をあちらこちらで繰り返し聞いたり読んだりしてきたこともあるため、真新しい復興計画が書かれているといった期待感がもてなかったからかもしれない。このまま本が届かなければ忘れてしっていたのではないかとさえ思ったが、以下の短い引用にコメントされていることが気になった。

 以上は私の現時点(三月十九日)での各種データからの推測だ。福島第二原発のほうは津波の被害を受けていないので、炉が停止しても非常用電源が立ち上がった。外部電源は福島第一と同じ変電所から来ているので、これは津波の前にすでに地震で落ちてしまっていたと考えられる。なぜ福島第一の非常用電源施設が使用不能になったのかは、被曝の惧れなく炉に近づけるようになってから詳しく調べれば判明するだろう。

だいたい予想は付きますがね、これは。
 本書で文章の形で大前さんの当時の話を読みながら、あの時点のことをいろいろ想起した。この本は重要史料となるだろうとも思った。

 「重要史料」とある。「資料」ではない。私は、勝手な思い違いで危なく史料を無駄にするところだった。早速注文の履歴をチェックし、もう一回注文し直した。
 今だから言うのだが、原発事故直後だった3月中旬頃、Twitterの一部で大前氏のことをとんでもない学者だという風評が立っていた。賛否両論あっても良いとは思うが、氏の考えを読み聞きする範囲で私は、逆に率直に物を話す人だと好感を持っていたほどだった。これは、極東ブログのエントリー全般にも同様のことが言える。むしろ、原発そのものを隠し立てせずに教えてくれていると感じたし、だからと言って妙な安心感を持つこともなかった。むしろ、これまで疑うこともなかった安全性に過信してはならないと俄かに知ることができたと思っていた。私に氏を擁護するほど原発の知識はなかたったが、あそこまで語って世に知らせようとする姿勢は、学者としての愛情ではないかと感じた。
 極東ブログが言われる初めのころの読者の反応は、私がTwitterで見かけた「とんでも学者」扱いされた大前氏のそれと同じ大衆心理のようなものではなかったかと感じた。多くが賛成する考えが正しいとは限らないし、真理が何であるかがどこに潜んでいるか、探し当てることが大切だと思っていた。今ではどうだろうか。当時、極東ブログで推察していた原発の姿の通りに概ね進んできているし、大前氏の話した原発の最後の姿にほぼ近づいている。だから両氏が正しいと言いたいのではなく、研鑽の繰り返しなのかなと思った。
 さて、どれ程どん底であろうと、次に意識が向くのは「復興」しかない。書評では復興計画にあまり言及はないとあるが、人々が涙ながらに政府の対応を求める姿が目に浮かび、重ねて現実は厳しいものだと受け止めて行くのは苦難を伴うことになる。政府が復興政策に取り掛かるとき、その資金は、私たち国民から集めた税金を使うしかない。復興が十分に行われるために、どれくらいの予算がトータルで必要なのだろうか、それは分からない。でも、これから先もっと貧乏になって行く先細りの経済しか見えない日本を思うと、私個人が答えられるのはあまり期待しないで欲しいということだ。それじゃぁ何とも寂しい限りだ。
 大前氏が週刊現代で少し具体的な話をしている。

 「大前研一氏 原発設計は知識人でなく現場の知恵を重視すべき」
今後、もし原発を新設する場合は、今回の事故の反省をすべて生かし、たとえ全電源を喪失しても格納容器が損傷しても冷却機能だけは維持できる原子炉、絶対に放射性物質が飛散しない原子炉を考えねばならない。
 たとえば、完全に別系統のループを外部から持ち込んだ電源車で崩壊熱の冷却を続ける、といった“現場の知恵”ともいえる発想が欠けていたことが今回の事故で浮き彫りになった。
 つまりMITの大教授や原子力安全委員会など頭でっかちの「安全基準」の外側に、想定外の暴走を止める意外に簡単な仕掛けがあった、ということである。これから事故の解明が進む中で、数々のアイデアが浮かび上がるに違いない。(週刊ポスト2011年5月6日・13日号)

 僅かだが、将来に希望をつなげられたらよいと思った。

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