「ウィキーリークスに公開された2009年9月21日の公電をもうひとつ簡単に試訳してみた。」ということで極東ブログで「その2」が挙がった(参照)。
内容は日本の外務省・斎木昭隆アジア大洋州局長と米キャンベル国務次官補が9月18日、東京事務所で会った時の話を在日アメリカ大使館から本部へ報告したものだ。ここで私がこの公電をどういう視点で見るかが文脈を捉えるポイントになると思う。このところ書いている公電関連のエントリーではいちいち断り書きなどはしていないが、この公電に関しては気になった。
アメリカの大使館員のフィルターを通した伝聞事項であることを念頭に置くとしても、日本外交の相手国であり、同盟国でもあるアメリカ政府が日本をどう見ているのかは興味深い。また、日本の外交官が閣僚とアメリカ政府との間でどのような役割をしているのか、その辺が公電から読み取れると良いと思った。また、新政権と官僚組織について触れている部分も興味深く、その部分をピックアップしながら感想をつけておきたいと思う。
1. (S) SUMMARY: Assistant Secretary of State (A/S) for East Asian and Pacific Affairs Kurt Campbell met with Japanese Ministry of Foreign Affairs (MOFA) Director General (DG) of the Asian and Oceanian Affairs Bureau Akitaka Saiki at the latter's Tokyo office on September 18. DG Saiki praised MOFA's new leader, Foreign Minister Katsuya Okada, but warned that the new administration's threat to tame the Japanese bureaucracy would end in failure.
概要。アジア・太平洋担当・カート・キャンベル国務次官補は、外務省・斎木昭隆アジア大洋州局長と9月18日後段の東京事務所で会った。斎木局長は新任の外務大臣岡田克也を賞賛したが、日本の官僚制を懐柔しようとする新政権の威嚇は失敗に終わるだろうと警告した。
この文章が公電の一番最初の概要部分で、まずここで政権交代後の民主党が「官僚制を懐柔しようとする新政権の威嚇は失敗に終わる」と、官僚である斎木氏がアメリカの要人に話した意図がよく分からない。新政権の人事に関する個人的な印象の話しの部類ではないかと思うと、抜け駆けしているようにも思えるし、斎木氏とキャンベル氏の関係が親密にも受け取れる部分だ。民主党が野党であった頃から批判的であった事を「威嚇」とみていることや、最初から「失敗に終わる」といえる斎木氏の真意が知りたい部分だ。
2. (C) Speaking about the new DPJ government, DG Saiki said he was glad to have Katsuya Okada heading the Foreign Ministry, as he is "very intellectual" and "understands the issues." Saiki explained that Okada did not pose any problems in his areas of responsibility--North Korea, South Korea, and China. Although some bureaucrats were worried about the DPJ government's threat to diminish their power, Saiki warned that if the DPJ tried to crush the pride of professional bureaucrats, it would not succeed.
民主党による新政権に話が及ぶと、斎木局長は、外務省大臣となる岡田克也を「非常に知的で」かつ「諸問題を理解している」として、その任命を喜んだ。北朝鮮、韓国、中国への責任範囲で岡田は問題を抱えてないと斎木は説明した。官僚のなかには新政権の威嚇が彼らの力を削ぐのではないかと懸念する者もいるが、もし民主党が専門官僚らを潰そうとしても成功しないと斎木は警告した。
「官僚のなかには新政権の威嚇が彼らの力を削ぐのではないかと懸念する者もいる」のニュアンスから伝わってくるのは、官僚側には閣僚から侵害されまいとするような対抗意識のようもので、まるでアメリカに外交問題の窓口は外務省であるとアピールする意図でもあるのかと感じる。
4. (S) Saiki lamented that the DPRK believes that 2002 was "a mistake"--referring to when North Korea admitted that it had abducted Japanese citizens. The DG said he believed that the DPRK had killed some of the missing abductees, and explained that the fate of Megumi Yokota was the biggest issue, since she was still relatively young (in her forties) and the public was most sympathetic to her case. He believed that some of the abductees were still alive.
北朝鮮は、2002年に日本人拉致を認めたことは「失策」であったと思い込んでいると斎木は嘆息した。北朝鮮はすでに未確認の拉致者の数名を殺害していると斎木は自身の確信を語り、横田めぐみの運命が最大問題となるのは、彼女が比較的若く(40代である)、大衆がもっとも彼女の事件に感心を寄せているためだとも説明した。斎木は、拉致者の数名は生存しているとも確信している。
追記: 朝日新聞に「外務官僚「日米の対等求める民主政権は愚か」 米公電訳」(参照)が掲載されていたので対照し、朝日新聞が報道を欠落させたと思われる部分を太字にした。
この斎木氏の「確信している」という点に関して日本ではどういう扱いだったのか確認できないが、拉致被害者の数が多いので該当すると思われる人物に心当たりがあっての発言かどうかなど気になる。日本が拉致問題に関して敏感なことを承知で話したとは思えない内容だが、アメリカの大使が自国の不利となるような誤報を流すはずもないとも思う。また、エントリーで追記されていた部分について、一部を削除して報じるあたり日本のメディアもこんなものかと思うが、それにしても、後からだろうと思うがWikileaksの公開版も伏字になっていた(参照)。朝日が削除した後に伏字にしたとなると、朝日からそういう要請でも出したのかと思った。ただ、滑稽なのは、斎木氏が全面否定のコメントを出したにもかかわらず、一部分だけ伏せるということは、朝日は、このリーク情報の信憑性の高さを示したことにもなる。と、私は思う。
Saiki was concerned that the new minister in charge of abductions, Hiroshi Nakai, was a hardliner. Saiki concluded by saying the Japanese needed to sit down with the North Koreans to decide how to make progress on the abductions issue, and that the new Japanese government would be just as attentive as the Liberal Democratic Party was to the problem.
斎木は、新拉致担当相中井洽が強硬論者であることを懸念していた。拉致問題の行方を決めるには、日本はまず北朝鮮と同席する必要があるとした。また、日本の新政権はこの問題について自民党と同程度に注意深いだろうとも述べた。
前段の岡田氏に関する個人的な偏向を言うのと同様、これは、個人的な人の見方であるが、このような内輪の話を外交の相手国とすること事態に品格を感じない部分である。担当閣僚である中井氏が強硬論者であることは、拉致問題を遂行する上でその特性が不利になるという懸念なのか、はっきりしない。この辺は斎木氏の愚痴のようにも思えるが、話す相手が外交の相手国だからと言うよりも、そもそもあるまじき会話だと思った。
6. (S) Saiki confessed that he was "very disappointed" with initiatives such as ASEAN and ARF, where leaders tend to talk about the same topics using the same talking points. Despite the frustration stemming from the need to form a consensus on all decisions between ten countries with "unequal economies," Saiki stated that "we must continue" and cannot allow China to dominate in Southeast Asia.
ASEAN(東南アジア諸国連合)やARF(ASEAN地域フォーラム)の指導性の点で斎木は落胆していると告白した。指導者たちは同じ要点で同じ話題のみ語る傾向があるからだ。「不均衡経済」について十か国間で全決定に合意を要するために生じる不満にもかかわらず、日本は継続しなければならないし、中国に東アジアを支配させてはならないと斎木は述べた。
ASEANやARFの指導者の短所とするようなこの発言は、その国に対する批判的な見方だが、このような会話をアメリカとすることから、外交官としては好ましくないことではないだろうか。このような話は、相手国の耳に入れたくない話しではないのか?
9. (S) Regarding DPJ leaders' call for an "equal relationship" with the U.S., Saiki confessed that he did not know what was on the minds of Prime Minister Yukio Hatoyama and FM Okada, as the bilateral relationship was already equal.
日米間の双務関係はすでに対等であるのだから、民主党指導者の言う米国との「対等な関係」の要望について、鳩山由紀夫首相や岡田克也外務大臣がなにを考えているのかわからなかったと斎木は告白した。
斎木氏のこの疑問は、鳩山氏や岡田氏に直接聞いて払拭すべきことだが、それを率直に話し合えないところに問題があると思う。冒頭から感じるのは、斎木氏の内面には閣僚に反目する感情があるのではないだろうか。アメリカにこの話をするのは如何なものかと思う。
Saiki theorized that the DPJ, as an inexperienced ruling party, felt the need to project an image of power and confidence by showing it had Japan's powerful bureaucrats under control and was in charge of a new and bold foreign policy that challenged the U.S. Saiki called this way of thinking "stupid" and said "they will learn."
斎木の考えでは、民主党は政権政党としての経験がないので、権力と自信のイメージを得る必要性から、民主党は日本の強固な官僚制度を支配下に置くとか、米国に挑戦しているのだという新規で大胆な外交政策に関与していることを見せつけているとのことだ。斎木はこの手の考え方を「ばか」呼び、「彼らも学ぶことになるだろう」と語った。
斎木氏の民主党に対する本音なのだとは思うが、これを話している本人がアメリカから「斎木もstupid(バカ)」だといわれるような下品さだと思う。困ったものだが、斎木氏がかなり上から目線な人物であり、何様かと思う。外交官としての立場も品格の欠片もないと思うが、冷静な状態ではない。逆に、苦悩の日々であったのだろうかと斎木氏が心配になった。
On the other hand, ROK President Lee Myung-bak's strong desire to have Hatoyama visit Seoul on or around the date of the trilateral summit between Japan, South Korea, and China, may strengthen bilateral relations between the neighboring countries. Saiki continued that the Foreign Minister supported such a visit, but there was no reply as of yet from the Prime Minister's Office.
他方、李明博韓国大統領が、日韓中の三か国会議の日取りに併せて、鳩山を訪韓させたいと強い意欲を持っていることは、隣国間の二国関係の強化となるだろう。このような訪問を外務大臣も支持したが、首相官邸からの返信はいまだないと斎木は語った。
鳩山氏が韓国を訪問したのは就任直後の6月と10月9日だったので、キャンベル氏とのこの会談後だったわけだが、反日運動もある中、韓国を就任直後の訪問先として一番に当てられたことは、韓国に与えた印象としては良かったと思う。鳩山氏の外交で韓国だけは落ち度もなかったかに思う。これは大きな謎だった。
感じるままに書いてみたが、会談した目的は何だったのかが掴めないのが残念だ。外交官として公的な立場を除外視出来ない立場でありながら、内容的には日本の閣僚に対する個人的な見解や感情的なことを何故アメリカの国務次官補に言ったのだろうか。
この際なので書き添えておくことにするが、斎木氏について、対朝外交で気になっていることがある。2002年10月のクアラルンプールで行われた日朝交渉の際、アジア大洋州局参事官だった斎木氏は、拉致問題で強硬な姿勢を貫いたことが原因で決裂に導いたという経緯がある。あれがパフォーマンスだったかどうかは定かではないが、テーブルを叩いて交渉相手に詰め寄ったことがナショナリストから絶賛され、スター扱いされたようだった。また、拉致被害者の家族などからの信望も厚いと言われていた。その後も対朝鮮外交を担当していたが、当時、日本が奇妙だと思ったのは、外国との交渉を決裂に導いたにも関わらず絶賛されたことだった。本来なら、外交官は交渉をまとめるのが仕事であり、それが評価されるべきだと思う。支持を受けたのは右からで、その斎木氏がナショナリズムの再興に手を貸すようなものであるとしたら、例えば、新拉致担当相の中井洽氏を「強硬論者」と呼ぶあたりは偏見であるだろうと思った。率直に言うと、斉木氏の起用自体がどうなのかとも思ったが、今回、いいお灸をすえられたと思って改心するところはあるのではないだろうか。
今回のリーク情報を受けてなにか報じるものはないかとざっと見渡したところ読売が報じる斎木氏の「否定」記事と(参照)、岡田幹事長のコメントがあった(参照)。
【ワシントン=小川聡】米紙ニューヨーク・タイムズは3日、外務省の斎木昭隆・前アジア大洋州局長(現インド大使)が「北朝鮮は、安否不明の拉致被害者の何人かを殺害していると思う」と発言したとする在日米大使館発の米政府公電を同紙ウェブサイトで公開した。
内部告発サイト「ウィキリークス」から入手したとしている。
公電は、斎木氏が局長当時の2009年9月21日付で、キャンベル米国務次官補との同18日の東京での会談を記録したもの。斎木氏は「横田めぐみさんの命運が最大の問題だ。比較的若く、世論は彼女の事件に最も同情的だからだ」と指摘したうえで、「拉致被害者の何人かは生きていると思う」と語ったとしている。
斎木氏は4日、読売新聞の取材に対し、「発言した事実は全くない」と発言そのものを否定した。そのうえで「全ての拉致被害者は生存していると強く信じており、その前提に立ってこれまでも北朝鮮側と交渉を重ねてきた」と強調した。
(2011年5月5日17時43分 読売新聞)
民主党の岡田幹事長は5日、訪問先の那覇市で記者会見し、米紙などが内部告発サイト「ウィキリークス」から入手した米軍普天間飛行場移設問題を巡る日米政府間協議の内容などを報じたことについて、「そもそも違法な機関によって明らかになったことだ。仮に(日本側)官僚が言ったことが事実だとしたら、好ましくないが、それ以上のことをいう気持ちはない」と述べた。
(2011年5月5日23時34分 読売新聞)
追記:無記名でコメント欄で次のようなご指摘を頂いた。元記事を修正させて頂きました。
「これはコメントではありません。些細なことですが、次の段落でit had Japan's...の一文は誤訳です。正しくは、「民主党は日本の強固な官僚制度を支配下におくとか...」ではないかと思います。
Saiki theorized that the DPJ, as an inexperienced ruling party, felt the need to project an image of power and confidence by showing it had Japan's powerful bureaucrats under control and ...」というご指摘を頂いた。
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