2011-04-23

他国から多くの支援を受けている日本

 アメリカの原子力規制委員会(NRC)が、事故の現状を独自に分析し、結果を出したとNHKが報じていた。このクリップを見て、なんとなく安堵している自分は変かなと思った(参照)。刻一刻と変化する事故後の原発の様子を追いかけるのに精一杯だったひところとは違って、脆弱(ぜいじゃく)とは言え、落ち着いているという米NRCの見解が、日本の見解とほぼ同じだと知りそれにほっとした。日本の東電には信頼をおいていない、という内部的な心理が露呈したのかもしれない。
 福島の原発事故を通してアメリカの協力体制や、支援活動の具体的な実行力には、その確実性に安心感をもった。このようなことでもない限り、こうしたアメリカの姿を見ることもなかっただろうと、感動的なシーンを思い出す。そして、アメリカの国防総省は、彼らを送り出している家族をも支えている事を知った。
 紹介しているのは、極東ブログ「April is Month of the Military Child」(参照)で、次のようなコメントがある。

 生死をかけて国家のために働いている軍人を親に持ち、また親元から引き離されていることもある子どもたちがいる。この子どもたちもまた、軍人と同じように国家に仕えているということを社会的に理解し、称賛しようという主旨である。

 また、米国防総省のHPでも紹介されている(参照)。
 国が、軍人とその家族に敬意を払うというのは決して軍国主義のようなイメージではなく、むしろ、国の協力者である軍人との絆のような関係ではないかと知り、感動した。動画の親子の「Daddy!」のシーンを観る時は、ティッシュの用意が肝心(参照)。日本の自衛隊は軍人ではないので異質ではあるが、この度の自衛隊の支援活動に感謝している声をよく聞く。米軍の取り計らいに感化されて思ったのだが、ひと段落着いた頃、「surprise」のような労いがあっても良いのじゃないかと感じた。
 支援と言えば、昨日、Twitterのクリップ記事で韓国中央日報のコラム「日本が友情で応える番だ(3)」が気になった(参照)。というか、この記事自体ではなく、コメント欄に投稿された誹謗中傷に、同じ日本人として恥ずかしさを覚えた。
 いつの間にかコメントは200を超え、「腹が立つ」は7000以上になっている。何にそれ程反応し、何が言いたいのだろうかとざっと見て、引用を使っている例が分かりやすいので切り出した。

安藤:
 「韓国は台湾のように日本の世話になったこともない」・・・。なんたる無知(無恥)!1910年の日韓併合による、36年間の日本による統治、1965年の日韓国交以降の対韓支援。これがなければ現在の韓国はなかった。
 「人の痛みを自分の痛みと考える純粋な人道主義的な同情心以外には説明できない」・・・。そんなことはわざわざ言うまでもなく、韓国人以外の人にとっては当たり前のこと。
 「重要なのは金額ではなく、その中に込められた気持ちだ」・・・。台湾よりも韓国の方が高額だったら、韓国人はこうは言わなかったでしょう。
 「今は日本が友情で応える番だ」・・・。見返りを要求するのは純粋な人のすることではありません。台湾の人はそう言うことは言いません。この一言で韓国人は馬脚を現してしまいました。

 一つ一つに反応していたらきりのないことだが、例えば、「韓国は台湾のように日本の世話になったこともない」を取ってみる。
 韓国では反日感情は強く、「支配を受けた」と韓国国民が感じていることに対して反論は無用で、これは人の感情だ。人の感情を歪めたり正したりすることはできない。当時のことを実体験として語れる世代ではないもの同士が、歴史上に起こった戦争の敵味方を何故現在も背負うのかという疑問もある。片付いていない問題としてよりも、感情的な問題だけに厄介な面はあると思う。
 例えば、日本の首相が靖国参拝するかしないかが常に問題になるが、韓国感情を逆撫すると分かっているから参拝しないのであるなら、韓国のその感情をしっかり受けとめたらよいと思う。日本の政治家は、これを受け止めずに、自分の主張しかしていないと思う。戦争は、お互いに傷跡を残して終わっており、どちらも戦争の犠牲であるのは変わりない。広島や長崎に原爆が投下され、日本は多くの犠牲を出した。投下したアメリカに謝罪しろと言ってもらいたい気持ちと同じような気持ちを韓国に突きつけられれば、少なくとも韓国の国民が持つ感情は理解できるのではないだろうか。アメリカは謝罪もしなければ、慰霊祭に大統領が参加することもない。これに怒りをぶつければ済む問題だろうか。私は、この矛盾を責めたいのではなく、この矛盾に向き合うことが決着をつけることだと言いたい。
 かつての戦争で痛い思いをさせたが、許して欲しい。そして、多くの死者が葬られたことも、また、自ら人の命を危めた方も、悔やんでも悔やみきれない重心に悩みながら亡くなったかつての戦士も日本にはいる。どちらが悪いと言えるだろうか。戦争は、両者に傷を残して終わった。
 義捐金の話に戻すと、韓国のコラムに書かれていることは、日本と韓国の友情を深めるために、これから日本が何をしたら良いかが書かれている。記事にはこう書かれている。

 友情を金額で表すことはできない。 重要なのは金額ではなく、その中に込められた気持ちだ。 恩を返す気持ちが大切であるように、苦境に陥った人を助ける純粋な気持ちも大切だ。 韓国と台湾が集めた寄付金それ自体は、実際には日本にとって重要なものではないかもしれない。 なくても変わらないものかもしれない。 日本が心より感謝するべきことは、かつて植民地だった両国の国民が見せた友情だ。 今は日本が友情で応える番だ。

 韓国では歴代一位の大金が集まった。それは、日本の痛みを思いやる韓国の人々の心づくしである。感謝の気持ちを率直に伝え、できることなら、戦争の痛手を癒して欲しいと願うことではないだろうか。

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