2011-04-26

宇多田ヒカルと 松任谷由実の歌の「孤独」に触れて

cover
For you
タイムリミット
宇多田ヒカル

 最近ここでも取り上げたユーミンの歌の変化について私がどう見ているか、それを拾い上げるのは、まるで私自身を見るような不思議な感覚があり、客観視できるのが面白いと感じてる(参照)。最近の彼女の曲を通して、生身の人間臭さに同感したり親しみを覚えると同時に、妙に自分自身のことが気になっている。昨日は、宇多田ヒカルの「For you」という2000年にリリースされた曲を聴いて、「孤独」についてぼんやりと考えていた。
 と言うのも、先日、宇多田ヒカルの歌だったら自分自身の歳相応の頃に戻れるというようなことを書いた時、それは過去にそう思ったのを思い出していただけで、実際、どんな曲だっかか、自分の記憶にもはっきりとした曲が浮かんでいたわけではなかったからだ。
 考えるテーマは「孤独」。宇多田のこの曲には何度も「孤独」が出て来る。彼女は、誰かに自分の寂しい気持ちを言うことのむなしさをよく分かっていると思う。それを言わずにわかってもらうために、いつか届くように、それを祈るように「For you」と歌っている。と感じる彼女がそうかどうかはわからないが、私の願う時の思考はそうだ。この歌は、宇多田が16歳くらいで作った歌で、その年齢からも人生の経験上からも悲痛な孤独と言うより、若い娘の足掻きのように映り、なんとも微笑ましくなる。これは、今の私の年齢からの視点だが、16歳くらいの私なら、自分の孤独を思う人に埋めてもらいたい時、逸る気持ちをどうしていただろうか。人に埋めてもらいたいと思っただろうか。「I want to make you cry」から以降にそれを表現していると感じた。

I want to make you cry
傷つけさせてよ 直してみせるよ
飛びたい時は
You always give me a brighter sky
You want to make me cry
悲しみで教えてくれた喜び
輝きたい時は
You always give me a darker sky
孤独の気持ちをわかって欲しい
届かないからこの歌を歌っている
誰かの為じゃな
自分の為にだけ
優しくなれたらいいのに
一人じゃ孤独を感じられない

 ちょっと小悪魔的だが、昔を思い出すと確かに、そうでもしないとこの鈍感男には伝わらないんじゃないかと弄れるような激しさ、あったかもと苦笑した。
 「孤独」という観点でユーミンの「ひとつの恋が終わるとき」をみてみると、孤独を埋めようというよりも、自然に従ってありのままの自分でいることに心地さがあるようにも思える。曲では、これを人との別離のシーンで再現していると感じた。このような表現は、昔のユーミンからはあり得ない変身とも思って驚いた。この驚きは先のエントリーにも書いたことだが、その後、対極にある曲として「情熱にととどかない~Don't Let Me Go」(Youtube )を引き出しから見つけたようだ(参照)。
 参った。この歳で、この若さは私にはない。この曲にも「孤独」が潜んでいるが、自分が前に向かって行くのと同じ方向に、同じ足並みで誰かと向かうことで打ち消されている感じがする。力強く生きる様を感じる。だが、私とのギャップは大きい。1991年の頃の私に戻してみるに、どう考えてもこのような若さではなかった。ユーミンは私よりも何歳か年上だというのに、彼女のこの歌は信じられないくらい若作りな感じ。つまり、このギャップをもっと早くに感じていたこともあり、それが彼女に傾倒しなかった理由かと思う。
 何か対象物を目の前において、それを見ながら引き出される自分自身の感性を客観的に見るのは、不思議と苦しさを伴わない。これは不思議だ。「孤独」という重たいテーマに向き合い、そこから自分を見るのは大変な苦痛を伴うものだ。また、これの一番頂けない理由は、頭の中で堂々巡りを始めることだ。それがどうだろ、ユーミンの歌の変化や宇多田ヒカルの感性に触れる自分自身の感情を間接的に調べ、それで苦痛を伴わないとは。これは、大発見ではなか。誰でも、こんなことは普通にやっていることなのだろうか。今頃気づいた。

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