2011-03-13

地震大国日本が誇ってきた原発-東日本大震災

 夜中に、「ああ、今日も命がある」と目覚める自分がまず思うのは、生きているということ。ひょとしたら、夜中に大地震が来て、あっけなく家屋に押しつぶされ、一瞬にして死んでしまうのじゃないかという恐怖が拭えません。携帯をみると、緊急地震警報の知らせが鳴った形跡があり、地震に気づかずに寝入っていたのだと知ると、何かあっても私はきっと起きられないだろうと思います。数回の地震をこの二日で体感しただけで、これほどの恐怖心を植えつけられるとは思いもしませんでした。そして、次から次に発見される遺体や怪我人、被害の状況を、事実として静かに受け止めるのが精一杯です。避難生活では、お腹を満たす充分な食事は取れているでしょうか。行方不明の家族の安否を気遣いながらも、助かった方には生きる望みをつないで欲しいです。
 さて、長野県北部に激しい地震が数回あり、これが、私にとってどれほど恐怖だったかは昨日書いたとおりです(参照)。 この地震の震源地が中越(新潟)と聞いて直ぐに連想したのは、2007年の新潟中越地震でした。翌年、高速道路を通った時は、まだ復旧の作業中で、片側通行になっていました。まるで蛇のように捩れ、うねっていた道路から、当時の被災の規模は想像もつかず、大変な惨事だったのだろうと感じました。
 地震後、特に注目していたのは、この地震が柏崎刈羽原発にどのように影響するか、または、しないのかでした。当時の原発に関する政府の会見は、歯切れの悪さは印象にはっきりと残っていて、原発推進派の識者の解説の印象は、日本の原発が如何に安全であるかを強調するものでした。専門的な知識のない私には難しい技術的な内容でもあり、具体的にあまり記憶していません。マグニチュード7.3の大地震で、むしろあの程度の被害で済んだのは如何に日本の原発が安心であるかと、地震の規模を比喩の材料に語っていたのは覚えています。この放送は、勿論民放で、非常に政府寄りの人物を呼んだものだと冷ややかに見ていました。
 そして、翌年、春の桜に大異変が起き、かなりの放射能が放出された可能性が話題になりました(参照)。人への影響はどうだったのか、関心はあったのですが、情報を追うまでには至らず不覚ですが、当時の原発関係者は分かっていたはずです。少なくとも、放射能漏れがどの程度のものか、また、人体にどれほどの影響をもたらすのか。そういった情報はあまり公開されず、蓋をされたという政府への怒りのような気持ちだけが湧き上がりました。
 そして、昨夕、私の心配はまた起こりました。福島原発がその焦点で、中越での卑怯な政府は、二度と演じないで欲しいと、そのことを思って枝野氏の会見をじっと待ちました。長い。会見が予定されていた時間から30分以上は経っていただろうか、やっと始まった。内容を要約すると、現段階は調査中であるという点と、施設から半径10km以内から非難せよというものでした。会見後の記者質問で、最初の記者が非難勧告が出たということは、爆発したという解釈でいいですか?といったニュアンスで質問した後、枝野氏の返答は非常に曖昧で、「最悪のことを想定して半径10km以内アから非難されるように」と二度、同じやり取りを繰り返していました(参照)。このやり取りが終わり、次に2つほど質問を受けている最中、原発側からの記者会見が始まり、NHKは枝野氏の質疑応答を中断して、画像を原発側の会見に切り替えました。因みに、この後NHKは、「放射能漏れで何が必要か」(参照)で枝野氏の補足をしています。
 私が心配していた事というのは、政府が隠蔽工作するのではないかという点でしたが、それがあったかどうかよりも、枝野氏の会見の前に、原子炉の建屋の外壁は吹き飛び、骨組みだけになっている画像をテレビで既に見てしまっている私たちの前で、「爆発した(建物が)と判断していいのか?」と聞いている記者への返答が曖昧になったのは何故?この疑問が払拭できません。「原子炉の安全を確認中」だと言及がなかったのは残念です。既に多くの死者をだし、被災して途方にくれている市民や、作業中に被爆した作業者が病院で被爆の手当てを受けていて、現実を知る恐ろしさはあります。が、骨組みだけ残った建物を見て、それでも、「調査中で確かなことは言えない」では用が足りません。政府が私たちに知らせるべき事は、政府は何に取り組んでいるのかという点や、原子炉が安全かそうでないかだと思います。批判はその後です。会見が始まるのが大幅に遅れた当初、隠蔽工作に疑念を持ったのは、原発の損傷による事故は、政府のエネルギー政策に支障をきたすマイナス要因であると思ったからです。これに関して政府は、昨年10月から原子力政策大綱の見直しの必要性段階でもあるようです。
 先の柏崎刈羽原発はどれほどのダメージを受け、それは何だったのか、それを教えてくれたのは翌年の桜で、放射能の漏れでした。こうして後から実態が露になった経験から、世界一安全な原発施設だという体面は取り繕いようもなく、もう既に幻想でしかないと思います。
 そして、政治とは何か、と、深いところに疑問を投げかけられたように感じました。

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