2011-02-03

イラン核化の阻止は空爆によるしかないのか、それは本当に急がれているのか

 ムバラク政権崩壊後、エジプトや中東和平にどのような影響をもたらすのか大変気がかりでしたが、酒井啓子氏の「エジプト:軍とイスラム勢力にまつわる「誤解」」(Newsweek2011年02月02日)の見解から、転覆後のエジプトの政権作りは、これまでと変わらないのだということがわかりました。

 政権打倒を求める民衆パワーは、東欧の民主化革命や一年半前に民主化を求めたイランの緑の運動にように、これまでのアラブ世界にはまれな新しい市民運動である。だが、転覆後の政権作りには、これまでと変わらず、国内政治エリートの特権維持と、地政学上の利害関係を第一に考える欧米諸国の外交政策が、決定要因として機能している。この動乱と熱狂、興奮は、新しいワインを古い袋に入れて収拾されるのだろうか。

 さらっとしたもので、エジプトの暴動の規模が大きいからといって、エジプトがひっくり返るというものではないようです。支配層が「頭」だけ切って生き延びるのであれば、外交的にもあまり変化はないと見てよいのではないかと思ったのですが、私の関心は、今後の中東和平問題です。昨日もこのことで少し触れましたが(参照)、イランの核化を恐れるエジプトのムバラク氏が核化の野望をちらつかせていたということや、ウィキリークス公電によって暴露されたサウジアラビアのアブドラ国王の談話が気になっていました(「米国はエジプトをどう見ていたか、なぜ失政したのか」極東ブログ)。イランの核開発の情報も合わせて、クリップしてまとめることにします。

 ウィキリークス公電ではサウジアラビアのアブドラ国王談話も暴露されたが、イランが核兵器開発に成功すれば、サウジを含めた中東各国が同様の行動を取るだろうと述べ、さらにはイラン空爆を米国に求めていた(参照)。
 イラン空爆はブッシュ政権が巧妙に回避したものだったが、背景ではそれを容認し推進するアブドラ国王の思いがあった。

 このイラン空爆についてもここではさらっと書いてありますが、実は、かなり現実的になりそうだという追加情報もあります。
 ThinkProgressでJohn Bolton氏(ブッシュ政権時の大使)がフォックスニューズというラジオ番組で、イランの空爆の必要性を話しています「Bolton: Mubarak’s Downfall Would Mean We Need To Bomb Iran Sooner」(参照)。

As you pointed out, El Baradei, you know, ran cover for the Iranians for all those years that he was with the IAEA. And, I just don’t think the Israelis have much longer to wait…they’re going to have to act in fairly short order. 
ご指摘のように、エルバラダイ氏は、IAEA(国際原子力機関)事務局長時に、数年間イラン問題に取り組んできています。そして、イスラエルは、これ以上は待ちきれない寸前のところまでに来ています。

And I think the fall of a Egyptian government committed to the peace agreement will almost certainly speed that timetable up.
そして、和平協定に心がけてきたエジプトの政府の倒壊は、ほぼ確実にその時間を加速させると思います。 

 エルバラダイ氏のIAEA退任後、イランの勢いを抑制する力も減退した今、イスラエルの攻撃が始まる前にアメリカがイランを空爆する必然も出てくるということです。このことは、先のリンク先である極東ブログでも早々に指摘しているとおりで、アメリカによるイランの核施設空爆の可能性をイスラエルへの配慮という点で触れています。
 また、エジプト政権崩壊に加えて、イラン空爆が時間の問題となる理由に、1月下旬、トルコ・イスタンブールで行われたイラン核開発に関するイランと6カ国の協議が頓挫したことも要因ではないかと思います(産経 1月23日)。

 6カ国側の代表である欧州連合(EU)のアシュトン外交安全保障上級代表は協議終了後、交渉に進展がみられなかったことに「失望している」と述べた。
イランと6カ国は2009年10月、イランの低濃縮ウラン1・2トンを国外搬出し、兵器転用しにくい形に燃料加工した上でイランに戻す案で合意したものの、後にイランがほごにしたことで頓挫。イランの低濃縮ウランは現在、再濃縮すれば核爆弾2~3個分に相当する3トン超に達しているとみられている。

 ところが、イスラエルとアメリカの共同開発による制御システムを誤作動させるためのコンピューターウイルスの攻撃によって核開発が二年以上遅れるという情報もあるようです。

 イラン核開発の中核である中部ナタンツの濃縮施設をめぐっては、昨年秋までに制御システムを誤作動させるコンピューターウイルスの攻撃を受け、核開発に2年以上の遅れが出ているとされる。今月16日付の米紙ニューヨーク・タイムズによると、このウイルスは米国とイスラエルが共同開発したものだという。

 いずれにせよ、ブッシュ政権時では空爆を免れたイランは、エジプトのムバラク政権が崩壊すればアメリカとイスラエルが黙ってはいないということです。
 では、イランの核開発はどの程度進んでいるのかですが、これが2011年と2015年説があるようです。
 2009年にイスラエルのバラク国防相は、2011年までにイランが核兵器を獲得すると発言し、イスラエルの対外諜報機関モサドの長官を8年間務めたメイル・ダガン氏が退任直後に、イランの核兵器獲得は2015年以降になると発言していることに関し、Newsweek2月2日号はこの真相を次のように報じています。

 経済制裁や「妨害工作」によってイランの開発を遅らせたのは確かだ。しかし、せっかくイラン政府が圧力を感じ始めているなかで、なぜイスラエルの情報機関の長官が国際社会を安心させるような発言をしたのか。
 ダガンは単に、自分の任期中にイランの核開発は進展しなかったと示そうとしただけなのかもしれない。しかしもっと可能性がありそうなのは、ネタニヤフ首相が早まってイラン核施設の攻撃を決めかねないとダガンが懸念している、という線だ。

 ダガンの見解を知る人々によると、彼は対イラン攻撃は間違いであり、問題を解決できないままイスラエルを激しい戦争に追い込みかねないとみているという。「決断を追られるまでは、時間も選択肢もたっぷりあるとダガンは考えている」と、ある人物は語る。
「2015年説」を公の場で語ることで、ネタニヤフが内閣やアメリカ、国内世論に対しイラン攻撃の正当性を主張しにくくしたのかもしれない。

 ネタニヤフの姿勢に異を唱えているのはダガンだけではない。2月に退任するアシュケナジ軍参謀総長も、イラン攻撃に前向きでない意向を示した。ハーレツ紙によると、アシュケナジはペレス大統領とイスラエル軍大将2人に、「自分の見解を聞くと首相に約束してもらうように」と要請したという。これがバラクの怒りを買い、アシュケナジの退任につながったとの指摘もある。

 2011年という情報が正しければ、空爆も急がれることになりますが、2015年説に倣えば交渉の余地もあるということになります。
 先の酒井氏の見解のとおり、ムバラクが没落してもエジプトの政権に大きな変化が起きないのであれば、中東の橋渡し的立場をこのまま維持できるのかもしれないと思いつつ、イランの核問題では、アメリカの今後の出方や、イスラエル、サウジアラビア、エジプトとの関係も注視したいです。

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