2011-01-08

菅さんを応援するなんて言ったら石を投げられそう・・・だけど

 ニュースをぼんやりと見ていたら、菅さんがまた酷い言われ方をしています。
 菅さんの弱音がとうとう出たかと哀れむ気持ちと、え、まさかに現職の首相が「気持ちが萎えるんです」とか「やめる原因というのが、なんとなくわかるんですよね。」なんてベタな本音を言うかな、と疑ってしまいました(参照)。これは今風には、別にまずいことでもないのかな。この政府は、自民党時代にはあり得なかったことをいろいろと塗り替えてきてくれたので、首相がこのような発言をするのもありとすることなのか、私には理解しがたいです。

「俺はこんなにやってくれるのになんで分かってくれないんだ?俺はこんなに頑張っているのになんで評価されないんだと、いろんな思いが伝らないことで、どこかで『これ以上やってもダメだ』と気持ちが萎えるんです」
 もしかしたら、今の菅首相は支持率の低下で「気持ちが萎えている」状態なのかもしれない。そう思わせる発言だったが、続いて出たのは力強い言葉だった。
 「私のような”変わり種”がなった総理大臣ですから、徹底的にやってみようと思う。つまり、自分の気持ちが萎えることで『やーめた』ということはしない」

 政治に感傷的な感情を挟むことで衆偶政治だと批判もされず、世の中も変わったものだと思います。
 また、産経ニュースによると、菅氏と社会学者の宮台真司氏との会食で、人事をめぐる構想をシュミレーションしながら歓談したと報じています(産経)。

宮台氏によると、首相は今回の人事に関し「誰々が続投したらどうなる。誰々を辞めさせたらどうなる。どっちの方が混乱が大きいだろうか」というシミュレーション話に花を咲かせたという。人事をめぐる構想を第三者に軽々しくペラペラと披露する首相には、この人事が日本の将来を左右するのだという自覚があるのだろうか。

 支持率低迷の中での内閣人事で抜擢された人物には、今にも倒れそうな屋台の骨を支える力量が問われるし、女房役の官房長官の椅子に誰が座ることになるのかとメディアもざわめいているようですが、このような首相の発言が事実だとすると、職に対する自覚が足りないと言われても仕方ないかなと思います。が、話す相手を見極めることも大切です。菅さんは、それで失敗してきたことをお忘れですか。
 菅さんの失敗談はさて置き、菅さんの内閣改造に関して、各論ではなく根幹部分で検討されなければならないのではないかと、切に思うようになりました。この際、期待するかしないかは置いといてです。
 昨日、極東ブログの「中国が模範とすべき日本の断念、ってか」(参照)で、フィナンシャルタイムズに寄稿されたデビット・ビリング氏の「日本は、経済成長より大切なものが人生にはあると気づいた(Japan finds there is more to life than growth)」で、日本を風刺する部分に出てくる日本は、最終的にはこんな風にまとめられています。

「国家の仕事が経済活力の増進になるなら、日本はどん底まで落ちた状態である。しかし、日本がなんとか市民の雇用を維持し、社会を安全に保ち、経済的にも快適であり、長寿に暮らせるなら、それほどひどいことなったと、いうもんでもないんじゃないの。」(極東ブログ訳) 

 実は、この記事がTwitterで流れる前に一読していて、その時、私の生き方を問われたと感じて気になっていました。風刺や嫌味とも取れますが、言われている論点を読むと、政治家が日本をどういう国にしようとしているのか、私は、どう生きるのかを考えさせられました。幸いなことに、まだ高齢者の部類ではない私世代は、辛うじて日本の働き手の仲間でもあります。ビリング氏の言い草を「あはは、言われちゃったな」と、笑ってやり過ごすような平和ボケでもいられないと思いました。
 確かに大満足はできないまでも貧乏と言いながらもそこそこの食事に恵まれ、何とか生きている人も多い日本です。また、政府に大きな期待をかけずとも、このまあまあなまったり感で手打ちとすることもできますが、そうも言っていられない気持ちになりました。日本経済の立て直しの意味は、今よりも良い暮らしのためと言うよりは、貧しても安全保障を確保することに回さなくてはならなくなる時代だと思います。そういう視点が、この政府に一切ないのが不思議です。大きな疑問を持ったのは、武器輸出三原則の見直しをどうするかという決断に迫られた段階にもかかわらず、反対している社民党を政権維持のために抱き込んだ時の判断です。後で報じられたことによると、アメリカと共同開発が予定されていた弾道ミサイル(BMD)の契約を破棄されたようです(参照)。
 また、私がこの政府に困惑するのは、菅さんの年頭挨拶で言われた(参照)「社会保障」や「税制改革」の目指す方向が見えない点です。見えるのは、菅さんの目線は、国民に向けられている以上のことも未満のこともなさそうなのです。こっちを見て政治を是正しようとするのは野党の仕事で、政権を担当している政党には、日本の今後をどうするかの根幹を考えていただきたいものです。
 襟を正すと言う意味で、ビリング氏の冷ややかな目線はとてもありがたいことかもしれません。
 首相が誰と居酒屋で歓談しようと構いませんし何を話されても結構ですが、後で言い改めたり言いっ放しになるのは情けないと批判されるだけです。菅さんは、自分が種を蒔いていることに気づいていないようですね。それでいて「評価されない」「気持ちが萎える」はないと思います。鳩ポッポが言い残した「国民の皆さんが聞く耳を持たなくなった」に匹敵する言葉です。
 それでも私は、静かにこの政府を応援はしますが。

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