2011-01-17

スーダン南部独立の容認が加速した背景について

 スーダン南部の独立分離を問う投票が今月9日から始まり、予定通り15日で締め切られました。投票管理委員会の報道によると、投票率は投票成立条件である60%に達しているそうです。この選挙が妨害や紛争といった事前の騒ぎもなく、このようにスムーズに運んだことは以外でした。ネックになると思われたバジル大統領が問題を起こすことも無く、このように投票ができたことは喜ばしく思う反面、どうしてこのような事態になったのか、大変不思議です。予想に反してと言うと不謹慎かも知れませんが、投票は行われないだろうという公算が強かったこともあり、では何故成功したのかその背景を見てみることにしました。
 大きくは三つだと思います。まず、米オバマ大統領の声明によって、投票後の積極関与の意向が明確になったことだと思います。その声明は、ニューヨークタイムズ(電子版)への寄稿にもあるとおりです。

 スーダン指導部が投票結果を順守し、平和を選択すれば、経済制裁解除や、テロ支援国家指定解除の手続き開始を含む「米国との関係正常化の道がある」と改めて呼び掛けた。そうでなければ、「更なる圧力と孤立化」があると警告した。(中略)

 2005年にブッシュ前政権が主導した包括和平合意を引き継いだオバマ政権が、住民投票の実施を妨害するような行為を許せば、自らの指導力を問われることになるのを避けたかったという理由は大きいと思います。
 次に、バジル大統領の協力的な姿勢だと思います。ズバリ、孤独に悩んでいたのかもしれないと、冗談抜きで思っていました。多分、アメリカの全面支援に目が眩んだのかもしれません。
 10日、毎日が伝えていることによると、スーダンが抱える対外債務は、なんと約380億ドル(約3兆1000億円)もあるのいうのです(毎日)。

 中央政府は南部との内戦や反政府勢力との和平協定実現が長引く西部ダルフール紛争で、多額の費用を軍事・治安面に投入。その結果、債務が膨らみ、財政状況が逼迫(ひっぱく)。1月に入り、ガソリンなどの燃料や砂糖の値上げを決定し、閣僚級幹部の給与削減なども発表していた。

 ダルフール紛争を巡り欧米の経済制裁が続く中で、中央政府は国際機関などに援助を求めるのも難しく債務膨張に歯止めをかけられない状況だ。

 バシル大統領側は、米政府が住民投票の実施成功を条件に「南部だけなくスーダン全体を支援する」と北部も支える意向を示していることを重視。米国の意に沿って南部の独立を容認し、負債問題でも柔軟な姿勢を見せることで、債務軽減などで米国の援助を得る狙いもありそうだ。

 国際社会も債務問題を重視しており、日本は05年の南北和平合意の定着・進展を理由に08年3月、対日債務の一部約31億6500万円を免除する方針を発表。09年7月にスーダン政府との間で合意している。

 ここで初めて日本の支援についての情報をひろったような気がしたのですが、09年の7月と言えば政権交代前のことでしょうか。だからなのか、この時期からスーダンと日本の政府のやり取りを全く聞きませんが、私が見落としているだけでしょうか。ある意味、「免除」することで合意しているということはカネの切れ目は縁の切れ目とか申しますので、もう日本政府ができることはないということでしょうか。日本がどう関わっているのか、メディアはあまり報じていません。
 また、1月のガソリンや食料の値上げというのは、先日ここで取り上げたチュニジアやアルジェリアに代表されるアフリカ全域の値上げの流れではないかと思います(「世界的な物価高の連鎖とフランス発動のG20のこれから-チュニジアやアルジェリアの暴動が示していること」)。後日談ですが、チュニジアの大統領は、政権崩壊後フランスへ逃亡したというのです(参照)。私が記事を書いた翌日のことだったので驚きました。暗殺劇になる前に逃亡したのはお利口さんというものですが、バジル大統領が同じ目に合わないとも限りませんから、ここはアメリカの支援に期待し、事を荒立てない方策を選択したのかもしれません。
 三つ目の要因は、中国が路線変更したからではないでしょうか。
 私の記憶では、中国は昨年まではスーダン中央政府との密接な関係を堅持し、国際社会から顰蹙(ひんしゅく)を買っていました。国際社会が南部独立を条件にアメリカを中心にスーダンへの経済制裁をする中、こっそり抜け駆けをしていたとうことはバレバレでした。その中国は、住民投票が行われる段になると急に欧米諸国と足並みを揃え出したのです。自国の損になるとなればガラッと路線を変えて態度も変われるのが中国商いです。

 昨年10月、安保理の視察団がスーダン南部ジュバを訪れた際、同行記者団からクレームが上がった。ホテルのコンセントの形式が中国式のため、パソコンの電源コードなどが差し込めないというのだ。報道陣が宿泊したのは突貫工事でオープンした中国資本の豪華ホテル。スーダン南部との関係構築に向け大急ぎでかじを切る中国のあわてぶりを示しているようでもある。
 少なくとも昨年初めごろまでは、中国は人権問題などで欧米からの批判を浴びるスーダン中央政府との関係を堅持し、南部独立に懸念を示す姿勢を崩していなかった。台湾、チベットなどの独立を容認しないとの立場を貫く中国は、2008年にジュバに総領事館を開設したものの、控えめな活動にとどまっていた。

 だが、独立の動きは止められないとの見方が加速する中で、80%の石油資源が集中するとされる南部との関係構築に失敗すれば、権益を大きく損なう結果にもなりかねない。
 こうした中国の姿勢が、繰り返しスーダン住民投票の平和的な実行と、その有効性を強調してきた欧米諸国と一致。国連安保理には一見奇妙にさえ映る「協調」さえ生まれている(産経)。

 日本もJIS規格を持っているので中国の悪口ばかりはいえません。それに、世界は今や中国製ばかりなので、スーダンの南部ホテルで中国製が使われていてもおかしくはないかもしれません。
 それよりも、今回の調べる目的は、南部の住民投票が何故無事に行われたかだったのですが、こうしてみるとアメリカと中国の原油獲得しか浮かんできません。アフリカ問題は原油国と消費国の問題であると言われている通りなのかもしれませんが、安心して住めるアフリカになるための人道的な支援や、アフリカ自体のこれからを願うことは二の次の話になってしまうのが残念です。

 スーダン国連大使のオスマニン氏の話から、南部独立を巡ってアフリカの怒りのようなものを感じました。
「アフリカのパンドラの箱になる。民族や宗教、経済を原因とした紛争の火種があるのに、なぜアフリカの深刻な自傷行為を支援するのか」
長引いた内戦の打開策として、国際社会はスーダン南部独立の動きを例外扱いし、是認している。だが、連鎖を招きかねない、似たような事情をアフリカの多くの国は抱えている。

 欧米諸国が石油利権のためだけに南部独立を容認したわけではないとは思います。報道で多かったのは、国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出ている人物がスーダンの大統領であり実権を握っている点で、悪者は退治というほどでもないにしろ、独裁者として統治を嫌う南部の権利として独立を支援する側に立ったのは、国際社会が望む方向でもあったと思います。また、アラブ系イスラム教徒の北部と、南部のキリスト教徒が多いアフリカ系黒人の対立構造に対してアメリカが関わりやすかったという点もあるかと思います。それでもアビエイ地区の帰属問題など、据え置かれた問題は多く残されたままのようです。
 新たな問題として、アフリカの他の国からスーダン独立をやっかむような不満が湧き起こっているということがあります。先の「パンドラの箱を開けた」ための罰のようでさもありなんですが、調べ出すと、このままでは記事の終わりが見えなくなるので一旦ここで中断します。アフリカが抱える不満と今後についてはまたの機会に書くことにします。

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 スーダン情報について、極東ブログが要所要所で記事を書かれています。昨年5月、大統領選が行われた頃のスーダン情勢について「ダルフール危機に関連する現状、お尋ね者バシル大統領再選」(参照)が詳しいです。ご参考までに。

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