2011-01-09

高齢化社会が進む中国と日本の方向性-移民を受け入れない日本は集団自殺?

 昨日のニュースで小さな記事ですが、中国の高齢化に対して日本では考えられないような法案が可決しそうだと知り、同じ問題を抱える日本が問われている移民受け入れ問題などを含めて考えてみました。
 この問題については、高齢者を国がどのように面倒を見るかという問題と、高齢化による労働力の減少化にたいする国の対応を取り上げてみます。取り分け、中国と日本を比較するのは、欧米諸国との深い関わりがあるのと、欧米諸国から何かと比較されて批判も受けるため、んじゃーあえて見てみましょう、という程度の動機です。
 きっかけとなったsearchina新聞の見出しは、「「子は頻繁に顔を出すこと」…独居老人増加で法律に明記へ―中国」(参照)で、これによると、

 20世紀末に全人口に対する60歳以上の高齢者の割合が10%を超えて高齢化社会に突入した中国では、現在「老年法」と呼ばれる高齢者の権利保護に関する法律の改定作業が進んでいる。「空巣老人」(独居老人)が増加する状況をうけて、「子は頻繁に顔を見せなければならない」という文言が同法に盛り込まれそうだ。中国新聞網が伝えた。

  記事が紹介した統計によると、現在中国には1億6700万人の高齢者がおり、そのうち半数が子どもなどと同居していない「空巣」生活を送っているという。生活スタイルの変化や核家族化が進む中でいかに高齢者の生活保障や権利保護を行うか。民政部の関係者は、社会による協力が不可欠であり、理髪、入浴、清掃、食料調達といった日常生活の支援や、医療や介護といった部分のより一層の専業化が必要になるだろうとの見解を示した。このたび改定される「老年法」にも「社会によるケア」という独立した章ができる予定だという。

 原因は政府の「一人っ子」政策によるもので、今から30年以上も前(1979年)から続いている政策で、人口のコントロールによって、老齢者の人口比率が子ども世代に対して多いのが原因だと言われています(毎日)。一人っ子同士の結婚では、その両親四人の面倒を見ることになるため、子どもの負担増となってることに法律で強制力を持たせるのが中国だということがわかります。問題はそれだけなのかと調べてみると、いくつか問題が上がっているようです「All About世界のニュース・トレンド 鳥羽 賢」(参照)。

 自然な状態なら生まれた状態では男女比率が「男105:女100」程度であるのに、中国では「男117:女100」という偏った男女比になっています。また広東省や広西チワン族自治区では、「男130:女100」という極端な男女比になっています。

 このために、多くの男性が結婚適齢期になっても結婚相手の女性を見つけられない事態が起こっています。一人っ子政策が始まった後で生まれた世代の3分の2は、まだ20歳以下で結婚適齢期には達していません。しかし、今後この世代が結婚適齢期に到達すると、「男余り」問題はますます深刻になっていくでしょう。

 日本の戦時中時代の「生めよ増やせよ」の逆を思わせるような政策ですが、現在の日本は、この戦時中の政策の反動のように少子化に転じてしまった結果ですから、中国がこの先に抱える問題は日本を見ていれば一目瞭然です。結婚問題についても日本は一時期から嫁不足が言われ、特に農家への嫁の来手を東南アジア諸国に求めるような取り組みをした地方もあったほど深刻です。また、日本の政府は、戦後大きな政府w目指し、高齢者の福祉問題や労働者の労働環境を整備するために社会保険制度の充実などに力を入れましたが、結果はご覧通りです。政府が大きくなり過ぎると、汚職事件頻発し、政治家は金と政治の問題を引きずっています。
 中国が国交を開いてから人口問題が慌てて取り上げられた理由に、世界人口をも左右する恐れがあったためです。「一人っ子」政策を取り入れなかったら、17億とも言われる人口増加に悩んでいたかも知れないと言われています。

 そして中国の人口が13億人に達した日と、世界人口が60億人に達した日を4年遅らせ、世界総人口に占める中国の人口の割合は、1980年の22.2%から2007年には20.1%に減少しました。世界人口全体の増加率も、1982年には18.4%だった数字が、2007年に10.3%に低下しています。

 だからと言ってここでこの政策を緩和するにしても、人口の急増は次の問題となるため中国政府の課題は大きいと思います。
 中国の問題は日本の30年前にさかのぼると見えやすい、と感心している場合じゃないのです。一昨日の極東ブログ「中国の模範とすべき日本の断念、ってか」(参照)で取り上げられていたアジア問題の専門家パトリック・スミス氏の意見は見過ごせません。

 「日本人は、近代化の必要性に付随して、西洋化したいという衝動を克服してきた。その境地こそ、中国人が追いつかなければならないものなのである」日本は他のどの非西洋先進国よりも、自国文化での人生の過ごし方を守ってきた。

 先輩として中国に助言をするとしたら、国もそこそこ栄えたのだし、この辺で国民生活を豊かにする政策に転向してはどうですか、くらいでしょうか。中国経済がどこまで持ちこたえるのかわかりませんが、いつか奈落の底へ落ちた時、期待されるのは国民の我慢強さと忍耐力だったりします。
 さて、問題は、日本の高齢化社会か抱える問題です。私如きが言うまでもなく、高齢者の介護や医療を支える政府の政策が何とも情けない状態に陥っています。これも長引くデフレ不況の中で、国にお金がないからだといえばお終いです。この問題にぐっさりメスを入れるようなダニエル・ドレズナー氏の記事(米タフツ大学フレッチャー法律外交大学院教授 ニューズウイーク)が目に止まり、ここまで言われても動かない日本は何だろうか、と焦る気持ちと苛立ちが同時に湧きました。

 英経済誌エコノミストが「自発的な人類絶滅」に関する刺激的なエッセイを掲載したのは、1998年末のこと。「問題は(人類が)滅亡するかどうかではなく、それがいつ起きるかだ」という警告は衝撃的だった。
 世界の大半の国はこんな警告を受け流した。だが、日本政府だけは密かにこの運命を恐れているのではないか。

 このような書き始めで、結局、日本は高齢化にともなう労働人口の減少に対して、移民に門戸を開かないから自滅するのだという論調でドレズナー氏の意見を引用しています。また、この問題と地球温暖化問題は同列であるにもかかわらず、行動を起こすだけの目先のインセンティブがないせいで先送りしているという批判もいただいています。
 記事中にも言及されていますが、移民受け入れ問題は、日本政府と言うよりも国民の意識の中では受け入れがたい問題かもしれません。私事ですが、私が住む町は精密関係の製造会社が多いことから、一時期はブラジルや中国の働き手に支えられ息をついた時期もありました。が、彼らと日本の生活様式の違いから生まれる問題は多く、あまり長続きしないという問題もありました。
 住まいの使い方や仕事場でのルールを教えることはできても、日本人のはっきり物を言わない言語が原因したと思われる行き違いが生じることも多かったと思います。結局、その後に残った「もう外国人は懲り懲り」といったしこりはかなり強いと思います。これは、外国人に大変を気を使って親切心で接しても、それほど相手に気持ちが届いているでもなく、契約にない事を親切心でやっても相手から見返りがあるわけでもなく、その関係に親密なものは生まれないという教訓になってしまっているかもしれません。日本人にとって、外国人としっくり仕事を進めるのは難しく、時間のかかることかもしれません。
 政府はが移民を受け入れる必要性を検討しているのかどうか、そのこと自体があまり話題にならないのはそのためでしょうか。私には良くわかりませんが、個人的には賛成です。ただ、問題の難しさも理解できるので、「目先のインセンティブ」が労働力の確保ではないとすると、あるとすればそれは何だろうか、その疑問が解けずに残ってしまいます。

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