2011-01-25

カルザイ政権には合格点はあげられない-アフガニスタンの二つの課題

 昨日の産経の記事、「新・グレート・ゲームへ・・・対テロ戦10年目のアフガニスタン」(参照)が飛び込んできて、「グレート・ゲーム」の文字に釣られて読んでみまたした。この記事は、アメリカがアフガン治安部隊に全土の治安権限を移譲する2014年をターゲットに、このところの周辺国の様子を伝えていますが、以前私がパキスタン情勢で書いた記事でも触れたとおり(参照)、アメリカの撤退と同時にアフガニスタンが不安定になるとお出ましになる可能性言われているのは中国です。資源を必要とする中国が、どのように立ち回るのかなどを含めて、この周辺地域に「新・グレート・ゲーム」が始まると言われています。そういう点で、重要になってくるのがアフガニスタンのアメリカ撤退後です。
 アフガニスタンがアメリカの治安下にある現在は何とかバランスしていると言えますが、アメリカの撤退を先に見ながら、パキスタンがアフガンへの関与を続けているのも、自国の防衛のためとは言え、今後の不安定要因でもあります。このパキスタンの動きは「悪化するパキスタン情勢-アメリカ軍撤退に危機感」(参照)でも書きました。
 アメリカはアフガンの武装勢力はパキスタンにあるとした上で、アルカイダ武装勢力壊滅の鍵を握るのはパキスタンだとする一方、撤退を予定しているアフガニスタンにも梃入れを始めているのだと思います。
 昨年、米バイデン副大統領のパキスタン訪問のニュースですっ飛んでしまったのですが、パキスタン訪問の前にアフガニスタンを訪れ、カルザイ大統領との会談を済ませていました。この時の会談の目的は、「今回の訪問の主目的は2011年に開始するアフガニスタン主導の治安体制への移行に向けた進展を評価することと、アフガニスタンとの長期関係に対する我々の意欲を示すことだ。」(CNN)と、ホワイトハウス高官の発表後、「アメリカの撤退が先延ばしになるかもしれなという発言もありました(毎日2011年1月12日)。

副大統領はまた昨年12月、今年7月に撤収を開始する米軍は小規模ではないと示唆し、「14年までには、何が何でも米軍は完全撤収する」と明言していた。だが、「もしアフガン国民が望むなら」との前提付きながらも、「14年には撤収しない」と発言を修正した。

 今日は、先の産経の記事をきっかけに、アフガニスタンに焦点を当ててみることにします。
 混迷状態にあるとされるアフガニスタンですが、汚職・腐敗体質のカルザイ政権であり、その統治能力の欠如と、タリバンの軍事的な攻勢が主な原因ではないかと思います。まずは、この二点について調べてみました。
 昨年9月の総選挙は、カルザイ政権にとっては汚名挽回のチャンスでもあったと思いますが、カルザイ大統領自身の大統領選挙にも不正疑惑を中心に、多くの不正があったのではないかとの疑惑に包まれ、議会が開催されないままの状態です。
 日本では考えられないことですが、大統領派の議員の落選が多かったことに不満を持つカルザイ大統領は、今月23日に議会の召集を決めたようですが、選挙の不正の審査に当たった特別法法廷より一ヶ月の延期要請され、これを受け入れたようです。これが芝居がかっているのですが、この特別法廷というのは大統領令で最高裁に置かれた機関で、実態は、落選議員を復活させるための機関です。つまり、一ヶ月の延期は、そのための時間稼ぎだと見られ、結局他の議員の反対により、26日に召集が決まっています(CNN2011年1月24日)。毎日の「アフガン:新議会発足へ 不在4カ月、大統領権威揺らぐ」(参照)がわかりやすく報じています。

「延期」発表に反発した当選議員らは、「大統領が臨席せずとも予定通り23日に議会を発足させる」と宣言した。アフガン議会は大統領が招集しなければならず、議員側が独自に議会を発足させれば、憲法違反となり、政治危機に陥ってしまう。事態打開のためカルザイ大統領は22日に当選議員約140人を大統領府に招き、数時間にわたる協議の末、26日の招集を決めた。
 ロイター通信によると、大統領は、不正選挙疑惑を調べる特別法廷の廃止にも同意したという。同法廷は、選挙管理委員会の権威をないがしろにしかねず、内外から「違憲」との指摘が出ていた。
大統領の「1カ月延期」発表に対して、国連や米国などが「深い懸念」を表明するなど、欧米諸国も大統領に早期議会招集を働きかけていた。
 国民の多くは、カルザイ氏がこうした圧力に屈する形で議会招集問題を決着させたと受け止めている。アフガニスタンでは米国が今年7月から徐々に駐留軍を撤退させ、2014年までに治安権限をアフガン側へ移譲する計画だが、大統領の迷走ぶりが続けば今後、政治不安からアフガン復興に重大な支障をきたす可能性もある。

 加えて、この選挙では、カルザイ大統領を支える多数派のパシュトゥン人の獲得議席も選挙前の140から95に減少し、武装勢力との和平に道筋をつけることを最大の目標とするカルザイ大統領にとっては大きな痛手であり、和平取り組みへの支障になることは間違いないのではないかと思います。
 ところで、大統領と議員が決まり、やっとのことで議会が召集されるというのに、その議会では一体何が決まるというのでしょうか。事柄の決定ばかりに労力を費やすばかりで、肝心の内容がナイヨウでは困ったものです。
 二点目のタリバン攻勢についてです。パキスタンの国境エリアでは、アメリカ軍の大規模作戦による無人機攻撃激化によって、タリバンにも相当の犠牲が出ていると聞きます。難航しているのかどうか、その辺が詳細に渡ってはわかりませんが、タリバンの人事から見ると弱体化しているようでもあります。1月26日号Newsweekは、最高指導者のオマル師の消息が知れないと伝えています。

 いまタリバンは苦境に直面している。重要拠点である南部ヘルマンド州とカンダハル州では米軍が攻勢を強めており、大きな犠牲を強いられている。タリバン指導部は兵の士気を鼓舞し、反撃ムードを高めるため、タイプの違う2人を後継指名。これは最高指導者ムハマド・オマル師の同意を得たものだと訪う。
だが指導部の主張を信じる者は少ない。オマル師の消息は01年11月のカンダハル脱出以来、途絶えているからだ。
マンスールは陰でパキスタン軍統合情報局ISIとつながっているとの噂もある。後継人事の背後にISIがいて「われわれの弱体化を図っている」と疑う元タリバン高官もいる。絶対的な指導者不在のまま、有力者の熾烈な派閥争いが起きることをタリバンは恐れている。

 パキスタンのISIとタリバンのつながりはいつかのWikileaksにもあったかと思いますが、話しが混乱するのでこの件は置いといて、オマル師について、どこに潜んでいるのか調べても、他紙でもはっきりとつかめているような記事は見当たりませんが、ワシントンポスト記事を引用した時事ドットコムでは、

【ニューデリー時事】アフガニスタンの反政府勢力タリバンの最高指導者オマル師が今月、パキスタン南部のカラチで軍の支援により心臓手術を受けたと米紙ワシントン・ポスト(電子版)が23日までに報じた。事実なら、同師のパキスタン潜伏説を裏付ける有力な手掛かりになる。
 同紙は、米中央情報局(CIA)元幹部らでつくる民間情報会社がカラチの医師から聞いた話として報じた。オマル師は7日に心臓発作に襲われ、パキスタン軍の情報機関、3軍統合情報局(ISI)によって病院に搬送されて手術。術後は脳に後遺症が残り、発話に障害が出たという。
 この報道に対し、タリバン報道官は「オマル師の健康に問題はない。敵が流布したうわさだ」と一蹴。ISIも「でっち上げ」と反発した。(時事ドットコム2011/01/23-14:31

 「でっち上げ」?そうかなあ?ワシントンポストの記事に1万円賭けてもいいな、くらいに信憑性の高さを思いますが。タリバンにとってオマル師の存在が確認できないことも、師が病で倒れているということだけでも内部がぐらぐら揺れ動いているのではないでしょうか。
 結局、アメリカが引き上げを始めるかどうかの7月までに、ここで取り上げた二点でさえも合格点に達しないのではないかと思います。

 参考までに、極東ブログの「オバマの戦争」(参照)で、ブッシュ政権から引き継いだ戦争として当時の様子を詳しく解説しています。

追記: 
 今朝のTwitterタイムラインで「アフガンが揉めているメリットもある。」(参照)という発言を見て、その観点では考えていなかったことと、その関係を見るのに「グレート・ゲームの歴史参照」というので、少し調べてみました。
 「グレート・ゲーム」とは、19世紀、アフガニスタンの北方をロシアが、南方をイギリスとして覇権を巡る争いのことです。アフガニスタンは、このニ強国との間で翻弄(ほんろう)されました。北のソ連が優勢になればロシアに寄り、南のイギリスが優勢となるとイギリス寄りになるという右往左往の状態だったようです。
 その後、独立国家となり、ましたが、ソ連から干渉されることに代わりはなく、生活は左右されたため、徐々に反ソ・反共運動が高まり、治安が悪化しました。これに目をつけたソ連は、1979年、治安回復を名目に、軍事介入を始めると、これに抵抗したイスラム教徒の反ソ運動が活発化し、他のイスラム教徒もこれに便乗してゲリラ戦を活発化しソ連に立ち向かったのです。この時、アメリカとパキスタンとサウジアラビアがこのゲリラ戦を支援したのです。この抵抗運動の高まりやアメリカとの冷戦の末期でもあったため、1989年、ソ連が撤退ました。ここで平和が戻るかに見えたのですが、内部の仲間割れが起こり、南部から新興勢力であるタリバンが現れたのです。
 つまり、アフガニスタンは独立国といえども、ソ連やイギリスが始めた覇権をめぐる19世紀の争いから始まってこのかた、長い間大国の犠牲になり、自力で建国したとは言いがたい国だということです。現時点で国の内部が揉める必要があるのなら、揉めて方向性を見い出すプロセスも必要なのではないかと思いました。

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