2011-01-24

ベンアリ独裁政権崩壊後のチュニジアの政変-続編

  ベンアリ前大統領の国外脱出(サウジアラビア)によって23年間続いたチュニジアの独裁政治は幕を閉じ、20日、暫定内閣初閣議が開催されましたが、一部の野党を取り込んだものの、ガンヌーシ首相を含めて主要閣僚の多くが旧政権で圧政を行ってきた与党・立憲民主連合(RCD)の閣僚が留任したため、前政権関係者の排除を求める市民の要求が高まっています。野党側の新閣僚5名が辞任した上、市民のデモは未だに続いています。このことは、20日の「混乱が拡大するチュニジア情勢-新政権に不満を持つ人々」(参照)で詳しく書いています。
 結果、この市民の抗議による形で、18日にメバザア暫定大統領とガンヌーシ首相が与党・立憲民主連合(RCD)から離党を表明し、RCDはベンアリ前大統領と側近らの除名を行いました。さらに、ガンヌーシ首相は、6ヶ月以内に実施する予定の大統領選挙と議会の終了後は、可能な限り早期に辞任し、政界を引退することを明らかにしています(毎日2011年1月23日)。
 ベンアリ政権による強権支配から脱した市民の興奮と、旧態同然の新内閣への不満やその反動は理解できますが、これまでの独裁政党から議員を追い出してしまっては政権担当能力のない野党議員が残るだけとなるのでは必須です。昨日、「新党結成も視野=要求貫徹へストも―チュニジア最大労組(時事2011/01/22)の記事から、野党勢力としてはかなり大きな組織になると思われる新党結成の話を知りましたが、当事者らも、1~2年はその準備にかかると話しています。

 チュニジアのベンアリ独裁政権の崩壊で主導的な役割を果たした同国最大の労組、チュニジア労働総同盟(UGTT)のシミ・モハメド副事務局長は22日、新党結成を視野に、新政権に対して1~2年後の民主的な大統領選挙や議会選の実施を求める意向を明らかにした。時事通信との会見で語った。
 同副事務局長は選挙について「半年では準備が間に合わない」と指摘。23年続いた独裁政権下で本格的な野党が育たなかったとして、新党の立ち上げも含め、最低でも1年の準備期間が必要だと述べた。
 モハメド副事務局長はベンアリ前政権からの刷新を求め、要求貫徹に向け、加盟労組の組合員約50万人を動員したストも辞さないと語った。
 新政権に関しては、「新政権にはベンアリ前政権の閣僚が数多く残留しており、独裁や腐敗の象徴を徹底的に排除することが必要だ」と強調。 UGTTトップがメバザア暫定大統領と会談するなど、デモと並行して新政権に要求を突き付けているという。

 そして、独裁政治から同時に開放された警察官らは、政府の命令で動くのがその使命であったことからも開放され、市民側と連携をとる形になったと言うのです。いや、これは言われるまでもなく正にそうなることは自然ですが、逆に言えば、命令がなくなった警察組織の主導はどうなるのでしょう。昨夜のテレビで、この状態を「不安定」とコメントしていましたが、見方を変えれば、一市民として民主化への歓喜を上げて喜んでいる姿です。今のところは市民との連携という形でその体裁が守られているようですが、市民の反発が強い政府にとっては、もはやコントロールできない組織の一つでもあるというか、軍の存在と共に奇妙な感じが残ります(朝日2011年1月22日)。

 チュニジア政変を受けて22日、これまでは市民のデモを鎮圧する側にいた警察官らが、市民との連帯を示すデモをした。チュニス中心部では1千人近い警官らが腕に赤い布を巻き、旧体制の打破や待遇改善を求めて行進した。

 政変後、ベンアリ前大統領を見限って市民側に回った軍に支持が集まる一方、前大統領を支えた内務省と警察への不信感は根強い。警官デモは、こうしたイメージを改善する狙いもありそうだ。

 参加したムニールさん(31)は「僕らは安月給のうえ、命令に従わなければクビ。命じられてデモ鎮圧に行ったら、デモ隊に隣人や親族がいて、心が痛んだ。今こそ市民と連帯したい」と話した。

 また、気がかりであったイスラム組織「ナハダ」の動きは、20日のエントリーにも書きましたが、ベンアリ前政権の強権政治が幸いしたのは、イスラム過激派をも弾圧し、そのリーダーであったラシド・ガンヌーン氏を国外追放していますし、チュニジアにはイスラム穏健派しか残っていない状態です。しかし、政権が崩壊した途端に「ナハダ」の動きが活発化するのではないかと懸念されているようです。特に、チュニジアの政権を乗っ取る恐れがあることを欧米諸国は強く思っているとのことですが、一方で、欧州文化の影響が強く安定的な国だと評価されているようです。暴力的に成らずとも、政変という事態はこの国にとっては大きな変革であり、だったらイスラムの暴力的な政党に政権を握らせるでもなく、慎重に立ち回るのではないでしょうか。
 社説はイマイチな朝日新聞ですが、「ナハダ」の幹部、サミール・ディロウ氏の直接取材の内容を報じています(朝日2011年1月23日)。

 ディロウ氏は「我々は『神権政治』は目指さない」と語り、トルコを模範に議会政治の枠内でイスラムに沿った穏健な改革を目指す考えを示した。一方、「社会には我々に対する偏見がある」として次期大統領選で候補者を擁立しない考えを明らかにした。

「ナハダ」は1981年に結成されたチュニジア最大のイスラム組織。都市部の知識層を中心に勢力を伸ばしたが、隣国アルジェリアでイスラム政党が躍進したことから、飛び火を警戒したベンアリ政権から厳しい弾圧を受けるようになった。

 ディロウ氏は「腐敗の廃絶や弱者への思いやりなどイスラムの道徳観に沿った政治を目指すが、個人に宗教を押しつけるつもりはなく、『イスラムこそが解決策だ』という言い方はしない。トルコの与党・公正発展党のように、世俗主義と宗教的価値観を両立させることは可能だ」と述べた。

 また「政権側の長年のプロパガンダで、我々を『テロリストだ』と無用に恐れている市民が多い」と語り、近く行われる大統領選には候補者を擁立しない考えを示した。「まず議会に参加し、民主主義勢力として各党と協調していけることを証明し、次の段階に進みたい」と話した。

 英国に滞在する指導者、ラシド・ガンヌーシ氏ら弾圧を逃れて亡命したメンバーを早期に帰国させ、組織を再構築する方針という。

 今のところは、これまでの反動的な動きが多く、それも偏った力となっているようにも思います。これが、弾圧政治から脱却した国が民主化へ移行する瞬間だと言えますが、市民も警察官も政治家も、皆その圧力からの開放感で興奮状態です。いわば正気を失った失速状態とも思いますが、こういうものなのですね。チュニジアの今の状態から、どのように民主的な政治が始まるのか、さらに見とどけたいです。そして、このチュニジアの民主化は、隣のアルジェリアやイエメン、エジプトの民主運動へも影響を与え始めています。であれば、これが一つのよいサンプルになることを願うものです。

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