2011-01-30

エジプト暴動の背景を解くキーパーソンはエルバラダイ氏

 エジプトの暴動が日増しに激しくなっているというのに、私はエジプトに関してだけはしっかり取り上げてきていません。昨日、100万人規模のデモに膨れ上がったと聞きましたが、その状態が想像以上であることはテレビの画像でも見ています。状況は、ニュースが伝えている通りで、特に言い添えたいことはないのですが、私の問題は、エジプトはとても不思議な国で読めないのです。今でもその真相は良くわかっていないため、文責を問われると思うと、とても躊躇してしまうのです。ただ、これだけの規模のデモが起こっているのに何もここに書き残さないというのは自分が矛盾するのです。
 と言うことで思い切って書くことにしましたが、エジプトの情勢を読むというよりは、私のこの国に対する関心の部分に触れておきたいと思います。
 まず、今回の暴動が読めなかった背景に、チュニジアの民主化を訴える市民暴動の余波であるかどうかが判断できなかったことにあります。その要素に1月1日、アレキサンドリアのキリスト教会前で、新年のミサのために集まっていた1000人の教徒を狙ったとされる爆発が起こりました。エジプトの少数派であるコプト教の迫害のための、アルカイダが起こしたテロ攻撃だと大統領が断定した事件でした。これについては「米軍がアフガニスタンから撤退する今年-エジプトに起きたテロの意味は?」(参照)で私も書いています。
 この流れを受けて、当初は、イスラム過激派によるキリスト教徒追放のような動きなのかもしれないと思っていましたが、そのうちに、ネットを使った呼びかけがデモの増員に大きく影響しているという情報に、チュニジアの暴動の連鎖反応と重なりました。報じていたメディアの殆ども、民主化の叫びだと読んでいたのではないかと思いましたが、私は、エジプトに関しては民衆の暴徒化とは思えませんでした。その理由が、2008年の異常なまでの物価高でのエジプトを思っていたからです。
 世界最大のパン消費国といわれるエジプトでは、2008年3月の時点で、一年でパンの価格が26.5%高騰し、パンを買い求める市民の間で暴動が頻発し、死者を出すような惨事となりました。今回の暴動も、民主化を訴える背景に物価高や政府への不満だと当初は思ったのですが、どうもエジプトに関してはすっきりそう思えないものが残ったのです。
 2008年の暴動も、すぐに鎮圧され、ムバラク大統領が軍へパンの製造を命じて収めた形になりましたが、エジプトの国民性なのか、暴動や血なまぐさい事件が大きく起こらない国です。これが不思議で、解明できないのです。イスラム過激派の影響も、もっと大きく発展してもよさそうな環境であると思うのですが、さほどひどいことは起きないのがとても不思議なのです。何でも中途半端で終わるのが返ってわからない理由でした。
 つまり、社会変革が起きるような要素はあっても、大衆を指揮するリーダーのような人物なり団体が存在しない国なのではないかと思うのです。
 物価高騰でパンを作りを大統領が軍に命じる国なのです。軍と仲たがいしているとは想像できませんでした。普通なら、困窮する市民の訴えを軍が肩代わりしてクーデターを起こし、政府の体制を打開に奔走するのではなのかと思うのです。まあ、これを「普通」と言ってよいものやらとは思いますが、今回は、市民と軍が一体となった暴動でもなさそうなので、残る可能性はムスリム同胞団のことしか浮かびません。
 ムスりム同胞団はエジプトの最大野党ですが、かつて、多くの幹部が警察によって逮捕され、もはや大衆を扇動する力は持たないと言われています。今回の暴動では28日からデモに参加したということで、野党最大とはいえ、デモの発端には関与していないと思います。むしろ、ムバラク政権崩壊をにらんで、返り咲きのチャンスくらいにしか思っていないのではないかと思います(産経0121.1.29

【カイロ=大内清】エジプトの大規模な反政府デモで、同国の事実上の最大野党で非合法のイスラム主義組織、ムスリム同胞団は29日、ムバラク政権に対し、「平和的に移行政権を作るべきだ」と要求した。
同胞団は28日からデモに正式参加したものの、「国民は変革を望んでいる」といった慎重な表現を使い、当局を刺激しないよう努めてきた。
今回の要求はそれよりも踏み込んだものといえ、ムバラク政権崩壊後をにらみ、新政権への参加を念頭に置いているとも受け取れる。同胞団は貧困層に浸透し高い動員力を持つだけに、今後、明確にムバラク政権打倒を目指す方向にかじを切るのか注目が集まっている。

 こうしてみると、エジプト政府にとって、暴動が起きても弾圧すべき団体や人物が特定できない状況だったのではないかと思うのです。今回の暴動は、政府にとっては予期せぬ規模ではあったため、事態の収拾がつかなくなるのではないかと傍観するしかありませんでした。
 そして、26日、アメリカのクリントン長官のムバラク大統領を支持するような声明をだしたことから、周辺国で起きている民主化運動とはわけが違うのではないかと強く感じました(読売2011年1月26日

 クリントン米国務長官は25日、エジプトでムバラク大統領を批判する大規模デモが起きたことについて、「エジプト政府は安定しており、国民の正当な要求に応えようと検討している、と判断している」と述べた。
長官は今月の別の演説で、中東の親米独裁的国家に対して民衆の不満に応える改革を行うよう呼びかけており、今回の発言は、ムバラク大統領に自主的な改革を促したものとみられる。

 エジプト政府は国民の暴動を恐れるあまり、あり得ない戦争の可能性を宣伝している国だと聞いたことがあり、それが本当だとするとおかしな国だと思ったことがあるのですが、現実に大きな暴動となってしまいました。結局、反政府騒乱を受けたムバラク大統領の指示で内閣は総辞職しました。が、大統領の退陣を要求する声の高まりもある中、おかしな風景に写ります。アメリカに支えられているエジプトでもあり、クリントン長官の声明のとおりにムバラク大統領がこのまま采配を振るうことが現実可能なのかどうかは気になります。
 気がかりではありながら背景が特定できず、ここ数日悶々としていたところへ昨日、極東ブログの「エジプト暴動は軍部のチキンゲーム」(参照)は、私の疑問の解決の糸口となりました。

 背景として考えられるのは、暗黙裏に進む可能性のあるエジプトの核化の阻止に適切なダメージを与える程度で終わらせたいということだろう。また、アルカイダというとオサマ・ビンラディンがつい話題になるが、実動部隊を実質供給しているのはエジプトだとも言えるほど、エジプトの過激派勢力の潜在性は大きく、社会混乱は好ましいものではないというのも欧米の本音であろう。
 今回のエジプト暴動の特徴は、報道からはあまり見えてこないが、軍の指導性だろう。ムバラク大統領の独裁を象徴する息子ガマル・ムバラクの大統領世襲問題は国民から大きな反感を買い、すでにロンドンに逃亡している(参照)が、これはチュニジア大統領の亡命とは違い、もともとガマル氏の世襲を厭う軍部(参照)のシナリオだったと見てよい。さらに軍部としては、この秋に予定されている大統領選挙を早々に潰しておきたいということもあっただろう。
 総じて見れば、今回のエジプトの暴動は民主化の高まりやツイッターなどの情報ツール革新がもたらしたものというより、新興国にありがちな軍部のクーデターを緩和に装ったものというくらいであろう。西側諸国としては、エルバラダイ氏を育ててエジプトの核化が阻止できればさらに御の字ということだが、とりあえずの仕込みで終わるのではないか。

 エジプトの軍部とムバラク大統領の仲は悪くないと思っていたのですが、軍の動きは、ガマル氏の世襲を厭ってのシナリオで、秋の大統領選挙の前振りと見てよいとすると、私が一番疑わなかった軍がネックだったということになります。が、これでトンネルから少し抜けた感じがしました。
 ところで、エルバラダイ氏の突然の帰国と、デモに参加するという行動も「仕込み」のパフォーマンスなら、個人的な理由ですが、ほっとしたのです。実は、氏が帰国したと知ったと同時に彼の事を調べていて、とんだ妄想をしてしまいました。今思うと、沢山の思惑が頭の中で未処理のまま脳内に散らかっていて、ほかの事を熟考できなかったためのようです。氏はアメリカの民主主義をエジプトにもたらし、核の番人でもするつもりだとすっかり思い込んだ始末です。よく考えると、エジプトが核保有国になる可能性は少ないですし、氏が、その番人になるとは考えな難いことです。あろうことか、Twitterで流してしまったのです。失礼しました。
 エジプトの民主化が前提にあり、そのための「仕込み」が今エジプトに始まったと言うのであれば、この暴動も、確実な通過点にしなければならないと心したところです。

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