2010-11-14

尖閣諸島は「日本にとって、これは法の問題であり、中国にとっては敬意の問題」というデイビット・ピリング氏の指摘(FT)

 昨日開かれたAPECでの首脳会談の後、夕方近くから流れるニュースで、菅首相が中国の胡錦濤主席との会談の成立を報じ、続いてロシアのメドベージェフ首相と会談したのを知りました。中国とはその会談の場は持たれないと思っていましたし、ロシアとは逆に無策ならしない方がましだと思っていた私なので、内容が気になります。
 中国とは尖閣諸島の領有権問題が根底にあり、中国漁船と日本の巡視艇の衝突事件を発端に、その時のビデオが日本の海保から漏洩した問題と同時に、中国の内政問題を抱える政府の対日対応に日本政府がどう対応するのか、そういった点で厄介ともいうべき問題に発展しています。
 その騒ぎの合間に、ソ連のメドベージェフ大統領が国後島に「国内旅行」として視察に立ち寄っています。この時、尖閣諸島問題で中国に対してイニシアティブを取れない日本は、ロシアにも領土を返してもらえなくなるのではないかと懸念しました。韓国から竹島を取り返せない日本と同じ事をまた繰り返すのだと、そう思うと、衣服を剥ぎ取られるような恐怖心さえ持ちました。ない頭と少ない情報を繋ぎ合せ、自分なりに腹の落とし所を掴まないことには居ても立ってもいられないというのが正直な気持ちです。
 中国とロシアの首脳と会談できたことは喜ばしいことですが、内容にはあまり期待でいないです。まず、具体的なことがあれば直ぐにニュースで報じると思いますが、それが無いということは、良くも悪くもないと解釈するのです。考えてみると、日本はホスト国ですから、受け入れる側であるホストが会談を申し込めば、断るというのも外交上は無礼に当たるので、形だけでも取り繕うのが常識人だと思います。逆に、アメリカでオバマ氏が鳩山さんとの会談を受け入れなかったように、ホストの都合で断るのは無礼にも当たりません。その点で、今回日本が舞台だったのは功を奏したと思います。
 無理だろうと思ってた胡錦濤主席との会談を取り付け、この先どのようなやり取りがあるのか、それも興味深い話です。が、そもそも尖閣諸島問題に決着をつけないことには、中国外交は先に進まないと思います。中国国民が、対日感情に絡めて中国政府に批判的だという内政事情を鎮静化するため、尖閣諸島の領有権を主張しているものだとばかり思ってた嫌いが私にあり、本当のところ、中国政府はどう思っているのかは定かではありませんでした。何故、この日本の言い分が通じないのか、不思議でならないのです。
 11月10日のファイナンシャル・タイムスのOpinion:「Why China and Japan are oceans apart」(参照)で、デイビット・ピリング氏が日本と中国の尖閣諸島問題を通して面白い分析をしています。この記事の訳文、JBPressの11月12日に「日中間の隔たりがこれほど大きく深い理由」で丁度取り上げています(参照)。
 始めにえッと驚いたのは、1300年代の明の時代のことから話が始まるのです。それは、中国の領有権の主張がどこからくるのかというルーツを説明するためなのですが、ここで私が「えッ、そんな古い時代のことを持ち出してどうすんの?」みたいな気持ちになった事が、この記事の後半の、日本の政府の今を表す鍵になっている、という指摘と重なって愕然としたのです。以下がその部分です。

決定的なことに、主権と国民国家という欧州の概念を最も完全に吸収した国は日本だった。日本は1868年の明治維新で半ば封建的な幕府を解体し、議会制度に置き換えた。

 また、偉大な国家になるためには帝国を手に入れなければならないという西側の考えも取り入れた。それが日本を地域における拡張主義という悲劇的な軍事行動へと向かわせることになった。

 この辺の後始末は、第二次世界大戦後のポツダム宣言(参照)で出来ているものと了解していましたが、私の世代では、つまり戦後10年以上も後から生まれた世代は、平和ボケというか、戦争をしない国家のもとに育っていますから歴史上の事実として受け止めていると思います。
 一方中国はどうか。

 中国側に言わせれば、この島々は台湾の一部だ。台湾は日清戦争(1894~1895年)で清が敗れた後、日本の植民地になった。従って、日本が第2次世界大戦で負けて台湾の支配をあきらめた時に、島の領有も放棄したはずだとしている。

 中国政府と日本政府は異なるレンズを通して尖閣諸島(釣魚島)を見ている。中国は自国の領有権主張を、この地域を西側(および、その継子である日本)がめちゃくちゃにする前の状態に戻すことによって歴史上の過ちを正すという大きな使命の一環として捉えている。

 中国政府にとっては、尖閣諸島を巡る論争は南シナ海の似たような争いと並び、150年にわたる屈辱の歴史を覆す活動の一環にほかならない。

 この指摘の通りだとすると、この両国の主張の接点は何なのか?ものすごい大きな厚い壁のようなものを前にしているような気がします。永遠に接点などは見いだせないのではないか?そう思ったのです。加えて、ロシアについても昨日触れたように(参照)、歴史的な背景が現政権下でも反映されている辺りは、中国と似ている部分かもしれません。それに対して日本の法律を盾にとっても、それは、観点が違うのはごもっともです。
 中国は事あるごとに昔の日本の戦争の爪痕を言いますが、それが、国家に敬意を払う所に元があるのだとすると、菅さん仙谷さんが、このようなことまで配慮しているとは思えないです。中国という国の理解が全く出来ていないとしんみり思いました。

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