2010-10-03

極東ブログ「アザデガン物語 必死だったな石油公団」命と石油ドリームとどっちを取るの?

 情けねぇ話じゃないですかこの話、もしかして(参照)。
 アーザーデガーン油田のギャグ的な名前は、地名ではなかった。地名で地図を探してもイランにはそんな地名はなく、調べたらペルシャ語で「逃げてきた人々の意味。」でも、「ダシュテ・アーザーデガーン郡」の地名ならあった。初っ端から誤解するところでした。アラビア石油の移転先がイランだから、つまり「逃げてきた」という意味合いから命名されたのではなかったのね。
 さて、タイトルの件ですが、日本政府のつまらない及び腰のお陰で、日本は安全保障を得たというのが今回の権利放棄のお話につながります。極東ブログの文脈に私もほぼ賛成です。9月30日にその権利を放棄したと報じたニュースで、そこまで気づかなかったのですが、ここで取り上げられたことで慌てて調べてみたらなるほど納得な読みです。油田の権利はこの話はここでちょっと置いといて、アラビア石油のこともアラビヤン焼きそばのこともあまり知らない私なので、ちょっと調べてみたのです。
 最初に断っておくんだけど、この両者は何の因果関係もないのじゃない?油田のことよりもたっぷり時間をかけて調べたのだけど。何についても言えるのは、「関係ねぇ」という結論に達するまでの道のりは、関係性のある場合よりも時間をかけて調べる必然性があります。極東ブログに一行書いてある意味はそれだけの意味であって、仄めかしでも何でもなかった。ただ、この類の話をさせると俄然面白いのが極東ブログなのです。ついつい乗って調べてみて、棚から牡丹餅的な面白さがありました。 

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アラビヤン焼そば:

「かつては全国展開してたんですよ。意図的に千葉にしぼってるわけではなく、自然に千葉に残ったというほうが正しいです」と広報担当者は言う。誕生は1967年4月。なんとサンヨー食品では4番目の古株で、サッポロ一番ソース焼そばよりも古い、超ロングセラー商品なのだ。
「確たることは言えませんが、パッケージにある『不思議な位おいしく出来ます』のコピーから、不思議な位→魔法のように→アラジンというイメージの延長で、そうなったんじゃないかと言われてます」

 と、話しているのは製造販売元のサンヨー食品談(参照)。1967年に山下太郎氏が亡くなったというだけのようです。他に問題でも?ところで、アラビア人の眼の色は青くはねぇだろ、と、突っ込みをいれたくなるようなズレを感じます。調べているうちにこのインスタントの焼きそばが食べてみたくなったので、今度あっち、ってかここで紹介できる日をお楽しみに! 
 話を山下太郎さんに戻して、秋田県の横手出身とは知りませんでした。現地では、山下氏にちなんで石油が安いとかもまったく聞かないなぁ。すごい山奥のど田舎で、長野県の諏訪(はここですが)と同じくらい山の中です。息子が高校留学したのが能代市で、在学当時は年に何度も行き来したところです。それだけに第二の故郷とも言える懐かしい秋田県です。あの土地で日本の石油王が育ったのかと思うと感慨深いです。その山下氏が手がかりをつけた日本の唯一の海外油田が通産省の天下り先に変身していたとは、それも知りませんでした。結局、何も知らないので、極東ブログに書いてあることがそうなんだと思ったら少し自分でも調べてみたというだけなのです。

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 が、話は飛んで、その山下氏没後、森喜朗首相のご尽力で、トヨタが大株主であるというトーメンとの関わりからアザデガン油田の採掘権を獲得したとはね。森さんが大きな顔で政界の丼と言われているのも分かる気がします。かなり苦労して表向き日本の唯一の油田確保のため、実は通産省の天下り先確保を公然とできなくなった理由が、イランの核保有に対するアメリカの制裁措置だったとはね。なんてヘタレなんでしょう。それくらいの理由で天下り先を失っても良いという軟弱さは昔とちっとも変りません。アメリカから公然と日本に手を引くように通達されたとは言え、油田開発と核保有に対する制裁措置とは話が違うでしょう?とは誰も物言いをつけないのです。一部の新聞社記事では、「石油」の文脈で日本政府に批判的な意見を書いているようですが、命が本筋で語られるべきではないでしょうか。アメリカに反対的な態度を取って「核の傘」から出されるのと、イランの油田ドリームへの賭けを比べれば、どちらが自国のためかという問題です。
 そのヘタレな日本という文脈でいうのなら、在りし日の「石油公団」が突っ込んだこのイラン油田の話は、最初から前途が危ういものだったと、おそらく分かっていても突っ込んだのでしょう。理由は、天下り先の確保ならどこの何という油田だろうがお構いなしということではないかと疑念も持ちます。高度成長時代の日本の自民党政治による副産物は、民間企業からの甘い汁であったし、その汁を苦労もなく吸って育った次世代議員達は、困難に立ち向かう力をつけてこなかった腰砕けなので、天下りとかの言葉に敏感になってきているとも思います。何かと批判してきた当時の野党が現政権を持っているのです。 
 それにしても、そんな天下り先は国民からしたらゴミみたいなものなので、今まで費やした労力とその開発費はバカにならない額ではあると思いますが、アメリカの傘の下に潜っておかずしてどうするんですか?日本には奥の手もなく、何かあったら両手を上げて降参なのです。

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