2010-09-27

極東ブログ「スーダン情勢についてのオバマ米大統領演説」

 近頃急に涙腺が緩み出したのか、昨日といい今日といい泣けることばかりです。
 人はよく、嬉しいから泣くのだといいますが、嬉し涙だなんて存在しませんよ。泣くというのはどういうこと?心の奥底を調べると、嬉しさの奥には実現できない無念な気持や、実現のために苦しんで頑張った自分が哀れで惨めで辛かった時の感情の存在です。それがあまりにも悲しくて泣けるのです。
 今日のエントリーで泣けたのは、オバマさんの演説(参照)に感動したのではなく、演説を読みながら私の脳内には、生きることに精根使い果たしたスーダンの人々の痛ましい姿が映像として蘇ってきたからです。彼らには、いつになったら普通の人間らしい暮らしが戻るのだろうかと傍観している私は、その辛さが自分の何かと重なったのです。その無念さや歯痒さを思っても、何もできないことがわかっていて口にすることは不謹慎だとさえ思っていました。
 今回の会合で、オバマさんがスーダンに約束しようとしている国際社会への招待は、先進国ができ得る限りのオファーではないかと感動しました。どれほどの希望を与えたか、この実現が早急に進むことを願うのみです。
 オバマさんの提案がとてもクールなのは、無条件に支援すると言うのではなく、スーダンにも支援されるに相応しくあれと、いくつかの条件を出しているところです。これは当たり前のことですが、この演説を聞いたなら、誰でも直ぐに手を出して助けて欲しいと言いたくなるような内容ではないかと思います。そして、その条件とは、「即座に暴力の停止と、平和に向けての条件作り」だけなのです。ここが何とも素晴らしい部分です。戦争をしている国も今から始まるという国にとっても簡単なことです。何故、こんなに簡単なことが直ぐにやめられないのかと思いました。

 条件とは、この地域に入れることと安全です。支援者と平和維持部隊が必要に応じてこの地に入ることができれば改善が可能になります。社会基盤と公的サービスの改善が求められています。市民や支援者、平和維持部隊を標的とする者たちは訴追可能にしなければなりません。

 ここで眼前の挑戦に向き合いながらも、私たちは水平線の向こうに平和が可能になる別の未来を見ることができます。そして私は南北のスーダンの人びとに直接語りたいのです。お二人は大変な困難に直面してこられました。しかし、今が平和という成果を得るチャンスなのです。私たちは未来がどのようなものか知っています。それは、水を求めて終日を費やす子供ではなく、安全に学校に行き来できる子供たちのいる未来です。キャンプから開放され父祖の農地に戻れる家族のいる未来です。
 南北、東西、そのスーダンの人びとが招く未来がここにあります。その道が、お二人の前に今日開かれています。この道を選び、歩むことで、お二人はアメリカ合衆国という確固たるパートナーを得るのだということを知って下さい。

 このメッセージに私からも素敵な日本の曲をプレゼントさせてもらいます。

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