極東ブログ「小沢首相後の変化予想」―第三身分の戯言など
「果報は寝て待て」と言いますが、小沢総理を想定した今後の日本について、極東ブログでは早々に見解を示してくれました(参照)。憶測にあった不安材料が払拭されるようなことも起こらない上、嗚呼、小沢さんらしく正しくやるのだなと言う諦め感がさらに確定されたました。それよりも、書き出しにサラッと触れていることが、その先の内容よりも考えさせられたのです。自分自身の引っかかりなのですが、同じようなことを抱いた方もいるのではないかという気がします。
前提は、ねじれ国会と称される参院の構成が変わらないことだ。小沢首相となっても、鳩山政権が成立したようなむちゃくちゃな暴走は生じない。構造的には誰が首相になってもレイムダックに近いような状態になる。ではどうするか。
「構造的には誰が首相になってもレイムダックに近いような状態」というあたり、実は、もっと酷い状態を考えていたのです。「レイムダック」とは、使い物にならないという意味ですから、これ以上の悪いことなんてあるのか?と思ってしまいますが、小沢さんなら構造など不問にするのは朝飯前じゃないか、と懸念していました。
20年前と変わらず、いまだに国連至上主義者だったということが、先日の菅氏との討論で露呈しました。日本が世界から取り残されてしまうようなことを自らの政治で導いてしまうような、そんな馬鹿なことにでもなったら困ると、以前は思っていたのです。これをド・ゴール主義だと昨日聞いて、化石化した古い考えであり妄想で終わると後で納得しました。結局、アメリカからは日本の首相が誰であろうと窓口さえあれば良い、というレベルまで落ちているようですから、問題が発生する元がないという結論に達しました。
いつかの世論調査の結果にも表れていた通り、菅さんを支持する国民が79%で、小沢さんはお呼びじゃないのです。その小沢さんが舵取りに着いたらたまらないと言う感情的なものは残ります。その内容は兎も角、小沢さんが総理大臣を務めている間の国民は自暴自棄のような状態に陥ってしまうのではないかという懸念があったのです。それが、誰がやってもレイムダックという程度で済むのならと、期待するまでもなく我慢ならできると思った次第です。だから良かったという問題とはまったく違いますが、どっちにしても、未来無き人生を送るのです
そして、現実問題として一体何がこの先起こるのか?という疑問は、もはや化石化したと言えるネオ田中角栄主義の再来を受け入れなければならなくなりそうです。小沢さんの政見が発表された時、ああ、またバラマキじゃないの!と憤慨した私ですが、田中角栄の秘蔵っ子小沢そのものですね。一部抜粋ですが、政見には言及さています。
2.日本経済の再生
- 急激な円高に対処するため、緊急経済対策用の予備費として2010年度予算に計上した2兆円(国庫債務負担行為を含む)を直ちに全額執行し、住宅ローン供給の円滑化、エコポイントの延長など景気対策を実施。
- 円高効果を生かす一方、今後の急激な円高については、日本経済を守るために市場介入を含むあらゆる方策を果断に実施。
- 国の「ヒモ付き補助金」を順次すべて地方への一括交付金にあらためる。
- 高速道路の建設は今後、国が建設費を支援して都道府県が自ら行う仕組み設。全国の高速道路網を速やかに完成。
- 緊急経済対策と補助金の一括交付金化。地方の雇用を安定的に増やし、地方経済を活性化させることで、日本経済再生の起爆剤とする。
3.国民生活の再生
- 年金制度の一元化を実施し、最低保障年金(月額7万円)と加入者の報酬比例年金という2階建て年金制度をスタート。制度創設に向けて国民的議論をおこし、年内に具体的方針を示す。
- 子ども手当は2011年度に現行の月額1万3000円から2万円に引き上げ、2012年度から満額の月額2万6000円を支給。
4.地域経済・社会の再生
- 農業の戸別所得補償を拡充するほか、漁業についても2011年度から段階的に所得補償を導入する。
これがバラマキの計画です。こんなことに喜ぶ国民が存在するのが、このバラマキ政治家を助長してしまうのです。田中角栄氏については以前も書きましたが、新潟の田舎を豊かにするためだけに国を動かした、言わば独裁者のような政治家はもう終わったと思っていただけに、小沢氏は角栄さんの精霊のようなものです。
地方への、もっと露骨に言えば、地方土建中心のバラマキをやるということだ。ネオ田中角栄主義である。削減された「大手の企業」は念頭にない。
小沢さんにとって民主主義というのは自政党を利する利益集団にバラマキをすることで、政治というのはその集団の党争でしかない。それはそれで、そういうものかというのはあるだろう。
地方主権の名のもとに減額されたヒモなし金のバラマキは実施されるだろう。そしてひねり出すのは6兆円くらいだろうか。
問題は、政策経費の20兆円側に手を突っ込むぞという宣言がされているが、それがどのように実施されるかはわからない点だ。構造からすれば、官僚との対決で大衆喝采を得てその背景で他党も飲み込むという構図を描きたいのだろう。
田中角栄のいたした政治がいかがなものだったが通じる世代は、私達が最後ではないかと思います。また、私達の上の世代が日本の有権者人口の半数以上を占めていますが、この世代は、バラマキ大好き世代です。貯金して利息で膨れた懐の味を占めている世代ですから、郵政復活、農業漁業支援大歓迎なのです。小沢さんがネオ角栄主義である以上、徹底的にやると思います。また、有権者がそれを求めている以上こんなに素晴らしいことは無いじゃないですか。後のツケは、私達以下の世代が払うのです。
もう一つ、舵取りがおかしな方向へ向かう理由があります。
現時点で予想されるもう一つの変化は、菅・仙石・前原・岡田といったラインに適当に冷や飯を食わせつつも、民主党は一種の独裁党になることだ。政調を廃止にするからだ。小沢さんの理屈では政調がなくても政策会議があるとしているのだが。
ここをよく聞き漏らさなかったと思います。「政策会議」の実態などは無かったのです。鳩山政権では、その発言のブレに驚くことが多々あり、党内意見がバラバラなことはよくありました。個々の意見はあるものの、一夜明けるところっと態度が変わって意見がひっくり返ることに驚いたのは記憶に新しいことです。その時一切姿を現さなかった小沢氏の僅かな発言から「ああ、また小沢さんの独裁政治」と思ったものです。
ネオ田中角栄主義は大衆迎合として機能するだろうか。
労組とマスコミが一生懸命に騒いでも、実際の利益構造の点からすれば、日本はすでに都市民が主体になっている。地方主権の名のもとに配分されたカネは実際にはさらなる地域格差となるだろう。政策経費から10兆円のカネをひねり出したとしても、それもただ労組・公務員といった利益集団を基本としたバラマキに終わるのではないか。ネオ田中角栄主義は単なる田中角栄主義のアナクロニズムに終わるのではないか。
時代錯誤であるというのは勿論ですが、何処までいっても私達一般市民は政治の恩恵からは見放されてしまうようです。
昨夕Twitterで「フランス革命から学ぶこと:「アンシャンレジーム」とかいうやつはキチガイ。」というのが流れてきて、「非主権在民」という大昔の格差社会に戻ることを思ったのですが、田中角栄主義まで戻ればもう十分でございます。そして、黙って見ているほかどうしようもないと思ったのですが、それだけではなさそうです。このバラマキのツケは私達「第三身分」の貧しい庶民が払う、と。
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