2010-09-15

極東ブログ「小沢一郎版夷陵之戦」で、私が泣けてどうする

 兎に角、小沢氏は熱き男。故田中角栄氏の下で八尋護氏と共に誓った政治家としての志を、ここで奮い立たせなければいつやるのだ、と、同士の弔い戦の勢いを感じたのは、立候補に至った「小沢一郎版夷陵の戦い(参照)」とは。恥ずかしげもなく、ぼろぼろと涙がこぼれて泣けた。
 今朝ほどの私のエントリーでは語れなかった小沢一郎氏の昭和の話を、わざわざ持ち出してくれたのだろうか、という思いや、私自身の「時代錯誤」なのだと、箪笥の引き出しの奥にでも仕舞い込んでおく覚悟でいた古い話です。が、まるでその引き出しをひっくり返したかのような勢いで極東ブログ一面に広げられています。私が泣けるのも、この引き出しの秘密を暴かれてしまった恥ずかしさとも感じたのです。
 昨日の代表選挙の直前に、約15分ほどで小沢氏が演説した時の言葉を胸に刻んでおこうと、食い入るように聞いていた理由が引き出しの秘密でした。恥ずかしくてとても言えないことだと、エントリーに書けずにオブラートで包んでおいたはずの小沢氏への思い、それを代弁されてしまった。そんな感想を持ちました。その小沢氏は、まだ終わったのではないのです。

小沢さんは、「一兵卒」として党を支えると話しているそうですが、6月に幹事長を辞任した時もそう言って、実際は菅政権に批判的だった証として今回の出馬に至ったのです。言葉の通りの解釈では片手落ちになるような気がします(参照)。

 これは、菅さんにお節介をやいたのではないのです。「小沢さんを舐めるなよ」と代弁したかったのです。

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