2010-09-27

極東ブログ「柳条湖事件と盧溝橋事件の比喩性」にもう少し言わせてもらいます

 めそめそしたことを長たらしく書くのも何だし、そもそも中国と日本との関係では杓子定規に事が進まない外交の難しさであったりするため、昨日は状況を書くに止めたのです。ですが、一日明けて、私の心情的なものが置き去りになってしまった感がどうしても拭えないままなので、少し書くことにします。
 満州事変が起きた原因となった日本の関東軍の謀略が、6年後の日中戦争の発端となった盧溝橋事件でも同様の手口だったと信じられたまま、抗日・排日感情が中国人の心に残っているのが何とも悲しいのです。その真相があまりに衝撃的で、受けたショックは大きかったのです。この誤解は、80年近く、日本に対する中国国民の誤解と共に抗日感情となって蓄積されてきたのかと思うと、無駄に涙が出るのです。しかも、その誤解の仕掛け人は中国共産党だったのです。極東ブログの冒頭に書かれた抗日運動も、その流れであるというのには驚いたのです。

9日のことだが広東省広州市の日本総領事館外壁に中国人男がビール瓶投げつけ公安当局に取り押さえられた(参照)。また12日には天津市の日本人学校のガラス窓が撃ち込まれた金属球で割られる事件が発生した(参照)。こうした絵に描いたような反日運動誘導的な事件だが、時期的に今回の尖閣沖衝突事件の文脈で報道された。

 尖閣沖衝突事件に絡んで書かれていれば気づくわけもありませんし、実際この記事の担当者も、日中戦争から引きずっているとは疑いもしなかったのでしょう。
 そして、もっと悲しいのは、中国の中国共産党と国民党の権力争いのダシに日本が利用されたという説です。一番悲惨なのは、その謀略にまんまと踊らされた中国の国民です。政治家の綱引きの「綱」だったのです。推論で言われているようでもないのですが、これをここで私が事実だとは言い難いだけで、中国人はそのような行動規範があるのは了解しました。この綱引きの「綱」が今度は日本だとは、そんなことは誰も信じたくないことです。でも、そのまさかの中国ではないかという疑念は、次第に疑念ではなくなってきています。
 昔の悲しい因習が、今でも中国人の中に抗日感情として残っているということと、尖閣諸島沖衝突事件には舞台裏があり、それを「ポスト胡錦濤時代の権力闘争があるのでは」(参照)と推論を立てることに何の間違えがあると言うのでしょうか。このエントリーに付いたコメントと、はてなブックマーク(通称ブクマ)の誹謗中傷の多いことを見れば、お気に召さない方が多いのは分ります。これが私が嘆くもう一つの理由です。
 極東ブログの書き手であるfinalvent氏を擁護するというようなことは彼に失礼であるし、こちらがグループと勘違いされて、対抗の構えを持っていると思われるのは避けたいですが、あえて言わせてもらいます。
 中国のことを腐していると感じれば右翼が、擁護していると解釈すれば左翼か?と思しき方の中傷がほとばしっています。これではまるで、極東ブログはNetのウヨサヨとの戦のために中国ネタを蒔いているように誤解されます。現在の中国が、ポスト胡錦濤時代の権力闘争のために日本をダシにしているのと同じなら、では、極東ブログは何のため?と仮に誹謗中傷好きの側から見ても、極東ブログには権力闘争する相手がいないじゃないないですか。右か左のどちらかにポジション取れよと、そう言わないと気が済まない日本人が多くて困りものです。書かれた内容は、そういう盛り上がりを期待してはいない、とは理解できませんかね。

 

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