2010-09-09

Newsweek「日本を殺すスキャンダル狂い」―村上春樹さんのスピーチが心に滲む:極東ブログの試訳から引用

Ozawa1

 昨日のTwitterで流れてきたNewsweekのワールド記事、「日本を殺すスキャンダル狂い―Scandalmania」(参照)の視点に、はっとするものがありました。副題に、「民主党代表選の結果がどうあれ、些細な醜聞に過剰反応する社会がまた政治空白を生むなら意味はない」とあることで、何を言おうとしているのか察知できると言うものです。と書いて、この副題が何を意味するか感じない日本人が多過ぎるのかもしれないと思い直しているところです。
 先進国の中で、日本の政界のスキャンダルだけが「癌のように肥大化し、政治家の政治生命を奪うまで進行し続ける」という指摘から具体的に数々の疑問も投げかけられています。また「政治に空白を作り続けているのは、スキャンダルマニヤ」だと言及されています(参照)。
 このスキャンダルマニヤって誰?と考え始めると、鶏が先か卵が先かのループになってしまいそうです。
 例えば、このような示唆を受けて、何故そうなるのか?と、私だと考え始めるのです。すると、海外生活を思い出さざるを得なくなります。私にとっては、日本のそういう野次馬根性が嫌いで鬱陶しくてたまらなかったという理由から、海外生活は頗る快適なものでした。特に滞在先がイギリスだったこともあります。イギリスはアメリカと違って、直ぐに告訴だなんだと騒ぎ立てるよりも、馬鹿を相手にしなでクール(賢い)に立ち回るとことがあるので、あまり揉め事化しないで終わる印象があります。人に関心は寄せても立ち入らないし、陰でヒソヒソ話しということもなく、意見を述べる時ははっきりとした態度で話すいう国民性でもあるのか、私には合っていました。このような私が件のコラムを取り上げるというのは右よりになってしまう部分がありますが、擁護するとかそういう意味合いではなく、日本のことを思うと政治家をくだらないスキャンダルで引き摺り下ろすのは如何かと思います。国民が寄ってたかって政治家をつぶしてきたのです。そうですね、あえてここで取り上げたと言えば、社説者のセンスを問うて批判することは書きました。
 私も確かに批判的なことは書きますが、世間を騒がすだけに終わるのなら、また、誤解を生んだり、興味本位な冷やかしを助長したりする程度に終わる内容しか書けないのであれば止めようかと思ったほどです。
 ループを何処で切るかということがテーマだとすると、私ができるのは自分を切ることですが、振り返ってみるにスキャンダルを楽しんだり野次馬根性丸出しでここに書いてきたかと言うと、その気はないはず。私自身が好かないことなので、スキャンダル視点で触れた覚えもなしです。では、Newsweekのコラムをどうのように捉えて我が事にすればよいのか?と、その疑問に戻ってきます。
 日本人のこの気質はどうしたら改善するのだろうか?

 卵とシステムの話は、村上春樹がエルサレム賞を受賞した際のスピーチにもありました。今日の私は春樹さんのスピーチを引用するのでやっとですが、日本の日本人であることの誇りになる温かい話しとして時々思い出す部分です。極東ブログの試訳から抜粋です(参照)。

Please do, however, allow me to deliver one very personal message. It is something that I always keep in mind while I am writing fiction. I have never gone so far as to write it on a piece of paper and paste it to the wall: Rather, it is carved into the wall of my mind, and it goes something like this:

私の個人的なメッセージになるをお許し下さい。それは私が小説を書くときいつも心に留めていることです。メモ書きして壁に貼っておくとかまでしませんが、それでも私の心のなかの壁に刻み込まれているものです。こんな感じです。

"Between a high, solid wall and an egg that breaks against it, I will always stand on the side of the egg."

「私が、高く堅固な一つの壁とそれにぶつけられた一つの卵の間にいるときは、つねに卵の側に立つ。」

Yes, no matter how right the wall may be and how wrong the egg, I will stand with the egg. Someone else will have to decide what is right and what is wrong; perhaps time or history will decide. If there were a novelist who, for whatever reason, wrote works standing with the wall, of what value would such works be?

ええ、壁が正しく、卵が間違っていても、私は卵の側に立ちます。何が正しくて何が間違っているか決めずにはいられない人もいますし、そうですね、時の流れや歴史が決めることもあるでしょう。でも、理由はなんであれ、小説家が壁の側に立って作品を書いても、それに何の価値があるのでしょうか。

I have only one thing I hope to convey to you today. We are all human beings, individuals transcending nationality and race and religion, fragile eggs faced with a solid wall called The System. To all appearances, we have no hope of winning. The wall is too high, too strong - and too cold. If we have any hope of victory at all, it will have to come from our believing in the utter uniqueness and irreplaceability of our own and others' souls and from the warmth we gain by joining souls together.

今日私がみなさんに伝えることができたらと願うのはたった一つのことです。私たちはみな人間です。国籍や人種や宗教を越えることができる個人です。そして「偉大なる制度」と呼ばれる堅固な壁に向き合う壊れやすい卵なのです。見たところ、私たちには勝ち目がありません。壁は高くあまりに堅固で、そして無慈悲極まるものです。もしなんとか勝利の希望があるとすれば、それは、私たちが、自身の存在と他者の存在をかけがえなく取り替えのきかないものであると確信することからであり、心を一つにつなぐことのぬくもりからです。

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