2010-08-12

しがらみとか

 こういうことが悩みの元になるとは思わなかったことに、私にとっての田舎暮らしというのがある。
 20年以上前にここに飛び込んできて、10年一昔ということから思うと二昔以上もここに住んできている。長い。そして、数年前までここの暮らしに馴染む努力をしてきた。この「努力」という言葉も切なく空しい言葉なのだが、あまり名誉な生き様とは思っていない。
 私の生まれのことも、育った基盤にあたる土地のことも以前ここに書いた。都会からこの田舎に飛び込んできて、この土地に馴れるための努力も話してきた。だからもういいんじゃないかと、終わることでもない。昨日「そんな格好はしたくないんだ、と思っている私の思いはどうすればいいの。」(参照)で、話が終わったが、この土地の人間になることの難しさといったらいいのか、私の努力が足りないと言ったらいいのか、ここから既に本当の思いが書きにくいというところ。私の居場所がないという問題だ。これまでで限界かな、という問題。
 少なからずこの土地にお世話になりここで生きてきた二十数年の歳月は、私が一人で努力しただけではないだけに、自分を受け入れてくれた土地や人々に、後ろ足で泥をかけるようなことはしたくない。が、その思いとは別に、私自身の問題としてやはり書いておきたいと思う。
 私が住むこの地域は、いわゆる新興住宅地ではない。先祖代々、お家制度のもとに長男が跡を継いで守られてきている家が殆どだ。当然高齢者も多く、女性は、「嫁」である。古い考えがずっと引き継がれている上、どう考えても現代社会では不条理だと思うような地域の決まり事にも従わなければならない。これらのことを承服し、我がこととしないでは住んでいられない。そうでなかったら自分自身の居場所なんてないのも同然になってしまう。これが「村八分」の言葉の示す通りの悲惨な状態になるのは目に見えている。
 「どこの人?」と、ずけずけと容赦なく聞かれる。名を明かすと、「へー、嫁さんだったなんて知らなかった」と言われ困惑する。つまり、これは後から知ったことだが、自分に挨拶がないということに嫌味を含めて言っているのだ。この意図を理解できる賢い人は、まず自分の無礼を謝ることができる。すると、付き合いは非常にスムースに運ぶことができる。私はというと、見ず知らずの人に「あんた誰?」と聞かれた時点でアウト。引いてしまう。やっと答えても、自分にある違和感が相手に伝わってしまうので、時既に遅かりし。これは極一部の話だが、このようなちぐはぐが何年も続き、子どもができると学校の付き合いも始まったが、よそ者の私は何も知らないため、この土地の嫌われ者と一緒に役員をやらされて何度もひどい目にあった。
 まあ、何処に行っても何をしてもこの土地のやり方に従うしかないのだが、これに当てられるエネルギーは、決して私自身の本心からではなかった。まあ、子どものためかな。かといって装ったつもりもないが、その甲斐もなく、結局この土地の人間にはなれないということが分った。この土地にきたら、この土地のやり方に従うしかないと思ったのは数年前だ。それまでは相当私も「出る釘」に見られていたに違いない。それまでの私の認識では、まともな男は女相手に目くじらを立てるようなことはないと思っていたが、ここではそうではない。特に他所から来た他所の「嫁」には。だから、もう諦めた。
 抵抗することは、私が自分らしくあるための一つの主張でもあったが、無駄なのだと分った。相手は、私の主張を受け入れることは「折れる」ことだと思うらしい。そんなことは絶対にしない人達だから、だからガツンと壁を厚くする一方だった。そう、居場所がないというのはこのことだ。20年以上ここに住み着き、この土地の人間になろうと、私自身を出してきた結果、なれないということが20年経ってから分ったということ。
 新興都市から来た人間にとっては、古さは異文化である。決して嫌なことではない。でも、それに馴染むことを難しくしているのは何かなといったら、それを守る人たちに宿る「辛抱強さ」かもしれない。私には、その辛抱強さの背景となる「嫁」としての基本がない。
 話は「後ろ足で泥をかける」の部分に戻るが、結果的に私の辛抱が足りないにしても、これまでの関わりでうっすらと敷かれたしがらみは残ってしまった。20年以上かけて、薄く塗ってきた「しがらみ」という化粧のようなものだ。このことも前に書いた。私の手足にべったりと付着しているものもある。これらをどうするか。結構深い部分でもあるかに見えたり、さらっと一掃できそうにも見える。
 20年以上かけてへばりつきしがみつこうとした結果、中途半に終わり、今度はそれによって培ったしがらみを解こうというのだ。
 この作業で、私の人生が終わってしまうのだろうか。いや、そうはなりたくないものだが。

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コメント

こんにちは、

その感覚すっごいわかります。

うちなんか4代、いや子どもたちを数えれば5代百年以上この土地に住んできても、どこかよそ者です。私も学校の役員やら、多少はお役をやらせていただいたりもしました。それでも、よそ者はよそ者です。

視線を高くもとうとすればするほど、この違和感はぬぐえないのではないでしょうか。

ただ、最近、ほんのすこし、一歩だけ踏み出せたように私も思っています。

投稿: ひでき | 2010-08-12 14:18

土着の人が大半な、古い土地って本当に難しいんですね。

わたしは北海道生まれですが、父が転勤族だったので、生まれて1年ちょっとから高校卒業するまで、数年置きの引っ越し人生で、それ以降は大学入学やら就職&転職やらで自分自身が引っ越し人生だし、帰省先もちょくちょく変わり、30過ぎて結婚した相手も転勤族。

20代も半ばには、自分にとっての故郷とは土地にあらず、親の住む家、空間であると考えるようになり、土着してる人に対しては、未知の世界に対するような、畏怖に似た気持ちをどこかに持っています。

この気持は、どこにどれだけ住んでも決して変わらないだろうなーと思っていて、この夏からは、10年ぶりに生まれ育った北海道(中でも一番居住歴が長い札幌)に住んでいますが、畏怖ではないにしても、やっぱり仮住まいというか、よそ者的な感覚があります。

もしもこんな自分が、ゴッドマーさんのようにディープに土着な土地で結婚生活を送ることになったら、どうなったんだろう???とふと思ってしまいました。

よそ者の振舞い方しか知らなければ、終生よそ者としての人生を送る、って腹くくれるものかなぁ?とか、愛されるよそ者を目指すとか、ありうるのかなー?なんて。

後者は、流れ者慣れしてる北海道育ち的発想かもしれません。(ちょっとさかのぼれば、ほとんどみんなよそから来た人たちですからね。うちは、両親とも曾祖父の代に東北から来たそうです。)

投稿: 網 | 2010-08-23 22:25

網さん、長年かかって今こう思うことは変わらないし、どうすることもできないのですが、では、それほどに実家(現在の)が良いのかと問うと、それも違うのですが、心に人の「愛」を感じられればきっとどこでも良いのかもしれません。自分を受け止めてくれる人なり愛なりが、その欠損が原因かもしれません。

投稿: ゴッドマー | 2010-08-24 02:09

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