2010-08-29

 極東ブログ「[書評]お前の1960年代を、死ぬ前にしゃべっとけ!(加納明弘、加納建太)」について

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 この本に非常に興味を持った(参照)。書評を読み終えて、早く読みたいという衝動に駆られた理由はほぼ同じだと思った。

 昨今のネット時代では、1957年生まれの私なども爺扱いされ、団塊世代とごっちゃにされることがあるが、私はポスト全共闘世代で、それなりにインテリ青年志向でもあったので、上の世代である全共闘世代をいかに否定するかが精神的な課題だった。自分なりに戦後世代の反抗というものの意味づけに格闘した。

 それは、「全共闘世代をいかに否定するかが精神的な課題だった。」の一文に尽きる。戦後世代の反抗とは、では、何をしてきたのか?それも、この書評に書いてある通りだ。これだけだと書くことがない。違うのは、私の場合は、きっかけと育った環境から極個人的な部分でいろいろある。その辺を少し書いてみようと思う。
 私が団塊世代をこの角度で意識し始めたのは、1950年代から始まった日本の高度成長期をたくましく前進したこの世代の起こしたさまざまな社会現象が目立ち始めた頃だったと思う。社会的には落ちこぼれた私だという話はここでもよく話す通り、高度成長期の中にあって、どうしてもこの全共闘世代にはついて行かれなかったというのが私だ。勿論、彼らについて行った同級生も大勢いて、自分の中の矛盾を押し殺していた筈だ。また、非常に生きにくい世の中だと感じて、純粋過ぎる友は自らの命を絶ったという悲しい出来事にも遭遇してきた。傷つきたくはないが、生きなければならない。かといって自分の矛盾に妥協点を与えられないことが愚かでもあり、それが幸せ者なのだと自負する部分でもあるような複雑な思いがいつも胸中にあった。
 全共闘世代が作り上げた価値観は語りつくせないものがある。彼らは、目標に向かってパワフルに前進し、発展を遂げたのは事実だが、これが日本の間違えだった。お金のためなら何でもする。それが成功者たらんとする条件のような勢いだった。物の豊かさだけを追求し、精神面の成長はできなかった。これは今日の課題でもあると思う。つい5~6年前までは、一流大学、一流企業に入りさえすれば終身雇用、年功序列で平穏無事な生活が獲得できるというのが生涯の理想だった。
 昔ではあり得ないことだった保険会社の倒産や一流企業の吸収合併によって、それを目標にすることが無駄だという世の中に変わってきたのだ。これも、戦後大きくなった企業の足腰の弱さからであるため、自業自得のような話だ。
 話は長くなってしまうが、私はとっくの昔にこの一流志向は捨て去っているし、学ぶよりも働きたいのであれば高校だって行かなくてもよいくらい、極端な考え方も持っている。この感覚は単に全共闘世代との格闘や反発ではなく、考えた末の結果だ。が、このような考え方を持つ同世代は少ない。高度成長期にそれなりに巻かれて生きてきた人には、それを疑問にしてこなかった上、将来もそのままでよいと肯定してきたはずだ。今頃になって、だから困っている。途方に暮れて自殺もする。人はみな一人だということと、一人で生きて一人で死んでゆくのだということを問わないできたツケではないかと思う。
 この世代と格闘した頃の私の疑問は、私の母世代を調べる事から少しずつ解けてきた。満州に長く住んでいた両親は、戦争を日本で体験していない。これは、日本で戦争を体験した日本人とは大きな違いがある。また、母は、当時としてはものすごいインテリで、女医になるために勉強をしていたそうだ。私には孟子の教えとか言うものをがんがん入れようとした人物だ。それが良かったのか、私には、団塊世代のあの恐ろしいほどの浅ましさを見抜く力が備わった。変なことは変だと言えた。また、敵も作った。だから、母は、山本七平女版ということろだった。その点はありがたいと感じる部分でもあるが、当時としても、とんでもないこの価値観を譲り受けた私は浮いていた。孟子の「千万人といえども吾行かんと」の精神が、ズバリ入っていたために苦労したのも疑えない。この母にも、後に反発する私になり、冗談ではなく、この本のタイトルと同じように「お袋とサシで話したこと、ある」をやらねばと思った程だ。
 極東ブログの弁ちゃんが、全共闘世代と格闘する理由の第二番目に挙げている「直に全共闘世代から聞くことだった。」ということが、私の問題を難解にした。なかなかそういうチャンスに恵まれず、腹を割って話すというようなことはできなかった。
 世の中のいろいろな現象面は、これまで書いてきたとおり肌で感じてきている。だが、彼らの胸のうちは理解できていない。どうやら、それが語られているのが本書だということらしい。親子の対話形式になっていて、いつもになく沢山引用がある。その一部分だけでも興味深い。早速本書をAmazonで注文したが、Net上にあると書かれている先を覗いて読んでみた。止まらなくなる。一時間近くその場所に釘付けになってしまった。凄いと思った。
 書籍が待ちきれず少しだけのつもりで読み始めたが、これはやはり書籍として手元に置くべきだと思った。この世代が遺す為に語ったという内容の書籍は、おそらく他にはないのではないだろうか。素晴らしい本の紹介に感謝感激だ。

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