2010-07-20

極東ブログ「靈氣とレイキ」について

 極東ブログ「靈氣とレイキ(参照)」を読み始めて、実は、「決文」へ飛ばし読みしたい衝動に駆られながらじっくり読んだ。また、最初の入り方が粋だ。慶応元年(1865年)に生まれた臼井甕男(うすいみかお)の五戒からこの話は始まっている。私のまったく知らない領域の話と人物の話から始まっているこのエントリーから、一体全体何が堀り出せるというのだろうかと、わくわくしながら読み進めた。
 タイトルの通り、「レイキ」というようにカタカナになっている理由が、臼井氏が始めた「靈氣」の歴史を物語っているのだ。
 そもそもレイキって何?って、そっちが先だ。特別の能力を有する人が手をかざして痛みなどを取り除くということらしい。本文を読めば分ることだが、このレイキの伝承に難しさがあるからだろうか、ごく少ないお弟子しか残すことができずに、その伝承者の都合もあって、ハワイがその本拠地になったそうだ。その後日本に逆輸入のような形でお弟子さんが広めたため「レイキ」と、カタカナになったと言うのは分った。
 途中、「真光」の話が出てくるのだが、これについて実体験としてわずかな記憶がある。
 私が高校生のころ、一部の大学生の中で「手かざし」が流行していた。あれは、真光と呼ばれるものだったのかもしれない。丸い水晶の玉を持っていたようだった。
 バスケ部に所属していた私は、夏の合宿のキツイ練習であっちこっちにガタが来ていた。更に、合宿には先輩がやってきて、シゴキが始まる。この時に混ざっていたある先輩が、熱心にこの手かざしをやってくれたのが記憶にある。手を体の近くに寄せて、しばらくその手を私の体にかざすだけなのだ。ちょっと不思議だったのは、その部分がもわもわしてきて暖かくなってくるのだ。血が通い始めているのだと言っていた。
 これが真光なのか手かざしなのか覚えていないが、当時、大学生の間で流行していたのは確かだ。流れは「靈氣」とはちがうのかもしれないが、昨日の極東ブログのエントリーで紹介のあった(参照)、オステオパシーがここで結びつくとは思いも寄らなかった。
 実は、胡散臭さたっぷりで、宗教的で、私はあまり好きではない系統の話なのだが、歴史を辿ると、その違和感が外れてしまうのが面白い。かといって、そのような超能力をあまり信じるというでもない。最近やっと、「気」は存在するのかもしれないと思える程度に進化してきた段階だ。まだ。
 最後の下りで、明治に日本に入ってきたオステオパシーとの関係に触れられている。明治というと、1968年から1912年だ。オステオパシーの拡大は1870年から1890年に最初にアメリカ各地で説いて歩いたとされているので、日本への影響は当然考えられる。
 私は、手かざしや真光は、いったい何処の誰が考え出したのかといつも気になっていた。何を根拠にそのようなことができる特定の人を崇め奉ることができるのだろうかと不思議でならなかった。オステオパシーのアンドリュー・テーラー・スティルの話は信憑性が高いと評価し、手かざしは胡散臭いという認識はそのままだが、私が通う整体の先生はアメリカで数年修行をされた方で、カイロオステプラクティックであり、カイロプラクティックとは違うと話していた。
 体のバランスを取ることを第一に言う先生だ。また、医者の指導とはまったく異なる指導を受ける。脊椎狭窄症の私は、整形外科医からはプールなどでウォーキングをしろと言われるが、カイロオステの先生は、痛みが伴わない程度に、現在行っている運動をするように指導される。わざわざ水の抵抗などを取り入れる必要などないということだった。また、外科では狭窄している部分を牽引して痛みを和らげるが、それは、反発が後からひどくやってくるので逆効果だと言う。これだけ違うにもかかわらず、改善してしまった。半年近く整形外科に通って悪化した痺れや腰痛が、今ではまったくない。そして、自分で家でできる腰痛運動なども指導を受けた。
 こう考えてくると、私が時々お世話になる先生は、オステオパシーの流れを汲んでいるのかもしれないと思えてきた。このところの極東ブログのテーマは、興味深い話で満載だのぅ。

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