2010-07-30

雪月花:巡り会うこと

 うっとり聴き惚れてしまう素敵な曲に巡り会った(参照)。メロディーも美しいのだが、詩が心地よい。大昔のいつか、物思いにふけた事をそのままその詩が代わりに今歌ってくれているような感覚だ。私の人生にも同じような瞬間があったな。と思い出したと同時に、今の私自身が重なる。こういう日が来ようとは。
 好きな詩は書き出して、何度もそれを読み返えすのが好きな私は、この曲の詩も書き出してみた。時々Netで、曲の詩の解釈を書いている人がいるので、あるかな、と探してみる。探している曲はなかったが、歌詞はあった。それによると、Youtubeから書き下ろした歌詞と違っている。よくみると一部がごっそり抜かれて、そこの部分だけ曲が短くなっているようでもある。でも、この詩には曲のフレーズが合わない。何故だろう。抜かれている部分は、この曲の背景だということがはっきり分る最もリアルな描写のような気がする。また、その部分を仮に知らなくてもこの曲から感じるものは同じだ。なんとも不思議だ。調べても理由が見当たらない。誰もこの不思議を書いている人がNet上にいないなんて。
 私の若い頃は、彼女の裏寂しい曲は聴かなかった。嫌いだからではなく、そのような人生だっただけにきつかったのだと思う。また、そのような感傷に浸っている時間もなかった。忙しく生きていたのだと思う。当時の生き様は、踏みとどまることなくずっと駆け足のような毎日だった。この頃の私の背景に音楽がない。すっかり抜け落ちていることに昨日気づいた。
 団塊世代が築き上げたフォークソングやポップスというのはあまり聴かず、海外のポップス、それも曲が静かで癒されるような音楽を好んだ。キャロル・キング、ジェームズ・テーラー、アンディー・ウィリアムズ、カーペンターズ、カーリー・サイモン、エリック・クラプトンetc。イギリスではアバが当時「マニーマニーマニー♪」と歌っていたが、あのような音楽はあまり好まない。とはいえ、ロンドンではディスコに行くのは当たり前だった。
 また、ムードジャズも大好きだった。アメリカのAFN(American Forces Network)はFEN(Far East Network)と呼ばれていたが、このラジオ放送で番組を持っていたTed  WilliamsというDJと知り合いだったことで番組の裏方を手伝ったことがある。彼からその日流すジャズナンバーのメモ書きを受け取り、レコードのお蔵から探し出してON-AIRにスタンバイするアシスタントだ。このお手伝いが、私がジャズ好きになった経緯だ。この頃は、日本の音楽にまったく興味や関心がなかったため、どのような歌が流行していたのかさえも知らない。石川セリとか、荒井由実、小林明子とか?かな。
 その当時の彼女らの曲に現在新鮮さを感じるというのは、自分自身が当時に戻るということではなく、今の私がそう感じるから新鮮なのだと思う。昔を懐かしむという感覚ではないことがまた、気恥ずかしくなる。

雪月花(せつげっか)
 作詞:Yumi Matsutoya 作曲:Yumi Matsutoya
ああ そんなに 眩しい目で
みつめないで
昔 会った頃とは もう ちがってる 私達
ああ いろんなことがあった 離れてから
口に出して 言わなくても
微笑み合えたなら いいの
「満ち欠ける 月のように
日々に姿が変わっても
いつも あなただけは
私のことわかると信じていた
ああ どんなに 夜を越えて 会いたかったか
死んだ方がましと思う
苦しさに名前を呼んだ」

吹きすさぶ粉雪に ひとり閉ざされていても
きっと 私だけは
あなたのことわかると思った
春が来て 緑は萌えて
今日の景色もまぼろしになる
そして また 冬が来るとき
今日の瞳に励まされる

ああ そんなに やさしい目で みつめないで
なつかしくて なつかしくて
涙が止まらなくなるの
満ちて来る 陽の光に
雪解けの音がきこえる
やがて 哀しみにも時は流れ
海へと注いでゆく
哀しみにも時は流れ
海へと注いでゆく
喜びなら分かち合って
いっしょに運んでゆこう

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