2010-07-11

極東ブログ「[書評]地域再生の罠 なぜ市民と地方は豊かになれないのか?(久繁哲之介)」について

 極東ブログの書評、「地域再生の罠 なぜ市民と地方は豊かになれないのか?(久繁哲之介)」のタイトルを見るなり、直ぐに自分の今住んでいる町のことと、地方都市としてよく知る秋田県能代市のことを思い浮かべた。駅前商店街は、見事に開かずのシャッター通りと化している。また、郊外に寄せ集めるようにしてショッピングモールが建ち並び、外国のブランド物などを売る店が建ち並ぶアウトレットモールも山奥だと言うのに盛っている。郊外と言っても4~5km半径のことなので、車を自由に乗り回す人間にとっては、苦になるほどの距離ではない。だが、車を持たない少数派もいて、毎日のことで欠かすことの出できない食品の購入の為に、介護つきのタクシーまであるくらいだ。これに解決策があるというのだから興味はそちらへ向いた。
 そして、表現の違いと言うだけで、実はかつての(おそらく)自民党田中政権あたりの大改造にやや背反的な考え方を示しているのではないかと感じた。著者はこう言っている。

 本書は、そこを「土建工学者などが提案する”机上の空論”」と断じる。表舞台に出てくる役者は3者だ。地域再生関係者というプレゼンテーション業者、美しい夢を科学の装いで語る土建工学者、お役所体質の地方自治体、である。

 極東ブログでは、ここをこう言い換えて説明している。

私の経験から粗暴に言ってしまえば、根幹は、土建そのものである。つまり、箱物であり、道路化であり、農地の転売であり、交通整理の日当である。目先の利権のネットワークが地域の権力構造と一体化していて、地域再生という振り付けを変えることなどできない現実がある。それを化粧直しをするように、地域再生の美しいプレゼンテーションで包み直し脇に補助金を添える。失敗するべくして失敗するとしか思えないとも言えるのだが、それなりにおカネが回れば地域は数年息をつくことができる。息が切れたらもう一度同じことを繰り返す。諦観と荒廃に至る。

 ここでははっきりとは言及していないが、「同じ事を繰り返す」と言えば、現民主党の小沢理念がそうだ。故田中角栄氏を尊敬しお師匠としてきた小沢氏がそれを引き継いでいる。今回の選挙では、小沢氏はあまり表に出て来られなかったため、地方の農村で、40名ほどのお年寄りの前で演説をしたなどという記事があった。田舎の朴訥(ぼくとつ)で疑わないお人よしのご老人達は、あの小沢さんが来たとなれば飛んで外に出るはずだ。
 私たち有権者は、政治的なことに自身の意見を反映させるのであれば、それは選挙しかない。その選挙でさえも、マニフェスト違反の目に合ったりする。何一つ国民にとってフェアーではない。田中角栄氏は地元新潟の繁栄のために政治家となり、日本列島改造論なるもので地方と都市を結ぶことが地域の活性になるのだという持論を展開した。その結果が、約40年近く経った現在の姿だ。
 どうだろう。この危機的な地方都市が生まれ変わるのだとしたら、同じ年月が経ってみないと、もしかしたら比べられないかもしれない。ということは、私は90歳を越えた老婆だ。現在タクシーで買いものをしているような仲間になる。その頃は、買い物などしているだろうか。とか、妄想した。
 そういえば、Twitter情報で、民主党の農家へのバラマキとも言える補助金に関して、驚くべき情報を知った。リンク先の中でも抜粋しているが、極東ブログで言及している「地域再生の美しいプレゼンテーションで包み直し脇に補助金を添える」の部分を詳しく説明している内容だと思う。

民主党の農家戸別所得保障政策は必ず破綻する(山下一仁):学士会会報(NO883)に、農水省出身山下一仁の学士会館夕食会での講演録が掲載されている。 http://bit.ly/aHWC8V これ投票に行く前に読んで置いた方がいい。(11:28 AM Jul 10th via web kafusanjin 余丁町散人

 選挙の結果がどうでるのかやや楽しみなのだが、選挙も当てにならない。しばらく民主党政治が続くのであれば、私たちはそれに変わる考えや視点を持って自分達の住む町を見直す必要があると思う。指をくわえてみているだけでは済まされない。書評の最後にこう書かれている。

提言が目指すものこそ、地域コミュニティーの再生だからだ。もう一点思ったのは、本書が言及していないわけではないのだが、この難問には地域における若者と高齢者の再結合が問われていることだ。地域の若者の現実的なニーズと高齢者のニーズをどう調和させるか。そしてその二者の背景にある巨大な失業の構造はどうするのか。問題の根は深い。
 それでも、地域再生という名の幻影を本書で吹き消すことは、本当の地域再生への第一歩となることは間違いない。

 今まで地域再生をうたって、そうなった政治は一度もない。地域再生という言葉の概念を払拭し、本当の再生への道があるというのなら、今すぐにでも始めたいことだ。40年間で培った間違った国づくりが、今度は、地域から始まるのも悪くはないと思う。早速注文してみることにした。紹介ありがとう。

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