2010-07-21

医者の仕事

 昨日、極東ブログの「靈氣からレイキ」の話からオステオパシーとの関係性まで話が進んだことが面白かった(参照)。民間療法の範囲でしかないとはいえ、正統医学との差異やその治療の効果のほどを思うと、医療行為として認められればどれほど患者のためになるかと思った。この件で実際の経験に関して少し触れたが、ちょっと気になることもあるので書くことにした。
 私は、40代前半に、脊柱管狭窄症と診断された。子供サークルの活動などを積極的にやっているころだった。
 夏に子供のお世話をするスタッフとして忙しく、ややオーバーワーク気味だった時、突然右足全体がしびれるような痛みが腰からつま先の方まで走り、これまで経験した事のない痛みだと思っていた。次第に足が上がらなくなり、無理するとしびれて感覚がなくなるような状態へと移行した。明らかに悪化していると感じた。2~3週間しても治らないため、市内の整形外科で診察を受けると、脊髄の間にある軟骨の変形で中心部にある神経が部分的に圧迫され、末梢神経までいたずらしているための痺れや痛みだという説明を受けた。治療方法は、牽引して脊椎が窮屈になっている部分に余裕を与えるようにすると言われた。週に2~3回という頻度で医者に通い、この牽引を受けた。治療した直後は確かに楽になるのだが、長期的にはあまり改善したという実感はない。にもかかわらず、牽引後の気持ちよさが習慣性となり、痛みが走るようになると医者に行くことが何よりも楽になる方法だと思い込んでいた。
 が、半年もたったころだろうか、医者には毎日でも行かないといられないほど悪化していた。医者という存在が、私にとっては切り離せない存在になり、牽引の中毒患者のような気持ちなっている自分が変だと思い始めるようになった。実際、痛みは激しくなっているにもかかわらず、医者にそれを言えなくなってしまっていた。半年も通院して、初めて別の医者に診てもらう覚悟を決め、隣の市の某有名外科・内科医にかかった。診断は同じだったが、私が、牽引治療を半年も続けたことを話すと「正確に言うと、この脊柱管狭窄症というのは先天的なもので、治すことはできない」と言われた。これは初耳だった。つまり、痛みを伴うようになったら、その痛みを緩和するために牽引を行うが、それは治療ではなく、対処療法だとはっきり言われた。ショックだったが、医者にそう言われるとある種の覚悟ができるものだ。一生この痛みと付き合わなければならないのだという気持ちになると、無駄に楽になろうなどと考え悩む必要がなくなる気がした。
 しかし、この医者は続けて私にある提案を持ちかけた。自分達の医学とはまったく違うし、保険外でもあって治療費は高いが、腕の確かな先生を知っている。僕らにはこの脊柱管狭窄症は治せないが、彼らの治療方法では治せる。紹介するから行ってみるか?と聞かれ、真っ暗な気持ちがいっぺんに明るくなった。早速その治療院に電話で予約をいれてくれた。変な医者だと思ったが、自分らの医学では治せないと断言したあたりが正直であるし、返って信頼感と安心感を持てた。
 藁をも掴む気持ちと言うのはこういうことを言うのだと思った。痛くてたまらない腰が何とかなるのだと思うと、預かったレントゲンの写真を早く見てもらいたいと、足早に移動した。幸いなことに、直ぐ近くだった。
 先生から電話連絡をいれてもらっていたため、直ぐに治療が始まった。全身のバランスをチェックし、アンバランスな部分を調整するための整体が始まった。痛みや無理な力を体に与えるような整体ではなかった。軽くほぐした後に楽な呼吸の状態でカクンと骨を定位置にはめ込むというような気持ちのよい治療だった。治療前に、仰向けに寝ている私の左右の足の長さが3cmほどずれていたのが、治療後同じ長さになった。脊柱管のそばのあたりを指圧した後、これも軽い力で調整しただけだったが、かなり体が楽になり、立ってみると自分の体がふわっと軽くなった。また、痛みもしびれもとりあえずなくなった。この時点までは半信半疑だったが、翌日もその次の日も痛みが再発することはなかった。
 この治療の説明はこうだ。今までずれた場所に落ち着いていた骨を元の正しい位置に戻し、そこで骨が落ち着くまではしばらく定期的に通うように言われ、周三回が二週間、その後回数をどんどん減らして二週間に一回のペースになったのは三ヶ月目に入るころだった。この頃は、次の治療日がいつだったかも気にならなくなっていた。そして、遂に通院を止めてみた。三ヶ月たってもあの痛みや痺れは戻って来なかった。
 こんなことってあるのだと、信じられなかった。すっかりこの治療院が気に入って、娘の友達の運動部の子らにも随分紹介した。「野球肘」と言われるピッチャーが持つ腕の痛みや、キャッチーの腰痛なども皆診てもらったが、どんどん治っていった。嬉しいのは、体のバランスを整える程度に一ヶ月に一度くらいは治療に行くとよいのだが、それもすっかり忘れてしまうほど気にならなくなってしまうから不思議だ。
 私にとってこの経験は、忘れられない。最初のスポーツ医療を専門にする医師が、自らの医療の限界を知り、尚且つまったく正反対の治療法をとる整体だと言うのに、患者をどんどん紹介してしまうあたりの割り切りが気持ちのよい先生だ。治療院には、この医者から匙を投げられた患者が多くいるというのを後で知ったが、皆改善しているという話だった。
 骨が正常な位置に戻るための手助けだと言っていたが、それが自然治癒の道理というものだろうか。自分が抱えている傷みや苦痛は、何故私なのだ。何故このような苦しみに自分が会うのだろうか、とその不平等な状態に、神様の天罰としか思いようがなかった。そうやって諦めるしかなかったところに正に光がさしたようだった。
 昨日、オステオパシーの歴史に触れたとき、150年も昔に考え出された治療法が、多少の形は変わったにせよ、今でも何らかの流れにその考え方があるのかもしれないと思った時、西洋医学への疑問が同時に浮かんだ。私の知る仙台の医者は、その疑問から道を変えたし、整形外科の医者は、自分の学んだ医学による治療の限界をはっきり分っている。その上で、正反対の治療行為をするカイロオステ・プラクティックを認めている。これは凄い医者魂の持ち主だと思った。嬉しい話だ。

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