2010-07-19

極東ブログ「オステオパシー(Osteopathy)」とホメオパシーの歴史的意味について

 昨日の極東ブログのエントリーで紹介のあった(参照)サミュエル・ハーネマン(Samuel Hahnemann)氏が、ホメオパシー(代替医療)の創始者だったことに続き、今日は、アンドリュー・テーラー・スティル(Andrew Taylor Still)はオステオパシー(Osteopathy)の創始者の話だ(参照)。と言っても、当てている視点が違うのがはっきりとわかる。このエントリーによって、今日、「代替療法」が誤解された概念として一人歩きをしている、ということがはっきりとわかる歴史的背景も見えた。
 昨日のコメント欄で、「減感作療法とことなり、ホメオパシーのほうは疑似科学と認識されていて似て非なるものと考えてよろしいかと。」というご意見を頂いた。そう、この受け止め方が一般的で、ごく平均的な日本人の概念であると教えて頂いたのだ。また、トラックバックも頂いた。そのリンク先でもご心配頂いているようだ。拙い文章で、些か誤解を招いてしまったようなので、加筆と追記をして、文章の形はそのまま残るようにして直したところだった(参照)。だが、間違った解釈というわけではなかったということもはっきりとした。やはり、物事は正確に知ることから始まるのだと思った。
 まず、トラックバックのリンク先(参照)で、私に是非読んだらよいとお勧めの「代替医療のトリック」が気になっていた。昨日気づいたが、極東ブログの該当エントリーにも参考文献として文末に加筆されていた(参照)。それを見て、注文して一度読んでおこうかどうしようかと迷ったが、なんとなく気が進まず、そのまま置いてある。読む読まないは兎に角、今日のエントリーで、オステオパシーの創始者が亡くなったあとに攻撃の対象という視点で書かれた書籍だということが窺える。本文にはこうある。

 オステオパシーもアンドリューが亡くなると変化しつつあった。正統医学と融合していったのである。結果、正統医学と組んで共通の的としてホメオパシーを攻撃することもあった。共通の攻撃対象があると、違和のあるグループがそれなりにまとまるのは世の常である。代替療法というのはそうした点からも攻撃する価値が多いものだ。

 こうした動向は、まあ、代替療法の王道に立ち返るということかもしれないが、これらの不思議な療法は、おそらくメソッド化したときに格好の批判対象になるのではないかという印象がある。

 うーむ。調べてみると、アンドリューが1828年に生まれて89歳で亡くなっているということは、1917年だ。「代替医療のトリック」の著者の生まれは、1967年となっている。偶然にもちょうど50年だ。また、ホメオパシーの創始者サミュエル・ハーネマンが生まれたのは1755年で、1843年7月2日に亡くなっている。サミュエルの代替療法が世間に認めらた後にアンドリューは生まれている。アンドリューも暗中模索をした同士ではあったとは思うが、残された者達の力関係から、代替療法が押しやられた形になったというのは言うまでもないことだ。ここで一つ、謎が解けた。
 また、昨日のエントリーの文章は誤解を生みやすいと判断したので、加筆したのだが、種痘や低インシュリンダイエットなどもホメオパシーの原理に則しているのではないかと思った。種痘は、天然痘の予防接種のことだが、日本では1955年以降は撲滅されたため、1976年に廃止された。つまり、残念ながら私の右上腕部には、その烙印が残っている。そういえば、ホメオパシーについて分りやすく説明している医師が見つかった。

➠日本ホメオパシー医学会に所属する小池弘人医師。現在、東京・四谷に開設した小池統合医療クリニックの院長

ホメオパシーの根本的な原理は、「症状を起こすものは、その症状を取り去るものになる」という「同種の法則」。例えば熱が出た場合、西洋医学では解熱剤を投与して熱を下げるが、ホメオパシーでは、これとは全く逆に熱を出す作用のあるものを体内に入れ、自然治癒力を活性化させる。

 また、「同種の法則」、「超微量の法則」、「震盪の法則」などについて具体例で説明されている。
 極東ブログの一連のエントリーで感じたのは、200年も前に発見された治療法が未だに議論され続けていると言う事実からみて、批判の対象にされて否定されても、真理を追い求めて止まない者がいる限り、研鑽され続けるということが何よりも素晴らしい。 

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コメント

はじめまして。
オステオパシーを多少知るものです。

興味深い日記を拝見させていただいております。

オステオパシーについては英国にアンドリュースティルの弟子で同世代の医師がはじめ正式に医学として広めようとして認知されず、代替療法として英国からヨーロッパ各国へ広まっています。
結果的にこのことが良かったようで米国では失われた技法や当初の考え方も残りつつ独自にも発展を遂げています。

そして彼らはホメオパシーを学んでいるものも多く(大学の講義でも出てくる)患者にも勧めています。

「代替医療のトリック」は著者の偏見を無視しても、勉強不足がかなりあると思います。

投稿: 仮オステオパス | 2010-08-04 00:45

仮オステオパスさん、アメリカで認められたというのも、アメリカが移民を受け入れる大国であるということや、その柔軟な考え方が基盤にあるからだと思います。イギリスは、住んだ経験から感じたのは、伝統を重んじるので保守的な考え方が基盤に根強く、それが良い場合もありますが、新しいものが生み出されることにはマイナスかもしれません。とはいえ、ビートルズやパンクロックを生み出していますが。

「代替医療のトリック」は水分後から偏見の流れを汲んだ元に書かれているので、仰るとおり、遡った部分の知識を得れば著者は驚くのではないかと思います。現に、アメリカでは現代医療と並んで認められているようですし。

投稿: ゴッドマー | 2010-08-04 08:05

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