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2010年7月

2010-07-31

今日出会った曲「「ダンスのように抱き寄せたい:松任谷由実」

 「人は老いる。悲しいほど。そしてどうしても若いときには理解できないなにかがある。というか、この世界にはまだ何かがあるのだろうか。」
 この先何年生きながらえるのか分らないが、思いがけない世界が開けるのではないかと希望に満ちている。
 若い頃に抱いた将来の希望や夢は、私の何歳くらいのことを思ってそう願ったのだろうか。
 若い頃願ったといえば、自分にあった一生の仕事を見つけてそれで生きて行くのだと奔走し、そして、挫折して悩んだ時、女は良い女房になって子どもを生んで母になり、旦那さんとは一生仲良く生きていかれるような人生が一番幸せかもしれないと思ったことがあった。女の性にとっては、一番それが素直な生き方ではないのかと信じていた時があった。いや、今でもそう信じている。「男は男になって行く。女は磨いて女になる」ということをどこかで信じて、それを貫く生き方があるのなら、私がやってみよう。そう思ってきた。
 考え方に違いがあり、見ている方向が違うと話に接点がないというのは悲しいが、どうにもならない。そこに尊敬も生まれない。見ている方向を示すことに疲れる。見ているのは現実ではなく、今いる時点よりほんの少し先だというだけ。そこが展望できないことの無意味に日々埋もれ、光のさすことはなかった。
 今日出会った曲「「ダンスのように抱き寄せたい:松任谷由実」(参照)から、彼女は素敵な女性になったと感じた。素敵な曲だ。
 老いの中にいる彼女が、これからの心の居場所を掴んだようだ。曲は、心の置き場所が決まった嬉しさに満ち溢れているうようだ。これまで抵抗し続けて否定していた老いや死への恐怖や、自分の知っている若かりし頃の容姿からの変貌や落胆、それらをそのまま受け入れることができたのではないだろうか。優しく素直な表現からそのように感じた。
 途中、変調になりイントロが入っている。ここで歌が盛り上がるのではなく、前半の詩を振り返りながらしんみりとした感情が漂い、落ち着くことができた。また、後半の、しかも最後の部分でシンコペーションの技法を使った部分がある。ここがこの歌の盛り上がりであり、これからの人生のスタートに、静かな力強さと決意が織り込まれているようだ。

ダンスのように抱き寄せたい 作詞:Yumi Matsutoya 作曲:Yumi Matsutoya

心 に耳をあてて
途切れそうな声を じっときいてるの
あなたがどこにいても
戻れる場所は ここにあるよと

ああ 口にはしなくても きっとわかるから

ダンスのように もう踊れない
錆びたぜんまい 止まってゆくけれども
やさしいうでを 離さない
ずっと踊るの このまま

小雨のスクリーンには
いくつもの笑顔 重なってぼやける
二度と帰らぬ日々よ
見送ることしか できない列車よ

ああ 傘もささず探す 誰もいないホーム

ダンスのように 抱き寄せたい
どんなに疲れ みじめに見えてもいい
あなたとなら それでいい
ずっと踊るの このまま

風の影が過ぎる 窓の中に浮かぶ
失くさないで 失くさないで 大切なもの

ダンスのように もう踊れない
誰もがいつか 気づいてしまうけれども
あなたとなら それでいい
あなたに会えてよかった

ダンスのように 抱き寄せたい
どんなに時が 移り変わっていっても
やさしいうでを 離さない
ずっと踊ろう あなたと

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ニック・ジャガー(洋風肉じゃが)アレンジ編

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 肉じゃがを洋風に作るという一環の試作品と言えばそうですが、こんなんでマジに美味しい一品です。肉じゃがと思うから変なの、って思われるだけで、 洋風の野菜煮込みと思えばどうという違和感もないです。前にTwitterで拾ったネタですが、作ってみたらとても美味しかったので、今回は、アレンジして味付けを変えてみました。
 材料になる野菜は季節のもの何でもありですが、味付けの出汁になるベーコンは必須です。以前は牛肉で作りましたが(☞レシピ)、出汁のよく出るベーコンが今回は主役です。また、普段あまり使わないのですが、コンソメスープの素を一つ使ってみました。これが、ベーコンの出汁を引き立てるような感じの味付けになって美味しくできました。因みに、普段使わない理由は、コンソメ自体が個性が強いので、スープの具財である野菜の味を打ち消してしまう感じが好きではないのです。

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 作り方の手順は、根菜は半分に切ってラップに包んで電子レンジで蒸し、あらかじめ火を通しておきます。他の野菜は炒めて旨味を引き出してからスープを加えて煮込みます。ポイントは、ベーコンとにんにくを最初によく炒め、油に香りと味を移してから野菜を炒めるのです。赤ワインとウスターソースの組み合わせが意外な旨味とコクを生み出します。

➠お弁当に

材料

  • ベーコン・・100g
  • じゃが芋・・300g
  • にんじん・・1本(120g)
  • 玉ねぎ・・1個(180g)
  • 絹莢エンドウ・・適宜
  • にんにく・・2片
  • 水・・400g
  • コンソメ・・1個
  • 塩・・小さじ1/2
  • ウスターソース・・大さじ2
  • 赤ワイン・・大さじ1
  • 胡椒・・適宜

作り方

  1. じゃが芋とにんじんは洗い、にんじんは乱切りにし、じゃが芋は一口大に皮付きのまま切る。
  2. 玉ねぎは縦に6等分する。ベーコンは大きめにざっくり切る。
  3. 絹莢エンドウは筋を取り除いておく。
  4. じゃが芋とにんじんをラップに包んで電子レンジで8分蒸す。
  5. フライパンに油を少々引き、つぶしたにんにくとベーコンを弱火で焦がさないようにソテーして香りを油に移す。
  6. 次に玉ねぎを炒め、透き通ってきたら4のじゃが芋とにんじんを加えて一緒に炒める。
  7. 全体に油が回ったら水を加えて煮立たせる。
  8. コンソメと、塩、胡椒、赤ワインを加えて一煮立ちさせ、最後にウスターソースを回しかけて火を止める♪

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finalventの日記「難破とか」について

 ある世代の「性」への病んだ部分が透けて見えてくるようなエントリーだと思った(参照)。どうしてこのような話がわざわざエントリーされるのかと思った(「ナンパからセックスまでの具体的な流れ - 性とナンパについて渋谷で考えた」)。率直に言うと、エントリーからごそっと抜け落ちていると感じるのは「愛」だ。これがないのが、彼の一番の問題だと感じる。彼は、それで悩んでいるとは思えないが、ご本人にとっては、それで悩む時がいつか訪れるとよいのではないかと思う。後世で、このことを恥じるような気持ちを持つようになれば、そのときはきっと「愛」ということに心が寄り添った時ではないかと思う。
 このエントリーを取り上げてわざわざコメントされていることに、重く根深い問題への示唆というかこれも「愛」なのだと感じるが、筆者に伝わるだろうか。というよりも、この取り上げられたエントリーを眼にした人で、はっと気付くものが一つでもあれば、それはそれでタイトルの「難破」の意味があったということだと思う。

残念ながらというべきか、人は皆、子として生まれる。子は大人になるまでは、父と母を問うてしまう。陳腐な桎梏の物語であるが、そこから解放されることはとても難しい。奔逸に見える性行動は、子としての親子関係の病に根ざしていることが多いと思う。

 親子関係の病は大きく、根深い問題が多い。私も、ここに書いてきたが、親がどう思うかという事から展開するとなかなか自分の問題として見えてこない。大人になった自分が、自分を見てゆくことから始めるとよいと思う。親子の縁は切れないが、親のカプセルから出るということなのだが、相当な時間がかかる作業だと思う。エントリーの筆者は、「愛」に恵まれない環境での生育暦の持ち主ではないかと思うが、彼にそう言っても始まらないのは分っている。エントリーの内容に「愛」が欠如している事実から、自分自身が持っているもの持っていないもののチェックから始めるとよいよ。そう思う。とても難しい問題だと思う。

 sekirei-9 : 心理, 性, コミュニケーション  形而上でナンパを論じた文章なんて初めて見た。でも、これって通常の恋愛のプロセスそのものだよね。ただそれが早急なだけ。 2010/07/30

恋愛は違うよ。って、言っても空しいが。

 sekirei-9さんにも「愛」が不在のようだ。「言う」ことは何の役にも立たないことを知っているだけに、本当に空しさしかないのだが、なんとか自分で「愛」の欠如に気付いてくれはしないかと望みをかける気持ちになる。彼らにとって、このfinalventさんのコメントが一生を変える程の重さであり「愛」だと言うことだ。
 歳をとると、人の文章からでもいろいろ見えてしまうことが多く気になるのだが、何か言うと、「年寄りは引っ込んでいろ」と、他人の心を受け入れない人も多い。もしやと思って見ると、団塊世代の親が背景にあることが多い。言葉は聞いても心で受け止めないので、付き合い方も極表層でということが多くなる。ここで言ってもどうにもならないことだが、私がリアルに知る30歳代女性の殆どは親が団塊世代で、彼女らは、皆独身だというのも彼女達の話を聞いているとその関係性が見えてくる。
 また、「愛」に関して何らかの偏見や歪んだ捉え方を持つ若い世代に、「ペット」のような所有物や飾り物として育てられた世代も多い。この人達は、子どもは可愛いと思って生んだが、育てるのは嫌、みたいな思い方があって、どこまでも「愛」の欠如が問われる。虐待や殺害などの事件が耐えない世の中になったと思う。

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2010-07-30

みず茄子の揚げ浸し:冷蔵庫保存が長い作り置きのお惣菜

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 このお料理は茄子で決まる料理です。油で素揚げするので香ばしくて美味しいのですが、キメの荒い盛夏の茄子はちょっと不向きです。理由は、色よく香ばしくなるまで揚げると水分が抜けて実がスカスカになってしまう上、逆に油もよく吸います。また、それを回避しようと心持ち早めに揚げようとすると、油を一番吸っている段階で引き上げることになるのです。ですから、普段は、茄子の実が締まる秋口まで待っているのです(☞レシピ)。それでもリンク先の画像を見れば、今日の茄子の揚げ具合との違いは一目瞭然です。
 ところが、今年は、友人からみず茄子を沢山送ってもらったため、みず茄子のきめの細かさなら油もあまり吸わないのではないかと思い、試しに作ってみました。結果は言わずもがな、大変美味しい!油を沢山吸ったという感じでもなく、甘くて香ばしくて、水分たっぷりの申し分のない美味しさにできました。
 レシピは、毎年作る方法と同じですが、別物料理かと思うほどその違いは歴然です。もし、手元にみず茄子をお持ちでしたらこの料理は、みず茄子の為の料理として強くお奨めします。

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 この料理のポイントは、茄子を揚げてナスの水分を抜き、入れ替わりに美味しい出汁を吸わせてジューシーな茄子を味わうことにあります。そのため、茄子をよく揚げるのが秘訣です。
 油の温度は170度くらいのやや低めにしておくと、生の野菜がいきなり入っても油がびっくりしないのです。温度が高いと、ナスを入れた途端に油が膨張するので火傷に注意です。次第に油の音が激しくなってきて、静かになる頃には茄子も色よく揚がっています。油を切ったら直ぐにタレに浸します。熱いままでも食べられますが、冷蔵庫で冷たくして食べるのもよいものです。その点では、3~4日は冷蔵庫保存できます。

材料

  • みず茄子・・5個(400g)
  • 揚げ油
  • 鰹出汁・・300cc
  • 割り下・・大さじ5(80cc)☞レシピ
  • 鷹の爪・・2個

作り方

  1. 鷹の爪をお湯に浸し、柔らかくなったらヘタをとって種を出し、輪切りにする。
  2. 鰹出汁と分量の割り下を混ぜ合わせ、鷹の爪も加える。
  3. 茄子を洗ってヘタの硬い部分を落とし、3cmの輪切りにする。
  4. 揚げ油の温度を170度まで上げて3の茄子を色よく揚げる。
  5. 引き上げた茄子の油をよく切り、2の出汁に浸す♪

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雪月花:巡り会うこと

 うっとり聴き惚れてしまう素敵な曲に巡り会った(参照)。メロディーも美しいのだが、詩が心地よい。大昔のいつか、物思いにふけた事をそのままその詩が代わりに今歌ってくれているような感覚だ。私の人生にも同じような瞬間があったな。と思い出したと同時に、今の私自身が重なる。こういう日が来ようとは。
 好きな詩は書き出して、何度もそれを読み返えすのが好きな私は、この曲の詩も書き出してみた。時々Netで、曲の詩の解釈を書いている人がいるので、あるかな、と探してみる。探している曲はなかったが、歌詞はあった。それによると、Youtubeから書き下ろした歌詞と違っている。よくみると一部がごっそり抜かれて、そこの部分だけ曲が短くなっているようでもある。でも、この詩には曲のフレーズが合わない。何故だろう。抜かれている部分は、この曲の背景だということがはっきり分る最もリアルな描写のような気がする。また、その部分を仮に知らなくてもこの曲から感じるものは同じだ。なんとも不思議だ。調べても理由が見当たらない。誰もこの不思議を書いている人がNet上にいないなんて。
 私の若い頃は、彼女の裏寂しい曲は聴かなかった。嫌いだからではなく、そのような人生だっただけにきつかったのだと思う。また、そのような感傷に浸っている時間もなかった。忙しく生きていたのだと思う。当時の生き様は、踏みとどまることなくずっと駆け足のような毎日だった。この頃の私の背景に音楽がない。すっかり抜け落ちていることに昨日気づいた。
 団塊世代が築き上げたフォークソングやポップスというのはあまり聴かず、海外のポップス、それも曲が静かで癒されるような音楽を好んだ。キャロル・キング、ジェームズ・テーラー、アンディー・ウィリアムズ、カーペンターズ、カーリー・サイモン、エリック・クラプトンetc。イギリスではアバが当時「マニーマニーマニー♪」と歌っていたが、あのような音楽はあまり好まない。とはいえ、ロンドンではディスコに行くのは当たり前だった。
 また、ムードジャズも大好きだった。アメリカのAFN(American Forces Network)はFEN(Far East Network)と呼ばれていたが、このラジオ放送で番組を持っていたTed  WilliamsというDJと知り合いだったことで番組の裏方を手伝ったことがある。彼からその日流すジャズナンバーのメモ書きを受け取り、レコードのお蔵から探し出してON-AIRにスタンバイするアシスタントだ。このお手伝いが、私がジャズ好きになった経緯だ。この頃は、日本の音楽にまったく興味や関心がなかったため、どのような歌が流行していたのかさえも知らない。石川セリとか、荒井由実、小林明子とか?かな。
 その当時の彼女らの曲に現在新鮮さを感じるというのは、自分自身が当時に戻るということではなく、今の私がそう感じるから新鮮なのだと思う。昔を懐かしむという感覚ではないことがまた、気恥ずかしくなる。

雪月花(せつげっか)
 作詞:Yumi Matsutoya 作曲:Yumi Matsutoya
ああ そんなに 眩しい目で
みつめないで
昔 会った頃とは もう ちがってる 私達
ああ いろんなことがあった 離れてから
口に出して 言わなくても
微笑み合えたなら いいの
「満ち欠ける 月のように
日々に姿が変わっても
いつも あなただけは
私のことわかると信じていた
ああ どんなに 夜を越えて 会いたかったか
死んだ方がましと思う
苦しさに名前を呼んだ」

吹きすさぶ粉雪に ひとり閉ざされていても
きっと 私だけは
あなたのことわかると思った
春が来て 緑は萌えて
今日の景色もまぼろしになる
そして また 冬が来るとき
今日の瞳に励まされる

ああ そんなに やさしい目で みつめないで
なつかしくて なつかしくて
涙が止まらなくなるの
満ちて来る 陽の光に
雪解けの音がきこえる
やがて 哀しみにも時は流れ
海へと注いでゆく
哀しみにも時は流れ
海へと注いでゆく
喜びなら分かち合って
いっしょに運んでゆこう

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2010-07-29

極東ブログ「ウィキリークスによるアフガン戦争暴露文書はしょぼそう」なのは何故♪

 この話は、ベトナム戦争を暴露した「ペンタゴン・ペーパーズ」の偉大ともいえる暴露の功績を知った上で、「ウィキリークスによるアフガン戦争暴露文書はしょぼそう(参照)」と評することができるレベルの話であると思う。残念ながら、私は例外で、ベトナム戦争の没より十八ヶ月前に暴露話がどのような展開だったのかすら知らないときている。だから、本当は、その話の面白さをまず味わいたいという気持ちが湧いた。
 何処かに、そのような噂話は落ちていないかとググってみた。ペンタゴン・ペーパーズと呼ばれる以前に、ダニエル・エルズバーグ(参照)という元米国防総省職員が報道機関に漏洩したことが始まりだったようだ。

➠『ペンタゴン・ペーパーズ』のエルズバーグ氏、米のイラク攻撃に異議(WIRED VISION)2002年11月 1日

1970年代初期、ニクソン政権を動揺させる出来事があった。米国防総省の元職員のエルズバーグ氏が、対ベトナム政策をめぐる米国の嘘と欺瞞を暴く膨大な文書を報道機関に漏洩したのだ。
 後に『ペンタゴン・ペーパーズ』(国防総省秘密報告書)と呼ばれるようになった文書が明るみに出た結果、少なくとも4人の大統領が、過去の失策を隠蔽し、自身の政策を推進するために、明確な目標のない戦争を意図的に奨励していたことが発覚した。

 ベトナム戦争こそ、あれは何だったのか?という疑問を膨大に残した長い戦争だった。それが、たった4人の大統領の名誉を隠蔽するためだけだったとは。こんなに大事な事、私だけ?今まで知らなかったとは、、、とほほ。
 と言うか、1970年というと私はまだ中学生だったわけだが、この8年後、私はロンドンにいた。アメリカニューヨークタイムズ紙にペンタゴン・ペーパーズの連載が始まったのが1971年10月でベトナムからアメリカ撤兵が完了したのが1973年3月になっている(参照)。気になるのは、私に何故このような大きな情報が入ってこなかったのかということだ。私は何をしていたんだろうか?よく分らない。
 それよりも、このエルズバーグ氏は、2002年に「WIRED VISION」が書かれた時は既にブッシュ政権下によるイラク戦争に関しても警告を発していたようだ。

 イラク側には、挑発されないかぎり、米国に対して武器を行使する理由などないだろうとエルズバーグ氏は見ており、「サダム・フセインは米国にとって最大の敵だ、というブッシュ米大統領の発言は、途方もない間違いだ」と述べた。
 核兵器の真の脅威はむしろ、パキスタンや、「野放しで」行方のわからないロシアの核爆弾にあるとエルズバーグ氏は指摘している。
 また、(イラクへの攻撃によって)民間人に死者が出れば、米国を支持す見込みのある他のイスラム諸国を敵に回すだけだとも警告している。

 パキスタンの核兵器に対する脅威に関しては、極東ブログで引用しているニューヨークタイムズ紙が、パキスタンの二枚舌に注視している。問題はアフガニスタンではないということがなんとなく透かして見えてくるようだ。
 暴露というと、相当な内部機密事項を期待するものである。だが、アフガニスタン戦争に関しては、暴露発言が原因で辞任したマクリスタル司令官の暴露話くらいしか出てこないのではないかと思った(参照)。
 ベトナム戦争時のペンタゴン・ペーパーズは実際、終戦を決定付ける発端となったわけだが、それが、そういう内容のものだったという内情が、初めてここで掴めたのは私だけかな?

 

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手製のホッケの干物:天日干し

 夏場はハエが寄ってきたり猫に取れると何だからと、干物は冷蔵庫で作るようにしていましたが(参照)、天日干しのはやはり美味しい。と言いつつ、実際猫に一匹盗れてしまったにもかかわらず、それでもめげないほど癖になる美味しさだ!負けた。

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 というわけで、35cmほどのホッケを購入。早速腹開きして、塩水に浸け込んで外に干します。梅雨明けと同時にかんかん照りの毎日なので、日陰で日中、半日も干せば十分です。やはり天日干しの干物からは、魚のよい生臭みがでます。この臭いが旨味がなので、生臭くない干物というのはありえません。その代わり、この臭みこそが焼くと旨味に変わってぐっと美味しい焼き魚に変身します。
 昔、伊豆大島の波浮港の入り口の向こうとこっちみたいな感覚で泳いだことがあります。1kmくらいあったのでしょうか、港の入り口のこっちの岸から泳いで向こう側にたどり着いた時に異様な臭さで尻尾を巻いたことがありますが、クサヤを干すところでした。大島でもあのクサヤは誰も行かない島の端っこで干していたのです。参った。あれだけは食べられないと思っていたのですが、一度食べちゃうと病み付きになるのも事実です。困ったことに。

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 ホッケの生臭みは、クサヤからしたら知れたものです。この程よい生臭みを作るためには、夏場なら天日干しで半日、暇ならハエよけのために傍で団扇でも扇いでいるか、干物用の網でも用意するとよいです。漁港などで干しているのを見ると、ぶんぶんハエが集っています。ありゃ!と思ってももう遅い、というか、市場ではどんどん売れて行きます。私は、80cmくらいの直径のカバー付きの笊を持っているので、ハエを追い払うことからは免除されています。
 手製の干物のよいところは、塩分の加減ができることと、干し加減の調節ができることです。これが楽しみなので、塩加減をレシピに書いて教えるみたいなことはナンセンスだなと思うのですが、最初の目安的な軽い気分で試してみるくらいで、参考になればと思います。(画像の笊は梅をほしていますが、同じものを魚用として使い分けています)

材料

  • ホッケ・・2尾
  • 塩水・・水の8%の塩を溶かす

冬場は6%で、夏場は腐敗を防止するためやや濃い目の塩加減。
魚がすっかり被るくらいの水の量を用意する。ビニールの袋などだと300ccくらいでも可能。

作り方

  1. ホッケは横に寝かせて腹に包丁で切り目を入れ、腸を出して水洗いする。
  2. 引き続いて腹の切り口から尻尾、顎の下まですっかり切り開いてエラを切り取る。
  3. 塩水を袋に用意し、ホッケを浸して冷蔵庫で3時間ほど浸け込む。
  4. 塩水からホッケを取り出して広げて半日日陰干しする♬

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極東ブログ「Yahoo! Japanと米Googleの提携、雑感」で見通しがよくなった

 極東ブログ「Yahoo! Japanと米Googleの提携、雑感」、よくぞ取り上げてくれました(参照)。と先にお礼を言いたいエントリーだ。昨日、この提携のニュースにちょっと奇異な思いが残り、その真相を知りたかったのと、身内の勤める会社も絡んでいることなので気になっていたところだった。気になった記事はこちら☞「米MSがグーグル提携に反対 検索市場の競争環境で」(47ニュース)
 一番の気がかりは、マイクロソフト社と米Yahooとの買収問題があるのに、何故Yahoo!Japanは競争相手の米Googleと提携したのか?という疑問が解けないでいた。それは、日米Yahooは、資本的に別会社とみなしてよいのだということがここで明らかになったため、将来、摩擦のような問題が生じないということが分った。知らなかったが、わずか4%とはいえ、Yahoo!Japanの筆頭株主はソフトバンクで、後続に米Yahooの34.78%となっているそうだ。
 と言っても、ここでのんびりとした眺めになるわけではないらしい。Yahoo!Japanの筆頭株主であるソフトバンクにとって、米Googleとの実質の提携のメリットは何だろう?という疑問に変わった。それは、AppleのiPhoneがGoogleのスマートフォンを取り扱い商品に並べる可能性を持った提携かもしれないという推測が立つからだ。が、どうも、それがメインの提携理由ではないという見解を示している。なんだか、大変複雑な構図に見えてくるのだが、この業界では何が始まるというのだろうか。さらに読み進めると、

私が思うのは、米Googleの検索分野での圧倒的な力への屈服だろう。一部ではマイクロソフトのBingも強力な検索機能を持っていると言われるが、実際に個別例で比べてみればわかるが、現状ではお話ならないほどBingは弱い。

 ちょっと目を疑ったが、見方としては、Googleが世界最強の検索エンジンを有する巨大企業だということから、Yahoo!JapanがGoogleと提携するメリットは顧客獲得だということがくっきりした。私は、この業界のことはよく知らないが、一般的な考え方として、検索エンジンを有する会社同士が提携するというのは、力関係的にも今回なら、GoogleにYahoo!Japanが食われたかに見えた。だが、どうもそうではないらしい。というか、そこはそうなのかもしれないが、検索市場はYahoo!Japanが58%で、Googleの38%よりも20%も上回っている。ここだ。これがYahoo!Japanにとってメリットなのだ。つまり、Googleの検索技術には追いつかないというのがYahoo!Japanの先見から出た結論で、そこは屈服するとしても、販売シェアーの拡大を増大させることにGoogleの優れた検索技術をいかすのが提携理由なのだ。つまり、Googleの検索技術をフルに生かしてYahoo!Japanの販売売り上げを上げようという狙いらしい。このメリットは凄いと思う。また、Googleにとっては、むしろ、Yahoo!Japanの持つ日本最大の検索市場から58%とうシェアーがそのまま検索収入になるという、お互いにとってはこの上もなく健全な提携だということだ。やっと合点がいった。
 途中、中国はお馬鹿だなと思う下りがある。そう、中国からGoogleは撤退したので、世界の情報から取り残されてしまうだろうということは当時懸念されていた。あったりまえだ。この国の力はものすごいものを持っていると世界から恐れられているというのに、何処となく間抜けなこともやらかす。その滑稽さが見え見えでも繕うのも速い。考え直したらどうかと今回も思った。
 そうえば、私のブログへのアクセスの件だか、中国に住む友人にある日、このサイトを閲覧することも(それ以前は、コメント書き込み不可)できなくなったと言われた。彼曰く、中国政府が国民に知らせたくない情報を全てシャットダウンしているためだというのだ。ほう、そんなに重要な情報はここにはないが、と思ったがなんとも光栄なことで。
 チベットって、ある日の献立で書いちゃったんですよね。

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2010-07-28

finalventの日記「こんところの増田」について

 ■こんところの増田(finalventの日記)のコメントに関心を引かれた。
 誰かの文章を特定して言及して読むということではなく、単に「書く」という作業が何のためにあるのかという捕らえ方で読むと、書き手の使命感が浮き彫りになってテーマのようなものが見えてきた。
 何を隠そう昨日、極東ブログでエントリーの挙がった「[書評]グーグル秘録(ケン・オーレッタ)」(参照)、が正にそのことを言っていたではないか、と重なった。「ジャーナリストとして著者オーレッタ氏がGoogleに突きつけたのは市民社会の公正な視線であった。」という下りから痛烈な印象として私の心に残るものがあった。
 なんだろう、このどきどきするものは?
 finalventの日記のこの部分だ。

まあ、簡単にいうと関心の釣り方と転がし方だ。つまり、それが気を引いて読ませになっている。 

 例えば書き手の目的が、自分の体験や面白おかしかった事をそのまま伝えようとするのか、読み手に面白おかしく伝わるように書くのかというスタンスが問われるているのだと思う。これこそが、昨日の極東ブログにあった、ジャーナリストの職業人としての姿勢を問うに同列ではないのか?と結びついたことだ。
 どのようなことを題材として取り上げようと、そして、何を書こうとも「読ませ」の書き方では人の関心を釣って何処までその関心を持続させるかという書き方の域から出られない。で、それにはいつか限界が来るということだ。本物にはなれないということだ。ここで私が言う「本物」というのは、別に職業人という意味だけではなく、書き手としてのモラールという意味だ。
 そして、ケン・オーレッタ氏は、"Don't be evil" (悪をなすな)という言葉をGoogleがそういう時、わたしたち市民社会の受け止め方をを明示したわけだが、これもジャーナリズムの行く末を模索するという段階の話だ。そこで、はてなダイアリーの付属品的「増田」(匿名で言いたい事を投稿できるサイト)は、あれはジャーナリズムか?という疑問に突き当たる。私は、そうだと思っている。匿名であり、内容はあなた任せでもあるが、ジャーナリズムの一環だと思っている。
 今までこのように具体的に定義したことはなかったが、そういう格付けがあるとおのずと見えてくるのは、嘘めいたものはどんなに文章が上手であっても本当の面白みがないということだ。逆に、そのような文章を晒して放置するということは、読み手の質も同様になるということだ。この世界は書き手市場であると思われるので、文責が問われて当然だと思う。
 小説にでもして応募するとかしないのだろうか?それとも、その書き手は、帯に短し襷に長しなのだろうか?増田に作り物の文章を投稿する人は、何が目的なのだろうか。
 よく分らない感覚なのだが、気になる。単にShow off?

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しし唐の蕎麦つゆ和え:種の取り出し方

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 夏が旬と言えば、しし唐が盛んに育っています。ここ諏訪では今頃からピーマンやしし唐が収穫できるようになります。五月の連休以降に苗を植え、長い梅雨の終わりを静かに待っていたと言わんばかりに急に花が咲き始めます。収穫量も徐々に増え、最盛期になるとさてどのように料理するかと考え込んでしまいます。ご安心ください。ピーマンの大量食いレシピがあったように(参照)しし唐にもちゃんとあるんですよ。前にここによく寄ってくださっていた方から教えて頂いた料理ですが、大変美味しくて簡単な味付けです(参照)。レシピの前に、しし唐のことにちょっと触れておきます。
 しし唐というと、種は食べてしまう料理が多いですね。焼き鳥と同じように串刺しで焼いたり、素揚げしたりがダントツだと思います。この料理では種は全て取り除きます。これがおそらくしし唐の新鮮さを味わえる第一歩になると思います。ピーマンが駄目だという方には是非一度、種無しのしし唐を試してみることをお奨めします。
 種を取り出したしし唐を油で炒めると、鮮やかな緑色に変わります。分量の蕎麦つゆを一気に鍋肌に回し掛け、香りが立ってきたら火を止めて鰹節を絡めるだけの料理です。一番時間がかかるのは種の取り出しです。

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 前に紹介したときは縦に二つ割りでしたが、この方法だと両方とも種の付け根を意識して摘み取る必要が出てくるので時間がかかります。今回は少し頭を使いました。単純なことですが、家族が多かったり、しし唐が思いのほか大収穫の時は、数も馬鹿になりません。少しでも時間節約のためです。
 種の摘み出しを1個につき一回にするために、ヘタの真横から先端に向かって斜めに包丁で二つに切り離します。こうすると先端の方には種は少ししか残りません。ヘタの付け根から種をつまんでむしり取れば一回でできます。

材料

  • しし唐・・200g
  • 鰹節・・一掴み
  • 麺つゆ・・大さじ1.5
  • 炒め油・・大さじ1

作り方

  1. しし唐は縦に半分に切ってタネを取り出し、大きいものは更に斜めに半分ぐらいに切る。
  2. フライパンを中火にかけて油を回し、しし唐に油が回るまでよく炒め、しんなりしたら鍋肌から麺つゆを回し入れる。
  3. この時点で焦げ付きやすいので火から下ろす。
  4. 麺つゆの香りが回ったら鰹節をかけて出来上がり♪

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極東ブログ[書評]「グーグル秘録(ケン・オーレッタ)」に思わず武者震い

 「グーグル秘録」なんて、いかにも読者の興味をそそるタイトルだと思った。それが謎めいた躍進を遂げているグーグル本体の生の取材を通して、声を絞り込んだ一語一句から構成されているというのだからわくわくした(参照)。
 書評を読む前にまず注文した。何故なら、極東ブログ紹介のこの手の本、つまり起業家達や企業の成功の軌跡を書いた本は全て「how to」や「know how 」ではなく、人を知り、その臭さみを知る面白さが読める本ばかりだからだ。
 そして、本書の内容であるGoogleという会社の形態の特徴や、Google化されるという言い方に置き換えられた社会の移り変わりにも興味を持ったが、それを地味な取材から浮き彫りにしたという著者の姿勢に感動したというのにもっと驚いた。著者を褒め称えて感動したなどという感想、今までに極東ブログに書かれていた記憶がない。

しかし、本書を読み終えた私は、そのことはそれほどすごいだとは思わない。すごいと思ったのは、本書の存在だ。著者オーレッタ氏がこの本のためにした地味なそして膨大な取材だ。この本の大半は、人間に直に合って話を聞くという人間臭い作業の地味で膨大な繰り返しから成り立っている。原注には裏付けとなる発言の日時がいちいち記されている。
 この本は、一人のジャーナリストが、"Google it"を横目に、ただ人間的な知性によって成し遂げた作業の集積であり、Google的な知識に立ち向かうジャーナリストの挑戦でもある。Googleによってジャーナリズムの息の根が止まるといわれても、ジャーナリストはそれに立ち向かうことができるという挑戦の証でもある。

 「ジャーナリズムの息の根が止まる」というのは、もはや業界では誰もが危機として抱いていることであるし、その本元になっているGoogleにメスでも入れるかのような変な興味を持つような人も多いだろうと思う。いわゆる「叩く」ような。この業界のみならず、競争に敗れ、新規企業の参入に追い越されて片方では滅して行く運命を背負っているわけだ。挑戦の証として十分読み応えに耐える内容なのだということは読む前から想像できるし、それがこの本を読みたいという興味に変わった。
 こんなにちっぽけな私でも、ある種の敗北感が潜んでいて、その部分にある意味刺激を受けるのもよいものだと思っている。夢のような躍進を遂げた大会社の礎となった一人一人の人間ドラマを垣間見ることの方が、会社自体がどれほど優秀かを知るよりも遥かに興味が向く部分だ。
 また、もう一つの魅力になったのは、ジャーナリストである著者の使命感だ。

 もう一つ感動したことは、Googleが、"Don't be evil" (悪をなすな)というとき、私たちの市民社会がそれをどのように信じるのかという水準を、本書によってジャーナリズムが明確に示したことだ。著者オーレッタ氏がGoogleに突きつけたのは市民社会の公正な視線であった。本書は当初、Googleをターゲットにしていたわけではなかった。メディアの行く末を模索することだった。

 これは、ジャーナリストのプロ魂ということに尽きるのだと思う。対象がGoogleでなくてもよかったとしながらもGoogleを選んだ理由に、Googleが最初は協力を拒んだことにきっかけがあるというのもGoogle泣かせな事だ。Googleも襟を正して、逆に自分達の存在に使命感を持つべきだ、と学んだのではないだろうか。正にそれがジャーナリストの仕事だと思う。思うにこのような場合、当事者は仕込みの段階が本気の勝負のようなところがあって、出来上がったものはカスという感覚で残る。私達読者は、そのカスの部分を楽しませてもらうということかもしれない。クリエーティブな仕事というのは、そういう場合が多い。
 そういえば、安っぽい嘘っぱちなジャーナリストの名前が浮かんだ。最近、筋金入りの惚れ惚れするような姿勢を持ったジャーナリストを見かけない。若かりし頃ならしたというジャーナリストは高齢化して角が取れて丸くなり、後続の卵を育てる側に回っていっているようにも見るし、テレビや週刊誌などで売れていそうな若手ジャーナリストは、謙虚さがなく人の話も聞けずして、社会の出っ張りを突き回るだけの浮き草家業のように見える。
 嗚呼、なんだか久しぶりに本物に触れることができるのではないかという気がしてきた。
 本が届くのが楽しみだ。

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2010-07-27

蚋(ブヨ=ブユ)に咬まれてブイブイ

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 かなり悲惨な状態になるのが蚋に咬まれた後だ。瞬間的に皮膚の表面でしびれのような痒みに似た感じが広がる。1分もするとなんとなく違和感が強くなるので手などで「どうかしたのかな?」みたいに触ると血が付いてくる。と、ここで蚋に咬まれた経験があるとないでは対応が違う。
 一昨年から初めて畑なるものと付き合いだした私は、絹莢エンドウの収穫が楽しみで仕方なく、身支度もしていないというのに、通りすがりのついでに畑に入り、わずか10分ほど収穫をした時のことでした。
 七部のパンツ姿で、ノーソックス、スニーカー履き姿でした。膝から下の露出した部分一帯に両足で20箇所以上、蚋に咬まれたのだった。この時の悲惨さは語るも涙もので聞いてもらいたいのは山々だが、あまりにくだらないのでパス。
 そして、昨年は長雨による不作続きで、畑に行く日も少なく収穫する作物も大してなかったため蚋に遭遇することもなく終わった。そして今年、完全防備にもかかわらず衣服の上からでも咬まれるとは知る由もなく、一箇所咬まれた。その後、衣類の上からスプレーするタイプの虫除けを、スプレーしまくっても隙間から入ってきたのに二箇所咬まれた。さらに私は、ソックスの二重履きを整え、スプレーをしまくり、まず大丈夫だと踏んでいたにもかかわらず、昨日、唇の下と顎に二箇所ずつ、合計4箇所咬まれた。ここだけは、まったくの無防備。
 足であれば、痛みや痒み、腫れなどは我慢もできるが、顔面に4箇所ともなると、おそらく一週間は外に出られないほど恥ずかしい面立ちとなるのは分っていた。それにしても咬まれてからわずか一時間ほどで顔半分に痺れと腫れが襲ってきて、口を開けることも困難になってきた。医者の受付時間を調べて一番近い内科医を訪ねた。
 治療は、血管に静脈注射を一本だけ。内服の副腎皮質ホルモンのプレドニン5mgと、消炎剤の塗布薬ザルックスクリーム0.12%のみだった。咬まれてから3時間後に静脈注をうってもらい、その後約2時間後には腫れが引き、痺れがなくなった。残っているのは小さな咬み傷が赤く4個だけだ。
 お医者様は神様です。この時ほど医者に感謝したことはなかった。本当に救われた。
 ところで、蚋に咬まれた程度で医者に行くか?という古い昭和的な考え方があって、しかも我慢強い性格から、医者に飛び込むというのは二の次だった。まあ、それを美徳にしているわけではないが、最近は相当これが崩れてきている。何かと医者に飛び込んでいる感じがする、インフルエンザ、寒冷蕁麻疹、喉の違和感(癌を疑って)虫・・・。嗚呼。
 そういえば、医者の待合室で長く待っていた時、ふと思い出したのが極東ブログで教えてもらった英雄的医療時代の治療だった(参照)。医師サミュエル・ハーネマンがホメオパシーを見つけ出すきっかけとなった医療への疑問の本家本元だ。あの野蛮な、例の瀉血(しゃけつ)だ。

主要な治療法は瀉血である。もっとも効果的なのは、静脈を切り取る方法だ。一回に1パイント(0.47リットル)の血を捨てる。

 体内から毒を出すという方法だ。これを想像していた。
 蚋に咬まれたくらいで1パイントも血を抜かれるのを妄想するだけで鳥肌が立ち、そんな治療を受けるくらいなら行かない方がましだと、きっと医者嫌いになったに違いない。サミュエルが疑問を持つのも無理はないことだと妙に彼に加担した。私は現代医学時代に生まれていてよかったと思った。

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小じゃが芋の煮っ転がし:醤油マヨネーズ味

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 畑のじゃが芋は暑くなる前に掘り出したのはよかったのですが、開けてびっくり玉手箱とはこのことでした。出てきたじゃが芋の小ささに驚きました。今年はお他所の畑でも同じだと聞いて安心するのもなんですが、悲しいくらいに小さくて可愛いのばかりゴロゴロとあります。特に、今日の煮っ転がしで使った「アンデス」という品種は、元々小振りなのですが、まるで小豆のおねえちゃん。それでも小豆色の皮の内側は栗のような黄色で、小芋ながらホクホクとしてなかなかこの料理に合うものだと感心しました。
 毎年恒例になっている小じゃが芋の料理も(☞レシピ)、趣向を変えてみようかと考えたのですが、小じゃが芋にとってはどう考えてもこの料理が一番だと思い、また作りました。

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 味付けのポイントは、甘辛醤油にマヨネーズを加えてコクを付けるというものです。気をつける点は、マヨネーズを加えてからはあまり煮込まないことです。乳化している状態のマヨネーズが熱によって油と分離してしまうのです。
 調味料は割り下と同量のマヨネーズだけですが、甘い方を好む場合は、砂糖を少し足すとよいと思います。
 また、本来は皮ごと生から揚げて香ばしくするかフライパンで炒るのですが、茹でてから油を引いたフライパンで転がしても同じようにできる上、手間が省けます。少し作り方が変わった部分です。

材料

  • 小じゃが・・300g
  • 炒め油・・大さじ1
  • お湯・・100cc
  • すき焼の割り下・・大さじ3☞レシピ
  • マヨネーズ・・大さじ3

作り方

  1. じゃが芋をよく洗ってたっぷりの水から茹でる。
  2. 竹串がスッと通るまで茹でたら笊に引き上げる。
  3. 鍋に油を少し引いて2のじゃが芋から香ばしい香りが立つまで転がす。
  4. 鍋底を少し冷ましてから割り下を加え、粘りが出るまで弱火で煮詰める。
  5. 最後にマヨネーズを加えてよく馴染んだら出来上がり♬

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極東ブログ「「後期高齢者医療制度」廃止よりも長妻大臣大丈夫かなと心配になった」まったくです

 7月24日の新聞各紙がこぞって長妻叩きのようなムードだったため、なんとなく気の毒のような気もして書きそびれてしまった話題だ。とはいえ、国民生活に直ぐに反映されることなので他人事ではない。原案とは言え、これに変わる代替案が野党からこのまま聞こえてこないとなれば、来年の通常国会で採決されてしまうと言うのは目に見えている。
 では、どうなるのか?いろいろ複雑になると言えばそうだが、一番の変化は、サラリーマン家庭の稼ぎ頭の扶養家族に新たに高齢者が仲間入りというのが大きな動きになるようだ。極東ブログでスマートにまとめてくれたのが分りやすい。

 今回の新制度では、「後期高齢者医療制度」が75歳で一律区分けしたのを止め、福田政権以前の自民党時代の制度に戻すことになる。ようこそ昭和時代へ。現行制度の加入者約1400万人のうち、約1200万人が国保に、約200万人が被用者保険に戻る
 露骨に言うと、被用者保険のあるサラリーマンとその配偶者を無職の老人と一緒にすんなよ、と。サラリーマンの息子の扶養に入れる高齢者は保険料負担を免れる。持つべきものは高給取りの息子というか婿。国保だけの一人暮らしの高齢者は世帯主なんだから保険料負担しろよ、と。もしかしてそれじゃ、高齢者間の格差が復活するんじゃないのとかごく若干疑問に思う人もいるかもしれないけど、そう言える世間の空気ではない。

 こうなっちゃうわけだ。
 これが「ようこそ昭和時代」とはよく言ったもので、この時代の背景がある人にはどのように写るかだ。私の感覚を思い出すに、一人暮らしの老人世帯というのは昭和全盛時代には少なく、日本は長男が家を継ぎ世帯主となるお家制度の考え方に順ずる流れがあったため、親は息子に養ってもらうような形態が自然な流れだった。これと表裏一体の関係として結びつけてもよいものかどうか疑問だが、現行の戸籍法は形態がガラッと変わった、というのも何処かに今の自由な発想が反映しているのかもしれないが、親とは別戸籍で、同居の家族にならない長男夫婦が現在は多い。このように生活形態も変わっている今、長男と同居で、扶養家族の扱いになる老人が200万人という数字は多くはないと思う。が、ここに高齢者間の格差が復活するというのは明白だ。これまでは、税負担の格差を無くすべく、医療負担は年齢別にそれぞれで賄うという考え方を通してきたとこだ。これが大きく変わるというものではないにせよ、扶養家族に入れる高齢者側から見ると優遇されるというお得感はある。
 でもって、この残る高齢者の扱いはいきなり都道府県別の管轄に分なる上、このうち被世帯主の高齢者は社会保険と国保の扶養家族に分散することになる。国民健康保は市町村の管轄であるため、事務手続きが煩雑するのは目に見えている。また、年齢の境目にある人や現行の保険でかかっている慢性疾患などに対する保険適用がどのように決まるかなどの細部が、高齢者にとって混乱を招くような気がする。医療機関の受付窓口で、ご高齢の方が戸惑い、困惑しながら窓口嬢とやり取りする姿が目に浮かぶようだ。

新制度でも、国保の財政区分を65歳か75歳かいずれにせよ高齢者の線引きで別勘定にすることになっている。区分後は、なぜか都道府県単位で運営する。大きな差が出ないように標準保険料が設定されるとのことだが、補正のカネはどこから出るのだろう。また現役世代のほうの国保は、市区町村単位でやるそうだから、すごく複雑なシステムになる。

 このような朝三暮四的改正が行われると、まず役所でミスが続出する。このための経費もかかる。しかもそのための財源の確保がないとなると、結局、無駄を生み出すだけに終わるのではないのかな。
 蓮舫さん、これでよろしいのでしょうか。どう思います?

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2010-07-26

スズキのカルパッチョ・しかも和風

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 夏と言えば「スズキ」が旬です。産卵は冬場だと聞いていますが、正反対の真夏であるにもかかわらず、スズキは脂ものってよく肥えています。サイズはそれほど大きくないものでも、夏場のスズキなら一応おっけ。お奨めです。
 小学か中学校の教科書に「スズキとオコゼ(阿川 弘之)」の話があったのをいつも思い出すのです。スズキとオコゼの会話は確か、美しい体つきのスズキが得意げにオコゼの醜い体つきを貶す話だったか。それでもオコゼはスズキに並ぶほど美味しい魚だということから、人を外見で判断しないというようなことを学んだのでした。その時から、オコゼを食べてみたいと悲願していました。また、スズキを見るたびに「心は美しくありたい」などと、ずっとこの年なるまで座右の銘のようにしてきたのです。ここだけの話ですが。

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 さて、カルパッチョですが、刺身と何が違うの?ですよね。刺身は、切り身にして山葵醤油で食べると決まっていますが、カルパッチョは違うのです。しかも、元は赤みの牛肉だったという話もあるのです。以前調べたのでこちらをどうぞ☞
 で、今日は、あまりごちゃごちゃしないで、シンプルにオリーブオイルを切り身によくまぶすだけして皿に盛り付け、薬味と一緒に好みで付けダレは自由に変えることにしました。最近は、少し味考えが変わってまいりました。オリーブオイルをまぶすと食感が滑らかになり、旨味を引き出してくれます。味見をすれば分ると思いますが、これだけでも魚が美味しいのです。ここに何かつけるとすればさっぱりしたものがよいというだけで考えてみました。
 付けダレのお奨め候補は、塩、ポン酢、カボス果汁、レモン醤油、バルサミコ酢(または中国の黒酢)、山葵醤油などです。
 
材料

  • スズキ・・1尾(40cm)
  • 大葉・・適宜
  • 二十日大根・・2個
  • 細葱・・2本
  • 茗荷・・2個
  • オリーブオイル・・大さじ1
  • 付けダレ・・好みのもの

作り方

  1. スズキは三枚に下ろし頭側から皮を引く。
  2. 中骨を取り除き、斜めに削ぎ切りして皿の上でオリーブオイルをまぶし、10分ほど冷蔵庫で休ませる。
  3. その間に薬味を切り、タレを用意する。
  4. スズキにオイルが馴染んだら薬味と一緒に皿に盛り付ける♬

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過去に受けたショックがうまく外に出せない

 過去に受けたショックがうまく外に出せない。またか、と思う。そうかと言って常に気がかりであるというほど表面に出てくるという事でもなかった。このところ落ち着いてきているし、その対象にある人物にかかわることもなく、興奮状態に陥る心配などはしていなかった。が、先日久しぶりに些細な事で気持ちが沈み、どこかにつかまっていたいという心細い気持ちになった。一種の不安なのだろうか、とも思った。実は、私がこのような心境になる大元の理由がまだはっきり分っていない。動悸が激しくなり胸が苦しくなる。痛みがあるのとは違う。この間この状態になってからずっと、その理由を知りたいと思って探っている。
 一種のトラウマであることは確かだ。こうなるきっかけとなった先日の些細な出来事からさらに遡ると、私がはてなブログからココログへ引っ越すことになった事と関係している。その少し前に、feecle(現在はサービス終了)というミニブログから自分のアカウントの削除をした件とも関係している。性格の異常者か、極度の被害妄想狂とも思われるおかしな人物に悪戯されたため、結果としてこれらの方法を選んだのは私だった。確かにあの時はショックだった。自分のブログに付くコメントを確認するのでさえ怖かった。コメント欄に私の実名を書かれた時は薄気味悪く、家から外に出るのも怖くなった。あの時の気持ちの程は誰にも結局打ち明けていない。あの時の思いをそのまま誰かに話す事は、私のプライドが許さなかったからだと言えばそうかもしれない。おそらくそうだと思う。実際にストーカーに合ったわけでもなく、襲われて怖い思いや傷つけられたわけでもなかった。妄想だと言われればそういうことだと片付けられてしまう問題でもあった。でも、怖さは、後に悔しさとなった。
 feecleの時、この人物を怪訝に思っていた女性を知っているが、その人物も私の中では大きなダメージを受けた対象だということに後から気づいた。その時、もう少しその受けた感情を調べておくと良かったのかもしれないが、今となってはそれがいつどのような状況で起こったのか、きっかけを思い出せないでいる。一種の嫌悪に似た感情に覚えがある。
 先のストーカー(ないしは被害妄想狂)の奇妙な行動が始まるのは、この人物のIDをエントリー中で言及する時だった。それに反応して彼は奇妙な行動をする中に、嫌がらせとも思えるようなコメントを該当記事に書き付ける、ということがある日偶然分った。エントリーで言及すると言っても、日常的な他愛のない出来事でのかかわりを書く程度のことだ。例えば、「料理について○○さんにアドバイスを頂いた」の○にこの人物のIDが入っているような、この程度のことでだった。
 先の女性が何かでこの人物のIDを内容で言及した時だった。コメント欄にこの変体男が現れ、屈折した心のままのようなおかしなコメントをつけた時だった、彼女は体裁よくあしらったようだったが、きっと腹に据えかねる怒りがあったのだろう。ある日私のコメント欄にこの変体男が何かのコメントをした時、この時とばかりに言いたい事を書いてくるのがその女性だった。迷惑だったが、コメントを削除する権限が管理者になくそのコメントの当事者にあったため、結局書いた記事を削除したこともあった。彼女のそういった行動には驚くものがあったが、自分の立ち居振る舞いを省みない人なのだとして係わり合いにならないようにした。おそらく、ここでこの二人のことが重なって、一つの「嫌悪」の対象になってしまったのだと思う。私は結局、相手に言ったところで伝わらないと諦めた上、Net上で揉め事を起こすのが非常に嫌だったということもあって、何一つ言わずにいたことが鬱積の原因になったのだろうか。それを後悔しているわけでもない。また、今更何か言いたいわけでもない。ただ、関わりたくないという拒絶する気持ちを持っているのが不健康なのだと思う。このことが払拭できないでいるからかもしれない。何かあると、非常に不愉快な気持ちになるのが嫌でたまらない。
 もう一つは、女のいやらしさとして嫌悪感を持っている自分が不健全なのだと思う。きっと。容認できない部分が、女という区別の中にあって、私はその括りとは別人種だと思いたいのだろうか。同じ女であることとの隔たりに、自分はこうだという確固たる理由が見つからない。このアンバランスが受け入れられない。裏腹に、自分を認めてもらいたいという願望も含んでいそうな気がする。
 その人物に近づかないで!と、折に触れて叫びたくなる。そうするわけではないのだが、そういう気持ちになる時は引きこもってしまいたくなる。他の人を拘束するような気持ちになる事を戒めようとする気持ちが働く。人の幸せを願う自分のこういった矛盾が受け入れられない。私は偽善者か?同時に、こう思う自分自身を否定し嫌悪するような回路になる。これが苦しい。そしてもっと分らないのは、嫌悪感の元にあるしこりの正体が分らない。掘り出せない。忘れたいと思っていることなのに。
 随分前のことだというのに、どうしても払拭できないでいる。

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2010-07-25

手作り太った餃子 inspired by ゲゲゲの女房NHK

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 NHKの朝ドラ、ゲゲゲの女房を毎朝観ています。夏の暑い日、何かスタミナのつく料理はないかという時に、キャベツがたっぷり入った餃子を作るシーンがあって、餃子に関しては私もいろいろ思い出すことがありました。
 布美枝さんが夜食に餃子を作るという場面で、一人10個として数を勘定する指が、一本ずつ折れる時、いつだったか、丁度同じような場面が、私の昔の実際の生活にもあって、ふっとそのことが浮かび上がったのです。このようなことはめったにないのですが、よほど餃子と言う事に記憶が織り込まれているのだと感じました。中身はちょっと内緒。そうそう高校時代、常にお腹を空かしていた私は、母の手作り餃子を一食で50個は食べていました。多分それ以上の時もあったかと思います。凄まじい食欲でした。とか、ちらち他愛もないことを思いだしていました。
 あの頃は、確か、餃子の皮は市販に無かったのではないかと思います。というか、満州に長く住んだ経験のある母は、餃子の皮は小麦粉を捏ねて自分でのばして作るものだと思っていたのだと思います。私は、そういう餃子作りをある時は手伝ったりしていたので、お陰で、手作りすることは苦になりません。

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 ゲゲゲの女房では、プロダクションの設立のお祝いの席でも出されいて、布美枝さんの気取りの無いおもてなしがジーンと伝わってきました。私も食べたくなって、早速作りました。
 ニーダーもあるのですが手捏ねをしないと意味がないとか思って、じっとり汗をかきながら作る生地も良いものでした。
 粉は、私の手が一番馴染み易い400gにし、残った生地は「葱油餅(ツォンユーピン)☞レシピ」にでもしようかと残しておくことにしました。具には大量のキャベツを入れたのですが、蒸して叩いて布巾に包んで絞ったら、ほんの一塊になってしまいます。このキャベツの絞り汁から50ccほど具に混ぜ込みます。少しでもキャベツの甘味を生かすためにこうします。
 生地の捏ね方と餃子の成型方法は、画像を含めた説明のエントリーを参考にどうぞ☞レシピ。また、大きな画像の包み方は中国式で、茹で餃子の方法なのですが、その方法でも焼き餃子になります。下にスクロールすると、違った形の包み方の餃子の画像がありますが、それが今日作った餃子の包み方です。

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 そうそう、今回はぱりぱりの食感を添えようと、一般的な呼び方では「ハネ」ですが、餃子のつなぎのような役割にもなります。ここでは、ウー・ウェン先生のレシピから「ゴーティエ☞レシピ)」で紹介しています。ハネの分量は水100ccに小麦粉こさじ2と、割と濃い目にしました。

材料(具)

  • 豚ひき肉・・200g
  • キャベツ・・500g
  • にら・・1束
  • 玉ねぎ・・1/2個
  • にんにく・・2片
  • 八角醤油・・大さじ1.5(醤油に八角を長く漬け込む)
  • 塩・・小さじ1/2
  • 砂糖(隠し味)・・小さじ1
  • 胡麻油・・小さじ2
  • キャベツの絞り汁・・50cc

生地(約100個分)

  • 強力粉・・300g
  • 薄力粉・・100g
  • ぬるま湯・・180cc

ハネ用(一回分)

  • 小麦粉・・小さじ2
  • 水・・100cc

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極東ブログ「インフルエンザと結核の昔話」について

 極東ブログの書評で知った「感染症は実在しない―構造構成的感染症学(岩田健太郎)」(参照)が昨日届き、午後は、全てのことを後回しにして一気に読みきった。やや焦り気味。理由は、このところ続いている医学史系エントリーの面白さを10倍くらい楽しめるような気がしたからだ。
 極東ブログの一連の話は、サミュエル・ハーネマン(Samuel Hahnemann)のホメオパシーから始まっている。歴史を追って話が続くというよりは、人類が病を治すことにどのように取り組んできたかという苦労話の中に、生き生きとした生身の人間の生きた軌跡が織り込まれてる。それを身近に感じれば感じるほど、私は「生かされている」と実感し、その話の面白さに魅了されてしまう。そして、この一連の話も、やっと現代感覚で掴める話題の展開になり、病の発症は細菌からという説の辺りまで進んできた。
  前回は、コッホの定義や「インフルエンザ菌」、「脚気菌」の存在から遺伝学につながるところで終わっていた。「脚気菌」が信じられていたと聞いて、ええ!とびっくり仰天しそうな昔の研究者がぐっと身近な存在になってきて、実は、私は童心に戻って「ケペル先生こんにちは」状態なのだ。
 昨日は夕刻にエントリーが挙がった(参照)。首を長くして待っていただけのことはあった。インフルエンザと結核の昔話だ。どうやら文献が見つからなかったらしい。苦労しましたね。チラッとこんなところに書いてあったヮ。

「ベルナールのことを考えていて、手元に史料ねーやとか行き詰まる。デュポスの本もないなあ。ネットを見ると、意外なほど基礎的情報がない。というか、1980年代以前の科学的な知見というのはネットから消えている印象がある。まあ、だからGoogle Booksということか。」(ここよ

 その甲斐あってか、読み応えのあるエントリーに彷彿としたのもを覚えた。
 今回のエントリーは結核の治療を可能にした背景を物語るものだが、病についての描写は、現代に近づくほど研究が難しくなり複雑化する話に展開するのかと思いきや、意外なほど身近なテーマなのだと知った。
 結核治療に欠かせないストレプトマイシンを発見したワクスマンの高弟でもあるルネ・デュボス(René Jules Dubos:1901-1982)が1960年に来日した際の民衆への問いかけの話が印象的だった。

ストレプトマイシンを発見したワクスマンの高弟でもあるルネ・デュボス(René Jules Dubos:1901-1982)が1960年に来日公演をした際、聴衆にこう問いかけた、「この数年で日本人の結核死亡率が激減している理由は何だかと思いますか?」 聴衆はストレプトマイシンやツベルクリンとBCGの体制を想起した。彼はこう答えた、「栄養の改善です」。

 えっ?まさか、それだけ?と思ったのは私だけではなさそうだ。疑った弁ちゃんは、結核による死亡率などを調べ、さらに文献が見つからないと焦っていたデュボスの話がここに出てくる。やっと。オツカレ。

デュボスによれば、歴史を見ていくと、人類は一度は結核をそれなりに抑え込んでいたが、これが再発するのは産業革命に沿って工場労働者が増えたからだったという。密室での集団行動が結核を蔓延させていた。デュボスは述べていないが、これに学校を加えてもよいだろう。
 近代国家が人びとを労働者として国民として徴集(ゲシュテル)したとき、自然(ピュシス)の力である結核も徴集された。そして徴集された近代の技術が結核という自然を打ち破ったかに見えたが、実は近代医学と細菌学の進展は、実はその徴集の随伴的な事象であった。

 そういうことだったのか、とここで凄く納得できた。
 結核の話が出てきたところで直ぐに思い出したのが、ゲゲゲの女房(NHK朝ドラ)で登場する「ゼガ」の出版社社長が結核で入院したシーンの時、私自身の既読本の数々に折り込まれていた結核に関する描写だった。大昔に読みあさったそれらに結核病棟の話がかなりあった。それだけ恐れられ、警戒された病気だった。当時の結核に関する認識は、完治する病という認識は浅く、結核患者を出した病院が消毒をして数日診療ストップするというような話や、結核患者のいる家には近づかないみたいな話、そういえばあったな。とか思い出していた。そして、栄養の改善について日本で貢献した香川綾さんのことを考えていた。
 香川綾さん(1899年3月28日 - 1997年4月2日)は、香川栄養学園の創始者だが、四郡点数法の生みの親であることは周知のことだと思う。彼女が作り出した食品郡の分類の第1群に乳、乳製品、卵を持ってきているのがその特徴を顕著にしている。彼女によって、戦後の日本人が健康な体を取り戻したといっても過言ではない。戦後の栄養状態がみるみるうちに改善され、学校給食が充実したことが私達世代に「今」を齎したのだと思う。相変わらず給食の脱脂粉乳には悪印象しかないという友人もいるが、給食で牛乳を残すことは断じて許さないという厳格な先生もいたものだった。
 ケペル先生、次回も楽しみにしています。よろしく!

***

覚書として:四郡点数法☞godmotherの料理レシピ日記:栄養とカロリーのおさらい:四群点数法とあわせて簡単な計算表の使い方

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2010-07-24

みず茄子たっぷりのジャージャー麺風餡かけ中華そば

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 関西育ちのみず茄子の食べ収めに、細切りの豚肉と一緒に豆鼓炒めの餡を作り、蒸した中華麺の餡かけにしてみました。麻婆豆腐風の味付けですが、千切りのにんじんときゅうりを乗せてジャージャー麺風なので、夏向きの一品です。スタミナをつけるために、にんにくを加えても美味しいです。餡は、細切りの豚肉と茄子炒めのにとろみをつけただけという手順ですから、比較的簡単に短時間で出来る料理です。
 極細の中華生麺を蒸した状態で食べる方法は麺にコシが残るので、食感に意外性を感じます。また、生のままでは日持ちしない麺も、蒸した後であれば冷凍保存もできるのです。つまり、少人数や一人暮らしの方でも、買う量に制約されないという点がよいのです。

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 蒸した麺を冷ましている間に、みず茄子と豚肉を豆鼓と生姜で炒めたシンプルな餡を作ります。冷たい野菜の千切りは、体温を下げると言われているきゅうりといろどりもよい人参をファインな千切りにして麺にのせます。
 蒸し生麺のコシと野菜の食感を楽しみながら、豆鼓の深い旨味を味わえる一皿です。
 因みに、我が家のジャージャー麺レシピも合わせてどうぞ。
➠本格的材料で
➠身近な材料で

材料

  • 極細中華生麺・・2玉
  • 豚肩ロース(焼肉用スライス)・・160g
  • みず茄子・・2個(150g)
  • きゅうり・・1本
  • 人参・・(30g)
  • 細葱・・2~3本
  • 豆鼓・・大さじ1
  • 生姜のみじん切り・・大さじ2
  • 片栗粉・・大さじ1(水150cc)

肉の下味

  • 片栗粉・・小さじ2
  • 酒・・大さじ1
  • 塩・・小さじ1/2

作り方

  1. 生麺はほぐし、余分な打ち粉をできるだけ落とし、蒸気の出ている蒸し器で約6分強火で蒸す。
  2. 麺が透き通ったら取り出し、オリーブオイル小さじ2(分量外)をまぶして冷ます。
  3. 豚肉は、厚みと同じくらいの幅で短冊に切り、ボールで下味調味料と一緒に和えておく。
  4. みず茄子は洗ってヘタの周囲をきれいに取り払い、横に置いて7mmくらいの厚みにスライスし、更に同じ幅で細長い角切りにする。
  5. 生姜と豆鼓をみじん切りにする。
  6. きゅうりとにんじんを千切りにする。
  7. フライパンにオリーブオイル大さじ1と3の豚肉を弱火でほぐしながら、肉の色が変わるまで火を通して一度取り出す。
  8. 引き続き同じフライパンでみじん切りの生姜と豆鼓を炒めて香りを出し、茄子を加えてしんなりするまで炒める。
  9. 最後に豚肉を加えて炒め合わせ、水溶き片栗粉を加えて2~3分煮込む。
  10. 冷めた麺を皿に盛り付け、にんじんときゅうりの千切りを乗せて肉餡をかけ、細葱を散らして出来上がり♪

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極東ブログ「日本病化する米国、日銀化する米連銀、白川さん化するバーナンキさん」をまた持ち出す羽目になろうとは

 昨日、「finalventの日記」のクリップ記事にしばし目が止まった。記事は日本経済新聞の社説だが、コメントが「嗚呼」と、二つ連発しているだけ。それじゃ桑田佳祐の「月」の文句じゃんと最初は読み飛ばしたが、社説の内容を読むと、この「嗚呼」は、何に対する嘆きだったのか?記事にはこうある。

➠日経新聞社説 「異例な不確かさ」に直面する米経済 :日本経済新聞finalventの日記

 バーナンキ議長は景気が下振れしデフレに陥るリスクに備え、議会証言では一段の金融緩和の可能性にも言及した。適切な認識というべきだが、日本の経験からしても快刀乱麻を断つ短期解決は難しかろう。
 嗚呼。
政府と日銀は歩調を合わせ、日本経済が「異例な不確かさ」に飲み込まれぬ態勢を整えるべきだ。
 嗚呼。

 笑った。「嗚呼」としか言いようの無いのは何故♪だが、まず、「日本の経験からして」というのが、何を経験したのか言及はないが、これがよく分からない。日本は、デフレ不況に対する緩和策は殆ど何もしてこなかった、という経験はある。というか、多少はあったと思うが、その緩和策に効き目がないから20年近くもデフレ不況なのだ。すなわち、「快刀乱麻を断つ短期解決」が難しいと言及するのは、文脈的におかしい。と思ったが、他に違う解釈ができるだろうか?
 また、この執筆者は、米国に起こった何かを「異例な不確かさ」という言葉で総括し、日本がそれに飲み込まれないように示唆している。これで思い当たるのは、7月21日米上院銀行委員会で、バーナンキ議長が証言した米経済の先行きについてだと思うが(REUTERS)、政府と日銀が歩調を合わせるというのは現実的には無理なことではないかと思う。ここで学習院大学・岩田規久男教授の話(参照)を思い出した。

日銀がインフレターゲットを導入しないのは、日銀流理論がベースにありますが、それは建前です。本音は、日銀ははっきりとした数値目標を出したくないんです。数値目標を出せばそれに対する責任が生じ、達成できなければ責任を取らなければいけません。それがいやなわけです。これが日銀の本音です。

―― 1998年に日銀法が改正され、日銀は独立性を保証されました。これにより、金融政策は日銀の専管事項となり、政府が口出すことが事実上、不可能になってしまっています。

 という日銀側の理由がある。これを崩すには、日銀法を改正して政府にも金融政策に口を挟む権限を与えないと可能にはならないからだ。どうでも良いことだが、この社説記事全体にとって「捻り」を予定していた最後の部分は、あまり効いていない。
 ところで、このバーナンキ議長のこの発言から、日銀の白川氏よりも柔軟な思考の持ち主だと感じた。先の極東ブログ「日本病化する米国、日銀化する米連銀、白川さん化するバーナンキさん(参照)」で引用されていた記事での経済学者クルーグマン氏は、日本で長く続いているデフレを引き合いにバーナンキ議長の優柔不断さを痛烈に皮肉っていた。

これを鮮明にしたのがスウェーデン国立銀行賞を受賞した経済学者クルーグマン氏でニューヨークタイムズのコラム「The Feckless Fed」(参照)の主張が鮮明だ。かなり辛辣にバーナンキ議長を批判している。

他のエコノミスト同様、私もバーナンキ氏同様、日本でおきた、強固で救いようもなさそうなデフレに深い懸念を抱いていた。日本型デフレの帰結は、痛みを伴う低成長、失業率増加、難治性を示す経済問題となるものだ。

賢い政策立案者のいる先進国なら、この手の状況には陥らないと見られていた。米国で同じようなことが起こりうるだろうか?

 このコラムは、7月11日に書かれている。あれからわずか10日間のうちにバーナンキ議長の考えが変わってきたと感じられる言及だ。この決定に、バーナンキ議長を大いに評価するとともに少し嫉妬を覚えた。羨ましいことだ。増々日本は置いてきぼりにされ、本当に国家の滅びる日が近づいてきたのではないかとさえ思う。

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2010-07-23

極東ブログ「インフルエンザ菌を巡る話」はめっちゃ面白い!

 凄く読みでのあるエントリーであり、大変興味深く感じた。とにかく内容に厚みがあるのでこのようなテーマが面白くて仕方がない(参照)。
 今日のテーマは、昨日の書評「感染症は実在しない―構造構成的感染症学(岩田健太郎)」で著者の表現をそのまま使うことに意味があったという「インフルエンザ菌」のことから始まっている。そういえば、昨日私が書いた、このエントリーについてのコメントは(参照)、詳細がすっ飛び、市民医療の問題にいきなり入ってしまった。まあ、私の関心が一番強く「市民医療」にあったので、結果として「インフルエンザ菌」にも触れなかった。それと、同書を注文したため、読めば分ると、高をくくっていたのも事実だった。
 話を戻すと、「インフルエンザ菌」と聞いて、奇異に思われる方もいると思う。インフルエンザは細菌感染ではなくウイルス感染だ、と言う認識はかなり定着しているのではないかと思うからだ。あはは、間違っているぅ、と、うっかり言っても恥ずかしいことではない。混同されやすいのは確かだ。何故「インフルエンザ菌」という名称なのかという背景が、後続の、脚気(かっけ)の原因は「脚気菌」によると言う誤りと並らんで説明された時、何だか歴史的な背景全てがすとんっと落ちる感じがした。
 細菌性髄膜炎を起こすのは「菌」であるにもかかわらず、インフルエンザ菌と未だに呼ばれているのは何だか、やはり変だが、この話がとても面白かった。昔の研究者の努力の軌跡を知って、現代医学が目ざましい進歩を遂げたのは、やはり明治からという事がくっきり見えてくる。
 そして、初めて知ったことに、「脚気菌」の存在が長く信じられ、その研究者の一人は、信じたまま昇天されたそうだ。その研究者に教えて差し上げたいとも思えてくるほど、身近に感じた。
 「脚気」で思い出したが、最近は内科医では脚気の触診はしないみたいだ。私は、毎年日帰りドックで年に一回の検診を受けている。内科の項目に無いからなのか?20年位前までは、内科で受診すると必ず仰向けに寝て、膝の反応を診たものだった。いつの間にかそれは必須ではなくなったのかと思って調べてみるとこう書いてあった(参照)。

膝蓋腱を叩いて膝関節が伸展する膝蓋腱反射は末梢神経障害の有無を見ている。脚気の多発していた1960年代頃までは健康診断の必須項目であった。

 嗚呼。
 と、思ったのは、私が診察してもらった医者の現役時代は終わったということだと思う。そして、私と同世代かそれよりも後の世代の医者なら、脚気を重視しないという時代に入ったということだ。原因がビタミンK不足だと特定されれば、栄養指導に移行する問題になるわけだ。なるほど。
 ますますおもしろくなってきたところに、笑っては失礼だがコッホの原則というのが出てきた。これは、片手落ちの研究だったということだが、昔は、あらゆる可能性を見越した実験ではなく、浅い部分であったという実例だろうか。しかし、ものすごく単純な項目で、たったあれだけの項目に当てはまれば、それは全て感染症の病原体に特定されたというのだから恐ろしいことでもある。
 ひとまず、今日のエントリーはここまでだが、うふふ、どうやら続きを期待できそうな感じの終わり方だ。

その後は、細菌によって特定されない病理を追求するかたちで、病原としての遺伝が注目され、そこから優生学が生まれてくる。

 遺伝の話題だ。
 先に言ってしまうと、自分の短所や気に入らない性格の部分を「遺伝」で片付けることや、親は、子どもの性格を誰に似たかなどと、それこそわけの分らない物を遺伝と混同しているのではないかと思う。ああ、でも、そもそも医学的な病理の遺伝とこれを混同しちゃ駄目ですよね。既に話を外してしまった感で失礼しました。
 続編が楽しみです。

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細ねぎとフライドポテトのサラダ(千切りじゃが芋のフライにレモンと鰹節)

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 昨日に続いて、単品での野菜料理の紹介です。今日は、細ねぎにしました。
 まず、お値段のことですが、以前は一束298円とか198円という認識でしたが、ふとスーパーの陳列に目をやると、二束で100円です。このところ、食品全般が割りと安値をつけているとは感じていましたが、ここまで値段が下がると、作る農家は、原価を割ってしまうのではないかと些か心配になりました。食品が値下がりするのは、以前は嬉しく思っていましたが、最近は同病相憐れむという気持ちです。
 さて、早速始めます。
 じゃが芋のさくさく感と香ばしさに、鰹節にしみ込んだレモンと醤油が上手く絡まって超美味しいサラダです。この暑さを吹き飛ばすためにも、葱などの野菜が含むビタミンAをたくさん摂取できるのでお奨めです。
 作り方のコツというのは、強いて言えばじゃが芋の千切りを均一に切りそろえる努力を惜しむなということでしょうか。と、こう書くと「そうだ!ポテトチップスを買ってくればいいや」と、既に脳内で目論むそこの君、あまり上手く行きませんよ。ポテトチップスにもよりますが、成型品だと水分を含んだ途端にふやけて食感がなくなります。そうでないものでも、家で揚げたじゃが芋の味に勝るものはありません。どうしても無理だとしたら、妥協点でスライサーです。これは、切り口がシャープではないため表面積が広く、その分、水分を早く含んでしまいます。ですから、賛成以下反対以上あたりの妥協です。

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 切りそろえる理由は、揚げる時間を一定にできるので、斑に揚がることを防げます。
 勿論、じゃが芋の食感が命のような料理ですから、食べる直前に醤油とレモンを鰹節にまぶしてから混ぜ合わせます。

材料

  • じゃが芋・・1個(90g)
  • 細葱・・1袋
  • 鰹節削り・・一掴み
  • レモン汁・・1/2個分
  • 醤油・・大さじ1

作り方

  1. じゃが芋の皮を剥き、1mm~2mmの厚みに2~3枚スライスし、切り口を下に置いて安定させてから同じようにスライスする。
  2. 最後までスライスしたら左手で右方向に倒し(右利きの場合)、スライスと同じ幅にスライスするたらさっと水に放ってでんぷんを流す。
  3. 2を笊に上げ、付近に広げて水分が残らないように吸い取る。
  4. 葱は4cmに切りそろえ、水に放ってしゃきっとさせる。
  5. 揚げ油を170度まで予熱し、少量ずつ揚げる。一度にたくさん入れると、油が膨張して鍋から吹きこぼれるので注意。
  6. 5のじゃが芋を狐色に揚げ、油を切って冷ます。
  7. 器に4の葱をこんもり盛り付け、6のフライドポテト、鰹節の順に乗せ、最後にレモンと醤油を回しかけて混ぜる♬

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鳩山氏、消費税で「菅首相、反省が必要だ」えっ?って思った話

 昨日触れた事でもあるが(「民主党の権力交代?(参照)」、9月の代表選に向けた動きがちらほら出てきたようだ。「なんか、じわじわ、菅政権終了ムードが漂ってきた。(参照)」と彼が軽くつぶやく時、当たる確立が高いと思っている。 このつぶやきも気になったが、私は、選挙前の政局の動きというのをこれまで抑えていたことがなく、なんとなくいつも後から過去に遡って慌てて動きを読むようなことをしていたため、情報が記憶からなくなる時がある。なので、あまり重要ではなさそうに思えても、しばらく追ってみようかとクリップを始めている。
 早速だが、静かだと思っていた鳩山さんは、首相を辞任したときに引退を表明したので、チェックの必要性がなかった。気にも留めていなかったその鳩山さんが、先日、後援会から、政治家としての志を全うすることが責任の取り方ではないのかと強く言われ、結果、続投するそうだ。この程度のブレ方には慣れているので、どうということはない。しかし、鳩山さんが持つ60票が気になった。

➠鳩山氏、消費税で「菅首相、反省が必要だ」YOMIURI ONLINE)

 代表選は、菅氏に批判的な党内最大の小沢グループ(約150人)の動向が最大の焦点となっている。鳩山政権では、鳩山氏と小沢氏の協力関係のもとで政権運営が行われていただけに、小沢グループとしては、菅氏に対抗するとなれば、鳩山グループ(約60人)の協力が不可欠だ。

当たり前だが、このように票をちらつかせるつもりはなくても、菅さんにとっては気になる数字だけに、鳩山さんには弱みを握られているようなものだと思う。ここで鳩山さんが菅さんに、ニュースに書いてあるように言ったかどうかは定かではないが、あまりふかしているとも思えない。が、呆れた。

同時に、消費税率引き上げについて、菅氏が鳩山政権で「自民党と一緒の主張をすれば、争点から消える」と主張したが、反対した経緯を明らかにし、「菅首相が一番発言しただけに反省が必要だ」と批判した。

 あれ?菅さんは鳩山さんに反目された、と今頃文句を言われるような発言をしたのだっけ?そんなに前のこと、ソースだって出てきやしない。それよりも、鳩山さんを含めた民主党は、自民党の考えとは違うという対抗的な立場と国民側の目線にたった野党という性質上から、そもそも反対ではなかったのかな?鳩山さんの取り上げるのはいつも部分的なところを切り出してくるので、民主党のマニフェストに一貫性がなく無責任だと言われる由縁だと思うが。
 と、思ったら、引き続きこのように仰っている。

 国家戦略室の機能縮小については、「前政権との違いを際立たせようと考えると、落とし穴にはまる。国民への約束だから簡単に外してほしくない」と述べた。人事についても「幅広く、(党内全体を)もっと上手に取り込むような人事をしたらよかった」と語った。

 おめえに言われたくねぇんだよ的発言で、笑った。これ、鳩山さんが発言する一番普通でまともな内容だとは思うが、鳩山さんが言うと価値がなくなる。「国民への約束」と言って約束を守れなくても、一生懸命努力したから良いのだという考えの持ち主だと思うので、菅さんに責任追求を迫るのは「しつこいんだよ」なんて、言われないか。盟友だし。
 でも、鳩山さんが持つ60票には菅さんはどう思っているだろうか。政局の動きは、仙石さんにどんどん情報が集まり、実権を握り始めているという状況では代表選に望むという意気込みとは裏腹に、情勢は厳しいのではないだろうか。

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 そういえば余談だが、昨日、管伸子さんが初執筆した「あなたが総理になって、いったい日本の何が変わるの (幻冬舎新書 か 12-1)By 菅 伸子」が出版されだそうだ。菅さんが「家庭内野党」とお墨付きの奥様だけにどのようなエールを送られているのか、ちょっと覗き見したいので、読んでみようと思っている。また、代表選の前だけに良いPRにはなるのかも知れないと思った。

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2010-07-22

極東ブログ「[書評]感染症は実在しない―構造構成的感染症学(岩田健太郎)」について

 この書評(参照)を読んで直ぐに昨日の私の書いた実体験のエントリーが思い浮かんだ(「医者の仕事」(参照)」。脊柱管狭窄症の治療経験から、市民生活に医療がどうあって欲しいかという部分にまで触れたが、医療従事者へのお勧めをも含めているというのは嬉しかった。しかしながら、その道は険しそうだと思っていただけに、どのような先駆けがあるというのかなんとなくうずうずしてくる。早速注文してみた。
 さて、その下りの部分だが、こう評している。

さらには日本のマスコミにおける感染症を含め、各種疾患に対する報道といったものとの対比のなかで、違和感をもって浮き立ってくる。そこが本書の結果的な面白さでもあり、現代医学がより臨床面において市民社会に語りかける必要があることも示している。

臨床医は率直に医療の事実を語り、市民に選択を委ねましょうという表明に、医療と市民関係への新しいあり方がよく示されている。本書の真価は、池田清彦的な構造主義生物学的な医学の見直しというより、臨床医の新しい市民社会への語りかけの態度にある。

 この臨床医の市民社会への語りかけとは、どのようなことなのだろう?昨日書いた私の例で言うところの、治療方針やその最終目的を患者に知らせるということにも該当すると思う。その点では日本は非常に遅れている。この遅れは、何故か?そういう疑問を長く持っているが、診療報酬には数々の制約があるためだろうか?医者は、患者の症状を聞き、その症状を緩和するための薬を処方する。自己負担の少ない保険対象者には山のように薬を出すのは、暗黙の了解だ。
 このように、開業医は、医院の経営と患者の確保に頭を悩まされ、体を疲労させている。その医者に、「独占市場志向」などの非難はしたくはないが、現実はそれによるためか、単に文化に対する保守体質だからなのか、そこは何が弊害となっているのか分らないにせよ問題はあると思う。
 特に反目しているとは思えないないし実態もよく知らないが、臨床医の立場から代替医療を施す医者を紹介するということは今まではあり得ないという認識しかなかった。市民は、人の噂や薦めを頼りに自分の足で探すしかないのだ。
 文末に、このように書かれている。

 と同時に、栄養維持が可能になり高度な医療が可能になった豊かで長寿の日本社会では、医療は、前近代的な致死性の疾病に対する国民厚生よりも、個人がよりよく生きる限界を補助するようなビジョンが求められる対象になってきている。
 そうした未来の医療の感覚を内面化していく著者のような新しい医師も増えてくるのだろうし、臨床を通して市民社会側から対話していく必要性の場も増えてくる。本書はその先駆けのようにも見える。

 この「個人がよりよく生きる限界を補助する」という下りが、なんとも気持ちを軽くさせる。生きる自由を感じる言葉だ。人が死ぬとそれは寿命だと言われるが、医療の躍進のお陰で簡単には死ねなくなった、と嘆くお年寄りがいる。たくさんの管を取り付けたまま、静かに寝ているだけの義母の闘病生活が思い出されて涙が出た。

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ピーマンが美味しい!ピーマンだけの炒め物

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 みず茄子を送ってくれた友人が、今度は、遠方だというのに、その畑に出向いてピーマンを収穫して送ってくれたのです。暑いところで取れる夏野菜は成長が速いためか、柔らかくてみずみずしい。比較して言うと、この諏訪の土地で取れる夏野菜は、特に茄子やピーマンは、皮が厚くて頑丈な顔立ちに育つのです。その代わり、朝夕の寒暖の差が大きいため味が濃くのります。ところ変われば品変わるなのなぁと、一人感心して眺めていました。 

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 貴重なピーマンを味わうためにも、何か特別料理はないかと考えたのですが、ピーマンが美味しく食べられる料理が既にありました。お弁当のおかずや肉や魚料理の付け合せ野菜としても美味しいです。夏の葉物のない時期には、特に助かるので紹介します。しかも、超簡単なのです。その代わりに、上質のバターのご用意をお願いします。味付けは、塩、胡椒、醤油だけなので、香りのよいバターがないとまったく話になりませんの。
 ピーマンを何個刻んでも、あっという間に食べてしまうので、相当量の確保が必要です。現に、我が家は二人ですが、この料理だと10個は食べてしまうのです。

材料

  • ピーマン・・10個
  • バター・・10g
  • 塩・・小さじ1/2
  • 胡椒・・適宜
  • 醤油・・小さじ2

作り方

  1. ピーマンを二つ切り、種を取り出したら縦長に5mmの幅で切る。
  2. フライパンにバターを置いて中火にかけ、バターが解けたら1のピーマンを加えて炒める。
  3. ピーマンに油がまわったら塩と胡椒で調味し、鍋はだから醤油を注して香ばしく炒める♬

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民主党の権力交代?

 政府の動きに関して何もないわけでもないが、9月の選挙までは実際は大きな動きが取れないというのが今の政府の状態だろうか。あれほど国民に不安の材料を提供してくれていた民主党も、参院選で大敗した余韻はいまだに残っているという点や、民主党代表選の結果を受けてから、連立の枠組みの話を具体化するということなのか、現時点では大きな動きにはならない模様だ。
 参院選は大敗に終わったが、国民の民主党に対する審判という点から浮かび上がる問題点は、管総理の軽率な発言が原因ということだけではない。政権交代後というおおきな括りから見ると、この政党では、公約が履行されなかったことに大きな問題がある。ねじれた国会運営をしなければならなくなったということは、民主党にだけ国政を任せられないという民意だ。誰に白羽の矢が立つのか分らないが、代表に立候補するのであれば、この十ヶ月間の総括、並びに今後の政策のビジョンを明確に提示しなければならないのは必須だと思う。
 このようなところから代表が決まるのが道理ではないかと思うが、なんとなくいやな予感もする。
 先日のニュースの深層で高橋洋一氏のコラム(参照)にもあったが、国家戦略局の機能を縮小し、首相に政策提言や情報提供をする「助言期間」にする方針が固まった。これには、表現に困るほどの怒りとも呆れとも言いようのない気持ちが湧いた。何が驚きかというと、参院選のマニフェストには、実現したことの二番目に掲げてあった(参照)にもかかわらず、選挙が終わった途端にこれを下げてしまったことだ。それで、もっと頑丈な機関を生み出すと言うのであればそれもよいとは思うが、そうではない。実際には、民主党の売りだった脱官僚が逆行することを意味している。
 政治主導をするためだったはずの国家戦略局がなくなると、官僚に依存することになる。では、誰が実務をこなすのかと思えば、官房長官の仙石氏しかいない。高橋氏の説明は道理にかなっている。それだけに恐ろしいのは、その推測だ。仙石氏に情報が集まれば、実質的な権力は仙石氏が握ることになると言うのだ。菅さんはもはやゾンビと化してしまったのか。

 こうなってくると、小沢さんの動きが確かに気になる。
このまま、9月の代表選に菅総理は出馬できず、なし崩し的に菅政権から仙谷政権になるのか、また菅総理が巻き返すのか、それとも、検察審査会の2回目の議決をみながら、小沢一郎氏本人かその周辺から出てくるのか

 先日、八丈島で釣りに勤しんでいたと聞いた。静かだなぁ、小沢さん。
 参院選後の民主党が、国家戦略局を外したことは、更にマイナスイメージのダメ押し的なだけに、ここで代表になる人物には相応の覚悟を以って政治に当たってもらいたい。と、そう願うのだが、配する駒がない。
 困ったなぁ、これ以上語りだすと私の方がオーバーヒートしてダウンしてしまいそうだ。
 暑中お見舞い申し上げます。

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2010-07-21

極東ブログ「カイロプラクティックと米社会」について

 うーむ。やはり厚労省で認められていないと、いろいろと難しいのだと思った。第一に、「医業類似行為」としての扱いになってしまう上、当然医師会も認めないので、日本人の一般認識としてのカイロプラクティックは「偽医学」というレッテルが貼られやすいようだ。これについて正当化するようなことを書くと、罵倒の槍玉に挙げられてしまうのですね。「偽医学」と言う方々の気持ちに火をつけてしまうだけでは無責任に終わる上、エントリーの言わんとする本質部分が違った解釈で一人歩きをしてしまうのは言うまでもない。補足エントリーを書かれるのは筋だと思ったが、やはり極東ブログのこの一連のエントリーは正しく読まれていないのだというのも事実だ。
 極東ブログで一貫して話しているのは、アメリカではカイロプラクティックは、正規の医療行為だと認められていると説明しているにもかかわらず、「偽医学」だと、どうしても言いたい人がいるようだ。私の先日のエントリー(参照)も引用されて、わざわざ自身の無理解度と無知度をご披露された方がいた。その件で私も極東ブログと同様、誤解なきようにと一エントリー挙げたところだった(参照)。しかし、追加エントリーは突然の「おまけ」のような感じで嬉しいものだ。
 カイロプラクティックの創始者であるD.D.パーマーが息子のB.J.パーマーに、実は車で轢き殺されたという話があるそうだ。これはデマか事実かははっきりしないが、書かれている文献は「代替医療のトリック(サイモン・シン、エツァート・エルンスト)」(参照)。この書籍は、私を槍玉に挙げたブロガーさんの勧めていた本だ。なるほど、ホメオパシーをはなから「擬似医学」と思い込んでいるいる方々は、この本の崇拝者であり信者なのだろうか。エントリー中の引用を読むと、父親と息子の不仲が、息子の父親殺しの背景にあるとしている。これだけの文面ではそうかどうかも分らない。だが、読む人によっては、父親を殺したのは息子なのだと深読みするのかもしれない。これを公平にこのように言い定めている。

だが、同書の描写と「との見方もある」の文脈はあまり公平とは言い難いように思う。特に、代替療法の批判者が公平でないと見なされるなら、その批判も割引きされて読まれてしまう懸念もある。カイロプラクティックには、首への施術など危険と見られる施術もあり、この危険を的確に指摘した同書には、より全体的に公平な記述が求められるだろう。

 また、カイロプラクティックがアメリカで医療行為だと認められたきっかけの裁判が面白い。この裁判の展開を知って、日本でもこのような裁判が起こればよいのにと思った。発端は、医師会による市場独占のための数々の嫌がらせが、独禁法にふれた事だったそうだ。ここで勝訴したカイロプラクティック側は、誰からも邪魔されることなく開業へ道が開けたということだ。 
 今朝のエントリにも書いたが(参照)、私が以前かかったカイロオステプラクティックの先生は、近所の正規の外科内科医からの信望も厚く、互いが協力し合って、適材適所とでもいうのか、患者をお互いの分野に任せあうような仲のよい関係を結んでいる。このように、法律や規制、縄張り争い、市場独占などといった欲得をむき出しにさえしなければ、患者にとっては最良の体制になると思う。

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夏野菜のカレー風味スープ

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 夏野菜を使った熱いスープです。暑い時には冷たいものと思いがちですが、返って温かいものを食べるとその時は暑くて汗が出ますが、それが逆に涼しさを呼ぶと言うことにもなります。もともと発汗は、体温を下げるための体の仕組みです。おっと、ここにホメオパシーの原理が当てはまるのかな?とか直ぐに思ってしまいます。いや、あるかも。発熱したらお風呂に入ると言うのは、確か、そのような気がします。
 さて、関西で育ったみず茄子とピーマンのお荷物、第二便が届いたので、早速今日のスープに使わせてもらいました。みず茄子はあくがないのでスープの色が悪くなることもなく、何だか普通にカレー色が鮮やかに出来上がったのが嬉しかったです。このスープはカボナータ同様で、どんな野菜を入れてもそれなりに美味しくできるのです。また、カレー粉を少し加えてピリッとさせると、食欲も増進します。

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 スープの出汁は鶏がらで取るのがベストだとは思いますが、あいにく切らしていたので、手羽先を低音で茹でてスープを取りました。もっとショートカットすると、肉を焼いてから水を注して茹でるというのが一般的かも知れませんが、それよりもやや丁寧に低温で茹でるというだけの話ですが、余分な脂を抜き、肉がパサつくようなことも起こりませんので、是非一手間かけてみてください。
 鶏がらスープが取れたら鶏肉だけ引き上げ水気を切っておきます。この鶏肉は、後で焼き色をつけて香ばしくしてからスープに加えます。

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 別の鍋で、野菜を炒め、旨味を引き出してからスープを加えて煮込みます。この時、炒めると甘みや旨味が引き出されて美味しくなる野菜はどれか?というのは使う野菜を見分ける必要があります。また、軽く炒めただけでは旨味が引き出せないような厚切りの茄子やズッキーニなどは、フライパンでじっくり蒸し焼きにします。また、じゃがいもは一緒に煮込むと煮崩れるので、半分に切ってラップで包み、8分ほど電子レンジで蒸し、蒸気を飛ばしてから最後に加えます。
 煮込み時間は短めに10分程度で味付けをしたら出来上がりです。

材料

  • 鶏手羽先・・10本
  • みず茄子・・大3本
  • ズッキーニ・・25cm1本
  • パプリカ・・1/2個
  • ピーマン・・3こ
  • 玉ねぎ・・中1個
  • にんじん・・大1本(200g)
  • じゃが芋・・中3個
  • 水・・3リットル
  • ローレル・・1
  • 胡椒・・適宜
  • カレー粉・・大さじ2
  • 塩・・小さじ2

作り方

  1. 鍋に3リットルの水を溜め、洗った手羽先を中火で加熱し始める。
  2. 70度まで温度が上がったらあく取りシートをかぶせ、温度を保ちながら40分茹でる。
  3. その間にじっくり蒸し焼きにするみず茄子とスッキーニを1cm~1.5cmの厚みに切りそろえ、直ぐにフライパンにオリーブオイルを引いて並べて焼き始める。
  4. 次に、玉ねぎは縦に8等分、パプリカは横半分に切って交互に三角形に切り、ピーマンも同様に切る。にんじんは乱切りにする。じゃが芋は皮のまま半分に切ってラップに包み、8分蒸す。
  5. 1のスープから鶏肉を笊に上げて水気を切り、もしも、スープが濁っていたら火力を揚げてあくを浮かせて掬い取る。
  6. 大き目の煮込み鍋にオリーブオイルを引いて鶏肉の皮目に焼き色をつけて、別皿に取り出し、オリーブオイルを注し(分量外大さじ1)、玉ねぎ、にんじん、パプリカ、ピーマンを炒めてしんなりさせる。
  7. ここでスープを注ぎ入れ、3の茄子とズッキーニ、ローレルを加えて煮込む。沸騰し始めたら火を弱め、あくを掬い取る。
  8. 最後に、6の手羽先と4のじゃが芋を一口大に切って加え、煮立ったらカレー粉、塩、胡椒で味を調えて出来上がり♬

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医者の仕事

 昨日、極東ブログの「靈氣からレイキ」の話からオステオパシーとの関係性まで話が進んだことが面白かった(参照)。民間療法の範囲でしかないとはいえ、正統医学との差異やその治療の効果のほどを思うと、医療行為として認められればどれほど患者のためになるかと思った。この件で実際の経験に関して少し触れたが、ちょっと気になることもあるので書くことにした。
 私は、40代前半に、脊柱管狭窄症と診断された。子供サークルの活動などを積極的にやっているころだった。
 夏に子供のお世話をするスタッフとして忙しく、ややオーバーワーク気味だった時、突然右足全体がしびれるような痛みが腰からつま先の方まで走り、これまで経験した事のない痛みだと思っていた。次第に足が上がらなくなり、無理するとしびれて感覚がなくなるような状態へと移行した。明らかに悪化していると感じた。2~3週間しても治らないため、市内の整形外科で診察を受けると、脊髄の間にある軟骨の変形で中心部にある神経が部分的に圧迫され、末梢神経までいたずらしているための痺れや痛みだという説明を受けた。治療方法は、牽引して脊椎が窮屈になっている部分に余裕を与えるようにすると言われた。週に2~3回という頻度で医者に通い、この牽引を受けた。治療した直後は確かに楽になるのだが、長期的にはあまり改善したという実感はない。にもかかわらず、牽引後の気持ちよさが習慣性となり、痛みが走るようになると医者に行くことが何よりも楽になる方法だと思い込んでいた。
 が、半年もたったころだろうか、医者には毎日でも行かないといられないほど悪化していた。医者という存在が、私にとっては切り離せない存在になり、牽引の中毒患者のような気持ちなっている自分が変だと思い始めるようになった。実際、痛みは激しくなっているにもかかわらず、医者にそれを言えなくなってしまっていた。半年も通院して、初めて別の医者に診てもらう覚悟を決め、隣の市の某有名外科・内科医にかかった。診断は同じだったが、私が、牽引治療を半年も続けたことを話すと「正確に言うと、この脊柱管狭窄症というのは先天的なもので、治すことはできない」と言われた。これは初耳だった。つまり、痛みを伴うようになったら、その痛みを緩和するために牽引を行うが、それは治療ではなく、対処療法だとはっきり言われた。ショックだったが、医者にそう言われるとある種の覚悟ができるものだ。一生この痛みと付き合わなければならないのだという気持ちになると、無駄に楽になろうなどと考え悩む必要がなくなる気がした。
 しかし、この医者は続けて私にある提案を持ちかけた。自分達の医学とはまったく違うし、保険外でもあって治療費は高いが、腕の確かな先生を知っている。僕らにはこの脊柱管狭窄症は治せないが、彼らの治療方法では治せる。紹介するから行ってみるか?と聞かれ、真っ暗な気持ちがいっぺんに明るくなった。早速その治療院に電話で予約をいれてくれた。変な医者だと思ったが、自分らの医学では治せないと断言したあたりが正直であるし、返って信頼感と安心感を持てた。
 藁をも掴む気持ちと言うのはこういうことを言うのだと思った。痛くてたまらない腰が何とかなるのだと思うと、預かったレントゲンの写真を早く見てもらいたいと、足早に移動した。幸いなことに、直ぐ近くだった。
 先生から電話連絡をいれてもらっていたため、直ぐに治療が始まった。全身のバランスをチェックし、アンバランスな部分を調整するための整体が始まった。痛みや無理な力を体に与えるような整体ではなかった。軽くほぐした後に楽な呼吸の状態でカクンと骨を定位置にはめ込むというような気持ちのよい治療だった。治療前に、仰向けに寝ている私の左右の足の長さが3cmほどずれていたのが、治療後同じ長さになった。脊柱管のそばのあたりを指圧した後、これも軽い力で調整しただけだったが、かなり体が楽になり、立ってみると自分の体がふわっと軽くなった。また、痛みもしびれもとりあえずなくなった。この時点までは半信半疑だったが、翌日もその次の日も痛みが再発することはなかった。
 この治療の説明はこうだ。今までずれた場所に落ち着いていた骨を元の正しい位置に戻し、そこで骨が落ち着くまではしばらく定期的に通うように言われ、周三回が二週間、その後回数をどんどん減らして二週間に一回のペースになったのは三ヶ月目に入るころだった。この頃は、次の治療日がいつだったかも気にならなくなっていた。そして、遂に通院を止めてみた。三ヶ月たってもあの痛みや痺れは戻って来なかった。
 こんなことってあるのだと、信じられなかった。すっかりこの治療院が気に入って、娘の友達の運動部の子らにも随分紹介した。「野球肘」と言われるピッチャーが持つ腕の痛みや、キャッチーの腰痛なども皆診てもらったが、どんどん治っていった。嬉しいのは、体のバランスを整える程度に一ヶ月に一度くらいは治療に行くとよいのだが、それもすっかり忘れてしまうほど気にならなくなってしまうから不思議だ。
 私にとってこの経験は、忘れられない。最初のスポーツ医療を専門にする医師が、自らの医療の限界を知り、尚且つまったく正反対の治療法をとる整体だと言うのに、患者をどんどん紹介してしまうあたりの割り切りが気持ちのよい先生だ。治療院には、この医者から匙を投げられた患者が多くいるというのを後で知ったが、皆改善しているという話だった。
 骨が正常な位置に戻るための手助けだと言っていたが、それが自然治癒の道理というものだろうか。自分が抱えている傷みや苦痛は、何故私なのだ。何故このような苦しみに自分が会うのだろうか、とその不平等な状態に、神様の天罰としか思いようがなかった。そうやって諦めるしかなかったところに正に光がさしたようだった。
 昨日、オステオパシーの歴史に触れたとき、150年も昔に考え出された治療法が、多少の形は変わったにせよ、今でも何らかの流れにその考え方があるのかもしれないと思った時、西洋医学への疑問が同時に浮かんだ。私の知る仙台の医者は、その疑問から道を変えたし、整形外科の医者は、自分の学んだ医学による治療の限界をはっきり分っている。その上で、正反対の治療行為をするカイロオステ・プラクティックを認めている。これは凄い医者魂の持ち主だと思った。嬉しい話だ。

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2010-07-20

極東ブログ「靈氣とレイキ」について

 極東ブログ「靈氣とレイキ(参照)」を読み始めて、実は、「決文」へ飛ばし読みしたい衝動に駆られながらじっくり読んだ。また、最初の入り方が粋だ。慶応元年(1865年)に生まれた臼井甕男(うすいみかお)の五戒からこの話は始まっている。私のまったく知らない領域の話と人物の話から始まっているこのエントリーから、一体全体何が堀り出せるというのだろうかと、わくわくしながら読み進めた。
 タイトルの通り、「レイキ」というようにカタカナになっている理由が、臼井氏が始めた「靈氣」の歴史を物語っているのだ。
 そもそもレイキって何?って、そっちが先だ。特別の能力を有する人が手をかざして痛みなどを取り除くということらしい。本文を読めば分ることだが、このレイキの伝承に難しさがあるからだろうか、ごく少ないお弟子しか残すことができずに、その伝承者の都合もあって、ハワイがその本拠地になったそうだ。その後日本に逆輸入のような形でお弟子さんが広めたため「レイキ」と、カタカナになったと言うのは分った。
 途中、「真光」の話が出てくるのだが、これについて実体験としてわずかな記憶がある。
 私が高校生のころ、一部の大学生の中で「手かざし」が流行していた。あれは、真光と呼ばれるものだったのかもしれない。丸い水晶の玉を持っていたようだった。
 バスケ部に所属していた私は、夏の合宿のキツイ練習であっちこっちにガタが来ていた。更に、合宿には先輩がやってきて、シゴキが始まる。この時に混ざっていたある先輩が、熱心にこの手かざしをやってくれたのが記憶にある。手を体の近くに寄せて、しばらくその手を私の体にかざすだけなのだ。ちょっと不思議だったのは、その部分がもわもわしてきて暖かくなってくるのだ。血が通い始めているのだと言っていた。
 これが真光なのか手かざしなのか覚えていないが、当時、大学生の間で流行していたのは確かだ。流れは「靈氣」とはちがうのかもしれないが、昨日の極東ブログのエントリーで紹介のあった(参照)、オステオパシーがここで結びつくとは思いも寄らなかった。
 実は、胡散臭さたっぷりで、宗教的で、私はあまり好きではない系統の話なのだが、歴史を辿ると、その違和感が外れてしまうのが面白い。かといって、そのような超能力をあまり信じるというでもない。最近やっと、「気」は存在するのかもしれないと思える程度に進化してきた段階だ。まだ。
 最後の下りで、明治に日本に入ってきたオステオパシーとの関係に触れられている。明治というと、1968年から1912年だ。オステオパシーの拡大は1870年から1890年に最初にアメリカ各地で説いて歩いたとされているので、日本への影響は当然考えられる。
 私は、手かざしや真光は、いったい何処の誰が考え出したのかといつも気になっていた。何を根拠にそのようなことができる特定の人を崇め奉ることができるのだろうかと不思議でならなかった。オステオパシーのアンドリュー・テーラー・スティルの話は信憑性が高いと評価し、手かざしは胡散臭いという認識はそのままだが、私が通う整体の先生はアメリカで数年修行をされた方で、カイロオステプラクティックであり、カイロプラクティックとは違うと話していた。
 体のバランスを取ることを第一に言う先生だ。また、医者の指導とはまったく異なる指導を受ける。脊椎狭窄症の私は、整形外科医からはプールなどでウォーキングをしろと言われるが、カイロオステの先生は、痛みが伴わない程度に、現在行っている運動をするように指導される。わざわざ水の抵抗などを取り入れる必要などないということだった。また、外科では狭窄している部分を牽引して痛みを和らげるが、それは、反発が後からひどくやってくるので逆効果だと言う。これだけ違うにもかかわらず、改善してしまった。半年近く整形外科に通って悪化した痺れや腰痛が、今ではまったくない。そして、自分で家でできる腰痛運動なども指導を受けた。
 こう考えてくると、私が時々お世話になる先生は、オステオパシーの流れを汲んでいるのかもしれないと思えてきた。このところの極東ブログのテーマは、興味深い話で満載だのぅ。

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BBQで人気の骨付き鶏肉の食べやすくて速くて焼ける下ごしらえ

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 梅雨明け宣言された途端に青空が広がり、夕焼けがやけに綺麗に写り、真夏の天気に一変しました。水害が目立ちましたが、あのような天気が嘘のように過ぎ去ると、後に残る気持はさぞ複雑だろうと、遠くからお察しします。

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 さて、片手にビールでBBQが楽しめる季節ですね。今日は、ありふれた食材ですが、鶏の手羽元もBBQでは人気の骨付き肉だと思うので、食べやすく早く焼けるようにするにはどうしたものかと考え、実際にやってみた結果です。肉の下ごしらえをしないで焼くと、延々と焼く時間が掛かる上、骨の実離れが悪く、握った手から鶏肉が骨ごとその辺にすっ飛んでしまう事もよくあります。なので、今日の方法はお薦めです。

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骨を注意してみると、ももの付け根に近い方の関節に一部、尖って突き出ている部分があります。この部分から真下に骨の上をなぞるように包丁を入れて引き下ろし、肉を両側に開きます。丁度、観音開きです。筋が間接に密着している部分も切り離すと、骨を中心に肉が両側に綺麗に開くことができます。このまま骨をつけておいても取り除くのも自由ですが、骨付きのほうがBBQの雰囲気があります。
 この下ごしらえが終わったら、肉を柔らかくするためにオリーブをまぶして摺り込み、焼く直前に塩と胡椒をかけます。
 これだけなのです。

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250度のオーブンで10分でふっくら焼けたので、これなら炭焼きや、BBQコンロでも充分焼けると思います。

材料

  • 手羽元・・10本
  • オリーブオイル・・大さじ1
  • 塩・胡椒・・適宜
  • 付け合せの野菜
    • レタス
    • はつか大根のスライス

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ネットで起こりやすい誤解についての雑感

  昨日と一昨日に渡って書いた、ホメオパシーに関するエントリーから思うことだが、間違った解釈の上で議論され、さらに批判の対象になっているということが表面化した形になった。逆側から見ると、表面化したことで、正すことも訂正することもできるということもわかった。が、このようなことは、ネットでは稀なことだと思う。ホメオパシーを自らの人体実験で見つけ出し、いろいろな仮説からその真実性を求めて見つかった「代替医療」は、200年前にサミュエル・ハーネマン(Samuel Hahnemann) によって確立された。正統医療とはまったく正反対の医療行為であることから、当時に起こった旋風のほどが窺える。それが、現在では「疑似科学」と認識されているため、悪い医療行為の代名詞に用いられている。200年前に遡って、歴史は繰り返されている。
 残念に思ったのは、この「疑似科学」の認識は誤解で、正しくはこうだとした極東ブログのエントリーでさえ正しく理解されていない上、言及した私のエントリーが槍玉に挙がったことだ。その自然な流れで追うと、極東ブログの管理者を批判の対象にするために、私のエントリーを利用したような形ではなかったのか、と思った。
 内容が間違っているというご指摘ならいくらでも教えていただきたいものだが、残念なことに、個人的な攻撃の対象としているような文脈がこっそり織り込まれている。これは、ともすると名誉毀損に当たる。このような行為は、いつか火傷を負うことになると思うので、蛇足ながら、尚且つ老婆心ながら付け加えさせて頂いた。
 また、議論する材料を挙げて、それを正すという目的で引用し、それなりの説明がなされているのであれば尊敬もする。だが、残念なことに、文脈は、説明になっていない。私がエントリーで扱っている内容をご自身の説明のために取り上げ、別の次元という認識で説明されているが、食物アレルギーに対してアレルゲン物質を微量から慣らすというのは、ホメオパシーの「同種の法則」の応用である。従って、説明はナンセンスである。このような誤解は、極東ブログで説明されている「ホメオパシー(参照1参照2」が理解されていれば起こりようのないことだ。また、その部分に訂正も加えず情報を放置しておくのは二次的な誤解を撒き散らす元になるのではないだろうか。それは、ブロガーのモラルの問題だが、一番避けたいのは、本来のホメオパシーの意味を間違ったものとして読み手に認識させてしまうことだ。ついでに言うと、サミュエル・ハーネマンを冒涜する行為になることだ。
 問題にしたいのは、「誤解」に関してだ。先に白羽の矢を立ててきた側が何をしたいのか、それを知らずして論ずると話が混乱する。よって、非難の対象にしたいだけなのか、ホメオパシーについて議論したいのかを分離した上で、改めてその共通理解が必要だと思った。
 「ホメオパシー」について極東ブログが説明しているのは、「疑似科学」としてではない。歴とした「代替医療」として確立されている医療行為である、と言うことは理解されているのだろうか。減感作療法と代替医療は元は同じ理屈であると理解されていないのであれば、もう一度極東ブログで言及されている部分を読むとよい。

もしかして、逆に特定の病気については、類似の症状をもたらす薬物を施せばよいのではなかろうか? 古代から伝わる秘密、引き寄せの法則みたいなものである。

病気に抵抗する自然治癒的な力を引き出すように類似症状をもたらす薬物を投与すれば治療になるのではないか? 1796年、ドイツの医学誌にこの知見を発表し、1810年、「Organon der rationellen Heilkunde(医療技法の原理)」を著し、新しい医療を提唱した。

 疑似科学でもなんでもないということ、ここがポイントだ。ここを抑えていないと後で墓穴を掘る結果となる。などと解説するのも何だが、その必要を感じてならない。是非誤解に気づいていただきたいものだと切望して止まない。
 一昨日のエントリー(参照)についたトラックバック記事云々は、昨日のエントリーで取り上げたが(参照)、このようなケースは、氷山の一角でしかないような気がしてならない。

 

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2010-07-19

極東ブログ「オステオパシー(Osteopathy)」とホメオパシーの歴史的意味について

 昨日の極東ブログのエントリーで紹介のあった(参照)サミュエル・ハーネマン(Samuel Hahnemann)氏が、ホメオパシー(代替医療)の創始者だったことに続き、今日は、アンドリュー・テーラー・スティル(Andrew Taylor Still)はオステオパシー(Osteopathy)の創始者の話だ(参照)。と言っても、当てている視点が違うのがはっきりとわかる。このエントリーによって、今日、「代替療法」が誤解された概念として一人歩きをしている、ということがはっきりとわかる歴史的背景も見えた。
 昨日のコメント欄で、「減感作療法とことなり、ホメオパシーのほうは疑似科学と認識されていて似て非なるものと考えてよろしいかと。」というご意見を頂いた。そう、この受け止め方が一般的で、ごく平均的な日本人の概念であると教えて頂いたのだ。また、トラックバックも頂いた。そのリンク先でもご心配頂いているようだ。拙い文章で、些か誤解を招いてしまったようなので、加筆と追記をして、文章の形はそのまま残るようにして直したところだった(参照)。だが、間違った解釈というわけではなかったということもはっきりとした。やはり、物事は正確に知ることから始まるのだと思った。
 まず、トラックバックのリンク先(参照)で、私に是非読んだらよいとお勧めの「代替医療のトリック」が気になっていた。昨日気づいたが、極東ブログの該当エントリーにも参考文献として文末に加筆されていた(参照)。それを見て、注文して一度読んでおこうかどうしようかと迷ったが、なんとなく気が進まず、そのまま置いてある。読む読まないは兎に角、今日のエントリーで、オステオパシーの創始者が亡くなったあとに攻撃の対象という視点で書かれた書籍だということが窺える。本文にはこうある。

 オステオパシーもアンドリューが亡くなると変化しつつあった。正統医学と融合していったのである。結果、正統医学と組んで共通の的としてホメオパシーを攻撃することもあった。共通の攻撃対象があると、違和のあるグループがそれなりにまとまるのは世の常である。代替療法というのはそうした点からも攻撃する価値が多いものだ。

 こうした動向は、まあ、代替療法の王道に立ち返るということかもしれないが、これらの不思議な療法は、おそらくメソッド化したときに格好の批判対象になるのではないかという印象がある。

 うーむ。調べてみると、アンドリューが1828年に生まれて89歳で亡くなっているということは、1917年だ。「代替医療のトリック」の著者の生まれは、1967年となっている。偶然にもちょうど50年だ。また、ホメオパシーの創始者サミュエル・ハーネマンが生まれたのは1755年で、1843年7月2日に亡くなっている。サミュエルの代替療法が世間に認めらた後にアンドリューは生まれている。アンドリューも暗中模索をした同士ではあったとは思うが、残された者達の力関係から、代替療法が押しやられた形になったというのは言うまでもないことだ。ここで一つ、謎が解けた。
 また、昨日のエントリーの文章は誤解を生みやすいと判断したので、加筆したのだが、種痘や低インシュリンダイエットなどもホメオパシーの原理に則しているのではないかと思った。種痘は、天然痘の予防接種のことだが、日本では1955年以降は撲滅されたため、1976年に廃止された。つまり、残念ながら私の右上腕部には、その烙印が残っている。そういえば、ホメオパシーについて分りやすく説明している医師が見つかった。

➠日本ホメオパシー医学会に所属する小池弘人医師。現在、東京・四谷に開設した小池統合医療クリニックの院長

ホメオパシーの根本的な原理は、「症状を起こすものは、その症状を取り去るものになる」という「同種の法則」。例えば熱が出た場合、西洋医学では解熱剤を投与して熱を下げるが、ホメオパシーでは、これとは全く逆に熱を出す作用のあるものを体内に入れ、自然治癒力を活性化させる。

 また、「同種の法則」、「超微量の法則」、「震盪の法則」などについて具体例で説明されている。
 極東ブログの一連のエントリーで感じたのは、200年も前に発見された治療法が未だに議論され続けていると言う事実からみて、批判の対象にされて否定されても、真理を追い求めて止まない者がいる限り、研鑽され続けるということが何よりも素晴らしい。 

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Twitterで静かな話題の韓国料理「ジョン」

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 先日Twitterで韓国の「ジョン」の話が出て、「ジョンふうピカタは簡単でうまい。エントリ書くかな。」で終わっている話がある。ボツネタになってしまったのか準備中なのか。なかなかエントリーがあがりそうもなく、考えていたら食べたくなったので私流に作ってしまいました。ピッカータに固執したわけではなく、豚ロースのスライスを使ったチヂミのつもりで軽く作りましたが、ジョンの作り方で、何か面白い方法でもあるのかなと、「ジョン風ピカタ」も楽しみにしています。
 関連して、日本のお好み焼きが浮かびます。作り方は、私が知る中では広島焼きと関西風です。昔、歌舞伎座の裏手の東銀座のお好み焼き屋によく行きましたが、関西風の作り方でした。今は、個性的なお好み焼きが増えて、様変わりしているのでしょうか。個人的には、器で生地と具を混ぜて丸く焼く関西風よりも、「のせ焼き」の広島風が好きなのです。山盛りのキャベツが熱で圧縮され、二つ折りにして供してくれます。諏訪に一軒だけ、広島の人が経営する広島焼きのお店があり、そこで焼いてくれるのをて見ていて知りました。

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 韓国にも色々な作り方があると聞きますが、ジョンはチヂミの一種で、小麦粉と卵の生地を具につけてから焼く方法と、小麦粉を具につけて、解き卵をくぐらせて焼く方法があるようです。が、これも定かではありません。
 今回の方法は、どちらでもないといえばそうかな。もっと手抜きみたいな、、、。韓国の人に教えてもらった、家庭の作り方です。
 具は何でもよい。基本的には、全体がまとまりやすくなるような長い野菜、例えば、細葱、もやし、韮など。それと彩りとしてパプリカや人参も。魚介類や肉類も何でもよい。スライスの肉の変わりにベーコンも大変美味しいですよ(☞レシピ)。
 まず、つなぎの為の細長い野菜を決めます。これに、バットの上で小麦粉をまぶします。つなぎの解き卵の半分をざっくり絡め、油を引いたフライパンに均一に広げます。他の野菜をその上に散らし、バットに残った卵と小麦粉に残りの玉を加え、混ぜ合わせながら寄せ集めてまわしかけます。最後に肉のスライスで覆うように広げます。底の部分がはがれて動くようになったらターナーでひっくり返します。

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 いつもはここで松の実入りの酢醤油を流し込んで味付けするのですが、他にまだ焼く予定があったので、付けダレにしました。
 つなぎの丘ひじきは初めて使ったのですが、しゃきしゃきした食感でとても美味しかったです。強くお薦めです。

材料(25cm×2枚)

  • おかひじき・・80g
  • 人参・・5㎝
  • パプリカ・・1/4個
  • ピーマン・・1個
  • 豚ローススライス・・4枚
  • 卵・・3個
  • 小麦粉・・大さじ2

タレ

  • 松の実・・大さじ1
  • 酢昆布醤油・・大さじ2☞レシピ
  • 胡麻油・・小さじ1

作り方

  1. 野菜を洗って水気を切ったら、オカヒジキだけバットにのせ、小麦粉大さじ1をまぶす。
  2. パプリカとピーマンは縦に細長くスライスし、人参は適当に薄くスライスする。
  3. オカヒジキの半分を別に取り置き、バットに残したオカヒジキに卵の1/4量を絡める。
  4. フライパン(フッ素加工がベスト)に油を塗り、3のオカヒジキを平らに並べ、人参とパプリカ、ピーマンを散らす。
  5. バットに残った卵と小麦をスパチュラで集め、残りの卵の1/3を足して混ぜ合わせ、4に回しかける。
  6. 最後に豚肉を多い被せるように広げ、そのまま底から剥がれるまで焼き裏返す。
  7. 裏返したらターナーで所々押さえてむらなく焼けるようにする。
  8. 焼き上がったら切り分け、タレをかけて食べる♬

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2010-07-18

本シシャモのフライ(雄雌)

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 今日は、本柳葉魚(ししゃも)のフライにしました。滅多に入手できないのがこの本シシャモで、味は格別です。「本」と付くからには偽者があるのかという展開になるのが普通ですね。えっと、一般に市販されているシシャモは「カラフトシシャモ(カペリン)」又は「子持ちシシャモ」というような呼び名が付いていますが、キュウリウオという学名が付いていて、本物じゃありません。

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 ホンシシャモの特徴は、雌はオスよりも小振りで、お腹に卵を持っている時は、太っています。雄は、腹びれや背びれが堂々としていて、表面がやや黒っぽく感じます。味は、雌よりもコクがあって脂ものっています。雌は卵に養分をとられるのか、雄の方が年間通して美味しいです。
 軽く干物になっているのですが、これがまた、魚の味を凝縮させる技でもあります。塩焼きにするのであれば、少し干すだけでぐっと味がよくなります。今日のは丁度良い半生状態なので、焼くよりも丸ごとフライで食べてしまおうというわけでフライにしました。

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 干物は下ごしらえの必要がありませんから、そのまま表面に軽く小麦粉をまぶして卵液を通し、パン粉をつけて揚げるのみです。とても簡単。
 パン粉は例の如く油を吸いすぎないように細挽きにし、暑くて揚げるのが嫌なら、フライパンで多めの油で揚げ焼きにするか、オーブントースターの強火で焼きます。この時、温度を上げるためにオリーブオイルを茶さじ一杯ほどかけてから220度前後で7~8分ほど焼いただけでも充分美味しく揚がります(☞参考レシピ「揚げないエビフライ」)。
➠お弁当に

材料

  • ししゃも・・10尾(雄雌)
  • 小麦粉・・小さじ2
  • 解き卵・・大さじ2(同量のみず)
  • パン粉(細挽き)・・カップ1/2
  • 揚げ油

作り方

  1. 小麦粉を軽く刷毛でまぶし、卵液をくぐらせて細挽きのパン粉を満遍なくつける。
  2. 1にラップをかけて一旦冷蔵庫で30ほど馴染ませる。
  3. その間に付け合せの野菜などを用意する。
  4. 【揚げる場合】180度に油を余熱して揚げる。
  5. 【オーブントースターの場合】210~230度に余熱して、トレーに半分並べ7~8分焼く。残りも同じように焼く♬

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極東ブログ「サミュエル・ハーネマン(Samuel Hahnemann)」で思うこと

 今日の極東ブログの話は、興味深い話題だ。ホメオパシー(代替医療の一種)の話と結びついたのは途中からだったが、この医療の考案者が、医師サミュエル・ハーネマン(Christian Friedrich Samuel Hahnemann)だったとは知らなかった(参照)。下書きしていたエントリーを取りやめて、この話題に乗ることにした。
 私は、ホメオパシーのことはよく知らない。というか、医療のことはまったく知らないのだが、勿論、関心はある。そして、ホメオパシーに関して知っているといえば、松本にある信州大学医学部が食物アレルギーでの実験的な治療をしていて、効果を上げているということくらいだ(サミュエルの説明するホメオパシーと根本は同様、という意味において)。極東ブログに書かれている時代的な流れを汲んでいるとは思うが、歴史的な背景の中で、仮に私がその医療を当時受けただろうか?と想像すると、そんな実験的な段階で試すほどの勇気の持ち合わせはないのではないかと思った。しかし、現代の医療で、このホメオパシーが通用しているということは、歴史に勇気ある人達がいて、それを実証してきたからこそなのだと思った。
 食物アレルギーの治療で、このホメオパシーがいかに生かされているかという例は印象的で、これは、実際に効果を上げているという例だ。自分の例を上げてみると解りやすい。
 私は、生の鯖と牡蠣に強いアレルゲンがあり、その症状は死ぬ思いと言っても良いほど苦しいものだ。末の息子の出産後、抵抗力の減退が手伝ったのか、それまでまったくアレルギー反応を示さなかった鯖にやられた。食後二時間後くらいだったか、猛烈に痒みが走り、かきむしったあとが蚯蚓腫(みみずばれ)れになって変だと思い始めた。と、同時くらいに息苦しくなり、物凄い不安感に包まれた。咄嗟に、このままでは死ぬのではないかという思いが過り、直ぐに医者に走った。診断は、鯖によるアレルギー反応で、かなり強いとの事だった。本当に死ぬかと思うほど息苦しく、内蔵も、喉の粘膜も、皮膚と同様に晴れ上がり、窒息寸前だった。
 アレルギーを中和させる注射と投薬で、一時間後にはかなり楽になったが、医者によると鯖は10年は食べない方が良いだろうと言われた。がっくりきた。無類の鯖好きが食べられないのだ。いや、帰宅途中でそう思ったわけではない。勿論、あの苦しみの後だけに、鯖が食べられないことなど命と引き換えにするものじゃないとさえ思ったが、時間が経つと、悔しさのような思いに移り変わった。食べたかった。
 このように後天的にアレルギー反応を起こす場合と、先天的な場合とがある。信大の例は、生まれながらにして特定の食物に反応する子どものホメオパシーによる治療の例だった。だと思った(ソースを確認中)。
 強いアレルギー反応を示す食べ物をあえて少しずつ摂取し、実際にアレルギー反応を起こさせながら抗体をつけるという治療法だ。摂取量も、アレルギー症状に応じて増やして行き、最終的には食べても反応を起こさなくなり完治するというものだった。この治療は、あくまでも医師の管理下で行うのが必須で、素人の感覚でできるものではないということだった。このことを知った時「荒療治」という言葉が浮かんだが、医学的根拠に基づいている治療法として画期的だと感心した。本文中のサミュエルが、ホメオパシーを思いついたきっかけがまた、信じられないくらい身近な体験からだと知って驚いた。

 そういえばとサミュエルは思うことがあった。薬物投与をすると、一定の効果の後に逆の症状が出る。例えば、アヘンを投与すると多幸感になるがしばらくすると逆に抑鬱状態になる。これは、もしかして、人間の身体が薬物の影響を均衡させようとする仕組みを持っているからではないか。
 であるなら、サミュエルは考え続けた、病気に抵抗する自然治癒的な力を引き出すように類似症状をもたらす薬物を投与すれば治療になるのではないか? 1796年、ドイツの医学誌にこの知見を発表し、1810年、「Organon der rationellen Heilkunde(技量技法の原理)」を著し、新しい医療を提唱した。

 ホメオパシーも一つの治療法だと思ったが、例えばこれが不治の病である難病や癌治療に効果を見るとしたら、是非治療して欲しい人が一人いる。
 そういえば、親友が不治の病である膠原病に突然かかり、治ったことで知った仙台の医者は凄い。末期の癌患者の癌細胞をも自然治癒させてしまう治療をする医者だ。一体どういう治療をするのかと聞いて、また驚いた。
 私も直接話したことのある先生だが、基本的な考え方は、病とは人の心身のアンバランスから起こるというのが第一にあり、治癒力と考えられていることは、バランスを正常に戻そうとする体の働きだと言っていた。その働きを促す為に必要な薬草を何種類も組み合わせて、患者の疾病に合わせて処方してくれるということだ。処方した漢方薬の効果の程が最大値として求められるまで、数回通院し、あとは、処方された通りに薬(煎じ薬)を飲むだけだ。煎じ薬の値段は、五千円~一万円なので、特に高価というほどでもない。親友の膠原病は、1年以内で症状と血液検査の結果が良好に転じた。この時は、本当に信じられなったが、こういう医者もいるわけだ。この医者の考え方とサミュエルの話は、元は同じだと思った。また、このような考え方なので、特定の病気で掛かる医者というわけでもなく、全ての内科的な疾病に関して相談できる医者だ。抱えている病気があって、治療の可能性は全て探し尽くし、もう諦めているという人がいたら、最後にこの医者がいる。まだ、可能性は残ってる。

※電話での相談も受け付けてくれる先生なので、必要な方は私のプロフィールページからメールでお知らせください。

追記:ホメオパシーは、疑似科学のように認識されているようだが、今回の極東ブログのエントリーは、ホメオパシーの背景を知り、意味を正しく理解するために有意義だと感じた。信大の例についてだが、「減感作療法」という言及はないが、呼称は、そうだったのかもしれない。だが、その方法とサミュエルの説明が一致するため、同種としての扱いでなんら疑問はない。ただ、世間の多くの人のホメオパシーに対する間違った見方とは大きく違うことでもあり、拙い文章が誤解を生みやすくしたように感じた。その部分については、訂正の線引きを入れ、「()」で追記した。また、ホメオパシーを正しく理解すると新たに気づくこともある。例えば、種痘や低インシュリンダイエットなどもホメオパシーと言えるのではないだろうか。

続編はこちら➠

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2010-07-17

マグロの尻尾肉のレモンマリネ

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 今日は、はじめて食べるマグロの尻尾の部分です。亡くなった私の叔父が料理の専門家だったということは既に話しましたが、叔父がいつだったか、鮪の尻尾の肉は旨いよと、言ってたのを覚えていました。機会があれば食べてみたいと思っていたのですが、なかなか市販ではなく、かといって血眼になって探していたというほどでもないのですが、たまたま目に付いたので、早速購入。

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 この尻尾というのは魚の「アラ」の扱いです。一般的には料理しないで捨てられる部分ですが、叔父の話では、塩をまぶして炙れば美味しいということでした。そういえばと思い出したのが、鯵の干物などの尻尾の部分のほんの僅かな身が、実は私は好きです。あそこを丁寧にとって食べるのが大好きです。歯ごたえがある上至福の味わいがあります。エビフライの海老の尻尾も好きなので、ちょっと変わっていると言われればそうかもしれません。

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 さて、鮪というのは臭みの強い魚ですから、塩焼きというよりも、身を塩で〆てから加工したらどうかと思い、まず皮を切り取り、骨の間の身だけをブロックにしました。ここで、先日作って存外に美味しかった鯖のレモンマリネ(☞レシピ)を思い出し、早速同じように作ってみました。

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 結果は言うまでもなく大変美味しかったです。叔父の話は確かだった。この料理のネックになるとすれば、鮪自体の臭みでしょうか。私は平気ですが、でも、この方法は、塩で〆て臭みの元になる肉汁を出してしまうので、サッパリとし、身も締まるので大変効果的です。また、多めに塩をしますから、揚げた後はレモン汁に浸すだけで充分な味付けとなります。鮪の尻尾を見かけたら、是非お試しを。

材料

  • 鮪の尻尾(骨付き)・・600g
  • 塩・・大さじ1
  • レモン汁・・1.5個分
  • 片栗粉・・大さじ1
  • 揚げ油

作り方

  1. 皮目を下に置いたまま薄く包丁を入れて、転がしながら皮を剥く。
  2. 骨に沿って包丁を入れ、身を骨から外し、ブロックで切り出す。
  3. 2を8mmくらいのスライスにする。
  4. バットに塩の半分を振り、3のスライスを並べて残りの塩を振り、ラップで覆って冷蔵庫で1時間以上寝かして〆る。
  5. 4から水が出たら取り出してキッチンペーパーで吸い取り、片栗粉をまぶす。
  6. レモン汁を絞る。
  7. 揚げ油を180度に上げ、5をカラッと揚げ、油を切ったら6のレモン汁に浸ける♬

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極東ブログ「日本病化する米国、日銀化する米連銀、白川さん化するバーナンキさん」について(その2)

 昨日の極東ブログのエントリー「日本病化する米国、日銀化する米連銀、白川さん化するバーナンキさん(参照)」については、既に昨日書いた(参照)。が、どうも胸の中で居心地悪く、これは何だろうか?未消化の部分やその大元に不安があるからだろうか。それも政治に期待が持てないという諦め感も手伝っているのだろうか。ちょっと整理の意味も兼ねて、再度書いてみることにした。
 ネットのニュースをパラパラしていたら、「「3年は辞めないで」に菅首相「やります」(YOMIURI ONLINE)という、こぼれ話があった。私の悪い癖で「ダメなら交代」と考えてしまいやすく、この菅さんの発言でげんなりした。ただ、現民主党に総理の器がないのも事実で、この政党から菅さんを含めて日本の「首相の器」はない。器としては小沢さんというのもあるが、今の民主党の体制では立たないかもしれない。結局、辞めても続投でも結果的にはあまりよくないということだ。
 Newsweekのコラムの「日米の政局に共通点はあるのか?(冷泉彰彦)」は、日本にとってアメリカの状況がどのように参考になるか、というような視点で見ている。が、昨日の極東ブログのエントリーではっきりと見えたことは、アメリカは日本のデフレスパイラルにかなり近い状態で、厳しい不況と雇用問題の払拭、連銀のリフレ政策の促進など、経済学者から指摘を受けている。そして、「日本みたいなばかなまねはしないでくれバーナンキ議長」とクルーグマン氏は訴えている。危機感が何処にあるかという点で、もはや、両国の比較はナンセンスのようにも感じた。これはNewsweekの批判ではなく、私自身が、国家の将来にとって救われる道はないのかと模索している中、取捨選択のような発想からそう感じたまでの話だ。
 何を隠そう、やはり、極東ブログの最後の下りは、精神的にダメージが大きいのだと思う。そこで触れている「事の重大さ」などには目もくれず、日本の首相をはじめ、政治家がやっていることや発言している内容に、何一つ経済政策に付いて触れないのが不満なのだ。その表れの最たるものだと思うが、全国の知事会から税制改革論求め声明が出された(NHKニュース)。参院選が終わって結果を待っていたというタイミングだ。痺れを切らしてきているのは何処も同じだと思った。政府は、この状況をどう見ているのだろうか、または、見ていないのだろうか。

「国政は一刻の停滞も許される状況にはなく、与野党双方が直ちに協議機関を創設して、しんしに協議し、実効ある施策を速やかに行うよう強く望む」としています。そのうえで「厳しい日本の財政状況のなかでは、消費税の引き上げを含む抜本的な税制改革は不可欠だ」

 知事会から出されているこの消費税増税問題は各論であって、これだけを解決すればよいという問題ではないと思う。デフレで増税する事に何のメリットもないからだ。政府は、これにどう対応するのだろうか。このようなことに応えられる政府であったならば、国民感情をここまで悪化させることもなかっただろうと思う。根本の解決をするのであれば、リフレ政策を施すことだと経済学者は説いている。
 菅さんがあと「三年は辞めない」というのであれば、「第四の道参照)」だけはやめていただきたい。

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2010-07-16

極東ブログ「日本病化する米国、日銀化する米連銀、白川さん化するバーナンキさん」について

 タイトルを見ただけで、アメリカがヤバイ事になっているというのはよくわかる(参照)。アメリカの失業者の生活を失業保険延長で救うのか、雇用問題を片付けるのか、いや、その前に景気を上向きにする必要がある。そのためには、市場に活気を取り戻すためのリフレ政策をせよといった流れを経て、アメリカがやっと問題の核心部分に辿り着こうとしている。だからタイトルは、正しい。そのマンマだ。
 経済学者のクルーグマン氏は、ニューヨークタイムズのコラムで、アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長を辛辣に批判しているそうだ。そりゃそうです。国が「回復不可能な沈みゆく道だった。」と、日本のように後で手遅れになるのが解っていれば、当然突きまわしでもして気づいてもらいたいと、願わずにはいられないが普通の人間だ。
 私もここに散々書いてきたが、日銀総裁の白川氏は、恩師の愛ある言葉にも耳を傾けることなく頑なに「日銀流理論」にとっぷり漬かりきって、国民の悲鳴を聞き入れてはくれない(参照)。日本のデフレが如何に深刻かを知るならば、アメリカが同じ道を辿るわけがないと言いたいが、どうもアメリカは学習できないようだ。
 結論はそういうことなので、日本に住む人間なら誰でもアメリカにその道の辿り方は教えてさし上げられる。ただ、今回のエントリーで気になったのは、エントリーの半分以上を占める長きに渡って議会の票の割れ方や、オバマ氏への人望などの背景を、他ソースの引用をして詳しく説明している。ここを注意深く読んで見えてきたのは、アメリカ政府はデフレ状況をはっきりと認識していないということなのか?議会で意見が割れたり、可決できないでいるような状態というのは、現実が見えていないということなのか?そのような状況が続けば、国には錯綜がおこるという具体例でもあると思う。日本は、デフレ経済を20年も抱えてきているというのに、現在もまだ血迷っている。馬鹿じゃなかろうか。
 また、オバマ氏支持に関して、側近が理解できていないというのも日本と同じだ。この状態をクルーグマン氏が、馬鹿な日本を比喩に持ってくるのも道理だと思う。見える人には見え、見えない人には見えないと言うものだ。
 そして、疑問と言えば、日銀の白川氏同様に優秀なバーナンキ議長は、何故日本を見て、アメリカを救おうとしないのか、この疑問が解ければ白川氏にも火が付くのではないかと、逆に思った。が、その答えは、

政治的な背景によるものだという見方がニューズウィーク所属ダニエル・グロフ氏「Does Anyone Care About Unemployment Anymore?」(参照)にあり興味深い。

グロフ氏はバーナンキ氏の背景に大政党の政治の問題を見ている。共和党にも民主党にも都合のよい政策ではないということなのだろう。
 政治だけではないのかもしれない。そうグロフ氏は見ている部分もある。バーナンキ氏の考えというよりオバマ政権側の対応としてだが、現時点では失業に手を打たないとしているのかもしれない。

 結局、危機感(切実感)のない政府が経済政策を開始しないことが問題だということにありそうだ。つまり、前段のオバマ支持、不支持にくすぶっている政党の都合が優先し、連携が不在なのだろうか。それとオバマ氏との信頼感関係の欠如が、政策を推進するエネルギーにならないということだろうか。まあ、政治家は日銀のせいにすることではなく、連銀(日銀)が動かざるを得ないような法律を作るとならできそうなものだ。
 日本の政府は、本題を外した無駄な議論をしているだけで、経済問題に焦点を当てて来なかったどころか、そのままねじれてしまった。この辺りは、今朝のエントリー「民主党の気になる今と今後の動きについて」に書いたばかりだ。しかも、菅総理は、選挙の大敗を自ら謝るという一週間に終わった。誰も経済問題を考えていない。日銀総裁の噂も聞こえてこない有様だ。

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収獲した紫と黄色のじゃが芋でサラダ&ソテー

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 とても残念なことから。
 育てたじゃが芋は今年四種類あって、名前が分からなくなるといけないと思い、名札をつけてあったのですが、風で飛んでしまって紛失しました。つまり、名前がわからないじゃが芋なのです。男爵とメイクイーン、それと、今日のサラダで使った赤い皮で身が黄色のアンデスははっきりしているのですが。紫の斑点が点在する果肉のじゃが芋は分からず仕舞い。ネットでもみつからないのです。ということは新種なのだと思います。色鮮やかなマッシュポテトができるかなと、楽しみにしていただけにここで名前がお知らせできないのが残念です。

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 早速、掘り出した直ぐにマッシュしてサラダにしました。里芋のような決めの細かさで、粘りもやや強く、実は甘さがあります。マッシュした後、いつものようにリンゴ酢を下味につけるためにふりかけたと同時に色がピンクに変わったのを見て、何か色のアクセントを付けたいと、思いついたのがアンデスの小芋です。直径が2cmもないような、小さなころころとしたサイズです。早速茹でて二つ割りにして一緒に和えました。ね、可愛いでしょう?
 作り方は、じゃが芋サラダの手順です(☞レシピ
 半分に切ったじゃが芋の切り口をぴったりくっつけてラップで包み、レンジで8分蒸します(竹串を刺してスッと通ればおっけ)。その間に、モロッコインゲンを塩茹でして一口大に切り、小芋も塩茹でします。レンジでじゃが芋が蒸しあがったら火傷をしないように皮を剥き、マッシュします。ここにリンゴ酢を振りかけて下味をつけます。別のボールで玉葱と隠元にマヨネーズ、塩、胡椒を加えて混ぜ、下味をつけてからここにマッシュポテトを加えて混ぜ合わせます。※今回は癖のない味にするために、にんにくは使いませんでした。

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 また、芋類などの味が一番顕著に分かる料理方法でもあるそのまま焼くという方法もお薦めです。皮を剥かずに5mm程の厚みに切り、オリーブオイルを引いたフライパンに並べて焼き色がつくまで焼いたら裏返し、同じように焼きます。焼きあがった、美味しい塩を一振りしていただきます。

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材料

  • 紫のじゃが芋・・270g
  • アンデスじゃが芋・・50g
  • マヨネーズ・・大さじ2
  • リンゴ酢・・大さじ2
  • 塩・・小さじ1/2
  • 白コショウ・・適宜

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民主党の気になる今と今後の動きについて

 菅さんの顔が最近変わったなと感じる。選挙の疲れだと報じるメディアもあるようだが、見てると10年くらい歳をとった感じがする。9月の衆院選までに菅さんはいくつかの難局を越えなければならないというのに、参院選後の人事にもキレはなく、閣僚はフリーズしたまま持ち越すと決めた影響が未だに尾を引いている。この辺もなんとなく男性的な感じがしない菅さんだ。家庭内野党の反骨に合っているのだろうか。本来、選挙の全責任は幹事長であるはずだが、総理自ら過去の代表に謝って回っているらしい。記者のインタビューに答える形で、次のように話している。

「(民主党代表経験者に)私の消費税に関する発言などで、大変重い選挙になったということについて、おわびを含めた報告をし、小沢さんにお会いできれば、他の代表経験者と同じような形で、選挙についての報告というか、消費税については同じような形で申し上げたい」(菅首相)(TBSNewsi

 一国の首相が選挙後にこのようなことを引きずってこの週を終わるというのは、本業を疎かにしてはいないかという疑問も湧いてくる。それというのも、枝野氏を切れなかったためだ。選挙の大敗は、自らの責任だとしたからにはこれも仕方のないことだ。ただ、こういう菅さんは、腹黒い人じゃないとは思うものの、一国の首相には不向きだと思う。ビジネスの世界では、首切りに関してはもっとドライに行われている。このデフレ不況の中で、いきなり仕事を無くした国民の悲痛な声は届かなかったのだろうか。政治家さんたちは、お風呂の湯加減はいつも適温で入れるのだなあと思うと、距離を感じる。
 そんな矢先、鳩山前総理とアメリカとの間に交わされた移設案は、早くも変更の模様だ。

➠辺野古「埋め立て」に回帰 「くい打ち桟橋」方式は断念(asahi.com)

 代替施設をめぐっては、鳩山由紀夫前首相が在任中、くい打ち桟橋方式での建設を検討していた。しかし、防衛省が試算したところ、工費が1兆円以上かかり、従来計画の約4千億円を大きく上回ることが判明。工期が長期化し、14年の完成期限から大幅に遅れることも分かった。米政府も「攻撃に脆弱(ぜいじゃく)」と反対しており、現実的ではないと判断した。

 当然、沖縄住民がこれを許すわけでもないので、「案」としてアメリカと調整しているだけで終わるようなことなのだろうか。
 9月の衆院選までの菅さんの課題として「普天間の工法を決定しなければならないのと、7月の臨時国会、郵政改革法案だ(参照)。」があると先日整理してみたが、臨時国会の議長選出では、輿石氏の名前が挙がったと知った時には驚いた。郵政法案に始まり、強引な裁決を強行した民主党参院の議員会長だ。この人物が議長になろうものなら野党から反発が来るに決まっている。このような人物の、名前だけでも挙げるとは何事かと思った。

➠輿石氏民主参院議員会長留任へ 民主、参院議長は西岡氏で調整(MSN産経ニュース)
参院議長人事は15日、民主党が西岡武夫参院議院運営委員長(74)の擁立で調整を進めることになった。当初輿石(こしいし)東(あずま)同党参院議員会長(74)が有力視されたが、与野党の勢力が逆転した国会運営を乗り切るには「党内に影響力がある輿石氏で結束するしかない」(参院幹部)と、留任する見通しとなった。

 個人的には、野党から選出されてもおかしくないと思っていただけに、第一党から選出されるのが道理とあっては仕方のないことだ。
 さて残るは郵政改革法案だが、今のところは特に動きはなく、相変わらず国会で通すという姿勢は変わっていないようだ(参照)。が、衆院で可決する為の動きとして、社民党が民主党と国民新党に加われば318議席となる為過半数に達する。民主党は、歩み寄りを促している状態らしいが、社民党の瑞穂たんがうんと言わないかぎりこの話は進まない。
 なんだか、民主党はこの人にしてやられているわけだ。鳩山さんが普天間基地移設問題で暗礁に乗り上げた時のキーマンは、彼女だった。突然連立から離脱されて、鳩山さんの椅子にガタがきた記憶はまだ新しい。小悪魔的存在なので、今後どう調整して来るのかに期待したい。
 菅さんの話に戻るが、これらの事の解決が急がれていると言うのに、菅さんの頭は、どうも9月の衆院選に飛んでしまっているのではないだろうか。首相就任直後に「静かにしていてもらいたい」と、小沢さんを切り、小沢さんの選挙活動も非常に慎ましやかなものだった。が、その小沢さんに、今度は自ら「謝りたい」としているのは、媚(こび)を売っているのではないのかとも思う。菅さんが、衆院選で再選を目論んでいるとすれば、今度は小沢さんの100とも150とも言われる票が欲しくなったのではないか?参院選での自らの失態は、当初、想定にはなかっただけに、当時小沢さんをあのような形で追いやってしまったのだと思う。ところが、小沢さんは、まったく姿を見せない。菅さんには返事も返していないそうだ。
 小沢さんについて言えば、100とも150とも言われる人達を引き連れて民主党から出てゆくことも考えられる。自分の政治理念とは違うとなれば決断は早い人なので、民主党には既に未練もないのではないかと個人的には思う。これまでも、そういうことをしてきた人だ。ただ、小沢さんも若くはない。これから火を熾すにはそれ相当の時間を要するのではないかと思うと、まさか、民主党から離党するというようなことはないだろう。どのように思い留まるのだろうか。

 

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2010-07-15

夏場にぴったりの牛肉丼:料理時間10分

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 今日は10分でできる牛肉丼の紹介です。
 手早くできて、食欲不振を解決でき、栄養バランスも良い料理として定番の丼物は、材料さえ整えば直ぐにできる料理としても人気があります。私個人としては、ご飯を食べ過ぎてしまうので、極力ご飯を少なめにして、トッピングはおかずというバランスで食べています。
 今日の牛肉丼では、スライスきゅうりと玉葱をご飯にたっぷりのせています。この二品が絶妙な組み合わせとして肉によく合います。また、丼物でありがちな、噛まずに飲み込むということがなくなります。きちんと食感が残るので、ご飯と牛肉も一緒によく噛んで味わって食べることに気づくことでしょう。また、牛肉の厚みは、ごわごわしないよう、しゃぶしゃぶ用くらいのうすさが食べやすいですが、既に切って売っている場合が多いので、肉厚はよく見て買うと良いです。

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 必要な条件は、ご飯、割り下、が予め用意されていることです。割り下は、醤油と味醂、砂糖をバランスよく混ぜ合わせた手製の調味料です。作り方はこちら☞
 
フッ素加工のフライパンに油を塗って肉を広げ、中火で色が変わったら別の皿に用意した割り下を絡めます。肉の調理はこれだけなので、ご飯を盛り付け、きゅうりと玉葱を乗せて用意しておくと良いです。
 参考までに、今日のレシピと同じくらい簡単な丼物もこちらでどうぞ。
☞豚ネギ丼:ポン酢でサッパリ
☞豚肉丼:甘辛醤油タレでさっと焼くタイプ

材料

  • 牛スライス(しゃぶしゃぶ用)・・2枚(70g)
  • 割り下・・大さじ1.5
  • 玉葱・・1/4
  • きゅうり・・1/2本
  • 大葉・・適宜

作り方

  1. きゅうりはスライスして軽く水にさらしてしゃきっとさせておく。
  2. 玉葱は、薄くスライスして、辛い場合は水にさらして水気を切っておく。
  3. 割り下を皿にとり、フライパンに油を塗って、一口大に切った肉を並べて点火する。
  4. 中火でゆっくり焼き、裏返して肉の広が変わったら引き上げて割り下を絡める。
  5. ご飯の上に玉葱ときゅうりのスライスをのせ、4の肉を載せ、残ったタレをかけてでき上がり♬

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昨日の「ゲゲゲの女房」で泣けた話

 昨日のゲゲゲの女房の話には感動した。思わず泣けた。その部分というのは、大手出版社の雑誌の連載が決まった時だった。号泣ということではないが、じんわりこみ上げて来たあれは、後から、何故あの場面だったのだろうかと思っていた。普通に良かったねというのとは何か違う。水木さんと山本七平さんが重なって、日本の素晴らしい男性、と思っているところにあると思う。
 私の小中学生の時代のころの覚えに、確かにこのような男性を記憶している。それは教師であったり、友達の親であったりと、誰か特定というのではないのだが、本当に懐かしい思いがある。子どもながらに、なんて立派な男性だろうか、とか尊敬できたものだ。その元の尺度というのは、子供時代に読んだ伝記にあったと思う。コツコツと研究を重ねて見つけた科学の不思議から、色々な事を見つけ出す研究家や、学もなく貧しい暮らしから丁稚奉公し、そこで苦労しながら自分の生涯をかける仕事を切り開いたり。アフリカで動物と暮らす中で様々な研究を重ねた人物などだ。これらの人について書かれた伝記からインプットされているのは、何があっても自分の信じる道を地道に進んでいれば、何かしら開かれる道があるのだということだ。母親の影響も強かったのかもしれないが、子供時代にこのような伝記に触れておくと、自分の中に尊敬されるべき人間像、もしくは、尊敬する人間はどのような人か、など、人間を嗅ぎ分けるような力が備わるのだと思う。子どもなので伝記を読むとストレートな印象で入ってくる。それが成長と共に、実際の人との関わり等から、自分自身の物事に対する尺度のようなものに変化したことを、あの水木さんの一場面に感動した自分から気づいた。子どもの頃の刷り込みは母からが大半だと思っていたが、そうでもなかった訳だ。
 幼い頃に読んだ沢山の伝記で知ったような苦労人が、水木さんの生き様と重なって感動したのだった。また、伝記の人物だけではなく、もう忘れてしまったような過去に遭遇した人物にも重なって、自分の中にある、人を尊敬するという気持ちにぴったりと重なったためだと思う。
 水木さんのように、ブレない信念を持ち、それを外さないで生きていれば、そのうち大成するのだとも限らない。また、将来の大成を目標にしないところが凄さでもある。自分が前面にあるのではなく、あくまでも周囲がその実力を認めた結果というのが凄さだ。本物とは、周囲が認めることで、自分がアピールして人に媚(こび)を売ることではない。そのへんのさもしい人とはわけが違う。そして、泣けた理由はここにもあった。
 水木さんのような生き方をする人を認めるような周囲が、今の世の中にはいなくなってきたということに、何とも情けなくなり、泣けてしまう。高度成長期には、この「人生こつこつ」のような人には価値を置かれなくなってしまった。この時代を作ったのが団塊世代だ。高度成長の波は、違う価値観にすり替えられてしまった。美しい純粋な生き方や、人間の尊厳こそもめちゃくちゃにする時代を作ったのは、戦後生まれのその心の歪からだと思った。
 高度成長期の価値観に、この私もついて行かれなかったわけだ。本当に微妙な世代だと思う。水木さんのような人は、あの時代だったからこそ大成したのであって、昭和40年を過ぎたら人の価値観は変わった。
 自分のことを思った点がもう一つあった。奥さんが、古本を集めて、その中からテレビに関した記事だけをスクラップしていたが、あの姿は、何ともけなげな優しさだと思った。夫を支える妻の姿として、私の好きな姿だ。見返りを求めない純粋な心が伝わってくる。
 私もかつて会社に勤めた頃、同じようなことがあった。膨大な雑誌、業界紙などから目次を切り取り、必要とされている記事を切り取って分類整理し、それをカードで引き出せるようなシステムにする作業だった。KJ法の原始版のようなものだ。読み捨てされる雑誌でも、分類整理すると保存の価値のある内容のものも沢山ある。そこに目をつけたのだった。水木さんがスクラップが趣味だと知った時、なんとなくそのへんの意味がわかった。
 書き物は情報だ。これを必要に応じて保存するという昔のやり方がスクラップだが、そのページには人の心が通っている。現代の、Evernoteにクリック一つで切り貼りするといったことだ。ただ、それが、あのように書棚にズラッと並ぶ光景は、もう皆無だ。そういう人の体温が伝わってくるような物がないことに、些か寂しさを覚える。

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 誰かも言っていたが、最近、私も戦前の人に関心を持つようになった。戦前の人の生き方や生活などが垣間見れるような、そのような情景に出会うのが楽しい。 
 少し前に読んだ「昭和東京ものがたり どうしても書き残したかった“激動の時代の人びとの暮らし”」山本七平などもじんと来る。

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2010-07-14

極東ブログ「フィナンシャル・タイムズ曰く、それでも頑張れ、ミスター・カン」キターッ!

 ええええっ!菅さんにまたお遍路のお薦めでっか?てか、気持はよくわかる。枝野さんも頭丸めてお遍路行って来い!って、言われたりしている。以前、菅さんがお遍路の取材を受けて派手にパフォーマンスしたものだから、事あるごとに「お遍路に行って修行しろ」と言われてしまうようだ。
 お遍路と言えば、今朝のニュースクリップに私も同じものを混ぜていた。菅さんの骨髄反射的なインタビューだった。支持率が下がっていることをどう捉えているかと聞かれて「大変うれしいです」と、いかれぽんちな返答をしちゃったらしい。
 このような菅さんでも、今回のファイナンシャルタイムズはあまり腐すことなく、鳩山さんの後任なんで仕方がないかなというように留めている。どうしてかな?鳩山さんほどではないにせよ、リアルの菅さんも結構な役者だと思うが。何故?って聞くと「それはね、菅さんだから」って言われそう。それにしても、ファイナンシャルタイムズを取り上げる時の極東ブログの語り口が好きで。待っていました。いつもは一回転くらいの捻りでイギリス独特のユーモラスで軽快な文章に出会うのだが、今回は、半回転かな?
 一箇所だけ気になった。

The DPJ’s electoral victory last year raised hopes for a more open, less bureaucratic style of politics. With this defeat, the risk is that those hopes will now be dashed, returning Japan to the well-worn path of political inertia.
昨年の民主党選挙勝利は、官僚指向政治を弱め開かれたものにするという希望を点じた。が、この敗北で、希望も消える懸念がある。日本は毎度お馴染みの政治手法に戻ってしまうかもしれない。 

 ファイナンシャルタイムズは、「この敗北で」希望も消えたとしている辺りが、現実とは違うかなと感じるところだ。勿論こう言及している。

もっとも、フィナンシャル・タイムズとしても民主党の政治でいいとしているわけではない。前段では、それはひどいしろものだった("It has been a dreadful disappointment")とはしている。

 私の評価は、トータルで詐欺政権としか言いようがないので、それ以上も以下もないのだが。
 希望を持ったのは、政権交代前のかつての民主党が現自民党に対抗する野党政権として語り続けた絵に書いた餅なら覚えはある。政権が移ってから速攻で裏切りが始まったので、この時点で既に希望というものは無く、日々愕然と呆然の繰り返しで、支持は、落ちるところまで落ちた。そして、この選挙の結果が民意だ。と、ここまで書いて。意味の取り違えかも知れないと思った。「those hopes」とは、「菅政府の希望」か?国民の希望じゃなくて。もしかすると。と、なると意味が変わる。「菅政権が望みを失い、毎度お馴染みの政治手法に戻ってしまう」と、いう意味だとすると、自民党政治のこと?かすら?それなら話しの筋が通るが、真っ平御免な政党だ。

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らっきょを挟んだチキンカツ:ふっくらとした鶏胸肉

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 ピクルスは肉や魚料理の添えたりソースに加えたりして、味のアクセントにしますが、私は、肉の間に挟んでフライやポワレにします。相性が良いのは分かりきっていますが、発想を変えてみただけです。肉の間に挟むということは、その部分に空気の層ができるということなので、火の通り方が速く、均一に焼けます。
 また、ピクルスの酸味や味が肉にまろやかに広がって、味付けの代わりになってしまうのです。そして、食べてみてみないとこの細工に気づかないので、会話も弾む愉快な料理です。特に、らっきょが苦手だという人も、おそらく美味しさを見直すのではないかと思います。

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 方法は簡単。▶胸肉1枚を半分に切って、厚みの中心に包丁を入れ、切り離さないように開きます。▶ここに適当な厚みにスライスしたらっきょを並べ、反対側の肉を被せて閉じます。▶後は、小麦粉をまぶして卵をくぐらせ、パン粉をまぶします。
 パン粉の扱いですが、食パンで作る場合は、好みの大きさにきったり挽いたりできますが、市販のパン粉の場合は、粒は殆ど同じです。油の切れを良くするには、細挽きの状態がベストです。
 方法は、フードプロセッサーやバーミックスで挽くか、固い平らな場所に置いて麺棒を転がして潰します。又は、コップの裏側などでつぶします。

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 今日は、フライにしたので、揚げ油はたっぷり使いましたが、フライパンでポワレにする時は、フライパンの底が隠れるくらいの油で片面ずつ焼きます。この場合は、先に焼く側を好みの色に焼いて裏返し、火を通します。最初に焼いた方が表になるように盛り付けます。厚みを半分にしたのもあって、いつもより早く焼けます。

材料

  • 鶏胸肉・・1枚(240g)
  • らっきょ・・5~6粒
  • パン粉・・1/2カップ
  • 解き卵・・小さじ2(同量の水)
  • 小麦粉・・小さじ2
  • 付け合せ野菜
    • キャベツの千切り
    • 絹莢エンドウ
    • カポナータ☞レシピ

【ulalaさんちのご飯】

ulalaさんちのご飯

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「ねじれ国会」で郵政改革法案はどうなるのか

 9月の衆院選までに、この政府が処理しなくてはならない案件は、簡単には解決できそうもない大きな問題を含んでいると、昨日の極東ブログ(参照)を読んで確認したばかりだ。特に、郵政改革法案は、衆院ではわずか6時間で強引に裁決してしまい、「国営化」には反対の私としては腹立たしかった。そして、参院選で与党が大敗したため主導権が野党に変わった。このことは、この法案を前のように強引なやり方で通すというようなことにはならない、じっくり審議されるということにつながるものとしてよかったと思った。国会で結論を出すに足る充分な審議を経ての結論として、国民新党の提出している改革法案が可決されるのであれば、その結果には私も文句はない。
 さて、昨夕、ぼんやりネットのニュースを見ていたら、小さな記事だが嘘かと思うほど驚いた。

➠自見郵政担当相、郵政改革法案の臨時国会提出の意向を強調(REUTERSロイター)

臨時国会に向けた同法案の扱いは「動かざるごと山のごとしで、きちっと閣議決定したもの(法案)でいきたい」と、通常国会に提出した法案を再提出する意向を強調した。

日本郵政グループをめぐっては、郵便事業会社の「ゆうパック」での配達遅れや、ゆうちょ銀行のATMでシステム障害が生じるなどトラブルが相次いだ。担当相は「極めて遺憾」と述べながら「法律(郵政改革法案)を通していただいて、(郵政グループの)士気をあげたい」と語った。

 なんだか火事場泥棒的でいやらしいやり方をするものだと思った。ペリカン便を吸収して事業拡大を参院選前に合意したのも意図的としか言いようがないが、そもそも準備不足が講じて荷物に遅配が出たわけで、そこにかこつけて「士気をあげたい」とは、何と言うか、民間ではそんな事はあり得ないことだ。職業人としての意識のなさが講じて起きた業務上のミスは、政治とは関係ない。人の仕事に対する士気を上げるためにといいながら、亀井氏の長年の怨念を晴らす道具にして欲しくない。
 亀井氏は、かつてこの郵政民営化に反対だった為、自民党から離党している人物だ。郵政担当相辞任の再、民主党とはこの法案を採決するという合意文書まで取り交わしている。先の参院選では議席を失い、また「ねじれ国会」という結果が出たため、郵政改革法案を裁決するには不利な情勢になりつつある。
 先の通常国会で強引に裁決してしまった時、野党は相当の非難を浴びせた。その気持に偽りのないことを信じたい。

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2010-07-13

極東ブログ「民主党参院選挙大敗、責任論のゆくえ」で、見渡しがよくなった!

 タイトルをみて、「あ、これだ」と思った(参照)。じっくり読むうちに、今朝ほどのエントリーでのグチャグチャな頭と気持の部分がかなり整理された。責任論という「論」という位置づけではないにしろすっきり見えてきた。何がネックになって見えにくくなっていたかが、はっきりしたのが良かった。
 選挙に参加し、投票したことで自分の意思は国に表したということだ。このように、対等になったにもかかわらず、政府との一体感が持てない物足りなさは、極東ブログで指摘しているよなケジメがない為かもしれないと思った。選挙体制では幹事長の枝野氏が本来は何らかの形で大敗の責任をとるのが筋というものだが、菅氏から続投せよと強く命を受けたからにはやります。と、なった。ここで多分個人的にはがっくりしたものがあったが、別段、辞めろと思ったわけでもなかった。というのは、菅氏が頓珍漢な経済論を持論としてジャべりまくったり、消費税増税発言したことが選挙結果に影響したのは明白だからだ。また、その責任を枝野氏が看過するのは、心情的には、確かに難しいことかもしれない。その代わり、自分の首が繋がってはいるが。これがかえってこじらせているのだ言われれば、然りと思った。納まるものも納まらないというのは、こういったケジメを付けない、なあなあなやり方をするからだと思った。
 そういえば、アメリカのマクリスタル司令官が実質更迭、解任された時などは見事だった。一瞬のうちにオバマ氏は切り捨てた(参照)。今更だが、当時はオバマ氏のそのやり方に驚いたが、あれくらいドライにすっぱり早急に手を打つと、後腐れも残さず、よからぬ尾ひれもつかずに事態の収拾がつくというものだ。
 さて、この人事がどう影響するかという紐解きが面白い。
 菅さんが続投すると言っても、9月が一区切りになる。昨日も書いたが、9月の衆院選前に、今月、臨時国会が控えている。枝野氏を切らずに済ませることが、今後に続く諸々の事を難しくしてしまうのだとは考え及ばなかった。しかし、現実にそうなっているから不思議ではない。つまり、他の人事までをもをいじれなくなったのだ。

菅氏は、民主党党首として幹事長を動かさないという党内事情の手前から、内閣のほうも当面、改造・党役員人事に手が付けられなくなった。このままでは9月の民主党党代表選までフリーズした状態になり、マニフェストは大きく変えたものの、依然後期鳩山内閣継続ということになる。

 このフリーズした状態で8月の末までには普天間の工法を決定しなければならないのと、7月の臨時国会、郵政改革法案だ。実は、私は、普天間の工法の決定に関して飛んでいた。このエントリーでそれを思い出し、さらに脳内が問題だらけになってしまったのだ。
 「ねじれ国会」といわれているように、与党の都合の良いようには事は運ばなくなってしまった。しかも、前議長は郵政法案を6時間で可決させた暴挙として、野党からかなりの顰蹙を買っているため、容易く法案を通すようなことはないのではないかと思う。この法案が可決されて「国営化」にならない方が勿論良いに決まっているが、衆院選挙までに片付けられるほどの簡素な問題でもでない。
 もう一つ、私が気になっていたことが考えやすくなった。
 内部分裂してそれぞれが連立するというような政界再編を問う時に、民主党の都市民型と、連合や自治労などの労組の政党に分けるというのは分かりやすい。それによって人物までもが浮かんでくる為、結びつきがはっきり見えてくる。
 最後の「その他」の部分に書かれている「総選挙で信を問え」とは声を大にしている自民党の谷垣さんのことだけではないと思うが、民意はこの選挙で表したのでもう結構だ。それを言うのであれば、自民党が総選挙に対応できるような足腰を鍛えるべきじゃないかと思う。

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まとまらないままに:政治不信?

 いろいろ思うことがごちゃごちゃになっていて上手くまとまらない。気になる元にあるのは、やはり選挙後の虚しさだろうか。選挙については、こうだったなと思うことは書いた。今後気になることに関しても書いた。だが、何か胸に閊えているものが取り除けない。自分でもよくわからないのだが、不安なのだろうか。何かしら、途轍もなく大きなものが道を塞いでいる感じがある。思うままに書いてみることにしようと思う。
 この選挙は、ご本人が認めているように、菅さんの増税発言が軽率、且つ軽快だったことが一番大きいのかもしれないが、それだけではないと思う。民主党に政権が移った時点から呆れたお坊ちゃまの戯言で国民が踊らされ、また、そのような馬鹿殿様を日本のトップにした周囲の政治家にはがっかりさせられ、こんな国に生きて住んでいる事を恥じた。そして、代表が変わった。これがまた救いようのない経済音痴である。道を歩けば出任せを言い、無知な国民を脅かして得票稼ぎをする。そして、惨敗。自業自得だが、他人事ではない。我らの首相だ。これが。
 この選挙の後に何が残ったか。それは、問題ばかり。まず、この経済音痴が露呈したことによる党内批判。まあ、大した差はないにしろ、背中を向けて舌を出しているような仲間が、民主党という名のグループには沢山いる。それらがある日突然反旗を翻すかもしれない。臨時国会に向けて、私利私欲のようなものをむき出しにしては、まとまるものもまとまらなくなる。「ねじれ国会」のデメリットは、政策実行が極めて難しくなるということだ。安倍政権の時と同じだ。昨日、石破さんが「あの時は大変辛かった。政策が何一つ決められず国民の皆様には申し訳なかった」と、半分こぼしていた。って、後から言われてもなぁ。
 みんなの党は、元気だ。10人の議席を獲得すれば、法案を提出することができるとあって、昨日もTVでその生き生きとした姿を見た。だけど、個人的には渡辺氏は受け付けない。昨日書いたのがその理由。キャスティングボートを握ったみんなの党が上手く切り込んでくれたら、ねじれ国会とは言え、与党が歩み寄りを見せるような事態も無きにしも非ず。そういう役どころではある。
 田原総一郎氏と渡辺氏がTVで話していた。田原さんの鋭い突っ込みに目が泳ぐ渡辺氏を見てしまった。嗚呼。と書いてみて、私は文句が言いたいのかな。ちょっと違うのだけど。政治や経済学の先生から教えを請うのはよいとしても、表面的な浅い理解は、国民にそれを見破られてしまう。それが発覚する時というのはがっかりだ。長い間がっかりすることが続いて、この選挙後も問題山積みなのだ。不本意ではあるが、みんなの党に頑張ってもらうしかなさそうだ。

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みず茄子の浅漬けと生食:みず茄子のこと

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 今日は、みず茄子の紹介です。長野では殆ど見かけない茄子で、栽培している人も見かけません。土地が合わないのかあまり知られていないのか、理由はよくわかりません。Twitterで私をフォローされている方は思い当たるのではないかと思いますが、推定同世代の会話仲間から頂いた、家庭菜園の茄子です。Twitterでは会話を曝していますから、ナスのお里はバレバレですね。
 関西方面で借りている畑の栽培だそうですが、土壌が合うからなのか大変美味しいナスです。(上の画像は、そのままスライスしただけです。)浅漬けは、世界一美味しいのではないかと思うほどの味わいがあります。他の地域では育つものなのかと思い、ネットでみず茄子の事を調べると、割りと情報が少ないことに驚きました。但し、浅漬けに感じては、食感と甘さが評価されています。それでは芸がないと思うのですが、他に言葉が見つからないというしょぼい語彙なのです。

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 まず、手に取ってみると直ぐにはっとするのが重さです。ずしっと来る重さは、水分の多い証拠。また、ナスは、切ったそばから水に浸さないとアクが強いので変色してしまいますが、みず茄子に限ってはアクが出ません。つまり、生で食べてもえぐみを感じません。そして、甘い。

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 早速、浅漬けを作りました。炒り子や昆布を混ぜると旨味が加わりますが、最初なので塩だけにしました。それも、とても美味しい塩で(参照)。
 また、新鮮なうちに生で食べなければ意味がないので、スライスしてオリーブオイルを掛けそのままで食べたり、醤油や塩をまぶして食べてみました。兎に角甘い。食感もサクサクした感じで、皮だけがシャキシャキというバランスです。楽しみにしていただけあって、この満足感は最近にない喜びでした。

材料(浅漬け)

  • みず茄子・・3本
  • 塩・・大さじ1
  • 塩水・・200cc(塩は水の20%)

作り方

  1. 茄子のヘタを切り取り、ガクは周囲を丸く切り揃え、縦半分に切る。
  2. 塩をよく揉み込んで袋に入れ、塩水を加えて空気を抜いて口を閉じる。
  3. 冷蔵庫で24時間漬け込む♬

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2010-07-12

極東ブログ「2010年参院選、民主党大敗」で思うこと

 極東ブログはこの選挙の風景をどう見たか、気になるその風景画に私の風景も重なるところはあった(参照)。が、一点だけ今ままで私が言い控えていたことに触れておくことにしようと思う。
 みんなの党が、日銀法改正を言い出すのは分かっていたが、一度権利を渡してしまったものを取り戻すのは確かにすんなり行くとは思えない。この点について極東ブログではこう話している。

想定外と言えば、みんなの党の躍進によって、これまで却下されてきた日銀法改正法案が出せると渡辺党首が喜んでいたが、そういう光景も見ることになろうとは思っていなかった。
 ただし、これでみんなの党がさらに躍進するかというとわからない。日銀法改正法案もすんなり行くとは思えない。それでも、民主・自民の重苦しく退屈な政治に少し変化があるかもしれないし、民主・自民が大連立を起こす危険性へのリスクヘッジにはなるとよいなとは思う。

 言及されてはいないが、「これでみんなの党がさらに躍進するかというとわからない。」の部分で、私なりに気になっていることがある。
 みんなの党のシンクタンクは高橋洋一さんだと思うが、渡辺喜美氏は、菅さんのように自分のシンクタンクの言うことや官僚の話を改変するようなことはあまりないと思う。それでも、なんとなく芸風化しつつある感じがしてならない。渡辺喜美氏は、高橋氏の話す官僚の泣き所や、隠れた本音などを批判の材料にしながら党の考えを出してくるので、この話術というか、手法のようなものは菅さんとそっくりだ。上昇気流に乗っていた時の菅さんと似た道を辿っているような胡散臭さだと感じている。これは個人的にそう感じると言うだけのことだが、そういうタイプは、要は菅さんの様になるということだ。考えの基盤や政治姿勢がしっかりしていないからだと思うが、ぶれたりぐらついたりして、ずっしとした安定感を感じない。第二のポピュリストになるのかもしれないとさえ思っている。
 このようなことを選挙前にブログで書くと、個人に対する選挙妨害のような意味になるので書き控えた。ただ、リスクヘッジには大いになってもらいたいのはまったくの同感だ。大連立はありえないと思ったが、よく考えたら、自民党も一枚岩ではない。どう分裂するか分からないという政治家の集団で、谷垣氏が今の自民党をまとめる力はないと思う。たまたま選挙結果がよかったというだけで、団結の現われではない。

単純に政党への人気がどうかと比例で見るなら、民主16対自民12ということで、依然民主党が上回っている。菅首相の消費税奇策は失敗だったが、消費税増税がいずれ避けがたいことは国民にある程度は織り込まれていると見てよさそうだし、民主党への国民の支持が完全に揺らいでいるわけではない。

 何処がいいのか知らないが、民主党を支持する層というのは地方では高齢者層で、硬い線を維持していると思う。かつて、自民党を支持していた高齢者層が、挙って民主党に鞍替えして政権を交代させたが、菅さんが言う高齢者の為の政治という辺りだけは浸透しているのではないかと思う。
 長野県の場合で言うと、民主、自民が票を分けただけだった。高齢者の心を掴む言葉を投げかけておけば、嘘も方便だったのだろうかと感じた。何とも虚しい選挙であったと思う。

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参院選を終えて、今後について思うこと

 気乗りしない選挙だからと言ってぐずぐずしていても仕方ない、さっさと済ませてこようと思い、早朝に投票を済ませた。いろいろと考えあぐねた結果、最後は消去法で残った政党に投票したが、支持する政党ということではなかった。開票速報が出たのを受けて(毎日新聞)、少し思うことを書いておくことにする。
 与党・民主党の獲得議席数は、過半数はもとより50議席にも届かなかった。国民新党と合わせても過半数が取れないことが確定した。これで、菅さんは責任を取って辞めるのかというと、どうも続投の意向らしい(NHK7月12日 1時6分 )。
 さて、ここで極東ブログの政治の風景画(参照)がいくつか思い出された。50議席を割るあたりからの風景画で、個別の政策ごとに連立を組むかという線だが、50議席どころの話ではない。惨憺たる結果だ。勿論、私は民主に議席を与えたくないので、これはこれでおっけだ。野党第一党の自民党や、善戦したみんなの党、公明党が揃って連立の考えを持っていない。というのは、感情的にはそれも当然だが、NHKの日曜討論などを聞いていても、過去に連立の考えを示したようなことは、確かになかった。菅さんは、早くも連立の考えを示しているが、枝野さんはまったくその意思はないようだ(参照)。党内で議論されていないのか、個別の考えが錯綜しているだけなのだろうか。両氏共に、NHKの番組での発言だ。だが、菅さんがここで続投を断念すれば展開は変わる。というか、野党三党を抱え込むには、そうするしかないが多分この案はありえない。小沢さん再登場という別の面白劇場は見られそうもない。
 そして、どうなるかと思った自民党とみんなの党が善戦したことで、ばっちり過半数を獲得したわけだが、すっかり気が大きくなった谷垣さんが「バカも休み休み言え」と罵倒した菅さんに衆院解散の指摘をしている(日経新聞)。解散になると、衆院選は面白くなる。が、国民にとってはデフレスパイラルにハマったままの増税話が、やたら鼻先にぶら下がることになるのではないか。どちらにしても国民にとってはよい話はない。
 結局、極東ブログで指摘していたように、菅さん続投なら風景的にはあまり変わらないということではないかと思う。まあ、うんざりする政治が続くということ。
 国会は、「ねじれ国会」となるわけだが、民主党の議席数は衆院では300議席を超えるとは言え、与党で3分の2には届かないことになるので、野党の協力なしには法案の可決ができなくなるわけだ。
 ここで気になるのが、廃案になった郵政改革法案のことだ。枝野氏は、「9月の臨時国会で最重要法案として速やかに成立させる」と記した文書を送ったそうだが、ここで野党が議長ポストを握るので、参院の主導権が野党に移ることになる。7月の臨時国会で、このねじれがどう影響するかと言うことになると思う。菅さんはどの道9月までの任期ということで、国民新党の亀井さんが法案成立をこの7月の国会で成立させろと言いかねない。菅さんにとっては厳しい状況になったとは思う。

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一人焼肉:卓上ミニコンロについて

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 家でBBQをする時は、外で大型の七輪に炭を熾し、10人くらいの人を寄せてやるのが我が家流だったのですが、子ども達もそれぞれの道を進む為に家を離れ、焼肉のチャンスも減ってしまいました。あの、外で汗をかきながらビールで喉を潤しながら食べるのが、何ともいいものですが、最近は、ともすると一人で夕食を食べるということもあって、焼肉はできないと思い込んでいました。そこで、冬場に朴葉焼きで使っていた卓上の五徳とアルコール燃料ではできないものかと実験をしてみたのが今日のレシピです。
 結果から言ってしまうと、30gの燃料だと一人分の網焼きが充分にできます。小振りの燃料だと2個を同時に使えば早く焼くことができます。また、熱源がコンパクトなので、室温の上昇も気になることはなく快適です。
 問題は煙と臭いです。これは、肉の脂やたんぱく質などが炭化して出るものなので、肉によっては顕著に違いがあります。幸いあまり脂のない肉を選んだのでその心配はありませんでしたが、室内で焼肉をする時には、思いっきり換気扇を強く回して対応するほかありません。

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 今回は、鶏肉と薬研軟骨(胸肉の内側にある三角の軟骨=やげんなんこつ)で、気になる程の煙や臭いは出ませんでした。一人用に軽く炙ったり、焼いたりする程度なら充分楽しめると思います。
 そういえば、このホルダーのお値段ですが、下の台とホルダーで1000円ちょっとでした。小さな網は、ホームセンターで100円ちょっとでした。ネットで調べると。似たようなものがこちらにありました☞【アルミ ミニコンロセット[卓上鍋関連品]      
http://item.rakuten.co.jp/meicho2/1309-1801/それほど高価なものでもないので、少人数の家族ならよいかと思います。
【料理例】
朴葉を乗せて焼くレシピはこちら☞
一人串焼きはこちら☞
鯵のさんが焼きはこちらです☞
貴富鍋はこちら☞

材料(一人分)

  • ピーマン・・1個
  • 焼き茄子・・1個
  • さつま揚げ・・適宜
  • 玉葱・・半分
  • やげん軟骨・・80g
  • 鶏もも肉・・150g
  • タレ(酢昆布醤油)・・適宜☞レシピ

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2010-07-11

極東ブログ「[書評]地域再生の罠 なぜ市民と地方は豊かになれないのか?(久繁哲之介)」について

 極東ブログの書評、「地域再生の罠 なぜ市民と地方は豊かになれないのか?(久繁哲之介)」のタイトルを見るなり、直ぐに自分の今住んでいる町のことと、地方都市としてよく知る秋田県能代市のことを思い浮かべた。駅前商店街は、見事に開かずのシャッター通りと化している。また、郊外に寄せ集めるようにしてショッピングモールが建ち並び、外国のブランド物などを売る店が建ち並ぶアウトレットモールも山奥だと言うのに盛っている。郊外と言っても4~5km半径のことなので、車を自由に乗り回す人間にとっては、苦になるほどの距離ではない。だが、車を持たない少数派もいて、毎日のことで欠かすことの出できない食品の購入の為に、介護つきのタクシーまであるくらいだ。これに解決策があるというのだから興味はそちらへ向いた。
 そして、表現の違いと言うだけで、実はかつての(おそらく)自民党田中政権あたりの大改造にやや背反的な考え方を示しているのではないかと感じた。著者はこう言っている。

 本書は、そこを「土建工学者などが提案する”机上の空論”」と断じる。表舞台に出てくる役者は3者だ。地域再生関係者というプレゼンテーション業者、美しい夢を科学の装いで語る土建工学者、お役所体質の地方自治体、である。

 極東ブログでは、ここをこう言い換えて説明している。

私の経験から粗暴に言ってしまえば、根幹は、土建そのものである。つまり、箱物であり、道路化であり、農地の転売であり、交通整理の日当である。目先の利権のネットワークが地域の権力構造と一体化していて、地域再生という振り付けを変えることなどできない現実がある。それを化粧直しをするように、地域再生の美しいプレゼンテーションで包み直し脇に補助金を添える。失敗するべくして失敗するとしか思えないとも言えるのだが、それなりにおカネが回れば地域は数年息をつくことができる。息が切れたらもう一度同じことを繰り返す。諦観と荒廃に至る。

 ここでははっきりとは言及していないが、「同じ事を繰り返す」と言えば、現民主党の小沢理念がそうだ。故田中角栄氏を尊敬しお師匠としてきた小沢氏がそれを引き継いでいる。今回の選挙では、小沢氏はあまり表に出て来られなかったため、地方の農村で、40名ほどのお年寄りの前で演説をしたなどという記事があった。田舎の朴訥(ぼくとつ)で疑わないお人よしのご老人達は、あの小沢さんが来たとなれば飛んで外に出るはずだ。
 私たち有権者は、政治的なことに自身の意見を反映させるのであれば、それは選挙しかない。その選挙でさえも、マニフェスト違反の目に合ったりする。何一つ国民にとってフェアーではない。田中角栄氏は地元新潟の繁栄のために政治家となり、日本列島改造論なるもので地方と都市を結ぶことが地域の活性になるのだという持論を展開した。その結果が、約40年近く経った現在の姿だ。
 どうだろう。この危機的な地方都市が生まれ変わるのだとしたら、同じ年月が経ってみないと、もしかしたら比べられないかもしれない。ということは、私は90歳を越えた老婆だ。現在タクシーで買いものをしているような仲間になる。その頃は、買い物などしているだろうか。とか、妄想した。
 そういえば、Twitter情報で、民主党の農家へのバラマキとも言える補助金に関して、驚くべき情報を知った。リンク先の中でも抜粋しているが、極東ブログで言及している「地域再生の美しいプレゼンテーションで包み直し脇に補助金を添える」の部分を詳しく説明している内容だと思う。

民主党の農家戸別所得保障政策は必ず破綻する(山下一仁):学士会会報(NO883)に、農水省出身山下一仁の学士会館夕食会での講演録が掲載されている。 http://bit.ly/aHWC8V これ投票に行く前に読んで置いた方がいい。(11:28 AM Jul 10th via web kafusanjin 余丁町散人

 選挙の結果がどうでるのかやや楽しみなのだが、選挙も当てにならない。しばらく民主党政治が続くのであれば、私たちはそれに変わる考えや視点を持って自分達の住む町を見直す必要があると思う。指をくわえてみているだけでは済まされない。書評の最後にこう書かれている。

提言が目指すものこそ、地域コミュニティーの再生だからだ。もう一点思ったのは、本書が言及していないわけではないのだが、この難問には地域における若者と高齢者の再結合が問われていることだ。地域の若者の現実的なニーズと高齢者のニーズをどう調和させるか。そしてその二者の背景にある巨大な失業の構造はどうするのか。問題の根は深い。
 それでも、地域再生という名の幻影を本書で吹き消すことは、本当の地域再生への第一歩となることは間違いない。

 今まで地域再生をうたって、そうなった政治は一度もない。地域再生という言葉の概念を払拭し、本当の再生への道があるというのなら、今すぐにでも始めたいことだ。40年間で培った間違った国づくりが、今度は、地域から始まるのも悪くはないと思う。早速注文してみることにした。紹介ありがとう。

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極東ブログ「韓国産パプリカ・沖縄産クレソン・トンガ産カボチャ」のカポナータ(イタリア)、作りました

 蒸し暑さが遠ざかり、なんだか風がとても爽やかになりましたよ、急に。今年の夏は、なんとなく、昔感じた涼しい信州の夏という感じがして、「変な天気」の代名詞が返上されるような予感がします。長年、嫌な気候が続いてきましたものね。

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 今日は、先日極東ブログで紹介していたカポナータを作りました。あの、つぶやきエントリーのすっ飛び話で、初っ端にちょっこし触れていた料理です(「韓国産パプリカ・沖縄産クレソン・トンガ産カボチャ」)。この料理を冷蔵庫にいつも置いておくと手軽で、手間無しのオムレツやピザの具としてもアレンジでき、栄養バランスも大変良くなります。
 エントリーにも書いてある通り、ラタトゥイユと何が違うの?と思いがちですが、本来は、揚げ茄子の甘酢煮です。生まれはイタリアのシチリアだということですが、イタリアの何処へ行っても食べられる料理なので、土地によって微妙な違いはあると思います。これだ、という本物はよくわかりませんが、今日のは私流としてご理解ください。

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 えっと、茄子の揚げたのは必須。他のものと炒めない理由は、茄子を揚げるのが一番美味しいからです。他の野菜は、ついでに混ぜましょうか程度。使うオイルはオリーブオイル。ノンコレステロールで安心ですが、揚げるとなるとカロリーが高くなってしまうので、私は普通に炒める程度の量で蒸し焼きにします。高温で蒸し焼く方法は、揚げるのと同じような仕上がりになります。同時に、別の鍋で他の野菜を炒め合わせ、茄子を加えて酢と砂糖と塩で調味します。

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 極東ブログにあるように、私もカットを小さめにしてトマトを少し減らしてみました。小さめのカットの方が食べやすく、オムレツなどのアレンジにも使いやすいと思います。また、酢が入ると、さほど塩を入れなくてもそこそこ味が調うので、砂糖と塩は一番最後に味見をしてから好みで加えると良いです。分量はあくまでも参考までに。
 余談ですが、茄子のヘタは軸の硬い部分を除いて食べると絶品です。天麩羅でもヘタは最後に残されていますが、シーズン出始めの茄子のヘタは柔らかく、そして、甘いのです。是非、捨てずにこの煮物にも加えましょう。
【参考料理】
ラタトゥイユ
茄子のキッシュ
ラタトゥイユ(トマト煮込み)
ラタトゥイユで冷たいパスタ

材料

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    茄子・・3個
  • パプリカ赤・黄・・各1個
  • ズッキーニ・・1本(200g)
  • 玉葱・・中1個
  • トマト・・200g
  • 人参・・1本(180g)
  • オリーブの酢漬け・・15粒
  • オリーブオイル・・大さじ2
  • りんご酢(又は白ワインビネガー)・・150cc
  • 塩・・小さじ1
  • 砂糖・・大さじ1

作り方

  1. 茄子は1㎝程の厚みに切り、他の野菜は小さめにカットする。トマトは皮を湯剥きにする。
  2. 大きなフライパンにオリーブオイルを引いて茄子を並べ、残りの大さじ1のオイルを回しかけ、焦がさないように蓋をして蒸し焼きにする。途中で裏返す。
  3. 茄子を蒸している間に、別の鍋にオリーブオイル大さじ1(分量外)で人参を炒め、油が回ったら玉葱、パプリカ、ズッキーニを加える。
  4. 3の野菜がしんなりしたらトマトとオリーブの実の酢漬けを加えて、酢、塩、砂糖も加えて10分ほど煮込む♬

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2010-07-10

極東ブログ「明日に迫った参院選」これではっきりした

 選挙の前日に読んで選挙に備えないと意味がないのが今日の極東ブログのエントリーの意味だ「明日に迫った参院選」(参照)。選挙に当たって何か良い案は落ちていないかと探すように読んでみた。
 ふーむ。ちょっと複雑。投票しない政党は決まっているのは私も考えは同じで、自民と民主の増税は現段階では絶対に回避したい。みんなの党の「二枚舌」というのが先日分かった時点で、というか、個人的にもあまり好きではないので候補からは降ろした。残る政党でどれにしようか?なのだが、極東ブログでも触れているが、小政党は投票しても無駄になるだけだし、インフレターゲットをはっきり打ち出している新党改革も殆ど存在の印象がない上、主張が聞こえてこない。
 ところで、長野県の候補者は自民1、共産1、民主2、みんな1、諸派1なのだ。つまり、私の場合は、共産か諸派しか残らないことになる。これは二者択一なので簡単だが、選択肢が沢山残った場合の決め手となる考え方は、今日の極東ブログの内容が参考になる。迷っている人必見なところ。
 その展開は、議席数のあたりからみると面白い。断っておくが、私はこれまで選挙が面白いなどと思った記憶がない。いつも憂鬱。理由は、誰に選んでも日本が変わるわけではないと思っているからだ。いや、今回もそう思っているのは確かだが、あれやこれやとそれなりに考えてくると、「狙い」を定めることと想定した結果が出るかどうかは別の問題だとはっきりしてくる。また、意に反した結果が出ても、自分の読みの中で政治家や政治の動向に関心が向いて行くことになる。
 話を戻すと、自民党が善戦して過半数を取った場合の仮の話と、自民党との大連立のことだ。

 仮にというなら、もう一つ面白いシナリオはある。たぶん、菅さんの内心にくすぶる思いというか、財務省のプランBでもあろうが、増税へ向けての自民党との大連立という線だ。このまま日本の政治をさらに混乱させて、大手紙あたりを誘導していけばそれも不可能ではないだろう。

 菅さんの胸にくすぶるというのは分かる。当初10%増税を口にした時、「自民党案でもある」として自民党に目配せしたからだ。例の谷垣さんの、「バカも休み休み言え」と激怒させた言葉の元になったのは可笑しかった。自民と民主が増税で大連立を組むなんて、や、やめれ!そんなことをさせては大変です。

まとめると、少し国民の気分が変われば、それなりに面白い風景の見えそうな選挙だが、それほどの変化はなく、民主党のうんざりした政権が続くのではないかと思う。そのあたりが財務省の実質的な思惑でもあるのだろう。

 あまり気分が変わるでもないが、長野県の私の場合は、残る共産ということになる。実は、私は、今まで共産党に投票した経験がないように記憶している。これだけでも私にとっては大変化だ。無党派の票の動きで、確かに変化が見られるという点だけでも結果が楽しみだ。

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豚肉とモロッコ隠元の豆鼓炒め:ポイントは油の香り

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 昨日に続いて、キササゲをメインにした中華風の炒め物を作ってみました。ササゲが沢山収獲できるのでこの炒め物にしてみたというだけなので、他の食材の組み合わせも自由に変えてみると良いと思う野菜炒めです。豆鼓の深いコクと風味が炒め物全体に広がって、ぐっとご飯が美味しくなるおかずです。
 市販で豆鼓の粒のものは少なく、豆鼓醤の原料になっていることが多いと思います。豆鼓醤を代用してもよいのですが、メーカーによっては甘味やコクの素などを加味を変えてあることが多く、特に日本のメーカーのものはその傾向が強いので、ここのレシピの通りには行きません。豆鼓醤を使う場合は、味見をしながら分量は変えることになると思います。

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 豆を炒める時は、豆の大きさが不揃いなので予め軽く下茹でして、火の通りが均一になるように用意してから炒めます。豚肉はどの部位でも良いのですが、今日は脂身の油を使って野菜を炒めたいと思ったので、バラ肉にしました。少し大きめに切って、肉で野菜を包んで食べられるようにします。
 この炒め物を美味しく作るポイントは、最初に肉から脂を出し、その脂にみじん切りの豆鼓とにんにくを炒めて香りを移すことです。この最初の香り油で炒めるのが旨味のポイントです。

材料

  • キササギ・・200g
  • パプリカ・・90g(1/3)
  • 豚ばら肉スライス・・100g
  • にんにく・・1片
  • 豆鼓・・大さじ1
  • 白胡椒・・適宜

作り方

  1. キササギのヘタを切り落とし、茹でるためのお湯を沸かし、2%の食塩を加えてキササギの色が変わるまで茹で、長さを半分に切り揃える。
  2. パプリカは1cmほどの幅に縦長に切り揃え、にんにくと豆鼓はみじん切りにする。
  3. 豚バラ肉は長さを三等分に切る。
  4. 鍋にばら肉を並べて点火し、徐々に油を出す。
  5. 程よく油が出たら肉を端に寄せて空いているところでにんにくと豆鼓をゆっくり炒めて香りを油に移す。
  6. 肉を炒め合わせる。
  7. 続けてパプリカとキササギを加えて炒め合わせる♬

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雑感・少し書いてみた

 何かが壊れてしまうと、物は儚い一生を遂げるものなのだと諦めもつく。しかし、衣類の綻びのようなものは、何とか繕う事ができるのではないかと思い、縫い合わせる努力もしてみる。それを何度か繰り返すうちに、繕うことにも諦める時がくる。もっと早くに始末するのがよかったのかと後悔しても、今できることで解決するしかない。
 長かったこの歳月。ちくちく縫い合わせて造り上げるのとはわけが違う。事あるごとに一針一針、ほころびの後を繋げて元に戻そうとしてきた。できないことがわかると、その作業の虚しさを知っていたのではないかとさえ思う。続けてきたことに何かの意味があったのだろうか。自分に疑問を抱くことを見てみない振りはできなかった。ずっと問いながら、それでも繕ってきた。
 何十年も経ってから初めて本音のようなことを知った時、何故もっと早くそれに触れなかったのかと、責める気持に嫌気がさす。自分自身が招いた結果だ。自分に跳ね返ってくることは分かっていた。それが、何ともお粗末で滑稽だ。
 生きるということを考える時、それは一人の道だ。人は一人で生き永らえるしかない。また、誰かを道連れに、仲良く手をつないで三途の川を渡るわけでもない。何処までも一人なのだ。そのことを覚悟し、生きると考えるか死ぬと考えるか、それはどちらも同じことなのだと分かってくる。
 壮絶な人生を歩んだ人を昨日知った。その人物がわざわざ選んだ人生ではないはずだが、その経緯には、どのようなことが考えられ悩まれたのだろうかと知りたくなった。その前に、私自身が憐れに思えたからだ。この上もなく自分は不幸だと思うような時、それ以上に不幸な人生や境遇に生きた人を知ると、それでも少しは自分はマシではないのかと思いたくなる。木切れにつかまって流されている蟻のようなものだ。そうやって、苦しみから溺れまいと、必死で自分自身をを逃がそうとしてみる。結局、虚しさはそこに残るだけだと知ると、また元の道に戻り着く。
 どのように生きたいかと考えることは、きっと無駄なのだろう。私は、神の存在はないと思っている。それなのに、自分の人生が思った通りにならない時、一体誰がそれを決めて私の思いを通させてくれないのだろうかと疑問に思う。それは神様が決めているのではないかと、そう思えてくる。
 思いは深みにあり、なかなか外へ出せるものではない。

 

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2010-07-09

極東ブログ「クレア・ブース・ルース(Clare Booth Luce)」について

 極東ブログで、クレア・ブース・ルースについて非常に興味深いエントリーが挙がった。ネットなどでは調べてもでてこない内容じゃないかと思い少し調べたが、納得した。
 私が知ってる彼女については、ライフを創刊したヘンリ・ルースの夫人だったということと、戦争記者として実際にライフで書いていたという程度のことだ。また、数々の格言を残しているのでもいくつか思い当たる人物だ。しかし壮絶な人生だったに違いない。生い立ちから一人になって生涯を終えるまでの84年間に両親の離婚、自身の離婚、若き愛娘の事故死、再婚相手の突然死に遭遇し、それでも表では才女として、多方面での活躍も社会的地位や名声も得ている。何て強い生き方をしてきた人物だったのだろうか。震えた。そして、私は、彼女のように強く生きろと言われているような思いがした。
 彼女の書いた戯曲「女たち」の評価を見つけたが、こう書いてある(参照)。

クレア・ブース・ルースによって書かれた、全ての女性キャストを主役にしている「The Women」(1939)のようなコメディーでさえ女性の権利や自由を促進するために少しはやっているのである。そのかわり、女性は協力するのではなく競争しなければならないという考えを強力にし、女性の幸せの究極の根源である適当な男性を見つけるために、男性以上に戦い、苦難を超えて進むのである。

 嗚呼、これは凄い。「女性の幸せの究極の根源である適当な男性を見つけるために、男性以上に戦い、苦難を超えて進む」ということ自体が、一体どういう感性から出てくるのだろうかという疑問だらけになる。私の捉える「戦い」や「苦難」とはまるで違う、何か異質のものを言っているように感じるが、どうにもそこに想像が届かない。ましてや、「女性の幸せの究極の根源が男性だ」と、している。いや、この評価は、あくまでも評価にすぎないのだが、そのようなものを求めながら、クレアは、84年間の生涯を閉じたのだろうか。なんだか、物凄く興味が湧いてきた。
 ところで、このエントリーは、年譜のような内容で終わっているが、クレアの作品で女の生き方が参考になるような書籍とか作品はあるのだろうか。続編をお願いしたい。

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極東ブログ「韓国産パプリカ・沖縄産クレソン・トンガ産カボチャ」について

 えーっと。表記の野菜達は、お互いが関係することはあるのでしょうか?わっからんのですよぉ、何回読んでも。特に最後のトンガ・ベビーホルダーへの結びつきが(参照)。
 今回のエントリーは、韓国産のパプリカが日本の市場に多い訳を辿りながら、思考が発展したマンマを書いた、みたいな飛び具合とみてよいでしょうか(すると、どこかで、「そんな事も知らないの?」とか突込みが入りそう)。でも、面白い話が一杯出てくる。これを語りにするとしたら、近くで子どものように聞き入るのではないかと思った。昔のおじさんは、よく子どもに興味深い話をしてくれたものでした。特に意味はなく、ふっと思い出したように話してくれた昔の体験談や失敗談。それが面白かった記憶があります。そんな感じのエントリーですね。懐かしい。
 野菜を売るお店で「やけくそ感」が漂う売り方って、ここを読んでくれている方に分かるかなあ。ここには子育て真っ最中の若いママ達が来てくれていますが、この感覚は生産農家の方の感覚かなと思いますよ。私もそうですが、畑で最盛期を迎えた野菜がわんさか取れると、嬉しくて嬉しくて、大地の恵みを皆で山分けしたくなるのです。大盤振る舞いとは違って、気持が大らかになるのです。実際、私も畑の帰り道に、日頃お世話になっている方にはいの一番に寄って、手づかみでごそっと分けてしまいます。あの感じが「えーい、持ってけ」みたいな大らかさなんですよ。
 それにしても沖縄ではパッションフルーツが、両手で抱えるほどで300円かぁ。いいなぁ。取り寄せるときれいに箱に並べて送ってきますが、あれ、食べるところが少ないので、いつか鱈腹食べてみたいと思っていたんです。
 そういえば、今年は沖縄でインターハイがあるので誘われたけど、行くチャンスと言えばそうだった。まさかに一人で旅する所とも思えない沖縄なので、束で売っているクレソンとか山盛り300円のパッションフルーツになんか、呼ばれていますか?私。3年前の佐賀のインターハイでの暑さに参ってしまったことを思うと、とても私には無理無理。
  あの時は、諫早の伯母宅に泊めてもらって、そこから佐賀の唐津まで五日間高速で通ったのです。唐津焼は目の保養にじっくり見て回り、漁港の近くの魚屋でごっそり魚を買って帰ったのを覚えている。そして、揚げたばかりのさつま揚げが飛び切り美味しかったなぁ。店先にずらっと並べてあって、夏だったから近くでは蝿もぶんぶん飛んでいた。自分の好みのものをセルフサービスで袋に入れ、量ってもらって会計をする。その時、店番がいないということもあった。諫早の伯母宅で焼きなおして食べた味は忘れられない。
 なんだか、食べ物の話になると最近の事ではなく、昔懐かしい食べ物みたいになってしまうけど、そういう旨いものというのは人生では極少ない。高価なもので希少価値が高くて旨いというのとはちょっと違う。

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キササギの素揚げ生姜醤油:キササギの名前の不思議

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 キササゲと地元で呼ばれるササ(細々牙)(ササとも言う)の仲間で、一般には蔓が延びるのですが、今日のは、蔓は延びずに地面から40㎝程の背丈で実をつける品種です。温泉風呂で会うお婆様からもらった種を蒔いて、初めて育てたものです。
 ササゲに「キ」がついているのを不思議に思って調べたら、面白いことに高木の「キササゲ(Wikipedia)」と関係があるらしいのです。この木の果実がササゲの莢(さや)に似ていることから、キササゲ(木細々冴)と呼ばれているそうです。今日のキササゲがその莢なのですが、名前にはすでに「キ」がついています。木の名前はこの大角豆に似ているからと言うのであれば、この「キササゲ」は何処から来た名前なのか?という疑問が湧きますが。分かります?この疑問。長くなるので置いといて、と。
 絹莢エンドウが春一番に蒔く豆に対して、5月の八十八夜が過ぎてから蒔く遅蒔きの豆なので、入れ替わりに最盛期を迎えます。お陰で我が家は毎日豆、豆、また豆の食卓です。ちっとも飽きないのはどうしてかと不思議ですが、色々な料理でしっかり味わっています。

Lpo

 今日は、私の大大大好きな素揚げの生姜醤油です。
 この世にこんなに美味しい食べ方があって本当に良かったと、いつも夏のこの時期に思う美味しい食べ方です。
 ヘタを取ったら油が静かになるまで2~3分揚げて油を切り、直ぐに生姜醤油をまぶすだけです。また揚げ物ー!って言わずに、是非一度お試しを。このキササゲが入手困難なら、モロッコ隠元がかなり似ています。又は、隠元でも細くて短いタイプのでもおっけです。以前の調理例で、モロッコインゲンと莢インゲンのレシピはこちらです☞

材料

  • キササゲ・・200g
  • 生姜醤油・・大さじ1醤油に好みの量の擂り卸した生姜を入れて冷蔵庫保存したもの。

作り方

  1. 油を180度まで加熱する。
  2. その間にキササゲを洗ってヘタを切り取る。
  3. 設定温度になった油で数本ずつ揚げ、油の音が静かになったら引き上げて油を良く切り、バットなどで生姜醤油をかけて和える♬

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選挙の三日前に起こっていること「まさに人事を尽くして天命を待つ」

 日経の昨日の社説(参照)で少し気なった部分について一言。

自民党も首相のあいまいな論拠を責めるだけでなく、医療や年金を持続可能にする改革を巡り、突っ込んだ議論を民主党に挑むべきだ。

税収を上回る国債発行を強いられる財政の窮状を考えれば、消費税増税の議論は早く始めるべきだ。たちあがれ日本は2012年度の3%上げから段階的な増税、新党改革は20年度に10%以上と数字を出した。

 この部分だが、「税収を上回る国債発行を強いられる財政の窮状を考えれば、消費税増税の議論は早く始めるべきだ。」というように、税収を増やすということは、歳出の一般歳出に当てることになる。会計で貸し方と借り方を左右に分けて書くと分かりやすい。

歳入    92.3       歳出92.3
新規国債 44.3     国債費20.6
税収    48    地方交付税17.5
              一般歳出等54.2 
(2010年度の予算より)

 ここで消費税を増税するということは、一般歳出が増えるということを意味するので、それは、社会保障費や公共事業費として税金が広く国民のために還元されるということなのだと思うが、国債は国民の借金であるため、これにプラスして増税というのは、手痛いことになるだけだと思う。この社説では消費税増税に対して各党がどう取り組んでいるかを強調しているように感じるが、デフレで物価の安い時に増税しても大した税収にはならない上、国民生活を即効で苦しめることになると思う。増税が暮らしをよくすると思っているのだろうか、という疑問が湧いた。日経の話はナンセンスだと思う。それを言うなら、刷新による一般歳出を削ることには意味があるとは思う。
 これに関連しているわけではないが、菅首相の発言が急に静かになったのかなと感じていた矢先に、Twitterのクリップ記事を見て吹き出してしまった。

☞参院選「人事を尽くして天命を待つ」7日の菅首相 - 政治 asahi.com(朝日新聞社)インタビュー

 ――54議席取れなかった場合の責任というのは。

 「今ですから、その、精いっぱい頑張っているところですから、まさに人事を尽くして天命を待つという気持ちで。もう、今日を含めて4日間、がんばり抜きますから、その結果は天が決めてくれると、そういう思いです」

 質問と回答が合致しないのが面白いという記事でもあるのですが、私が吹いたのは、「まさに人事を尽くして天命を待つ」と、菅首相が言ったことだ。人事を尽くしたって、何を?菅さんは、就任挨拶で言った消費税10%の発言が次第にブレ始めて、今ではギリシャの破綻の目に合わないように増税が必要だとか脅しをかけたり、日本は外国に信用があるから国債の金利が下がっているなどと根も葉もないことまで並べている。そもそも10%の消費税増税発言時は、マニフェストと思ってもらっていいとまで断言したと言うのにだ☞消費税10%は公約で構わない 菅首相(BIGLOBEニュース)

 「まず私が申し上げたのは、早期にこの問題についてですね、超党派で議論を始めたい、その場合に参考にすべきこととして、自民党が提案されている10%というものを一つの参考にしたい、こう申し上げたわけであります。そういった意味で、そのこと自体は公約と受け止めていただいて結構ですが、それはあくまでこのマニフェストで申し上げたように、こういう方向での議論を始めたい、そのことについて、その努力は当然のこととして、参議院の選挙後にはやってまいります」

 これが人事を尽くしたということなのでしょうか。可笑しくて吹いてしまったのはこのことです。
 一方、大真面目にデータを揃えて今回の選挙への取り組みを説いているNHKブログ、おつかれ。

☞解説委員室ブログ:NHKブログ | 時論公論 | 時論公論 「'10参院選 終盤の焦点」

 ただ、参議院選挙は、去年の政権交代以来の民主党政権のあり方が問われる「中間テスト」でもあります。単に、ねじれ国会になるのかどうか、与党の政権運営が安定するかどうかというだけでは、有権者も判断に迷うことになってしまいます。残された四日間に、どの党が無党派層だけでなく多くの有権者が判断を下す材料にできるような説得力のある政策や政治姿勢を訴えるのかが、最終的に選挙を制する最大の焦点になるのではないでしょうか。投稿者:城本 勝

 この最後のまとめ部分は正論で納得できるのだが、既に判断に迷いが出てしまっている。この上、相手を罵倒するような選挙運動がヒートアップすると、結論が出せないで終りそうだ。人事を尽くしたのは国民もなんですが、果たして天命はあるのか?

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2010-07-08

つる紫の胡麻和え

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 今が旬のつるむらさきの胡麻和えにしました。今日は、ツルムラサキの紹介という意味で、特に胡麻和えだけではなく、色々な料理に多用できる食材としての紹介でもあります。
 紫と言うからにはどこか紫色であるはずなのですが、品種によって緑色のものがあるというのが今日のこれです。
 ほうれん草に似た葉ですが、肉厚で茎も大変立派です。それにもかかわらず、大変柔らかい食感です。熱が加わると粘り気がでてきますが、モロヘイヤ程ではなく、炒めても茹でても気になるほどではありません。栄養価が高いことで有名な野菜です。というか、栽培され始めたのは近年のことで。もともとは自生する草のような扱いだったと聞きます。夏場に少ない青物野菜として、積極的に取るとよいと思います。

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 茹で方は、葉物のビタミンを損なわないように70度の温度で茹でます。詳しくは☛godmotherのHint&Skill
 味付けは、私の場合は至って簡単で、手製の割り下を茹でた野菜の重さに200gに対して大さじ1.5を加え、半摺りの胡麻と一緒に和えます。
つるむらさきの詳しい情報➠

材料

  • つるむらさき・・200g
  • 割り下・・大さじ1.5☛レシピ
  • 半摺り胡麻・・大さじ2

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「ホットドック早食い大会はどうしてトラブルに至ったのか?(Newsweek)」から思うこと

 昨日のTwitter情報からピックアップした記事、「ホットドック早食い大会はどうしてトラブルに至ったのか?」(Newsweek)で、何がトラブったのかと思えば、読んでみると、これは何に対しても置き換えられるトラブルだと思ったので少し触れておきたいと思った。
 取り上げてるのは、アメリカの「契約」に対する厳格なあり方と、習慣の違いによる日本人への助言のような意味を含めたコラムだと思った。「契約」という事を通して関わりを持つことの難しさと、その回避方法という一つの具体例にホットドッグ早食い大会が挙げられている。コラムにも書かれているが、このとこを通して、日本がアメリカという国を知る事なのだと思った。
 内容は、ホットドッグの早食いに2006年まで連覇していた日本人男性が2007の大会で破れ、今大会では参加者でもない彼が、会場にいて、大会が終わってから舞台に上がり、逮捕されたと事件が発端だ。この行事は、アメリカの7月4日の独立記念日の「愛国行事」でもあるため、主催者側が「USA王者の引き立て役としての外国の悪玉」のような扱いの意図があったということらしい。これは、あくまでも筆者の推測によるものだが、この日本人男性に再び勝たせてしまうと、悪玉としてのイメージが損なわれることを懸念した主催者側が、彼のエントリーを拒んだことが背景にあったらしい。にもかかわらず、彼はこの大会会場に居合わせ、あろう事か、大会が終わった時点で「俺にも食べさせてくれ」と叫びながら壇上に上がると行動に出た為、警官に取り押さえられたという経緯だ。
 コラムでは、この哀れな男性に二つのアドバイスをしている。一つは、この企画との縁を切って、自分が悪玉にならないような別の季節の別の企画で演出をし「自分の場」を作る方法。もう一つは、このホットドッグ早食いの主催者側に過去の勝者として、最大のライバルという位置づけで「経済利権」を獲得するという意見だ。
 ここで思ったのは、一つ目の意見には違和感はもたない。このようなバツの悪い結末を見れば、大概身を引くのが道理というものだと思う。問題は、二つ目の意見だ。言うは易く行うは難しというものだと思う。既に警察沙汰になていることでもあるし、主催者側に過去の勝者としての扱いで大会参加者になるという交渉をするなどとは、普通の日本人は、可能性からして無理な話だと諦めるのではないかと思う。でもこの男性の行動を見れば、この大会には思い入れがありそうで、その彼の参加意欲を「再契約」という形で納めれば、まったく問題ないわけだ。また、相手にとっても、契約の内容が納得いくものであれば、契約は成立するはずだ。これがアメリカなのだ、と承服することが利口な立ち回りなのかもしれない。
 感情的になると、その敵対心から相手と手を結ぶなどとは考えにくい日本人気質が邪魔すると、ビジネスライクに事が進まないのが日本らしさではないのかと思う。良くも悪くも日本人というのはそういう感覚が強いので、最初から駆け引きに負けているような気がする。アメリカで仕事をするとすると分かる感覚だが、契約にないことは一切する必要も義務も発生しない。契約を盾にいくらでも断ることができる。また、契約外の事を一生懸命やっても何の得にもならないので、そんなことをすると馬鹿じゃないかと笑われることもある。それは人を評価するに値しない事で、契約のとおりに仕事をするだけで評価される社会だ。だからか、アメリカでは自己アピールに関しては積極的だと感じた経験がある。
 余談だが、楽天では会社の公用語を英語にするそうだ。「日本企業を脱し世界企業へ」、楽天が英語で海外戦略を発表 (日本経済新聞)
また、後を追うようにユニクロでも2012年から導入すると発表したようだ。また、日産自動車では10年前から導入済みということだ(参照)。
 最初は冗談かと思ったが本気らしい。英語を話す日本人は、昔に比べて多いと思うので、就活では大いに若者の人気が集まる会社へと成長するのはよろしいことだと思う。また、楽天の三木谷社長は、早くから海外の学校を選択してアメリカ生活が長い人物なので、さぞ手馴れているのだろうと思う。が、報じているように英語を話せれば良いという事よりも、社内文書や対外的なやり取りに使う為の重要文書などをきちんと英語圏で通用させ、社員にそれを理解する為の英語力を備えるということが基本ではないかと思う。何の為の英語なのかが重要だと思う。先のホットドッグ早食い王者だった日本人男性の失敗に見るように、アメリカでは直ぐに起こる問題だと思う。finalventの日記でも、少しコメントされている(参照)。

 

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2010-07-07

極東ブログ[書評]小倉昌男 経営学(小倉昌男)について

cover ヤマト運輸の元社長が最初に書いた自叙伝ということで紹介されている(参照)。私が小倉昌男氏の書いた本で読んだのは、「なんでだろう」から仕事は始まる!(小倉昌男)だった、この本も極東ブログでも紹介されている(参照)。この人の率直な語り口は大好きで、歯に衣着せないものの言い方には、心の強さというか魂のようなものが伝わってくる凄い人だと感じている。自叙伝で、しかもロングセラーになっていたとは知らなかった。早速読んでみようと思い、注文した。
 ヤマト運輸というと地方ではトラック便が多いのか、大型で重たい小麦粉などの荷物はヤマト運輸経由が多いと感じている。二年ほど前のことで、あるトラブルが起こり、ヤマト運輸の松本配送センターの管理者と話したことが思い出された。
 小麦粉が切れる前にと思い、数日余裕を見て発注し、発送元は手配を終えたところでその旨事前連絡をしてきてくれた。自分の中で「これなら間に合う大丈夫だ」と安心しきっていた。ところが一日置いて翌日の配達のはずだがと思いながら、その日は配達されず、北海道からの便では一日多く掛かる場合もあるので、翌日は配達されると思い込んでいた。その場合は、大概午前中に配達になるはずだ。ところが届かない。これで本来の配達予定日から数えて三日目になる。ここで始めて営業所に電話してみると、発送元の伝票番号から割り出して出てきた回答が、「昼に不在だった為。不在通知を置いているという報告が営業から入っている。」というのだ。だが、そのようなものはないと伝えると、調べて折り返し連絡をくれるということになった。そして、次に電話が入った時の回答が曖昧で、二度ほど同じ質問をした。「不在ではないのに、何故不在通知の扱いになっているのか。また、その通知がポストに投函されていないのは何故か」という質問だった。電話の向こうでは明らかにしどろもどろな様子で、何か核心が他にあるような勘繰りさえ持った。で、伝えてくることは「もう直ぐに伺いますから」と早々と電話を切りたがっている感じだった。そうこうするうちに当の営業が到着した。夕方の6時位だった。
 玄関から現れるや、いきなり「すみませんでした」と平謝りから始まった。何が起こったのかと聞くと、「午前中指定だった為配達時間が間に合わず、社内では不在の手配にし、配達は夕方ならよいと思いしょりした(確実に在宅のはずだと思った)。」という誤魔化しをやらかしたことを白状した。しかも二日間にわたってだった。これは、悪いにも程がある。呆れてものが言えないとはこのこと。私は怒りというよりも、職業倫理観のないこの会社に愛想をつかした。
 彼をどうするか、その場で頭がぐぐっと働いて、彼に質問した「会社に帰ったらあの電話の上司に相当やられるの?」彼は、叱られるだけでは済まないということを言って、私には平謝りだった。そこで、私の提案は、「直に営業を叱ったので事は済んだからこの件は終りにして欲しい」と彼の上司に話すと言って済ませたいという意向を伝えた。その代わり、先代の小倉昌男氏の本は必読だといって、彼に私の手持ちの本「「なんでだろう」から仕事は始まる!」を彼に渡し、読み終えたら返して欲しいと伝えて渡した。
 彼はその後読んで直ぐに返しにきた。そして、目に涙を溜めて、「俺は腐ってました。」と詫びた。小倉氏の魅力に尽きる話だと思った。本物が生き残るとは何がかと思えば、魂なのだろうかと改めて感動した。書評に触れて、小倉氏の本がどれほどのものかを語るのに重ねて書いておきたかったエピソードであった。
 ついでに言わせてもらうと、ペリカン便との合併でスタートしたばかりの郵便事業会社が配達の遅延で大騒ぎになっているようだが、この小倉昌男さんの本でも読んで、「心」と「職業倫理観」を洗い直したら如何なものだろうか。

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揚げ鯖のレモンマリネ:暑くてたまらない日にぴったりの献立

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 7月7日七夕。さすがの梅雨。諏訪も蒸し蒸しした天気が続きます。こゆ時は外食ーっ、というお宅も多いのでしょうか。私はどうしても外食する気が起こりません。夕方になると、今夜は何にしようかなと、考え出すモードに入ってしまう。何十年もこの繰り返しです。
 これ、このお料理は、鯖とレモン好きにはたまらない絶品です。とても美味しい。この時期にぴったりのサッパリ感がいいです。何故こんなにシンプルで美味しい料理法を見逃していたのかと、我ながら反省。
 今日は色々言わずに早速作り方を書くことにします。

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鯖を二枚下ろしにして斜めに削ぎ切りにし、多めに塩を振って1時間ほど冷蔵庫で締めます。この多めの塩の理由は、揚げてから味付けはしないからで、そのつもりでやや多めにします。揚げる直前に片栗粉を刷毛で叩いて薄くつけ、レモンを絞って準備しておきます。暑くて揚げものは避けたい場合は、フライパンで多めの油で揚げ焼きのようにするのも良いです。薄切りなので、始めから油の温度は180度でカラッと揚げ、油を切ったら熱いうちにレモン汁に漬け込みます。熱々でも美味しいですが、冷たくすると、暑い日には嬉しいおかずとなること間違い無しです。食べる直前に白胡椒を挽くと、ガラッと風味が変わってさらに美味しくなります。
 以上です。
➠お弁当に

材料

  • 鯖・・1尾(35cm)
  • レモン・・1.5個
  • 塩・・小さじ2弱
  • 片栗粉・・小さじ2
  • 揚げ油
  • 白胡椒

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ともに生きる

 「死」を疑いもしない日常で、大切に思う人の死期を知ることに遭遇した時、それがどれほどの落胆かは分かっている。ふと気づくと、いつもそのことを考えている。
 サザンの歌に「TSUNAMI」という曲がある。この曲を想像の中のあるシーンに「ほんとうは」から始まるフレーズを照らし合わせてみると、人が生きて幸福感に浸るというのを垣間見る。それも一つの「今」だと思った時、何故、そうならない時ばかりに遭遇するのだろうかと、悲しくなり泣けてくる。私に何かできることはないかと、いくら考えても何もない。不甲斐ないことだ。
 毎朝走って登るあの小高い山からの諏訪湖の眺めに、そうだ、癒されてきた。私にとって何一つ安堵の要因も達成感もなく、先の希望も持てないような現実しかなかった時、その一方的な思いをそっくり受け止めてくれた。あの景色。毎回見る景色は、空も山の色も全て違っているというのに、私にとってはいつも一つの大きな景色でしかない。生きていると、このようなことに愛しみを覚え、励みにもなる。このような束の間の空間に触れ会い「死」から遠ざかることもできる。でも、それは生きているからそう感じられる、ある意味、それは虚しさなのだとも思う。
 長いこと考えていた。
 これまでの人生での挫折や悔いる思いの混沌から「生きているのは今だけだ」と人は言う。それが生きることだというのなら、どのような瞬間も全てあなたのものとして、受け止め、許して行こうと思えた。人の苦しみを取り除くことも癒すこともできない私にできることは、全てを受け止め、許すことしか残っていないのではないか。
 少し前にひどく苦しんだ時、私は同じようなことを思った。明るい未来などは何も約束されない私に、何を希望とし、何を糧として日々を送るのかという問いかけに、私自身が出した答えが「今を生きる」だった。若かりし頃、夢や希望を持って生きることを私に教えたのは誰なのだろうか。いつの間にか私は、それがない生き方があることすら考えないで生きてきた。常に、何か、美しく造り上げられた未来像から現実の自身を量り見るような、評点というものが自分自身を縛ってきたのだと思う。叶わなかった夢や希望は、そのように姿を変えてしまっただけだ。そして、その舞台からはとっくの昔に降りていている。今は、悔やむ気持もない。
 この出会いによって、人の生きる今をそのまま受け止め、許すというのが私の今なのだと知った。そして、今日という日は、新暦の七夕(今年の旧暦の七月七日は、8月16日に当たる)。

TSUNAMI☛

作詞:桑田佳祐 作曲:桑田佳祐

風に戸惑う弱気な僕
通りすがるあの日の幻影
本当は見た目以上
涙もろい過去がある

止めど流る清か水よ
消せど燃ゆる魔性の火よ
あんなに好きな女性に
出逢う夏は二度とない

人は誰も愛求めて 闇に彷徨う運命
そして風まかせ Oh,My destiny
涙枯れるまで

見つめ合うと素直にお喋り出来ない
津波のような侘しさに
I know ..怯えてる.Hoo...
めぐり逢えた瞬間から魔法が解けない
鏡のような夢の中で
思い出はいつの日も雨

夢が終わり目覚める時
深い闇に夜明けが来る
本当は見た目以上
打たれ強い僕がいる

泣き出しそうな空眺めて 波に漂うカモメ
きっと世は情け Oh, Sweet memory
旅立ちを胸に

人は涙見せずに大人になれない
ガラスのような恋だとは
I know.. 気付いてる,Hoo..
身も心も愛しい女性しか見えない
張り裂けそうな胸の奥で
悲しみに耐えるのは何故?

見つめ合うと素直にお喋り出来ない
津波のような侘しさに
I know..怯えてる,Hoo...
めぐり逢えた瞬間から死ぬまで好きと言って
鏡のような夢の中で
微笑をくれたのは誰?

好きなのに泣いたのは何故?
思い出はいつの日も…雨

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2010-07-06

鶏もも肉ソテーに桑の実とヨーグルトのソース

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 家の桑の実がとうとうお終いになりそうなので、最後に少し取ってヨーグルトソースを思いつきました。私は、ソテーした鶏肉をブルーベリーで煮る料理には馴染んでいるので、色的には違和感はありません(☛レシピ)今日は煮込まずに鶏肉を焼いた後のフライパンで炒め、ヨーグルトを加えてのばしただけのソースです。
P6140002 桑の実には酸味は殆どなく、真っ黒なくらいの実でないとあま実が出ません。木で熟して地面に落ちるくらいのが甘くて美味しいのですが、狙っているのは私だけなく、虫や鳥も食べにきますので早い者勝ちです。また、中心に芯があって、その芯が割りと硬いのですが、実が熟しているとあまりそれも気にならなくなるのです。
 桑の実がどれほど美味しいのかと聞かれると、今の果物などとは比べようもないほど不味いものだと思われるかもしれません。それに、沢山食べるものでもないと言うか。昔、学校の帰り道に友達と一緒に桑の実を食べて帰るのが、あれが美味しかったのです。それを忘れることができずに、毎年この実でジャムを作ったりしています。

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 さて、作り方は最初に話した通りで、鶏肉の余分な脂を掃除してから筋切りし、適当な大きさに切ります。いつもはここで塩と胡椒を振ってすぐに焼くのですが、今日はソースにあまりとろみがないので、食べながらソースの絡みがよくなるように片栗粉を少し肉につけて焼くことにしました。焼き方は、ここをいつもご覧の方はご存知の「ジューシーラインをキープする焼き方です(☛godmotherのHint&Skill)。 そういえば、焼き方を褒められることがあるのですが、これは私が凄い腕前だからではなく作るその時毎が練習なんです。うっかりすれば、私も失敗します。気を抜かずに毎回が練習であり勝負なのです。どうか誤解のないように。
 では、材料から。

材料(二人分)

  • 鶏もも肉・・・1枚
  • 塩・・適宜
  • 胡椒・・・適宜
  • ヨーグルト・・150cc
  • 桑の実・・10粒
  • バター・・5g
  • 片栗粉・・小さじ1
  • 付け合せ野菜
  • ズッキーニの輪切り・・適宜
  • 絹莢エンドウ・・適宜

作り方

  1. 肉の皮の内側の余分な脂肪などを取り除き筋に対して90度に包丁を当てて浅く筋を切る。
  2. 肉が極端に厚い部分は、包丁を入れて開いて厚さを均一にし、塩と胡椒を両面に振って片栗粉も指先でぱらぱら振る。
  3. 付け合せの野菜を用意する。
  4. フライパンでバターを溶かし、直ぐに肉の皮から弱火で焼き始める。ターナーなどで肉を押さえて焼くとむら焼けしない。
  5. 肉の周囲の色が変わり、皮に焼き色がついたら裏返てして火を通す。肉の焼け加減が不安なら、竹串を刺してみて、肉汁が透き通っていたらおっけ。
  6. 肉をさらに盛り付け、フライパンに残った脂を払って桑の実を炒める。果汁が出てきたらヨーグルトを加えて火を止め、味を見て塩で加減する♬

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極東ブログ「マニフェストからは政党が何をしようとしているかわからない」困ったね

 なんだか知らぬ間にマニフェストが塗り替えられているのか?そうなの?この疑念が湧くだけでがっくりくる。私は、いつもになく、今回の選挙には気持が向かない分あえて取り組んでいる。見てみない振りはできないのだから、それなりに関心を絞っていくしかない。ところが、今回の選挙は難しい。どうしようかと思っていたところに、昨日の極東ブログの選挙への的絞りが、単純作業化しているのでわかりやすい(参照)。各政党のマニフェストはお陰様で私も一覧としてみることができた(参照)。要点だけなので、中には、党首が言っていた内容が盛り込まれていないと感じる部分もある。そこは、全文をあたるしかない。
 一方、先日からゆっくり進化しながら私の的絞りは進んできたが、これは暗礁に乗り上げている。「2010.7月参院選与野党の選挙公約と選挙について(その2)」(参照)。最後のまとめ部分がこれだ。

 自民と民主に加えて「みんなの党」にも票を投じないということがはっきりした。すなわち、保守なら「国民新党」リベラルなら共産党か社民党が残ることになる。間違っても「たちあがれ日本」には投じない。小党は論外。ということかな。そうかな?

 疑問符があるのは、理屈で的を絞った結果と自分の思惑が全く違うからだ。政党を判断する材料がイマイチかもしれない。はっきり言って、絞りにくい。そこで、極東ブログ方式の絞り方も参考に、もう一度マニフェストから当たってみた。結果は兎も角。

迫る参院戦。いち選挙民としてどうするかな。考えあぐねて、まず、条件に合わない政党を外すかなと思った。条件は単純。デフレで増税は止めてくれ、そんだけ。

ね、シンプルでしょ。ところが、目詰まりしてしまったらしい。

なので、増税はしないと明記している政党はどれかと考えると、共産党と社民党。でも、両党、財政再建についてなんもデフレ克服についてもまるで考えていない無責任政党みたいに見えるので、パス。増税すると明記している自民もパス。すると幸福実現党? というのはヤフーの表には載ってない。まあ、それもパス。あれ、残りなし?

ここで理屈を入れて笊の目を大きくしてみている。

 私としても何が何でも増税はするなではなく、デフレ下でするなということなので、デフレ克服をどう考えているかという視点で見直してみる。名目成長率4%としている政党には、デフレ克服の考えがあるということなのだろう。
 すると、自民、公明、国民、新党改革、みんなの党が生き返る。民主は3%だけど、それもありか。
 と見ていて新党改革だけがインフレ・ターゲットに言及しているのを見つけた。これもデフレ克服と同じと言っていいだろうし、舛添さんはかねてそういう持論だったな。
というわけで、こんなに選択肢が増えると、選べない。
 民主党のおかげでマニフェストで政党で選べなくなった。これはちょっと痛い歴史的教訓になった。さて、困ったな。

 かくして話は終わっている。
 私は、早い時期にマニフェストで選ぶのは諦めていたが、デフレ時の増税だけはダメだというのははっきりしている。だから、自民と民主、たちあがれは最初から選択肢にはない。それ以外でピックアップすると、候補が残るのは良いのだが選択に困るというのは同じ結果だった。でも、どれかにするしかないのだ。
 困ったなぁ。こんな選挙は今まで経験したことがない。皆、何を基準に決めているのだろうか。

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2010-07-05

私の世代感覚では太刀打ちできない問題

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 今日のレシピのエントリーをあげるに当たって、子どもの野菜嫌いについて統計を調べていた時、データーの数は少なく目当てのものが見つからなかった。代わりに他の事に目が行って、ちょっと元気がなくなった。少し前から言われていることでもあるが、子どもの好き嫌いを作る環境に、母親が料理をしないことがトップだった。そのことと私は直接的には何ら関係ないが、料理のブログを運営している手前、ちょっと複雑な思いが巡った。この思いが上手くまとまらない。
 丁度NHK朝ドラのゲゲゲの女房で展開されているような時代に育った私、と言ったら分かりやすいだろうか、何でも食べさせられた時代というと少し語弊があるが、親の作ったものに文句を言うものではなかったような時代だ。やらされ感が強いというのも、こういうことからも言える。
 当時の親は、戦争を経た日本の貧しい時代を生き抜いてきているため、「物を粗末にしない」という厳格なまでの考え方があり、特に子どもに対してはそういった観点で接していたと思う。それが親なのだと思うしかなかったのだが、結果的に好き嫌いはなく、嫌いなものでも食べられるようにはなった。
 現代の育ち盛りの子どもを持つ親の事をちょっと考えてみた。料理をしないとはどういうことか?外食や出来合いの惣菜、温めるだけの冷凍品が揃っていれば料理の必要はないわけだ。だから料理をしないということに疑問は持たないのだろうか。私が疑問を持つのは「料理して食べるのが当たり前」というところからの着眼だから、これが根底に無かったら疑問は持たないのではないだろうか。そういう世代が、現役バリバリのママ達なのだろうか。実体験としての背景が無かったら、周囲にあるもので済ませることに何ら疑問も持たないのかもしれない。
 このように、背景に何があるかを考えると、私と年齢的に離れた世代とは通じるわけもないのかと妙な納得をした。そういえば、娘の友達に以前、「嫌いなものをどうして無理して食べなくちゃならないの?」と、真剣に聞かれたことがある。嫌いなものはスルーして、好きなものだけでも良いのか?と逆に聞くと、「それで、まったく問題ない。」という返事だった。この時、どう説明したらよいのか戸惑ったが、この人物の親は殆ど料理を作らなかったそうだ。しかも、私と同じ世代。家庭に事情があって、母親が不在が多かったそうだ。偏食が許されただけではなく、帰宅時間に対しても、家に事前に連絡を入れたりするようなことも必要ないと言う。確かに、誰かが心配して待っているということもないので不要なのだ。改めて、家庭とか家族と言うものを考えさせられた。が、この場合のように、極端な例では済ませられない危機感が現実にはある。現在の子どもの偏食の原因を思うと、家庭に何ら事情がなくても母親が料理をしないという、同じ状況になってきているのだ。
 これにはもうお手上げで、ここから先の思考が止まってしまった。私如きにはどうにもならない、大きな問題だということだけはわかった。

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ピーマンのファルシ(鶏挽肉とオクラ):子どもの野菜嫌い

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 最近のピーマンは何故か肉厚で味が薄いと感じます。それはそれで好都合で、ファルシを作るとしっかりとした器になります。果肉が薄いピーマンは、家の畑なら沢山取れますが、詰め物をすると貧弱で中の肉汁がこぼれたりします。味が薄いといえば、最近の子ども達の好き嫌いランキングではどうなのでしょうか。昔のピーマンのように味が濃いくて苦味の強いのとは違うので、ワースト3には入らないのではないかと思います。
 と、思って統計でもあるかと探したら、品目の特定はありませんが、「野菜嫌い」はダントツです。苦味や辛味は幼い子どもが敏感に反応するので、作る側としての長年の悩みの種だった、子どもの好き嫌いを無くすことはもはや母親の悩みではなくなったのでしょうか。料理をしないお母さんが増えているというのが、野菜嫌いの原因の一つに挙がっていました。
 実は、子どもの好き嫌いは、長きに渡って拒否するとも限らず、年齢と共に旨味として味わえるようになる事の方が多いです。ピーマンなどの苦味は、子どもが拒否するうちはダメでも、少しずつ与えて行くとよいと思います。ピーマンだと解らないように誤魔化して料理に入れるという方法には私は反対で、食べないかもしれないとは思っても、普通に料理します。そして、子どもが食べたくないと言ってきたら「どれくらいなら食べる?これくらい?」などと、減らしてあげる方法です。自ら「この量を食べる」というように、子どもが自分で妥協点を決めることがポイントです。子どもの相談相手になれると良いと思います。

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 ピーマンの話でつい長くなりました。
 今日のファルシの特徴は、加熱すると硬くなりやすい鶏挽肉にオクラのみじん切りを混ぜ、オクラの粘りを生かして柔らかな食感の肉にするというのがポイントです。塩と胡椒で味付けをしたら、他には何も加えません。但し、肉の旨味を閉じ込めるために、片栗粉を少し表面にパラパラと振り、詰めた後の肉の表面にも同じようにします。

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 オクラの効果で、肉がソフトな弾力の食感に出来上がります。ちょっと珍しいですが、夏野菜としてこれからどんどん出回りますし、いろいろに使えるという豆知識としての一品です。

材料

  • ピーマン・・6個
  • 鶏胸ひき肉・・280g(1枚分)
  • オクラ・・3本
  • 塩・・小さじ1
  • 胡椒・・適宜
  • 片栗粉・・少々
  • オリーブオイル・・小さじ1
  • 付け合せ野菜・・人参のグラッセ+絹莢エンドウ+トマト

作り方

  1. ピーマンは二つ割にして種を取り出し、内側に片栗粉をパラパラ程度に振る。
  2. オクラをみじん切りにする。
  3. ボールで鶏肉をつまみながらほぐし、塩、胡椒、2のオクラを加えてよく混ぜる。
  4. 3の肉を大よその塊に手の平で丸め、1のピーマンにしっかり詰め込み、片栗をまぶす。
  5. フライパンにオリーブオイルを引き4のピーマンの肉を下に並べ、焼き色が付いたら裏がえす。
  6. 火を弱めて蓋をし、肉がこんもり盛り上がったらでき上がり♬

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2010-07-04

極東ブログ「清少納言智恵の板」和製パズルの御成りぃ  <(_ _)>

 おお、なんだかとても厳かなものというような名前の和製のパズルがあったものだ。知らなかった。「清少納言の知恵の板」(参照)と呼ばれている日本古来のパズルだそうだ。昨日のタングラムだけでも充分楽しめると思っていたが、今日は、この名前に惹かれて読んでみると、な、なんと昨日ちょっと日本のパズル文化を腐したので反撃が来たかと思ったほど驚いた。
 申し訳ございませんでした。昨日私は「日本は一つブームになると何処も彼処もそれ一色になるので流行り廃りでどんどん消えて行ってしまうと感じている(参照)と言ったばかりなのだ。

 起源については、1800年代の中国とする説が有力のようだが、実際の文献として遡及できる最古のものは日本の「清少納言智恵の板」であり、冷ややかに考えればタングラムの起源は日本だとしてよさそうに思う。
 その場合、「清少納言智恵の板」のカットからタングラムのカットに変化したことになる。自分が学んだ言語学や聖書学の類推すからすると、その派生を合理的に示唆する数学的な指標みたいなものがあればよいのだが、よくわからない。直感的にはタングラムのほうが単純なカットのようにも思えるが、シルエット形成のディテール部は「清少納言智恵の板」と同様であり、そもそもシルエット・パズルを想定してカットされたなら、「清少納言智恵の板」が原型にあると見てよいようにも思える。あと、この発想は、折り紙から来ているのではないかという思いからも、タングラムの起源は日本ではないかと私は思う。

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 「そもそもシルエット・パズルを想定してカットされたなら、「清少納言智恵の板」が原型にあると見てよい」という部分が、何故そうなのかよく解らないが、「折り紙から来ている」というのは、私もそう思う。理由は、折り紙の歴史の方がはるかに古いし、実際、紙を図のように折ったら直ぐにできたからだ。正方形の折り紙さえあれば、図のように折って切って直ぐに作れる。ついでなので、紹介の画像の四角と三角「抜き」のパズルをやってみた。

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四角は直ぐにできたが、三角はちょっと時間がかかった。それに紙を切っただけのピースだからか、テーブルクロスにへばりついて持ち上げにくく、板張りに移すと指が触れただけで動いてしまうのだ。やっぱり黒檀かなとかいい加減に想像をめぐらせて、買う算段へと頭が動き出した。
 それと、やってみて思ったのは、7ピースというのがいい塩梅。3個くらい形作っていくと手持ちの4ピースでできそうかでそうもないかの判断ができ、直ぐにリセットしてやり直しが効くのは、次への意欲がばりばり湧いてくる。3000とか5000ピースのジグソーパズルとは遊びのスピードとリズムがかなり違うと感じた。そして、7ピースだと候補があまりないので、10回もやり直せばそれなりに答えに到達できるのも、達成感がその都度得られて良いと思う。
 これは楽しい。しっかし、私のはそこらのノートの紙だ。知り合いの木曽の木工店に頼んでみようかとさえ思った。シッシッ!て言われるだろうけど。

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じゃが芋と木耳(キクラゲ)のさっぱりした中華風和え物:じゃが芋の千切り方法(難易度1)

 やや蒸し暑い日が続きます。料理をする夕方に近づくと、体も重たく感じます。そのような時はあまり無理をしたくないので、できるだけ簡単に作れるものか、オーブンなどにお任せ的な料理にするようにしています。

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 今日は、じゃが芋のシャキシャキした食感を残した中華風の味付けにした和え物です。お湯を沸かすだけで簡単にできます。難しさはまったくありませんが、強いて言えば、千切りじゃが芋の切り方にばらつきがあると食感に影響するので、大きさを揃えて切るのが望ましいです。
 作り方は、最初にじゃが芋を千切りにしてボールにとり、熱湯を回しかけて1分ほど待つだけです。この時、熱の通り方にバラつきがあると茹で過ぎたり生だったらりするのです。これは決して失敗ではありませんが、できれば切り揃えてあった方が均一にでき上がります。

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 じゃが芋の切り方ですが、球状の食材を切る時は、安定をよくするために、一箇所だけ薄くスライスし、その切り口をまな板に置いて安定させます。また、一定の間隔に同じ厚みで切り添えるために、包丁を持った手の肘を軽く曲げて、再度伸ばしたで切るのがベストの位置です。切る時に変に力が加わることなく、一定に切ることができます。
 また、千切りのできるスライサーもありますが、これは削ぎ切るので断面がごつごつになります。包丁で切った面はシャープで、表面積が一番少なく切れるのでこれも食感に影響します。包丁で切るのがベストです。

材料

  • じゃが芋・・2個
  • キクラゲ・・5g
  • 熱湯・・1リットル
  • 生姜・・適宜

調味料

  • 酢・・大さじ2
  • 白醤油・・大さじ1
  • 砂糖・・小さじ1
  • 胡麻油・・小さじ1

作り方

  1. キクラゲは水で戻す。
  2. じゃが芋は洗って皮を剥き、できるだけ細い千切りにし、ボールに移す。
  3. 熱湯を1に注ぎ入れ、軽くかき混ぜて1分置き、笊にあげて水気をよく切る。
  4. キクラゲと生姜は、じゃが芋と同じくらいの太さに千切りにして、3のじゃが芋といっしょにボールに移す。
  5. 調味料を合わせて、4に回しかけてよく和える♬

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2010.7月参院選与野党の選挙公約と選挙について(その2)

 「選挙の入場券を冷蔵庫に貼り付けてあるのとかを見かけると、この現実に目をそらしてはならんという、オブセッションが起きる。」(普通に言えよ!)はい、こんなにつまらない気持ちで国政選挙を迎えるのは嫌だな、と思ってしまう今日この頃だ。ニュースでは、期日前の不在者投票で既に投票を済ませている人の数を報じている。私もかつてそれで投票したことがあったが、今回は、多忙でもなんでもなく、また、旅行にでるような余裕が、お金にも心にもない。がっくし。
 何故こういう気持になるかは「2010.7月参院選与野党の選挙公約と選挙について」でも触れたとおり、

自民と民主には票を与えないようにするためには、二人区以上の候補者が立っている選挙区では、他党に投票するということになる。もちろん、「たちあがれ日本」には一議席も与えないようにとするとなると、ではどうするか?「みんなの党」?

 前のエントリーではここで終わっている。つまり、この選挙は消費税でもマニフェストでもなく、争点がはっきりない中での選挙だと捉えてる。では何の選挙かといったら、政権をどの党に任せるか任せないかだけでしかない。そういう観点には絞られてきたのは確かだ。今日はこの続きとして、Twitterで拾った記事や、見つけた情報などからさらに考えてみることにする。
 まず、「みんなの党」に関しては、票を入れないとはっきりした。色々理由はあるが、具体例を一つ見つあげておこうと思う。 言葉は悪いが、渡辺喜美さんは消費税に関して二枚舌なところがあるのだという話を知った。本当はどうなのかと言う思いから、ネットで検索をかけてみたら民間テレビ番組中にその発言があった事を見つけた(参照)。渡辺氏は「法人税を下げて国の財源、消費税を上げて地方の安定財源にする。」とはっきり言っている。これは、二枚舌というよりも、もしかしたら経済のことがわかっていないだけなのかもしれない。「小さな政府」を言う政党なら、増税を言うのは、消費税に関してもあり得ないことだ。これで「みんなの党」が私の選択肢からはっきりと消えたのだ。除去法を使って何処に票を投じるか決めなくてはならないような情けなさだが、致し方ない。
 次のTwitter情報は、「枝野さんて話し方にブレがなくて、民主党内きってのディベート力だわね」なんて思っている方がいたらこちらは必見だが、だからといって民主党の明日を左右するということでもない。では何か?この記事の内容に他党の情報も含まれるのでクリップした。

➠「枝野幹事長 不用意発言で四面楚歌 与野党・支持団体も敵ばかり…」(MSN産経ニュース)

 問題は話す能力ではなく、本音が潜んでいるかどうかだと思う。言うことにブレが生じるということは、考えに一貫性がないということだ。そこで、自ら発した言葉に責任を取るのが怖くなって何も言えなくなるような政治家もいれば、周囲がもつ自身への疑念の空気が読めない為、更なる墓穴を掘る政治家もいる。枝野氏は後者らしい(産経ニュースによると)。頭を丸めるだなんて野蛮だと思っていたが、政界にはお遍路という道が敷かれているのだろうか。
 引き続きTwitterでクリップしたこの記事は、「虚構新聞」マンマじゃないのかと思ったくらい呆れた。現実の首相としてダメ押し的に。

➠「財政破綻したとき、誰が困るかご存じですか」―菅首相(asahi.com)

 まだギリシャの破綻をネタに、国民に脅しをかけている。非常に低レベルな物の言い方だ。と共に、日本はギリシャの破綻とは違う。これに関しては「物価を上げなで消費税だけ上げるの?菅流経済政策について」でしっかりその違いを辿ったばかりだ。菅さんに歯止めを利かす人物は、党内には既にいないようだ。

 さて、今日のまとめだ。
 自民と民主に加えて「みんなの党」にも票を投じないということがはっきりした。すなわち、保守なら「国民新党」リベラルなら共産党か社民党が残ることになる。間違っても「たちあがれ日本」には投じない。小党は論外。ということかな。そうかな?

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2010-07-03

極東ブログ[書評]タングラム・パズルの本 Tangram Puzzles: 500 Tricky Shapes to Confound & Astound(Chris Crawford)について

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Tangram Puzzles: 500 Tricky Shapes to Confound & Astound/ Includes Deluxe Wood Tangrams
Chris Crawford
 このような本の紹介は嬉しい。中学年以上くらいの子どもさんへの知育遊び「パズル」の本の紹介だ(参照)。エントリーでは10歳くらいの子どもさんへの気の利いたプレゼントにされたらしいが、内容から、低学年でも充分遊べるかもし れないと思った。
 疑似体験型のゲーム機やソフトが出回る中、欧米では地味に、このような本がきちんと残っていることに感心する。というか、多様性の中のひとつなのだと思 う。こういっては何だが、日本は一つブームになると何処も彼処もそれ一色になるので流行り廃りでどんどん消えて行ってしまうと感じている。パズル遊びの楽 しさはよく知っているので、興味を覚えた。
 実は、私はパズルや木製の玩具が好きで、昔から見つける度に買っては子どもに与えていた。子どもが幼い頃に買い与えた玩具は、殆ど木製 だった。いつかまた、世に出る日が訪れんとも限らないと思い、それらは今でも健在で、物置にしまい込んでいる。
ニキーチンの知育遊び この本の紹介で思い出したのだが、「キーチンの知育遊び(B・P二キーチン)」(暮らしの手帳社)だ。付録ではなかった積み木も、読後、別途注文して子ども達に与えていた。本書は、積み木に二キーチン氏の哲学があり、その考え方を読まないと与え方がわからないで終わる積み木遊びなので、じっくり親が取り組む必要ある。 ちょっとしたプレゼントには向かない気がする。実は、これも残してある。嗚呼、懐かしい。
 子ども達の年齢で、与えると夢中になる時期があって、想像の世界 は延々と広がるようだ。あのような遊びをしている子どもが最近はいないのか、小さな子どもがゲーム機に夢中になっている姿を多く見る為か、すっかりこのよ うな玩具の事を忘れていた。そして、iPhoneやiPadのアプリケーションソフトにもパズルがあるというのには驚いた。指先でスライドさせて移動させ るのだろうと思うが、擬似的な体験としては面白いかもしれないが、パズルは床に座り込んで、顔を床に埋め込んでしまうかのようなあのスタイルでじっ くり遊ぶという、あれがいい。
 パズル用の木片が付録になっている点と、リング綴じがお薦めのポイントらしい。それには私も賛成だ。木片を当てて遊ぶのに、リング綴じだと本が安定して よいと思う。いつか、誰かのプレゼントのために注文しておいてもよいと思っている。
 私の周囲の友人は、私よりもやや年上ということもあってか、娘さんやご子息に、既に子どもさんもいる方が多い。ここに取り上げた理由も、お孫さんへのプレゼントにどうかと思った。ここを見てくれているので、この思いが届くとよいと思っている。

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久しぶりのアクアパッツァ:イタリアの魚の水煮スープ:幻の鍋ポワッソニエール(Poissonnière)

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 久しぶりにホウボウを見つけたので、今日はアクアパッツアです。以前にもレシピの紹介はしていますが(☛レシピ)、季節の野菜の変化に伴い、手順や材料も変わりますので新たにレシピを起しました。
 準備する段階でTwitterに晩御飯情報のつもりでTweetした時、「ホウボウが食べられるとはまったく知らずでした」といコメントをブログに頂きました。とても驚いたというのは解る気がします。ホウボウもそうですが、オコゼとかアイナメなどは、みなグロテスクな姿をしていますから、子どもだったら食べられるものとは思えなような雰囲気があるのかもしれません。でも、これらの魚は存外に美味しいのです。また、出汁が最高です。煮魚の魅力は果てしなく、どう料理しても出汁が最高。ご飯にたらっとかけて猫マンマで締め、一滴たりとも残さないのが礼儀です 

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 この出汁ですが、これを兎に角最大限に引き出して、最高に美味しいスープにするのがアクアパッツアですから、絶対にここだけは手抜きは禁物です。この一手間をやっつけたら、後は男の料理というべきか、具材を放り込んで煮込むだけです。

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 余談ですが、このアクアパッツアの為の鍋というのがあるのをご存知?名前は「ポワッソニエール(Poissonnière)」と呼ばれるフランス製の鍋で、細長い形をしています。今となってはすっかりアンティークな鍋ですが、カッコイイ。穴の空いた上げ底の中敷に魚や具材をのせて料理するのですが、これは、取り出すときに身崩れしないための工夫です。実は、訳があって、これをこっそり探しています。国内にはもしかしたらないかもしれませんが、気長に、うふふ。
 さて、作り方の手順に移ります。

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 まず、ホウボウの捌き方ですが、口から二本の菜箸を突っ込んでエラと内蔵を挟んで捻り出す「壷抜き」できれいサッパリ腸を出します(口を広げて箸を一本ずつエラの外側から腹の方向へ差し込むと簡単)。胸鰭などを鋏で切り取ってスマートにしたら水で洗い流して1時間ほど乾燥させます。こうすると、皮に火が通るときに香ばしくなります。その間に他の野菜やおかずん準備などを整えます。
 魚の表面が乾燥したら調理にかかります。フライパンにオリーブオイルを引き、潰したにんにくをゆっくりローストして香りを油に移します。ここで塩と胡椒をしたホウボウを並べて焼き始めます。使うオイルの量は最小限度にしてあるので、テーブルスプーンで周囲の油を掬ってはかけ、皮の色が変わるまでそのまま繰り返します。▶全体に色が変わったら蓋をして油の跳ねる音が静かになるまで約5~6分蒸し焼きます。▶ここから味付けと最後の煮込みです。まず、アンチョビーソースと白ワイン、水、剥き海老を加えてスープのベースの味付けをします。1~2分煮込み、トマトとパプリカ、黒オリーブを加えて蓋をして5~6分煮込みます。最後に味見をして塩で調整します。皿に盛り付けて絹莢エンドウを散らしてでき上がりです。

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材料(2尾分)

  • ホウボウ・・2尾
  • 剥き海老(7cm)・・6尾
  • トマト(小)・・3個
  • 絹莢エンドウ・・20莢
  • にんにく・・2片
  • ローレル・・2枚
  • 黒オリーブ酢漬け・・6粒
  • パプリカ(黄)・・1/3個
  • オリーブオイル・・大さじ2
  • 調味料
  • 塩・胡椒・・適宜
  • アンチョビーソースかアンチョビー・・大さじ1
  • 白ワイン・・50cc
  • 水・・300cc

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2010-07-02

生牛肉の野菜巻き:牛刺しのアレンジ

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 今日は、刺し身でも食べられるよと、店先で一口お味見をさせてくれた牛肉の内もも肉で、文字通り生の牛肉で野菜を巻いただけの料理です。本当はこんなはずではなく、ご主人に、牛肉でお薦めは何があるかという話で出てきたのがしゃぶしゃぶだったのです。ただ、暑くてしゃぶしゃぶをする気になれないと言うと、牛刺しはどうかという案が出てきたのです。ああだこうだ話しているうちに、素早く薄くスライスしてお味見をさせてくれたのです。それが何とも美味しい。肉の生は苦手だという人がいますが、本当に美味しいのを食べたことがないのじゃないかと思います。臭みがなく、甘いのです。
  実は、私は、肉は火を通した方が旨味が出ると思っていて、生は嫌いではないですが、美味しさは別だと思っていました。肉にもよるということです。
 宮崎県の口蹄疫騒動がまだ治まっていないのに、こんなところで牛肉が旨いなどという話はちょっと申し訳ないのですが、ひき肉以外の牛肉は久しぶりです。口蹄疫の被害があまりにもひどかったので控えていましたが、やはり美味しい。宮崎の酪農家の方達には、早く立ち直って、また美味しい肉を提供して頂きたいと願います。

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 さて、何の野菜を挟むか、それだけが問題です。牛肉の味見をしてあったのが幸いです。肉の味を邪魔しない野菜といえばきゅうりやアスパラガスで、牛刺しを食べる時にあると嬉しい薬味などが直ぐに浮かびます。大葉は、ベランダの放置プランターに今年もよく育っていますので、早速これときゅうり、パプリカを数本一緒に巻いて食べやすいサイズに切っただけです。
 ポイントは、牛肉は冷たい状態に保ち、野菜を巻いたら10分ほど冷凍庫で冷たくしておくと最高!私は、塩で食べるのが好きで、お薦めですが、にんにくを摺って醤油で頂いたり、ポン酢というのもいいですね。

材料

  • 牛内もも30×15cmしゃぶしゃぶ用・・3枚
  • きゅうり・・1本
  • パプリカ・・1/3
  • 大葉・・15枚

作り方

  1. 野菜をスティック状に切る。
  2. 牛肉を広げ、大場を前面に敷き詰めたら端か野菜を巻き、一口大に切って皿に盛り付ける♬

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「愛」を感じるということ

 何かで気持が沈むような時、その原因は、自分の物事への思い方だと解っている。だから、もう辿らない。全て「思い」に振り回されているだけなのだが、これをだからと言って考えなくてもよいということではない。
 他に求めたことが、自分の欲したものと違うものが返ってきた時の落胆に「愛」ということが絡んで、厄介なことがある。いろいろな愛がある。人を愛するということは、私にはまだ解っていないことかもしれない。よくわからない。例えば子どもに対する母の愛も。いつかここで語ったことに、私の生い立ちがある。寂しい思いの塊を持って、じっと我慢して、そのようなものは持っていないかに振舞うのが精一杯だったなんて誰も知る良しもない私だった。そこから卑屈にならずに何とかこの歳まで生きてこられた支えは「愛」ではないかと思う。私が、私でいられるという自由な思いの中に、ほんの小さな光のようなものを感じる時に、それが「愛」ではなかったのかと思う。
 「ある種の愛情は成熟して憎しみに変わる。」というのを聞いた。「愛」とは異なる「情感」のことだと思った。男と女の関係面で起こる情感の交錯から生まれる正負の力のようなものが反発し合う時、物凄いエネルギーが生じる。私は、このエネルギーを感じると怖くなる。戦えないと知っているからだと思う。そういうことで争い、相手を憎しむことで傷つきたくないからだ。そうだ。憎しむことで救われると、勘違いしている人が最近多いのじゃないかと思う。逆だ。憎しみを持つ自分自身が、本当はぼろぼろに傷ついてしまうことなのだ。
 目に涙を溜めて歩くような時、道端に咲いている花が癒してくれるのは何故って、どんなに小さくても、何かの役にも立つわけでもないのに、毎年ちゃんと芽を出して花を咲かせて生きている。悲しい時には、そういう花の姿に心打たれる。せっせと餌を運んでいる蟻は、明日の洪水を心配して働かないわけじゃない。言い訳もしない。何も考えずに食べて、増やして死んでゆく。そういう繰り返しを文句も言わずにやってける蟻は偉いな。とか。小さなものに慰められる時、そこには「愛」がある。
 弱い自分だから戦えないのではない。殺伐とした心の部分に飛び込んで、自分自身とわざわざ戦った結果、その傷から憎しみが湧いてくるのは知っているからだ。これを抱えて生きているような人に、私は攻撃を受けたこともあった。受け止めるのに時間もかかったが、このような時、人は癒されたいのだと思う。傷つきすぎて外に吐き出したいだけなのだと思う。少し後悔の念が残っている。充分受け止めることができなかった。そのときの私が、実はとても傷を負っていたからだった。
 今の私は、充分待ってきた。この先も、いくらでもこのままでいられると思う。でも、かざす手の向こうに今までとは違うものを感じる今、それに触れてみたいと思っている。

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2010-07-01

極東ブログ「さすがの菅首相、消費税額分に4.5%の金利を付けて全額還付ですよね」やだねぇ

 もうこの手には引っ掛からないゾーだぁ(参照)。
 菅さんの事を弁ちゃんが褒めるワケがない。とは思ったけど、確かに今朝のニュースでゆうてはったヮ。やたらと「還付」を強調していた。私はね、今朝「ギリシャ(参照)」で延々と一本書いたばかりなのよ。バカも休み休みにしてって言いたくなった。だけど、菅さんがしゃべるのには関心がなかったけど弁ちゃんが言うのなら何かな、と思って一応読んでみた。
 確かに拾われている記事は、ちゃんとした新聞記事で、まともに書いてある。いつも勇み足っぽい煽り記事系が多いMSN産経ニュースにはどうかなと覘くと、ない。あり?おっかしい感じはしたが、ではNHKニュースが報じたとおりつことですね。読んだ感想は、菅さんが言っている事なのに、極東ブログに書いてあると妙に信憑性を帯びてくるのは何故?
 危なくここから本気にしてしまうところだった。でも、信じたつもりになってシュミレーションしておくと後学のためになるかもと思ったので、少し触れておくことにする。
 まず、還付金のこと。エントリーにも書いているので一部は省くこにして、その計算方法はこう。

1.還付加算金の計算方法
(1)計算式
還付加算金=還付金等×0.045÷365×日数
・加算金の率は7.3%もしくは特例率(4.5%)
・日数は、法定納期限または納付日の翌日から支払い決定日まで
(2)端数処理
・計算上の還付金等は1万円未満切捨て
・還付加算金は100円未満切捨て(全額千円未満の時は全額切捨て)
「国税通則法・講本」(税務大学校)PDF
    【参考】

第2節・還付加算金
「国税通則法基本通達」(国税庁

第58条関係・還付加算金 
「国税通則法・講本」(税務大学校)PDF 

 これは国がやることだが、この作業にかかる人件費や事務費などの諸経費は国民の税金からだ。また、私は、消費税の還付申請をするのに、国民は何をどうするのか?というシンプルな疑問が湧いた。まさかにレシート?スクラップブックに貼り付けて持って行くの?まさかね。もしかしたら、商品にシールやマークをつけて集める、あの、まさかのベルマークのようなものになるのだろうか?とか思うと既にうんざりしてきた。そもそもどのような商品が対象になるのかもわからない。
 いろいろ考えてみたが、何故還付という形にするのだろうか。話は飛ぶが、エンゲル係数でもはっきりしているように、食品を基準に消費税をなしにするとかの方が簡素であると思う。
 還付だと極東ブログが「そりゃいい。」と、絶賛しているように、国民の大半が、「いいんじゃない。大いにやりましょう、菅さん。」ハイ、んじゃー一票となる。うっしし、民主党バンザーイとか。そゆ、いやらしいこと考えていない?菅さん。

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絹莢(きぬさや)エンドウのイタリアン風味炒め:莢(さや)の剥き方

 適度に雨が降り、日中やや蒸し暑さを伴った柔らかい日光のお陰で、毎日抱えるほどのエンドウが収獲できます。今日は、このエンドウが中心の野菜炒めにしました。ちょっと驚かれる量かもしれませんが、実は私も始めて。特徴を出すために、味付けをイタリアンにしてみたのが今日のレシピです。イタリアンといっても、オレガノとトマト系のソース類を使えば、なんとなくそれらしくなるのです。末の息子に以前、ピザの作り方をきかれた時、食パンにケチャップを塗ってオレガノをパラパラし、野菜とチーズをのせればできると教えた時にひどく驚いて、毎朝自分でちゃっちゃと作って食べていました。 

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 そうそう余談ですが、「エンドウ豆」とは言わないように、何故なら漢字で書くとわかるのですが「豌豆」と言った上に尚且つ「豆」と付けると変ですね。昨日のNHK朝の情報番組で、「エンドウ豆」とアナが言ったのを聞いてちょっと恥ずかしかった。

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 さてと、今日も難易度1です。手順で一手間あると言えば、絹莢豌豆の筋を取り除き、下茹ですることくらいです。この筋の取り方ですが、一番きれいにできるのは、先端を三日月形になっている内側のアール(豆が付いている側)方向へ千切り、筋をヘタの方向へ引きます。ヘタのところまで筋が届いたらそのまま外側のアールの方向へへタを千切って先端まで引きます。つまり、先端からヘタを経由して先端へ戻るように筋を引いて来る方法です。この時に、途中で切れたりするのは、筋がそこまで固くないという事を意味しますから無視します。

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 筋きりしたエンドウは下茹でします。そのまま炒めてもよさそうなものですが、畑から収獲してくる時に、育ちすぎのも混入していて、豆が少し大きかったり、何かの加減で莢が硬かったりするのです。そのため、予め火を通しておきます。市販のなら、そのような不揃いはないと思うので、下茹で無しでも大丈夫かもしれません。兎に角、均一に火が通るようにするためです。

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 また、今回はHEINZのトマトケチャップを使用しましたが、完熟のトマトが買い置きにあれば小さく切って炒め合せるだけでも美味しいです。鶏胸ハムは「短時間でできる鶏胸ハムとソテー(難易度1)」のレシピを参照ください☛

材料

  • 絹莢エンドウ・・250g
  • パプリカ・・1/3
  • エノキ茸・・50g
  • 鶏胸ハム・・80g(☛レシピ
  • 塩・・小さじ1/2
  • 胡椒・・適宜
  • オレガノ・・小さじ1
  • HEINZトマトケチャップ・・大さじ1
  • オリーブオイル・・大さじ1

作り方

  1. エンドウの筋を取り除き、1リットルの水が沸騰したら20gの塩を加え、色が変わるまで茹でて笊に上げる。
  2. パプリカは縦長に細く切り揃え、エノキ茸は半分の長さに切る。
  3. 鶏胸ハムは薄くスライスし、そろえて短冊に切り揃える。
  4. フライパンにオリーブオイルを引き、エリンギ以外の材料を全て炒め合せる。
  5. 野菜に油が回ったら塩と胡椒で下味をつけ、エリンギを加え、全体にしんなりするまで炒め合せ、最後にケチャップで調味する♬

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物価を上げなで消費税だけ上げるの?菅流経済政策について

 ちょっと日が経ってしまったが、菅総理の街頭演説の「ギリシャ」という言葉が、NHKニュースで報じるたびに気になっていた。ニュースは殆どラジオで聞くせいか、朝の5時過ぎから、6時代、7時代と3回同じニュースを繰り返すので耳にタコ状態だが、菅総理のこのギリシャの引用の仕方が、まるで国民を脅しているように聞こえるので気になっていた。
 この事を経済評論家の高橋洋一氏がコラムで取り上げていたのを読んで、この違和感が払拭できた。が、さらに問題が深刻化した感が強くなったのが困りものだ。クリップ程度に書いておこうと思う。
 早速、高橋氏の「国が破綻して年金と給料が下がる」という消費税増税キャンペーンの大ウソ」(ニュースの深層2010.06.28)の引用から。

 曰く、消費税は上げたくないが、上げざるを得ないという。財政破綻危機のあるギリシャの例を持ち出し、「誰が一番被害を受けるか。ギリシャで最初にやられたのは、年金と給料のカットなんです」と言っていた。

 あたかも、国民の年金と給料を守るためには、消費税を増税しなければいけないといっているようだ。

 事実はどうか。

高橋氏は、ここからデータを元に菅総理の言うとおりなのかどうかを検証している。

日本の財政問題はひとえに名目成長率の低さに由来する税収不足である(参照)。

 と、サラッと一言だ。だが、この一言にかなりの意味を含んでいる。「名目成長率」という言葉を理解しないとすっきりと見えてこないものがあると思う。これを簡単に言ってしまうと、実質成長率に物価変動の影響を加味したものが名目成長率なので、高橋氏が言っているのは、物価が安いので消費税収も低いのが日本の財政赤字問題の元になっているということだ。ギリシャの場合は、

ギリシャは年金がデタラメで公務員の給料が高いから財政が危機に陥ったのだ。年金の見直し、公務員の給与引き下げは当然の対策である。国が破綻したから年金引き下げ、公務員の給与が下がったのではない。原因と結果がまったく逆なのだ。さらに付け加えると、下がったのは公務員の給料であって、民間企業のそれではない。

 そもそも名目成長率の低さは、日本だけが先進国の中で15年以上デフレだからだ。日本において、このデフレのままに消費税増税なんて、とても正気の沙汰でない。レスターサロー名誉教授(マサチューセッツ工科大学)が、デフレ下の消費税議論をクレイジーというのはよくわかる。

 誰でもわかる当たり前のことだが、例えば、名目成長率が3%と置いた場合、物価の変動が3%では実質成長率は0だ。実質成長率を2%にするには、その分物価も上がらないと成り立たない計算だ。実は、これは例え話ではないのだ。現民主党マニフェストの経済政策に数字として上がっている(参照)。
 この単純な計算と経済の理屈が、語る場所を変えると応用ができない人がいる。それが新聞の社説執筆者だから困る。昨日のfinalventの日記のクリップ記事があまりにもひどい。

強い経済、強い社会保障を実現するためにも、消費増税などの税制改革を織り込んで、強い財政をつくらなければいけない(朝日新聞社説)。

 消費税を増やして歳入に計上しても、歳出からそれが減るだけなので、強い経済とはならない。自分の財布から自分の銀行口座に預金しても、持ち金が増えたことにはならないという理屈だ。因みに、昨日の大手紙は、取り上げている題材はみな同じで、同じように頓珍漢社説だ(参照)。

だからか、次のようなコメントがついている。

菅民主党の公約が守られれば名目成長率3%だから、財政赤字は半減するのに。というか、守られそうもないというか、菅さん自身理解していない(参照)。

 マニフェストの通りにいけば、なにも増税騒ぎを起こすこともないのに、事実上比較にならないギリシャの例を引用しつつ国民を脅かすような街頭演説をするのは、菅さんご自身がわかっていたらそうはならないでしょう。と、私も思う。きっと、社説の執筆者もわかっていないでしょう。菅さんと並ぶ頓珍漢なことを堂々と書いていらっしゃる。 これで良いわけがない日本だが、皆さんがそれでよいのなら私一人の力じゃどうにもならない。
 ところで、この3%という名目成長率の数字がどのようにして生まれたかだが、昨日のTwitter情報の新聞記事によると、

「50兆円足せ」菅首相鶴の一声 新成長戦略は現実離れした数字?(Jcastニュース)
ただ、「政治主導」の流れで、数字はかなり荒っぽいものになった。09年末、事務方がそれなりに施策を積み上げてまとめた「20年度まで平均名目2.4%成長、20年度の名目GDP600兆円」という数字を、菅氏の「50兆円足せ」という鶴の一声で20年度GDP650兆円、20年度まで平均名目3%成長」という「現実離れした数字」(内閣府筋)になった。

 これは、いよいよ「菅独裁政権第四の道(参照)」の始まりなのかと驚いたが、自らの打ち出す「第三の道」では、消費税増税による財源確保で財政の再建を図るとしている。物価を上げて実質成長率を上げないと不可能な話だ。つまり、消費者の需要が上がらないと物価高にはならない。
 これを私の目線で言うと、財布にお金がない。仕方がないから銀行の預金を下ろす。そうやって食い繋ぐ。それが無くなると、市に申請して生活の保護を求める。財政はさらに悪化する。☚イマココ。

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