2010-06-10

「何年ブログ書いてんだか。で、まるで成長しない。劣化かわからん。地味に自分が変わってく」親愛なるあなたへ

今日から一タイトル一エントリーに書いて行こうと思います。サイドバーの「最新記事」から御覧下さい。

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 「何年ブログ書いてんだか。で、まるで成長しない。劣化かわからん。地味に自分が変わってく感じはある。」
 という言葉が昨日のTwitterでポロリと溢れるように流れてきた(参照)。これに気づいた時に、気持ちの中に湧き上がる思いがあるのを自覚しながら、このことで話したいということでもなくなんとなくその間をやり過ごした時、その時の書けない思いを抱える自分自身のこととしてはっきり浮かび上がったのです。つい、「具現化ができないの?」と突っ込みを入れたかに反応したのですが、それは相手にではなく、私自身が確かそのような土壺にハマったのを確かめていたような状態でした。そのことを少し書いておこうと思います。
 具体的には、昨日三本目に書いたエントリーの件です。いつものスタイルで料理のエントリーを書き、「続きを読む」以降にランダムに書きたいことを書いています。三本目は普通は有り得ませんが、昨日は、詰まったのです。私の場合は単に能力不足です。能力の劣化と言うと、元に優れた能力がある事を裏付けますが、書きたいことが思うように書けないという行き詰まりです。もう少し熟考する時間があれば良いという思い方は逃げ道で、そうではなく、閃き(ひらめき)がないと手が動かない状態になるのです。書きたいことが絞れない。そういうジレンマの板挟みになると、思考も止まるのです。
 菅政権に関して、何かが気になる。その気になる部分の抽出ができないため考えがまとまらないのです。なんとなくそこからの逃げで、先延ばしにしようとするのですが、問題は自分にあるのであって、菅政権の何が問題だと言いたいのかが見えないのです。ぼんやりネットのニュースを見ていて閃いた事を書き上げた時は速かった。書いたものに満足かと言われれば、そうでもない。いつも妥協です。
 書く事への妥協点というか合格点を低くするという表現でもない。でも、ヘタレた言葉のイメージよりも遥かに慰めてくれます。が、なんとなくここにも自分を逃がす要素が潜んでいて、精神的な堕落を伴います。問題は言葉でもないのです。自分に妥協できないくせに、合格点も出してやれないというのは、それだけ能力が低いことは重々承知なのです。だから、だったら努力すれば良いという年でもない。と、そこに、年齢的に可能性を思えない諦めのような境地が迫って来るのです。このまま放置すると、もっと心を苦しめ自虐の思い方にはまるのです。
 まとめて書くという縛りのようなものから自分を開放してみようかと思って書いたのが、昨日の三本目のエントリーでした。積み重ねて行くと良くなるという形も、観念的に、継続的な作業の繰り返しで出来上がるものなので、時々そういうことから開放してみるのも力が抜けて良いかもしれない。逃げるのでもなく諦めるのでもなく。

 同年として、日々の思いや気になる自分の生きざまのようなことに結びつけては物思いにふけるというのは同じで、慰めるとかのような無意味は承知ですが、特別なことが起こっているわけではないと思います

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