2010-06-18

「日銀流理論」から日銀総裁白川氏について考えてみる

 今朝Twitterのラインをチェックしてみると、この情報にまず釘付けになった(ログが削除されたのかソースはない)。「 日銀総裁への公開書簡http://www.toyokeizai.net/shop/etc/legend_letter.html」だった。この書簡のことを調べると、書いた主は浜田宏一氏で、若田部昌澄・早稲田大政経学部教授、経済評論家の勝間和代氏による共著『伝説の教授に学べ!本当の経済学がわかる本』(東洋経済新報社刊、今月24日発売)の冒頭に掲載されているそうだ。「日銀が国民を苦しめている」経済学の重鎮、白川総裁を一喝 2010年6月17日(木)17時0分配信 夕刊フジ
 浜田宏一氏(米コネティカット州ニューヘイブン・イェール大学経済学部)が、かつての教え子である日銀総裁白川方明氏に宛てた書簡とあれば、それだけで興味をそそられた。理由は、「結局、菅さんを上手く誑かす官僚と、石橋を叩いて、叩いて、叩いて渡らない日銀の綱引きかぁ。」(参照)と、私自身がやや冷ややかに見ているからだ。
 さて、この書簡に目を通してみての率直な感想は、経済学者としての信念というか、学者魂のような熱いものを感じた。大きな父というべきか。白川氏に対する風評と言えば、「日銀流理論」に染まったとされていることだが、このことを書簡で批判しているとは感じなかった。むしろ、国民を苦しめているとしたら、それを改めたらどうかという程度の書き方だと思う。

 そのときに湧いた疑問は、「なぜ、このようなすばらしいお人柄と、『ゼロ金利解除』を強引に行うような円高志向の政策観が共存できるのか」ということでした。いま起こっている疑問は、「貴兄のように明晰きわまりない頭脳が、どうして『日銀流理論』と呼ばれる理論に帰依してしまったのだろう」ということです。

「聡明(そうめい)な(白川)総裁のことですから、デフレと不況に苦しむ国民の立場から、その原因となっている(日銀の)緊縮金融政策を改めてくださることを願っています」

 などと引用してこの書籍の紹介をしたいのではなく、このことを知って直ぐに思い出したのが、先日の「極東ブログ「財務省の仕込みは完了?(参照)」ラジャー( ゚_ゝ゚)ノ ホイ」(参照)で気になっていた、政府と日銀の今後の経済対策についての関心に他ならない。この中で、フィナンシャルタイムズのマーティン・ウルフ(Martin Wolf)氏の投稿記事によって日本の経済問題解決策に4つ(実質2つ)の提案があったのが、

3は、インフレ状態を作って3%まで達したと仮定することで議論を展開している。4では、3の状態になってから始めて政府は増税をせい、と言っている

 これは正に、浜田氏が白川総裁に提案している金融緩和政策だ。夕刊フジでは次のように報じている(参照)。

 日銀がとるべき政策として、(1)短期国債の買い上げにとどまらず、長期国債や場合によっては社債、株式などを実質的に買い上げる(2)財務省がドル資産を買う介入を行う際、日銀は国内効果を相殺しない政策をとること-などを挙げ、(1)の対応が現実的としている。

このようなことは誰でも言っていることで、今に始まったことではない。日銀に対する私個人の不信感を話してもしたがないが、市場にカネがないため生活に活気が出ない上、預金を切り崩して生活を維持するようになったら益々経済が停滞する。このデフレスパイラルを何故、日銀は打破しないのかというのは本当に疑問だった。その理由が先にも触れた「日銀流理論」なのだろうか。この「日銀流理論」とはどういうことなのか調べてみた。

「日銀流理論」とは何か。私のみるところ、それは「一連の限定句」、平たくいうと「できない集」である。つまり、原則として日銀は民間の資金需要に対して資金を供給しているので物価の決定についても限定的であり、とりうる政策手段も限定的であり、政府との協調関係も限定的であるべきというものである。(白川日銀総裁の「出来ない集」
若田部昌澄 早稲田大学教授 )Voiceプラス

 これは、共著である若田氏の話だが、学習院大学・岩田規久男教授の方がわかりやすい。

 日銀流理論とは「日銀当座預金や日銀券の増減は民間の貸し出しの増減によって起きるものであって、日銀が直接統制に訴えることなしには日銀当座預金と日銀券の残高を金融政策によって操作することはできない」というものです。
 つまり貨幣の流通量というのは民間の需要に基づくもので、中央銀行がコントロールすることはできないというのです。(デフレを放置し続ける日本銀行は、もういらない)

 わかったような、わからないような。直感的には、日銀は経済政策を持たない、又は行使しない性格の金融機関だとでも言っているように読める。日銀という組織の中に在籍する限り、そのトップであれ、それが誰であっても、経済のコントロールを期待できる機関ではないのではないかと思う。本当にこの「日銀流理論」に則っているのかどうか、白川さんご自身の考えを聞かせて頂きたいものだ。また、浜田宏一氏を、恩師との関係とするのか、学者同士の議論と展開とするのか、そこは切り離して見守りたい。
 この著書のことで少し気になるのは、この本の共著といい、日銀総裁への書簡といい、なんとなく話ができ過ぎの感じがする。かと言って中身を批判するものでもないが、今流行の売り出し方のようなところがなんとなく安っぽさを感じる。権威ある経済学者の著書であれば皆関心を持って買うと思うのですが。イメージで買われる本はそれだけの読者しかつかないと思うので、なんとなく勿体無い感じがするのは私だけかな。

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