2010-06-19

極東ブログ「クラウド誕生 セールスフォース・ドットコム物語(マーク・ベニオフ、カーリー・アドラー)」の書評について

 極東ブログ「クラウド誕生 セールスフォース・ドットコム物語(マーク・ベニオフ、カーリー・アドラー)」の書評を目にした途端、ジュルリ、泣かせてくれた。この書き出しがなんとも裏寂しい。

自分の人生の時間に歴史の暴風が通り過ぎることがある。しかし幸か不幸か巻き込まれもせず私は取り残される。そのことを確認するために静かに本を読む。心を静めるために。セールスフォース・ドットコムとマーク・ベニオ氏の物語「クラウド誕生」(参照)を私はそう読み始めた。しかし、心揺すぶられる物語だった。

 私達は昭和の同じ生まれで、ポスト団塊世代のちょっと後の生まれで「しらけ世代」と言われている(「しらけ世代のことfinalventの日記 参照)。この事を説明するために遡ると一冊本が書けるほどになるので、簡単に言うと、やらされ感が強く自己主張を抑えられたことや、上の世代の横暴にうんざりして育ったのがしらける原因だ。この事がこの書評の出だしと何の関係があるかと言うのは時代をくぐっていないとわからないことだと思う。
 幼い頃、果敢なくも、小さな将来への夢や希望は誰しも抱くものだ。卒業文集の「将来の夢」みたいな、あそこに書いたようなことだ。そのまま夢に向かって達成した同級生に、かなり有名なアナウンサーやディレクター、エッセイスト、デザイナーがいて、活躍の程は影から応援している。それが彼らにとって幸せな生き方の場になっているかどうかは知る由もないが、傍目には成功していると言えると思う。そこへもってきて私はというと、へタレのグループかな。色々なことをこなしてそれなりにノリノリの時期もあったが、人を蹴落としてでも登るというようなガッツがなかった。そういうメンタル面での競争に頗る弱い私なのだ。スポーツも軍隊のような関係にうんざりで、先からのお誘いには全て応じられなかった。そういう自分に満足はしていなかったし、どちらかと言うとオチこぼれ感が強かった。
 若い頃の挫折ではあるけど、ここから未だに這い上がった気がしていない。あの時代に戻って、あの場面で自分を受け止めることをしなければきっと埋められない大きな穴なのだと思っている。どうせ理解されないのだからと、自分を嗜め、尚且つ卑屈にだけはなるまいと生きてきた。時々、自分に言い訳するのもさもしい事だと咎める、厳しい生き方もしてきたかもしれない。
 さて、何が関係あるかだった。昔に戻れないやるせなさに泣けるのだが、著者は、東京オリンピックの年に生まれたそうだが、日本は、この東京オリンピックを境に急成長したのだ。丁度今、NHKの朝ドラ「ゲゲゲの女房」の設定が同じ時期だ。率直に言ってしまうと、日本の高度成長期以後に生まれた若者は、潰しが効かない人が多い。夢は持つが、達成しないではいられないというようなエネルギーはない。特に会社や自営の家は、親が戦後頑張って築いた家業を苦労なく継ぐだけで一国の主になったのだ。時代を同じくして生まれ、比較的恵まれた家庭に育ったと思われる著者が、ダライラマとアインシュタインのモノトーンの写真を貼って"Think Different(違う考え方をせよ)"を座右の銘にしてきたとは・・・。この違いに、心、動かされるものがある。彼自身が人と違う生き方をしてきたのだろうということは想像がつくことだ。
 パーソナルコンピューターで、私が最初に購入したのはIBM社製だった。Windowsの前のドスだった。まもなくMicrosoftの金儲け開発の波に乗って、相当授業料を注ぎ込んできた。いつだったか、これ以上ソフトの開発が進んでPCの買い替えやらメンテ、メモリーの増設などに振り回されるのなら、もうNetはまっぴらだと思った矢先だった。が、現在、GoogleChromeになんだか救われている。クラウドの登場で、気持も軽くなった。
 そうか、この開発者のサクセスストーリーなら是非読んでみたい。そう思って、早速注文した。紹介ありがとう。

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