2010-03-15

手羽元と越冬大根のミルク煮込み:旧米軍基地の跡地に教えられること

 里芋に続いて今日は、越冬大根と手羽元のミルク煮です。里芋のところで話したように、寒さが通り過ぎて三寒四温ともなると、根菜の細胞も目覚めるのです。どうも水分が抜けてきて、中にすが入り(白くパサつく)、終いには腐ってしまうのです。ですから、春の訪れと共に漬物、根菜類の処分に入ったのがいつもの朝風呂で会うお婆様です。それらの残量と相談して、自家消費できないと踏むとご近所へどんどん配りだすのです。思いがけない頂き物にありつけるということで、私にも大きくて太い大根が数本届いているのです。

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 適期を逃さないということで早速、いつものように手羽元でスープを取り、米の研ぎ汁で下茹でした大根をこっくり煮込みました。大根の下茹でに米のとぎ汁を使う理由は、苦味と臭いを米ぬかが吸着してくれるのと、何よりも透き通るような白さにしてくれます。

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 ▶手順は、大根を米の研ぎ汁で茹で始め、沸騰し始めたら火を弱めて5分茹で、火を消してそのまま冷まします。竹串がすっと入れば、下茹での完了です。
 ▶同時に、手羽元10本を4リットルの水から弱火で加熱し始め、80度をキープしながら40分茹でます。あく取りシートを被せておけば、充分アクが取れますが、出来上がりが濁っている場合は、肉を取り出した後に火を強めてアクが浮いたら掬って透き通ったスープにします。出来上がったスープを500㏄と、牛乳を300ccを合わせて煮込みますが、牛乳は一番最後に加えます。ここまで準備が整ったら、後は、20分で仕上がる煮込み料理となります。

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 油を薄く引いたフライパンで、手羽元に焼き色が付く程度に軽く焼きいて取り出しておきます。続けて、玉葱とにんじんをバターで炒め、玉葱が透き通ったらスープと大根、手羽元、ローリエを加え、にんじんが充分柔らかくなったら、味付けして片栗粉を牛乳で溶いてとろみをつけます。残ったスープは、鶏ガラスープとして生かすとよいです。

材料

  • 大根・・500g
  • にんじん・・200g(1本)
  • 玉葱・・300g
  • 手羽元・・10本
  • 手羽元スープ・・500cc
  • ローリエ・・1枚
  • 塩・・大さじ1
  • 胡椒・・適宜
  • 牛乳・・300cc
  • 片栗粉・・大さじ2
  • バター30g

作り方

  1. 大根の皮を剥き、大根を立てて包丁を斜めに入れてひねり、剥がすように乱切りする(表面積を多くして、火の通りを速くする)。
  2. こめの研ぎ汁で大根を茹で始め、上記の▶の通りに茹でる。
  3. 手羽元は洗って水気をきり、上記▶のように茹で、出来上がったら手羽元は笊に揚げておく。
  4. 人参は乱切りする。
  5. 玉葱は、2cmの櫛形に切る。
  6. フライパンに薄く油を引き、手羽元を時々転がしながら焼き色をつけて一旦別皿にとる。
  7. 同じフライパンでバターを溶かし、玉葱と人参を一緒に炒め、玉葱が透き通ったら、スープと、ローリエ、米糠を洗い流した2の大根、3の手羽元を加えて煮る。
  8. 人参が柔らかくなったら、塩、胡椒で味付けし、片栗粉を牛乳で溶いて少しずつ加えてとろみをつけてでき上がり♪

***
 昨日は所用で東京近郊へでかけ、途中の空き時間に昭和記念公園に寄り道の計画をしたのですが、家を出る時間が大幅に遅れたため、結局行かれませんでした。
 昭和記念公園という名の通り、昭和天皇即位50年を記念して、立川基地跡地に作られた国営公園です。公園のことは知っていますが、まだ一度も行ったことがないのでチャンスを狙って数年経ちます。
 今回行ってみたいと思ったのは、なんとなく沖縄基地移転問題が気になっていて、基地の跡地問題がいろいろ言われる中、その事を身近に感じてみたいというただの衝動のようなものでした。
 私は、入間市の旧米軍基地のそばで育っていますので、沖縄の人達の反対する理由もよく理解できます。学校の授業中、頭の直ぐ上を飛行機が飛ぶので騒音がひどく、建て替えられた校舎は騒音防止の対策で、外側と内側に二重窓になっていました。また、何かの事情で基地内に住めない米軍兵の家族の住まいが至る所にあって、アメリカ人は割と身近な存在でした。今でも実家のそばにその「ハウス」が残っているので、昔のことを思い出します。
 張り巡らされた金網の向こうに見る世界は、外国の風景に写っていたので、子どもの頃は基地の中が見てみたくて仕方がなかったです。年に一度の航空ショウーは11月3日、文化の日と決まっていて、この日を待ちわびていたのを覚えています。
 そこもやがて返還されて、その広大な土地を縦断する一般道が設けられ、マンションや公共施設が立ち並んでいます。立川基地の跡地が広大な国立公園となり、入間基地の跡地も、周辺住民にとって公共的に何かと役立っていてよいと思いますが、入間基地については、基地の存在で地域が分断されていたため交通の便が悪く、どこへ行くにも迂回が前提でしたから、その問題がなくなってみると市内の幹線道路の渋滞がなくなりその変化には驚きました。
 とりとめもなくだらだらと書いても仕方のないことですね。
 沖縄の基地移転が決まらないということにでもなれば別ですが、移転が決まっても政府が管理する方向だという話が本当にそうなったら、単に蛻の殻(もぬけのから)になるだけです。跡地利用という方向はないのですから、住民にとってというよりも、街は寂れてしまいます。街の活気がなくなるということは、税収も望めなくなると思うと、後に残る問題は見逃せないと思うのです。
 私が育った町のあの入間基地が単に残っていると仮定すると、周囲のフェンス越しに広大な野原を見て、勿体無い事だときっと思うに違いありません。それまで不便だと思っていた分断された地域は、そのまま繋がることもないのです。また、車の往来も想像を絶する程減るのです。基地に用がなくなる周囲の関係業者は、得意先もなくなり、その関係で働く人も、仕事がなくなります。
 簡単に政府の管理下に置かれるといっても、長い目で見たらいろいろな問題を残すのも自明です。私は、その事の方が気になります。
 昨日は、昔のまま残された昭和記念公園の外壁の中が見えないことで、いろいろと思い出し、つまらない妄想をしてしまったのかもしれません。
 それにしても、この公園には早いうちに行っておきたいです。

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