2010-02-07

カラスカレイを美味しく食べる付け合せ野菜:トヨタの問題に触れて思うこと

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 入手しやすい冷凍の切り身の魚ということで「カラスカレイの照り焼き」を以前に紹介しました(参照☛) 。個人的な理由でもあるのですが、息子達がこの春から一緒に住んで自炊を始めると思うと、切り身の魚を最大限に生かして欲しいと思い、意識的に料理に取り入れて試作しています。
 今日のレシピは、浮き粉をまぶして普通にソテーしただけですが、弱火で時間をかけてゆっくり焼くことで、脂の多いカラスカレイをさっぱりさせます。白身の魚で、味には個性があまりないのでソースに気をおいたのですが、栄養的に欲張って、野菜に濃い目の味付けをして一緒に食べたらどうかと思い、今日は玉葱を軽く炒めたところにバルサミコ酢を絡めてみました。
 玉葱の甘さとバルサミコ酢の酸味とコクがよく合うので、一口運ぶ毎にその味わいが深まります。思いのほか美味しい組み合わせです。

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 作り方は大変簡単ですが、カラスカレイを急激に解凍するとかなりの量の水がでます。私がこれを嫌うのは、水と一緒に旨味と脂も抜けてしまうと魚がパサつき、美味しくなくなるからです。冷凍庫から冷蔵庫に移して、時間をかけてゆっくり解凍するとよいと思います。
 解凍が終わったらキッチンペーパーで水分を軽く吸い取り、塩と胡椒を振って浮き粉をまぶします。浮き粉は小麦粉のグルテンを取り除いた粉なので、水分を吸ってもベタつかないというのが特徴です。なければ小麦粉でも結構です。フライパンにオリーブオイルを薄く引き、表になる方を下に弱火で焼き始めます。途中、魚が崩れてしまうのでいじらないことです。気になるものですが、良い焼き加減になると自然に身が浮いて「もういいよ」という声が聞こえてきます。裏返してしっかり火を通したら皿に盛りつけます。付け合せの野菜は、魚を焼いている最中に用意しておくと手順がよいです。魚をいったん取り出してフライパンに残った油を拭き取り、少量のオリーブオイルで輪切りの玉葱を炒めます。玉葱が透き通ってきたら火を止め、バルサミコ酢を手早く絡めて魚に添えます。

材料

  • カラスカレイ・・3枚
  • 玉葱・・中半分
  • 塩・胡椒・・適宜
  • 浮き粉(無ければ小麦粉)・・大さじ1
  • バルサミコ酢・・大さじ1
  • 付け合せ野菜・・ほうれん草と椎茸のソテー

***
 「トヨタ」の今回の問題は、社長自らお詫びの会見をするほどの大問題になったのかと、少し驚きました。つまり経営問題へと発展したという解釈ですが、昨日のNHKニュースでその様子を聞きました。当然とは言え、陳謝すればしたで、またそれに何かと批判もされるというのは仕方のないことです。 何かと世間は騒ぐものです。
 担当レベルでも、ミスの度合いによっては辞表という形で責任をとる場合もあるわけです。先日の朝青龍のような事件性の場合はさておき、些細なことで改善できるうちに取り組んでおくと良いと思ったことが昔あって、ちょっと思い出したので書いておきます。方法論とは違うのですが、昔の人は、仕事のできる人間を育てることよりも、人を育てることが先にあったのだと思った一例です。
 私はこの大人と出逢ったお陰で、物事に真剣に取り組むということはどういう事かということを学びました。と言っても、口でこうしなさいと方法を教えてもらったわけではなく、「学ぶ」ということはこういう事なのかなと実感したことです。
 兎に角、物事を詳しく説明しないのが昔の人です。しかもよく聞いていないと、一回しか言ってくれないものでした。勝手に見ている分にはいくらでも見せてくれるのですが、質問などしても知りたい答えではなかったりします。大概「そんなことは自分で考えろ」の一言で、冷たくあしらわれるのが関の山でした。でも大変変則的で、聞きもしない知りたくもない話なのに、気が向くと沢山話します。そういう時は、キターッとばかりに傍によっていって聞き入るのです。こういう大人は、本当に大切な事しか言わないのだということを日常で知る必要があります。
 また、話したがりの大人は自慢話が多く、子どもを聞き役に回すだけなので子どもはあまり好きじゃなくて、どちらかと言うとウザイのです。大人を見分ける力は、子どもに備わった洞察力として非常に長けていたものです。余談ですが、大人に媚(こび)を売るような子どもは、人の評価が第一ですから、上手くいかないと逆に劣等感に苦しむ事になります。
 さて、さらっとですが、私の持つ昔の大人の印象からも分かる通り、良い大人について行くのは難儀なものでした。中学の時、当時はたぶん60歳くらいのおじさんから、「仕事は命をかけてやるモノだ。」と言うのを聞いたことがあって、例の通り、聞き直したりその意味などを聞くのは愚問です。静かに胸にないないしておきました。
 それから十数年経ったある時、訳あって、食品を全国に出荷するという仕事の最後の数合わせの部分を手伝うことになった時、段取りを伝えてくれた担当者が「この作業の途中で数を間違えると、間違えたところから後の数が全てくるってしまうので、待っているお客さんに届かないような事態になります。間違えないようにしてください。」と伝えてきたのです。サー大変。凄いプレッシャーを感じて心臓はドキドキで、手元が震えるほど緊張しました。緊張しすぎたのか、何度も何度も数え直しをして、やっとコンテナが一杯なっても、前に入れた数に不安が出てくるのです。商品リストの行の見間違えはしなかっただろうか、さっき入れた品物に間違はなかったかなどが気になってちっとも捗らないのです。とやがて担当者が戻ってきてその様子を見て、作業が中断されたのです。「godmotherさん、ちょっと進み具合がよろしくないですが、どうかしましたか?」「はい、すみません。数を間違えなように、何度も数え直ししています。」「どうしてですか?」「あの、心配なんです。」「何が?」「私が間違えると人に迷惑がかかるのと思うからです。」「そうですね。だから、命をかけて数えてください。」と言われました。その時、何故か急に落ち着いくことができて、リストの数も一度見ればその列を全て読み取れ、作業が終わった時に、箱と中身の数がぴったり一致しました。なんて気持ちのよい終わり方だったかと、今でもその清々しさを覚えています。あの時、この仕事を一生の仕事にしてもよいと思えるほどの達成感を感じることができました。
 人のために仕事をしているのではなく、「心配」とか「安心」解消に気が逸れてたのです。それというのは、人に迷惑をかけて、自分に振りかかる責任を無意識の中で逃れようとしていたのかもしれません。「命をかける」というのは、死ぬ気になれば心配とか安心などのない世界です。「そうか!」とひらめくものがあり、心境が変わりました。
 「命をかけて、数を数える」なんて、青臭い表現で、昔の青春ドラマみたいで恥ずかしく思うのですが、人が本気で取り組む時、その状態の自分をおさえられると、そうでない時の自分が自覚でき、自ら姿勢を正す助けになります。 自ら気づくことは身につくけれども、人から百回言われたことは一つも身につかないということです。
 このことを学んだのは、結局最初に話した昔の不親切とも思えるようなお爺さん達でした。そういう大人がいなくなったのは少し残念です。

 脱線話:

 私が昔勤めた会社の社長は、戦前、中島飛行機の技術者で、トヨタとホンダの創始者と戦争関係で何かのつながりがあったそうです。戦後は、何を作っても何でも売れたそうで、特に、戦後金物が少なかった時に、そこら中から金物を集めて鍋・釜を作れば飛ぶように売れたと、商売のとりかかりの逸話を面白おかしく話してくれました。私の上司は、トヨタとホンダの創始者と、中島飛行機のつながりで車の技術開発に着手したそうです。整備で磨いた技術と物作り気狂いの血は、現在の車製造業となったトヨタ、ホンダ、私の上司の起業の始まりだったそうです。それも次第に時代遅れの考え方となり、開発と価格競争には通用しないと自ら悟った結果、代表を退いたのです。今の日本の企業にあったらよいなあと思うことに、このような昔の人達の物作りに対するプロ意識でしょうか。「良い物を作る」というのが物作りの使命ではないかと思います。儲けを考える人は、良い物をどのように売ったら商売になるかだけに徹し、お互いを侵害しないのが分業で、それが仕事というものではないかと思います。世の中のどの職業に就くにしても、その道のプロとなることは容易いことではありません。私のような主婦にだって、この道のプロになろうとするのは簡単ではありません。なんだか、昔の人から学ぶことが沢山あります。

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