2010-01-26

牛肉と豆腐の時雨煮風:豆腐や白滝の下ごしらえのコツ:棚から牡丹餅的話だけど、どう考えることなのか

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 牛肉を使った和食で直ぐにアンテナが立つのは、私は時雨煮です。すき焼きのあの甘い醤油の味付けのアレです。すごくお砂糖が入っていて甘いのに、醤油と牛肉の相性の良さに馴染んでしまう味です。
 時雨煮というのは、蛤の産地で有名な桑名で“時雨蛤”という佃煮があって、名前の由来は古人が歌で詠んだからだと以前聞きました。食べ物の名前について調べると、面白いエピソードに遭遇するのでのめり込みそうになるのですが、この話はまたいつか。
 今日の時雨煮は、佃煮ほど濃い味付けではなく、煮物としておかずになるように薄い味付けで、牛肉の旨味が醤油と一緒に牛蒡や白滝、豆腐に染み込むように煮ました。

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 豆腐は千切って表面積を広くすることで、かなり味が染み込みます。家庭料理は、美味しく作って食べるのがもっとうですから、お豆腐の形が崩れていますが、気取らずにこのように作ります。また、白滝も、乾煎りして水分を抜いて下ごしらえすると、短時間で味がつきます。
 最近煮物で話す共通語は「下茹で」「下煮」「速煮」ですが、ちょとした一手間として、下ごしらえをきちんとすると結果的に短時間で美味しい煮物ができ上がります。

材料

  • 牛肉バラスライス・・150g
  • 木綿豆腐・・100g
  • 牛蒡・・1/2
  • 白滝・・1袋
  • 生姜・・1片
  • 鰹出汁・・100cc
  • 醤油・・50cc
  • 酒・・25cc
  • 味醂・・50cc
  • 砂糖・・小さじ1
  • 塩・・小さじ1/2

作り方

  1. 牛肉は3cmの幅に切り揃える。
  2. 牛蒡は水洗いで泥を洗い流し、3cmの乱切りにする。
  3. 白滝は3~5cmほどのぶつ切りにし、鍋で水分がなくなるまで乾煎りする。
  4. 木綿豆腐は一口大に千切って笊で水を切っておく。
  5. 生姜は千切りにする
  6. 鍋で鰹出汁と一緒に2の牛蒡が透き通るまで煮て牛肉を加え、肉の色が変わるまで炒める。
  7. 3の白滝と豆腐を加えて煮立ったら酒、味醂、醤油を加え、時々鍋を振りながら全体に味付けする。
  8. 味見をして、塩と砂糖で味を調える♪

***

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 最近、ジョギング時間を夕方に変更したところですが、昨日はどんよりとした空が午前中から広がり、夕方雪にでも降られるかと思い、昼前に出ました。諏訪湖の写真を撮っていると、一週間ほど前に同じ場所で知り合ったアメリカ人英語教師のサラが、私の後を追うようにして走ってきて、彼女も休みの日の午前中に走ると言っていたその偶然と、私の突然の予定変更の偶然が重なったのです。ちょっと驚いたような、嬉しそうな顔をして私のところに走り寄ってきて、それから時間が経つのも忘れて話し込みました。
 日頃の料理で、材料が手に入りにくくて困るという話から、私のブログが少しは役立つかと、教えてあげようとするのですが、不覚にもブログのアドレスまでは覚えていなかった。必死で、「godmother」で検索することや、ブログのページビューのことを教えてやれやれと一息ついた時「Why not !iphoneがあるじゃないか!」と気づいた始末。インターネットが全く身についていない私というか、iphon優れ過ぎ! ブログのページビューを覗いて必要情報を得て、ご機嫌で別れたのです。
 夕方には教えた通り、プロフィールからメールアドレスを使って、早速彼女からメールが届きました。私?私は、我が家を特定したGoogle Mapを添付してお返事しましたよ。
 今の若い人達は、巧みにメールを使ってやり取りするのでしょうね。私は、家でパソコンを扱うことに関しては、子ども達からも先端の方だと言われますが、「使いこなす」というのは、例えばiphoneの使い勝手がどのようなシチュレーションで役立つかという経験が浅く、今回のことで、屋外でパソコンを持ち歩いているのだという自覚が全くないのだと思いました。これも場数を踏むことでその利用価値がわかってくるのだと思いますが、今さらながら、この先の広がりを思うと恐ろしくもなります。人間は、こんなに便利になってしまってよいのだろうかという疑問が、頭の中をぐるぐる回り始めます。
 どのような方法で人と人が繋がろうと、結果、繋がるのだから方法なんてどうでもいいじゃないかという考えと、プロセスが大切だという昭和の感覚が共存していて、両者の良し悪しを考えたり、その基準にコミュニケーションの在り方みたいな形が出てきます。もしもあの時iphoneがなかったら、と考えると、サラは家に帰って私の言ったとおりに検索でこのブログを探して同じようにアドレスを辿ってメールをくれただろうか。このつながりは、昔だったらどうしていただろうか、と、人とのつながり方のスピード感のような関係を思いました。
 人と人が何かの縁で知り合った時、両者の関係がもっと近づき、お互いが一緒にいること(やり取りする関係)に違和感のない者同士だと認識して、知人から友人と変化して行き、それが一生掛け替えのない仲になることもある訳です。その関係というのは一瞬で始まるにしても、何らかの関わりで相手を知るという事が長く続いているから「知り合い」と呼ぶ関係です。
 私の経験から、つまり昭和の感覚なのかな、相手を知ることはゆっくりで長く続くようなことだと思っているからなのか、ネットを介して知り合った相手に対しても同じ思考パターンで接しているのかもしれない。これはよくいう「ウザイ」事なのかもしれない。もしかしたら、相手はもっとドライなスタンスなのかもしれない。というか、このような疑問があるということ事態、相手との関わりが浅く、知らない事だらけなのだと思うのです。だから、ここまでで吉とするのかと自問自答するのかな。これ以上は深まらないというか、このままを維持するだけなのか。人との内面的な関わりは、ネットとリアルでどう違うのかということがよく分からないです。
 昨日NHKの朝の番組でTwitterのことを紹介していました。あれ、よく分からなかった。使っている私が分からないというのは、どうやって使うかという方法の意味ではなく、自分にとっての使う目的が絞れない、何のために使うかということが紹介されていないのです。ま、それもそうかな。人に寄って使い方が違うのも事実で、それが千差万別だということは、一通りの使い方はないということですから、説明のしようがないのかもです。自分に合うとか合わないとかの基準もよく分からないですが、私が使っていて楽しいと感じるときは、いろいろな話題でそれを共有できる一瞬(一回でも)が、未知の相手とあることです。共感するその出会いみたいな瞬間が好きです。見ず知らずの相手とたった一つの話題で繋がる一瞬というのは、自分の目の前の視界に広がりを感じる一瞬です。その一瞬が何度も同じ相手と起こり続けると、「Twitter婚」と言われるような結婚にも結びつくのかな。
 サラにTwitterの事を聞くと、知ってはいるけどアカウントがないのは元より、ネットの関わりは浅いという事でした。いえ、彼女に勧めたいわけではなく、アメリカ発信のTwitterですから、ご本家だからどう認識しているのか知りたいと思って聞いたまでです。彼女個人の意見を聞いてみると、関わりを持つ時間がないのと、インターネットヘビーユーザーではないようです。そういう意味では、私は、Twitterはヘビーユーザーではないので、知ったか振りのようで偉そうに言えません。
 なんだか、取留めのない話ですが、未知のことにはこんな風にいろいろ思いが巡るという感じになるのです。ネットというのは、よく分からないものです。

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コメント

godmotherさん、こんばんは、

すばらしい景色ですね。Twitterに夕陽の写真もあげていらっしゃいましたが、一段と美しかったです。

早く成長するものは、早く年を取るのではないでしょうか?人と人とが知りあうのも、ゆっくり時間をかけた方がいいと思う、私も昭和の人間です。

投稿: ひでき | 2010-01-27 19:09

ひできさん、今でこそ聞きませんけど、昔「文通」なるものもありまして、小学生の頃からやっている人もいて、おマセだなと思っていましたけど、はてダもその辺がちょっと終わっているのかなととか思ったりして・・・。

話はそれますけどipadいい感じです。欲しいなと思いました。

投稿: ゴッドマー | 2010-01-29 08:00

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