2009-12-30

フライパン一つで同時に三品作るおかず(豚ネギ丼・かぼちゃのポタージュスープ・蒸しキャベツのおカカ和え):ネットでの婆の寿命は

 タジン鍋でできあがる食材の美味しさを生かした料理は他にできないかなと、ぼんやり考えていて思いついたのが今日のレシピです。厚手の大きなフライパン一つで三品同時に出来上がるという、あの奥園式料理みたいな感じです。
 タジンの良さは、素材の旨味を逃がさず、野菜自らの持つ水分で蒸すという考え方が生み出した美味しさにあると思います。その特徴のある形をした鍋を通して伝統として今でも一般の家庭料理として定着しているゆえんです。

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 ここに目をつけて、柔らかく蒸された上部の野菜の香りと肉の旨味を一番下の野菜が受け止めたものをそのままポタージュスープに、間の蒸しキャベツは和風の和え物。肉は厚手の豚ロースなので、少し片栗粉を両面にパラパラと振って最後に被せて蒸すこと30分。タジンの場合は、普通はここから野菜から水が出てきますが、ちょうどこの瞬間に火を止めます。大事なのは、肉に火が通っていることを確かめてね。ここで肉は一口大に切って酢昆布醤油(レシピ☛2)を絡めます。片栗粉がのっているので味の定着もとてもよい上、厚手の肉にもかかわらず非常に柔らかくできます。何を隠そう、この豚ネギ丼の出所は極東ブログの「男料理」からです。端的に短く書いたレシピに泣けます参照)。

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 その下のキャベツは手早くざく切りにして鰹節をかけて昆布醤油(レシピ☛1) で和えます。これで二品です。

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 三品目、これがちょっと和風じゃないのでイマイチなレシピですが、そんな心配は吹っ飛ぶほど美味しいかぼちゃのポタージュができました。

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 上から取り除きながら最後に残った野菜と染み出た水分をかき集めてバーミックスで撹拌します。(ミキサーやフードプロセッサーなどでも可。なければ木ベラなどでも潰れるほど柔らかいです。)ほんの2~3分です。これを鍋に移して牛乳を加え、味を整えればポタージュスープのでき上がりです。ね、簡単でしょ。
 この忙しい時期だからこそ考えついたレシピですから、お役に立つこと間違いないです。

材料(豚ネギ丼は3~4人分)

  • かぼちゃ・・360g(3cm角厚さ5mm)
  • 玉葱・・200g(5mmの櫛形)
  • 人参・・80g(小1本)(1cmのサイコロ)
  • バター・・20g
  • キャベツの葉・・5~6枚剥がしたままの大きさ)
  • 豚ローススライス・・300g
  • 片栗粉・・大さじ1
  • 豚ネギ丼の材料
  • 昆布酢醤油・・大さじ2
  • ご飯・・適宜
  • 長葱・・1/2本(小口切り)

キャベツの鰹節和え

  • 鰹節・・適宜
  • 昆布醤油(レシピ☛1) または酢昆布醤油・・好みの量

かぼちゃのポタージュスープ(5~6人分)

  • 牛乳・・400cc
  • 塩・胡椒・・適宜

クルトンの材料

  • 食パンの耳・・1枚
  • バター・・大さじ1
  • ナツメグ・・適宜
  • 刻みパセリ・・大さじ1
  • 塩・・少々

作り方

  1. 材料にある通りに野菜を切り、肉は広げて両面に指先につまんだ片栗粉をパラパラと振りかける。
  2. 厚手のフライパンか鍋に玉葱、人参、かぼちゃの順に敷き詰め、バターの薄切りを所々に乗せる。
  3. その上にキャベツで蓋をするように被せ、片栗粉をまぶした豚肉を広げて乗せる。
  4. ぴっちりと蓋をして弱火で加熱しながらやく30分後、蓋を少し開けて肉に火がとおっているのを確認したら火を止める。
  5. 肉を手早く一口大に切ってボールで酢昆布醤油をまぶす。
  6. キャベツは取り出して、包丁で適当な大きさに切り、ボールで鰹節と昆布醤油で和える。
  7. 最後に残ったかぼちゃと人参、玉葱、水分は全てバーミックスで撹拌して滑らかなペーストにし、牛乳でのばして沸騰直前で火を止め、クルトンを浮かしてでき上がり。
  8. 最後に、温かいご飯に5の肉を散らしてネギを散らして召し上がれ♪

クルトンの作り方

  1. パンの耳を5mm角に切り、バターを溶かしたフライパンで焦がさないようにローストする。
  2. 2がカリカリになったらナツメグと刻みパセリを加えて混ぜ合わせ、火を止めてそのまま冷ます♪

***
 なんとなく毎日ブログを書いてきてみて、一本調子だったわと振り返るのですが、それというのも料理することに気負いもなく、その流れで書いてきただけだったからかなと思います。流石に年末には何かこれというものを書いて締めくくろうかと少し考えたのですが、そういうイベント的なことは続きそうもないので身の丈のほどにしておきます。
 一本調子と言えば、私は物事を続けて行く力というものはどうやらありそうです。始めからそう決めて取り掛かるわけではないのですが、先日も少し書いたように、その瞬間の今に生きることが今の自分自身でしかないし、過去を振り返ってみた時、「あの時の私」として今振り返ってみているものは、今に到るまで築かれた私というフィルターです。ですから、「今自分が見ていることは真実か?」といくら問うても、本当のことは見えないで終わるのが本当ではないかと思います。その連続的な瞬間の極一部分を感じたこととしてここに書いてきているし、毎朝ジョギングすることも、そういう意味では一貫性はあるかもしれません。
 そうそう、ジョギングも天候任せでほぼ毎朝のこととして続いていますね。これは楽しくて止められません。毎日太陽と月が一定のポジションをとりながら日の出と日没を繰り返し、そのどこかのある時点で、私がこの地球から眺める瞬間は毎日違う部分を見ているのです。その変化や違いを楽しむひと時なのです。立石公園からの眺めには、空気や音、温度の大自然が含まれているのです。この豊かさを私は毎日エネルギーとしてもらうのですから、充電を日課としているだけですね。続くわけです。
 パソコンのHDDの調整をした時に、PCメーカーのサポートでも不明だとしていたデータの喪失でがっくりしたことと、そのことをここに書いた時に、「PCは消耗品。データはWebストレージで管理するとよい」とアドバイスを頂き、確かにいつか全面的にそうしなくてはと思ってはいたのです。時々Googleのドキュメントなどをつかったり、メーラーやRSS、画像処理のPicasaなどのお世話にはなっていましたが、サービスがどんどん進化する中で、自分にあった使いこなしを考察する時間と余裕がなく宝の持ち腐れの状態が続いているのが気がかりです。最近は、Google Documentを使ってここの下書きもしています。ファイルの変換や他のWebページのコピー機能等は使えば使うほど新しい発見の連続です。反面、MicrosoftのWordなどはまったく使わなくなりましたよ。ただ、このGoogle Documentと日本語の変換機能を併用して思うのですが、誤変換に気づかないことも多くなりました。また、タイピングのスピードと文字が画面に現れるまでの時間のずれがあって、誤変換に気づいて削除する文字数と残したい文字にも時間差がでるので、そこに目が届かないで済ましてしまう傾向があります。これは私が単にゆっくりタイピングすればよろしいことなのでしょうけど、後で間違えを探すのは、本人の目では難しいです。三度目くらいに気づくことも度々です。本当にお恥ずかしいミスばかりです。このミスを無くす努力をしないと、後々ミスが気になって、見直すのに費やす労力がかなり負担になっていることも事実です。学習して慣れていく必要がありますが、それがやっと追いついた頃更なる進化がやってくるのです。そういういたちごっこに疲れた時が、私のインターネットとの関わりの終わりで、ブログの終わりになるのかな。男性よりもその点、寿命が短いかもしれません。このことは、こっそり言うと危機としていつも思ってることなのですよ。
 よりによって、この秋にiphoneも買ってしまって。後悔はしていませんが、こうやって新しいものを追う気持ちと、いつか「これには付いて行けない」と断念するのだろうという気持が共存していて、これを加齢と絡めて考えてしまうのが老いなのでしょうね。子ども達は、興味のないことなら、新しいことでも注目を浴びるような新製品でも目をくれません。それを「遅れ」などという観念的な見方はしないのですね。若いときはそういうものです。
 さて、長くなってきたので、この続きはまたにします。って、続くのかな。未定です。

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