2009-11-30

小松菜と豆腐とエノキダケの中華風の煮物:旬の小松菜を丸ごと味わう:街を歩いたら

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 小松菜と豆腐、エノキダケの旬の材料の炒め物です。そして、この組み合わせは誰もがきっと食べやすく、美味しく味わえるのではないかなと思います。年齢を問わない料理だと思います。
 しかも、言わせてください、小松菜のこと。この時期の青菜で小松菜や野沢菜などの茎の水分の多い部分は、火が通ると表面の固い皮の直ぐ内側がぬるっとして甘く感じたことがあると思います。この理由が今年初めて分かったのです。
 畑の白菜が少し凍って、その白い部分がぬるっと甘くなっていたのは私の勘違いじゃありません。正に、野菜が畑で凍って耐えた証なのです。小松菜の付け根の太い茎がふにゃっとして甘く感じると同時に、これが冬の到来を教えてくれているということです。野沢菜漬けで言うと、漬かり加減が初期の状態でないとこのぬめった茎にありつけません。理由は、その後漬物が進行すると水分が出てしまうからです。長年疑問だったこの理由が、畑を始めて、しかも冬の野菜を食べて初めて知ったことです。なんだか嬉しかったです。

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 そのついでと言ってもよいのですが、この小松菜のぬめりに合うように、とろみをつけた中華風にしたのです。お豆腐は、絹ごしで滑らかなものでも良いですし、このレシピのように木綿豆腐を予めしっかりソテーしてからでも良いです。後者の方は、水分が抜けて豆腐の味が凝縮されるので、私の好きな料理法です。また、アクセントに乾燥杏のスライスを少し加えたのがにんにくとの相性が良くて、意外な美味しさでした。

材料

  • 小松菜・・1束
  • 木綿豆腐・・300g
  • エノキダケ・・1パック
  • にんにく・・1片
  • 乾燥杏・・2個
  • 水溶き片栗粉・・大さじ1(同量の水)

合わせ調味料

  • 鶏がらスープ・・200cc
  • オイスターソース・・大さじ1
  • 醤油・・大さじ1
  • 酒・・大さじ1
  • 胡麻油・・小さじ1

※小松菜の下茹でに何故油を加えて茹でるのか?特殊な下茹で(油を加える➠Hint&Skill)
 作り方の手順は、効率よく時間を無駄にしないように最初に手順を自分で決めます。私のやり方はこう。フライパンに油を引き、切った豆腐を並べて弱中火で ソテーを始める傍ら、鍋に水を張って沸かし始ます。同時進行で、材料となるものを全て取り出して炒める順番に準備をします。合わせ調味料も忘れずにボール で合わせて置きます。
 まず、にんにくと杏を切り、小松菜は茎と葉に分けるように切り、エノキダケはほぐして半分に切っておきます。お湯が沸騰したら塩と油を入れ、茎を加えて から10秒後に葉を加え、全体の色が変わったら笊に上げて水を切ります。豆腐をにらみながら、焼き色がついたら裏返し、両面焼けたらキッチンペーパーに とって余分な油を吸い取ります。
これで準備が整ったので、早速料理開始です。
作り方

  1. フライパンに油を引いてにんにくをソテーします。香りを油に移したら合わせ調味料を加え、ソテーした豆腐、エノキダケ、下茹でした小松菜を全て加えて一煮立ちさせる。
  2. 水溶き片栗粉を回し入れながら鍋も揺すって、ダマにならないようにお玉で混ぜ合わせる。
  3. とろみがついてから1~2分煮てでき上がり♪

***
 今日で11月もとうとう終わり。なんとも早い一ヶ月でした。
 久しぶりに、買い物で街の様子というかをゆっくりみながら歩いてみました。当然のことながら、車の運転では視界に入ってくる景色に注意を払う意味があるので、歩いてゆっくり見るのとは訳が違います。相当いろいろな物を見逃して普段通り過ぎてしまっているものだと思うので、 時々こうして、あえて歩くのはいいものです。
 少し期待が外れたのは、クリスマス前だと言うのにライティングの準備がまるでない殺風景な街だったこと。個人的にはそれがないからと言って別段困る理由もないわけですが、いよいよここも不景気の風が吹いてるのかと思うと、何故か自分に追い討ちでもかけられたような気持がしてきて心寂しさを感じました。
Pb290002  隣町の下諏訪町に来て見かけた「平茸(ヒラタケ)」という茸が私の目を引いた。アレ、これ昔よく食べたシメジじゃないの?と小声で呟いてしまった。いつとはなく店から姿を消して、いつの間にか私の記憶からも遠のいていたあのシメジが蘇ってきて、一瞬にして懐かしさがこみ上げてきたのです。これと、ピーマンの千切りをバターソテーして、最後にお醤油をちょこっと注して食べるのが最高だったあのシメジにそっくり。90%そう信じて買ったのです。
 帰宅してから早速調べると、天然ではヒラタケ(Wikipedia➠)呼ばれ、やはり市場から姿を消した理由に栽培もののブナシメジなどに押されたとあります。確かにブナシメジなどと入れ替わるように姿が消えました。ここでまた出会えて良かったです。品種の改良を重ねて、大量生産化した功績が悪いとは思いませんが、多売が主な目的となってしまった数々の自然の恵みは、いつの間にか特産品でも何でもなくなってしまい、この土地ならではのありがたさのような価値も失せてしまっていたことにはっとしました。
 なんだか益々、昔のよき頃と、自分の記憶に残る当時のシーンが懐かしくなりました。この歳まで生きて振り返ってみると、それは、そこそこのスパンとして見えるもので、一括りに「昔」という言葉でそのスパンを語れるというのが特権ですね。10年という年月は、30歳の自分から見た20歳の時の自分に置き換えても、この感覚を「昔」という位置づけでは思いませんでした。ところがその10年後の40歳から見た30歳は、「昔」だと思えるような感覚です。人が「歳を取る」という言葉が似つかわしくなるのも50歳過ぎたらかなと思います。まあ、私がお風呂で会うお婆様達の前ではいくらなんでも「歳を取ると・・」とは言えませんが。
091129_203439  昨日は、娘がちょっとしたお披露目のパーティーを催し、同居する息子もそちらに呼んで貰ったというので、兄弟で微笑ましい事だと内心嬉しく思っていました。息子が携帯カメラの画像を送ってくれたので、娘には内緒でこっそり記念に添えておきます。
 その息子から夕方連絡が入り、気分が一変したのです。至急現金が必要になったので送金して欲しいというのです。僕だけどさ。また君かよ、別に。その理由が何と、娘のところへ駆けつけたら受付で会費の支払いを催促されたというのです。息子はまさかに姉のことだから支払う事も、また、会費制だった事も知らなかったと言うのです。(こ、こ、このボケーッ!)とは言いませんが、情けなくて笑えました。やれやれ。これが昔だったらそのようなヌカリは無かったです。電話一本でNetBankingからポイッと現金が手元に送られるなんてなかったのですから、忘れ物はしないように人には迷惑をかけないようにと、きちんとしていました。このだらしなさを生んだのは、私がNetBankingに加入しているせい?それとも躾がなっていないせい?誰のせいよ?と、このような叱責も昔はなかったわけです。自分が懲り懲りするような経験をして、親からの注意も促されながら身につけて行くという、大人になるための洗礼が世間にはあったのです。
 ま、頑張って頂戴。今回は助けてあげたけど、次にこのようなことがないようにね。
と、小言で終わるつもりもなかったのですが、ちょっと日常のことなどを書いて終わります。今日は。

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