2009-08-09

切って並べるだけのトマトのグラタン:恒心を排するのは嫌だと叫んでみてもなぁ

 昨夕は、話し声が聞こえなくなるほどのもの凄い勢いの雷雨に驚きました。かなり長い時間降っていたからか、辺りの空気を冷やしてくれたようで、やんでしまうとひんやりとして気持ちの良いそよ風に変わりました。そして、いつの間にか虫の鳴き声が始まり、蒸し暑かった部屋が居心地よくなりました。こうして夏はあっという間に終わります。そういえば、今月は私の誕生日の月です。一年が過ぎ去ってしまう感覚は、若い頃の数倍早く感じます。若い頃は、早く一人前になりたいと願っても、気が遠くなるほど時の経つのがゆっくりだと思ったものでした。今の一年とは速さが違います。焦るような気持ちは、最近はだんだんどうでもよくなってきています。

Guratan

 さて、今日のレシピはオーブン料理です。焼いている間にパスタやサラダを準備できるので、食事準備に取り掛かる気分が軽く、欲が出てきておかずが増えます。
 加熱によってトマトから出る果汁がグラタンの水分源で、底の部分に敷き詰めた、茹でたじゃが芋のスライスのがそれを吸い取って、なんともバランスの良いしっとりとした感じに仕上がります。以前、茄子の輪切りに挽肉を乗せて一番下に敷き詰めて作った「茄子とトマトの挽肉グラタン」も、トマトの果汁で味付けしています。今シーズンはトマトに万歳です。本当に美味しく味わって、満喫しています。
 また、鶏の胸肉で作ったハーブ風味のハムがさっぱりとしていますから、トマトを引き立てる役割として生かされている感じがします。そういう点でも、やはりこれはトマトのグラタンと言ってよいと思います。しかも、葉っぱのまま冷凍してあったバジルの香りは、ミントのように鼻に抜けてトマトと大変相性がよいです。

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 作り方は到って簡単。トマト、茹でたじゃが芋は輪切りで5mmの厚さに切り、胸肉ハムは繊維に逆らって、長手方向を横において5mmのスライスにします。じゃが芋を一番最初に耐熱の皿に敷き詰め、塩・胡椒をしたら、トマトと鶏ハムを交互に、部分的に重なるように敷き詰め、塩・胡椒をします。最後にミックスチーズを振り掛けますが、今日はコクをつけるためにゴルゴンゾーラチーズ(=ブルーチーズ)をところどころに施しています。

Guratan2

B0189012_5392487  お腹が一杯になるのですが、野菜がメインなためか重苦しさが残らず、安心して沢山食べられます。また、トマトの酸味は味付けを助けますので、少量の塩と胡椒だけで十分コクのある美味しさが楽しめます。また、冷めてももちろん美味しく、翌日のお弁当にもってこいです。

材料

  • トマト・・中4個(350g強)
  • じゃが芋・・3個
  • 鶏胸肉のハム・・1枚(レシピ☛
  • インゲン・・10本
  • 冷凍バジルの葉・・数枚
  • 塩・胡椒・・適宜
  • ミックスチーズ・・200g
  • ゴルゴンゾーラチーズ・・60g

作り方

  1. じゃが芋は洗って皮付きのまま半分に切り、切り口をぴったり合わせてラップで包む。
  2. 電子レンジの強で約8分蒸して、竹串がスッと通るようなら取り出して熱いうちに皮を剥く(火傷に注意!)。
  3. さらに、5mmのスライスにする。
  4. トマトを湯剥きしてヘタを取り、5mmの輪切りにスライスする。
  5. 胸肉のハムを横長に置き、繊維に逆らって5mmのスライスにする。
  6. 耐熱の皿にじゃ芋を斜めに重ねながら敷き詰め、塩・胡椒を振り、その上にトマトとじゃが芋を交互に斜めに重ねながら敷き詰める。
  7. 塩・胡椒を振り、ゴルゴンゾーラチーズをところどころに散らしてミックスチーズと2cmに切ったインゲンをトッピングする。
  8. バジルを乗せたら250度に予熱したオーブンで15分焼き、焼き色がついたらでき上がり♪

***

オバマ大統領のお好きな孟子に「恒産なければ因って恒心なし」とお言葉があるが、チェンジとはまさに恒心を排することなり。(極東ブログ

今の日本社会を実に明確に言い当てたような皮肉でもあるようですが、中国の孟子の

「恒産なくして恒心あるは、ただ士のみよくすとなす。民のごときは則ち恒産なければ因って恒心なし」という中国の孟子の言葉の「恒産(こうさん)なければ(よって)恒心(こうしん)なし(無恒産、因無恒心)」

うまく引用されています。拙い解説ですが、「恒産などなくても恒心を持ち続けるのが理想だが、それは志操堅固な人物(士)にして初めて可能なこと。一般の人民は、どんな場合にもちゃんと生活していけるだけの収入や財産(恒産)が備わってこそ、不変の思想や不動の道徳心(恒心)を保つもの。政治家はまず、人民に恒産を持たせることが必要」という意味です。

 私は、自分がが混沌とした気持ちを持ちながら、何故こうも頑張ろうとるするのか、「堪え性」という言葉にはっとして、何故背筋を伸ばすような思いになるのかと、そこにひりひりとした痛みを感じました(「続きを読む」を参照☛)。自分の身の丈の程を思うと、たとえ背伸びをしたとしても到底届かない領域というか、歯が立たない壁のようなものを感じている事を受け入れ、認めることなのではないかというのを静かに思いました。このところの不安や苛立ちは、やはり何か満たされていない不満が荒んだ気持ちにさせ、「これではいけない何とかしなくては」と叫んでいたのかもしれないと思ったのです。全く自覚していないこの叫びは、届かせたい人にはなかなか届くものではないのですよね。期待をした政治家に何度も裏切られたという気持ちがかなり深く残っているのか、その事を払拭しないと自分自身の心のあり方までがおかしくなるのだと、どこかで狂っていくのだと空恐ろしくなりました。

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