2009-01-01

元旦に故郷の神社を詣でるその意味:年越す蕎麦(手打ち)

Img_137582_20648250_0  明けましておめでとうございます。
 神社では、二年参りといって、年越し前に神社で初詣を待ち、年明けと共にお参りをします。境内では、市内の造り酒屋さんが、甘酒を振舞ってくれ、中央では、高さが10mにもなるような大きな焚き木を囲んで暖を取るという姿が毎年の風景です。息子達にとっては恒例のお参りで、お参りをするというよりは、ここにこの時間に仲間と集うという意味のようです。初詣を待つ列から、同級生が訪れるのを待ち構えては声を掛け合って、仲間との再会を喜こんでいる姿は楽しそうです。このようなことを毎年繰り返すうちに習慣化して、暮れに帰省すると必ずお参りに行くようになるのでしょう。年配の方々の様子を見ていると、知り合いとここで新年の挨拶を交わしている姿が多く、きっとその昔からこうしてきただろうと想像します。
 このような事を毎年繰り返すうちに、ここを故里と呼ぶ一齣になるのでしょう。私にはこのような背景が自分の生い立ちにありませんから、私は、いつになっても人のそうする姿を傍観者として見ているという感じです。ここで生まれ育っていない私にとっては、ずっとそうで、私の分身のように思っていた子ども達は、もはや自分の生い立ちの中に確実に自分の歴史を刻んでいるのだと思います。境内に見るお年寄りと、息子達の姿をそのまま20年スライドさせると、果たして私は、このお年寄り達のようになるのかと想像しようとするのですが、何も浮かんできません。きっとこうなるのではないかと、少しでも想像できれば、気持ちは安らげるだろうに。孤独感とも違うのですが、一寸先の自分がどうなっているか何かを抱くことも、想像すらできない、というのも不安定でいいのかもしれません。「今を生きることをずっと繋げてゆくのが人生」だと、浮き草暮らしのような事を言っているな、自分。と思うけれど、これがなんとも新鮮で好きです。

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 年明けのレシピとして公開するものじゃないとは思いつつ、夜更けに食べた年越し蕎麦です。今年は、塩尻という町で採れた「赤蕎麦」のそば粉で打ってみました。赤蕎麦を知ったのは、昨年の秋口に小さくて可愛いピンク色の花に魅せられてのことです。若干、薄いピンク色に染まったそば粉のようですが、期待したほどではありません。伊那谷の箕輪村(みのわむら)にある、信州大学農学部がこの品種の開発に関わったそうです。これも村おこしの一環でしょうか。広域農道と呼ばれる田舎の一本道にずっと広がるピンクの絨毯がその正体です。ここへ来ると、全てを独り占めした気分になれるので、実は大好きな場所。実生活では、何一つ独り占めできないのが悲しいかな。L_hana
 蕎麦が含んでいる水分にも寄りますが、粉の50%くらいの水の半分をそば粉全体が均一に湿るように混ぜます。残りの水でまとめるのが最初の作業です。手の平で押し付けては場所を変えてと、蕎麦の粒子がきっちり結びつくように念じて5分もすると艶々になります。蕎麦打ちの良いところは、ここで直ぐに製麺できるところです。生地を休ませる必要がないのです。ま、寝かしていたら香りも飛んでしまいますけどね。ですから、そば粉をうち始める時には、茹でるお湯やそばつゆなどを全て準備する必要があります。そのお湯も、多過ぎるという事は蕎麦に関してはありません。できるだけたっぷりのお湯を滾らせて、茹でている蕎麦が沈まないようにするのがコツです。茹でる温度が下がって、蕎麦が沈むと短く切れてしまいます。
 岐阜の友人夫婦が来た時に、あれは一昨年の秋でしたか、手打ち蕎麦を振舞ったのですが、のばす技術が今一足りなくて、非常に太い蕎麦になってしまいました(☛参照)。今年は、大丈夫。大変良くできました。

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 お煮しめ用に沢山用意した、椎茸、昆布、鰹の出汁で鶏肉に火を通して、醤油、味醂、塩で調味した汁で掛け蕎麦にしました。ほうれん草と、なると巻き、葱の小口切りを乗せて。手打ち蕎麦をつるつる啜る音が心地よく聞こえたのは初めてでした。
(せっちゃん、信じられないと思うけど、今回のお蕎麦の出来は、最高でしたよ。二度と同じ事はこの世に起こり得ないので、悲しぃかな。)

 これからお雑煮を頂いて、実家にお正月の挨拶に行ってきます。もしかしたら、明日の更新はお休みになるかもです。ご心配なきよう、一言お断りです。

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